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理系女子の恋  作者: 流音
128/246

121、変

井坂視点です。


詩織が変だ。


兄貴が帰ってきて、姉さんと騒いで、母さんに呼ばれて下におりたぐらいから、詩織が兄貴の事ばかり見てる気がする。

俺が横で話をしていても相槌を打って作ったような笑顔を見せるだけで、視線は兄貴に向いたまま何かを考え込んでるように見える。


詩織から度々兄貴を気にしてるような言動は今までにもあったけど、ここまで分かりやすいのは初めてだ。

俺はイヤな想像をしてしまいそうになって、そんなわけない!!と頭を振る。


詩織に限って、そんなことあるはずがない。


俺はそう思うけど、どうにも落ち着かなくて詩織の目をこっちに向けようと、詩織の視界に割り込むように覗き込んだ。


「詩織。俺の話聞いてる?」

「え、あ、うん。聞いてるよ。大晦日だよね。きっと井坂君と一緒だって言ったら、今年は大丈夫だと思う。」


詩織はいつも通りに俺と目を合わせると微笑んでくる。

でも、どこか心がこもってないような気がして、詩織の頬を両手で包んでじっと観察した。


「い、い、い、井坂君!?」


詩織はぼわっと頬を赤く染めると、困ったように瞳を潤ませてきて、いつもの詩織だと感じてホッとした。

詩織は俺がこうするとすぐ照れる。

そして詩織の瞳に俺の顔が映って、今は自分だけが詩織の中にいると確認できる。


別れてから編み出した、俺なりの気持ちの確認方法だった。


そうしていると、急に頭を叩かれて俺はその衝撃に目を瞑った。


「あんた何やってんの!?ここリビング!!分かってる!?」

「いってーなぁ…。叩くことねぇだろ…?」


声から叩いたのは姉さんだと分かり、俺は詩織から手を放すと横に立ってる姉さんを睨んだ。

姉さんは赤い顔で口をわなわなと動かしながら、拳を握りしめている。


「バカ!!周りを気にしなさいよ!あんたはいいでしょうけど、詩織ちゃんが可哀想よ!!」

「なんでだよ?別に何もしてねぇし。これぐらい平気だろ。」


俺が詩織に目を戻して言うと、詩織は真っ赤な顔で小さくなってしまった。


あれ…?

俺…なんか間違えたか…?


俺は詩織の気持ちの確認が最優先になっていたので、また周りに目がいってなかったか…と少し反省した。


「まぁまぁ、仲が良いのはいいことよね~。美空も拓海に目を光らせてばかりいないで、少しは座ってなさい。」

「お母さんはいいの!?拓海にこんな好き勝手させてさ!!」


姉さんが母さんに文句を言いながら俺の横に座ってくる。

母さんは俺たちの前のテーブルに紅茶を並べながら、楽しそうに笑っている。


「いいじゃない。拓海がどれだけ詩織ちゃんが好きか分かって、私は嬉しいわよ?」

「母さんっ!!!」


母さんがサラッと好きとか言うのにビックリして、俺は体温が上がる。

ちらっと詩織の様子を見ると、詩織は頬を赤らめてぽかんとしている。


くそっ!!これだから家に連れてくるのは嫌だったんだ!!


「まぁ…今日の拓海見てたら、お母さんの言う事も理解できるけどさー。」

「でしょ?」

「もうその話やめろっつーの!!」


俺が大声で怒鳴るとやっと分かってくれたのか「はいはい。」と母さんがキッチンに引っ込んで、姉さんもからかうのに飽きて、一度背もたれにもたれてから勢いをつけて立ち上がった。


「ちょっと出てくる。買いたいものもあるし。」

「あ、じゃ。俺もついていくよ。」


姉さんが上着を着ていると、兄貴がいつものように姉さんの後ろに続く。

どれだけ離れていても、仲が良いよなぁ…

俺は双子ってのは不思議なもんだと思って出ていく二人を見ていると、同じように詩織も二人を見ていて、なんとなくその横顔を気にする。


やっぱ…兄貴を見てるよなぁ?


詩織の表情はどこか悲しげに見えて、何を考えているのか気になった。


「あ、拓海。ちょっと裏に来て手伝ってくれない?」

「え?なんで?」

「なんでって大掃除の道具を出すのよ!!男の子でしょ!手伝ったらどうなの!?」


母さんが裏に続く扉を開けて俺を呼んで、俺は詩織がいるのに行くのは嫌だった。

俺が行ってしまったら詩織が一人でリビングに残されることになる。

けど、そんな俺の考えている事が伝わったのか、詩織が「行ってきて。」と笑顔を向けてきて、俺は仕方なく腰を上げた。


「悪い。ゆっくりしててくれていいから。」

「うん。」


俺が母さんに急かされながら裏に出るときに詩織に目を向けると、詩織は何か考えているのか真剣な表情でじっと前を向いていた。

何か悩んでるのか…?


やっぱり詩織が変になったと思いながら母さんの背に続いて倉庫に向かうと、母さんが俺に箒やらモップをこれでもかと渡してきて焦る。


「ちょっ!!これ全部使うわけ!?」

「そうよ?毎年使ってるじゃない?」

「そっ、そんなの知らねぇから!!と、父さんはどこにいんの!?」


俺がそういえばリビングに父さんの姿がなかったと思って言うと、母さんはケロッとした様子でバケツを抱えて言った。


「お父さんは町内会の集まりに行ってるわ。ほら、ぼーっとしてないで運ぶ!!」

「分かったよ!!」


母さんは俺の背を押してきて、俺は箒やモップを抱えて家の中へ置きに行く。

そして、その後もどこにしまっていたのか高圧洗浄機みたいな重いものまで運ばされ、これでもかとこき使われたのだった。



「疲れたー!!」


俺がフラフラしながらリビングに戻ってくると、詩織がソファに横になって寝ていて驚いた。

俺は近寄るとソファの前に腰を下ろして、寝ている詩織を眺める。


気持ちよさそうに寝てる…


俺は起きそうにない詩織の頬をつつくと、笑いそうになってそれを堪える。


詩織ってよく寝るよなー


俺は学校でも何度も寝てる詩織を見てるので、そう思った。


それにしても詩織は寝顔も可愛いよなぁ


俺は詩織の頬を優しく触ると、自分も顎をソファにのっけて近くで詩織の寝顔を見つめた。

そうしているだけで胸がぽかぽかと温かくなってくる。


俺の家で詩織が寝てるとか変な感じだけど、なんか嬉しいな…

ずっとこうして詩織が家にいればいいのになぁ


俺はそんな事を考えながら詩織の寝顔を見てるだけでウトウトしてきて、疲れもあったので抗う事なく瞼を落としたのだった。





***




「拓海、拓海!!起きなさい、拓海!!」


母さんの甲高い声が耳に響いて、俺は重い瞼を上げた。


「何だよ~?うっせーなぁ…。」


俺は変な体勢で寝ていたのか、体を起こすときに腰の辺りがギシギシいって、背筋を伸ばしながらソファから顔を離して前を見て驚いた。


「あれ!?詩織がいねぇっ!!」


俺は詩織が寝ていたはずのソファを両手で触ると、まだ温かさが微かに残っていて、焦って辺りを見回した。

でもリビングには俺の横に立つ母さんしかいなくて、詩織がどこかへ消えてしまっていた。


「まったく、もうすぐ晩御飯なのにいつまでも寝てないでよね。」


母さんがブツブツ文句を言いながらキッチンへ戻っていって、俺は立ち上がると母さんに尋ねた。


「母さん!!詩織は!?ここで寝てたはずなんだけど!!」

「あー…詩織ちゃんなら、さっき帰ったわよ。お母さんから電話があったみたいで、慌てててね。陸斗がちょうど帰ってきたから、陸斗に送ってもらってるわ。」

「はぁ!?なんで兄貴に!!そこは俺だろ!?なんで詩織が帰るときに起こさねぇんだよ!!」


俺は彼氏の俺を差し置いて、兄貴を選んだ母さんにイラついた。


「私だって拓海を起こそうとしたわよ。でも、詩織ちゃんが寝てるなら寝かせてあげてくださいって言うから…。一人で帰らすわけにもいかないし、陸斗に頼んだのよ。」


俺は詩織だと聞いて、反論もできずにその場に項垂れた。


詩織なら言いそうだ

気の遣う詩織だから、寝てる俺を見て遠慮したんだ


でも!!だからってなんで兄貴に!?


俺は詩織の様子が変なのもあって、兄貴と接触させるのが嫌だった。

それなのに俺の寝てる間に最悪なことになってる。


俺はじっとしていられなくて、とりあえず上着を手にすると母さんに訊く。


「詩織が帰ったのって何分ぐらい前!?」

「え?もう20分ぐらい経ってるんじゃないかしら。陸斗がそろそろ戻ってくるわよって…拓海!!どこ行くの!?」


俺は母さんの返答を半分聞いてからリビングを出ると、母さんが焦ったように追いかけてきた。

でも、俺は廊下でちょうど帰ってきたのか兄貴と出くわして、俺は勢いのまま兄貴に掴みかかった。


「詩織をちゃんと送ってきたんだろうな!!」

「お、おいおい。急に何だよ?拓海、落ち着けって。」

「拓海、何してるの!?その手を放しなさい!!」


俺は兄貴に前科があっただけに、何もしてないかだけがすごく心配だった。

背後から母さんに引っ張られながら、兄貴が嘘を言ってないか見極めようと睨みつける。

兄貴はふんっと鼻で笑うと、俺の手を掴んで引きはがしてくる。


「俺はもう詩織ちゃんに興味なんかねぇよ。ま、詩織ちゃんは違ったみてぇだけど?」

「は!?なんだそれ!!」

「知りたきゃ本人に聞けよ。教えてくれるかは分からねぇけどな。」


兄貴はそう意味深に残すと、俺をドンと押し返して二階へと行ってしまう。

俺は兄貴の言ってることが理解できなくて、その場で動きを止めたまま考え込んだ。


詩織が…兄貴に興味を持ってるってことか…?

なんで?


俺は俺の知らない所で兄貴と詩織が近くなった気がして、言い様のない不安が胸に生まれたのだった。




***




その日、俺は晩御飯もあまり喉を通らず食事を終えると、さっさと風呂に入り自室に引きこもった。

とりあえず好きなことでもして気を紛らわせようとするけど、変な妄想が生まれては嫌な気分になり、全然気が紛れない。


ダメだ!!

気になり過ぎて、何も頭に入ってこない!


俺は手に持っていた小木曽教授の本を閉じると、ベッドから体を起こした。

そして詩織に直接聞くか…と悩んで、ケータイに手を伸ばしかけては途中でやめる。


そんな行動を繰り返していると、ノックもせずに扉が開け放たれて、俺は体がビクついた。


「邪魔するよ~!」

「ね、姉さん!!ノックぐらいしろよ!!」


俺はゆるいスウェット姿で現れた姉さんを見て、慌ててケータイと本を隠すように後ろに移動させる。

姉さんはニヤニヤ笑いながらベッドの前に腰を落ち着けると、コホンと偉そうに咳払いする。


「まぁ、私の話を聞きなさいよ。」

「なんなんだよ、突然?」


俺は意味の分からない姉さんに首を傾げる。


「私の感想を拓海に伝えようと思ってさ。」

「???感想って…?」

「そりゃあ、詩織ちゃんに決まってるでしょ!!拓海の初めての彼女なんだから!」


ここで碌な事を言われないんじゃ…と嫌な予感がしてくる。

兄貴と一緒で人をからかうのが大好物な姉のことだ。

俺の反応やらを茶化すに決まってる。


何を言われようとも顔に出さないようにしようと心に決めて、戦闘態勢をつくる。

でも、姉さんから出た感想は俺の予想を覆すものだった。


「あの子…すごく良い子だよね。拓海の姿をきちんと分かってて、それで拓海の事が好きで仕方ないって、表情や態度で痛いぐらい伝わってくる。不器用なぐらい真面目で素直なタイプでしょ?」


姉さんが詩織の事を会ったばかりで的確に言い当ててきて、俺は当たり過ぎてビックリした。

それに好きで仕方ないって見解に照れてくる。

少なくとも姉さんに詩織はそう見えたってことが嬉しい。


「詩織ちゃんの…あ、拓海もだけど。お互いのことが一番好きで大事で…ってまっすぐな姿勢に胸を打たれたっていうか…。私も…色々誤魔化してきたけど、正直になるときかな…なんて思うきっかけにもなった。だから、今日は詩織ちゃんに会えて感謝してるの!!ありがとね!」


「え…?」


俺は急にお礼を言われて反応が遅れた。

姉さんは照れ臭そうに笑っていて、これは姉さんの素直な気持ちなんだと理解して目を瞬かせる。


「……素直な姉さんとか気持ち悪いんだけど…。」

「なっ!?珍しく人が素直になってんのに、その言い方はないでしょ!?」

「だって、絶対からかってくると思ってたからさ。そんな事思ってたなんて意外だったよ。」


俺が笑いながら言い返すと、姉さんがムスッとしながら腕を組んでそっぽを向いた。

こういうところが子供っぽくて、少し詩織と似ている。

俺は詩織のご機嫌をとるときと同様に姉さんに声をかける。


「俺、姉さんにそう言ってもらえると思わなかったから嬉しいよ。姉さんが俺の姉さんで良かったと思う。」


「ホントに?」


姉さんは単純にも目を輝かせてきて、詩織より楽勝だと思いながら「ホント、ホント。」と返す。

すると姉さんの機嫌が直って、姉さんは偉そうにふんぞり返る。


「そういうことならいいけど。ま、詩織ちゃんが私の妹になるように別れたりするんじゃないわよ~?」

「誰が妹だよ。つーか、別れるとか縁起でもねぇから口にすんな。あんな思いは一度っきりでいい。」


俺がついこの間までの地獄の日々を思い返して、顔を歪めた。

するとそれに目ざとく気づいた姉さんが、前に身を乗りだして興味津々に言う。


「何!?その話!!もしかして、もう別れたことがあるとか!?あんた何したの!?」

「うるっせーなぁ…。もう終わった事なんだ。蒸し返してくんな。」


俺は口にするのなんか御免だったので、姉さんを睨んで不機嫌に言い捨てる。

でも姉さんは諦めないようで、ベッドにまで乗り上げてきて追及の手を止めない。


「ねぇ、ねぇ。その辺の話を詳しく話しなさいよ?話してくれなきゃ気になって寝られないわ。」

「あのなー、俺にだって話したくないことぐらいあるんだよ!!」

「そう言わずにね!!何か悩みがあるなら相談にものってあげるじゃない!あ、別れない秘訣とか教えてあげてもいいのよ~?」


俺は秘訣とやらが気になって心が揺れる。


7年も純さんと付き合ってる姉さんの秘訣なら…効果ありそうだよな…


俺は詩織の様子が変なのもあって、自分の心が弱っていたので、姉さんの誘惑に負けてしまったのだった。


そして話してから後悔したのは言うまでもない。







井坂が蚊帳の外状態です…

詩織は次から二話にかけて首を突っ込んでいきます。

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