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理系女子の恋  作者: 流音
126/246

119、思わぬ対面


同窓会のあった次の日――――


私は自分のケータイをじっと見つめていた。


……これ、本当に良かったかな…


そこには寺崎僚介君の番号とアドレスが映し出されていて、私は昨日の行動を思い返して後悔し始めていた。


昨日、同窓会の別れ際、僚介君からせっかくだから番号交換しようと言われて…

私は中学のときの仲良かった空気に流されて、軽く交換してしまった。


ベルリシュや受験に向けての話で盛り上がったからって…

一回フラれた相手とまた仲良くなるとか…私ってバカ…?


仮にも一度好きだった人のアドレスなんて持っていたら、どこか下心があるみたいだ…

私は昨日から井坂君の顔が何度もちらついて、悪い事をしてる気分になった。


微塵もそんなつもりはないんだけど…

井坂君からしたら…そういう気持ちがあるって疑われるよね…


私はもう二度と井坂君と別れるなんて騒動にはなりたくなかったので、アドレスを消そうと思って僚介君に電話を掛ける事に決めた。


自分だけが消したんじゃ意味がない。

僚介君にも消してもらわないと…


私は意を決すると、大きく息を吸ってから電話をかけた。


そしてドキドキしながら相手が出るのを待っていると、ブツッと電話がつながって僚介君の「もしもし?」という声が聞こえた。

私は普段の声と違う印象だったのでビックリして、固く返す。


「あ、えっと…谷地詩織です。」

『っふ…。分かってるよ。表示されてるから。で?昨日の今日で何か用事でもあった?』


僚介君は笑ったのかどこか声が弾んで聞こえる。


「用事っていうか…、ちょっとお願いがあって…。」

『うん?何?』

「えと…その…」


私は昨日の今日で番号消してくれなんて、ひどい奴だと思われないかな…と躊躇したけど、井坂君の笑顔を思い返して早口で言った。


「私のアドレス消してくれないかな?」

『……………え?』


僚介君の戸惑った声を聞いて、私は申し訳なくなった。

自分勝手だって分かってる。

でも、これが一番だって自分に思いこませる。


「昨日の今日で本当にごめんなさい。よくよく思ったら、僚介君と連絡先を交換するなんて軽はずみだったと思って…。だから…その…。これから会う事もないだろうし…消してもらえると―――」

『詩織。何か理由があるんだろ?それ、教えてくれるなら消してもいいよ。』


冷静なトーンで僚介君が私の言い訳を遮って、私は正直に言おうと口を開いた。


「私…今、付き合ってる人がいて…。私、過去に僚介君の事…その好きだった…から…。こういうのよくないなって…思って…。自分勝手だって分かってるんだけど!…その…、ごめんなさい。」


私は誠心誠意を表して謝ると、僚介君の言葉を待った。

きっと僚介君なら分かってくれるよね…?

私は昨日の誠実な僚介君なら大丈夫だと思った。


『そっか。詩織、付き合ってる奴いるんだ。』

「うん。」

『分かった。いいよ。疑われたりしたら厄介だもんな。消すから安心していいよ。』

「あ、ありがとう!!」


私はやっぱり僚介君は僚介君だと嬉しくなった。

自分勝手な私の頼みをさらっと受け入れてくれる。

こういう優しくてスマートな所がカッコいいって思ってたんだ。


『じゃ、またどっかで会ったらよろしくな。良いお年を。』

「うん!!こちらこそ!本当にありがとう!よいお年を!」


私が気持ちが軽くなって声を弾ませて返すと、僚介君は『大げさ、じゃあ。』と言って笑いながら電話を切った。

私はその後にすぐ僚介君のアドレスを消去すると、肩の荷が下りた気分でスッキリした。


良かった~…


私はスッキリしたことで、急に井坂君に会いたくなってきて、昨日も会っていなかったので今日は会いに行こうと上着を着ると部屋を出たのだった。





***





私は早足で井坂君の家に向かって歩いていくと、はたと自分が突撃訪問しかけていることに気づいて、サーっと血の気が引いた。


年末のこの時期にお家訪問とか!!

絶対、ご家族勢揃いだよね!?


私は道の途中で足を止めると、まず井坂君に尋ねようと慌ててケータイを取り出した。


「あら?もしかして、詩織ちゃん?」


私が井坂君に電話をかけかけていたら、後ろから声をかけられて振り返る。

そこには夏にお会いして以来の井坂君のお母さんがおられて、思わずケータイをしまって姿勢を正して頭を下げた。


「こっ、こんにちは!!ご無沙汰しています!!」

「あらあら、そんなに畏まらないで~!どこかに行く途中だったかしら?」


井坂君のお母さんは私の目の前まで来ると、スーパーの袋を持ち直してフレンドリーに話しかけてくる。

私はその好意的な様子に戸惑って正直に「井坂君のところへ…」なんて言ってしまい、焦って口を閉じた。

でもお母さんには聞こえていたようで、お母さんは目を輝かせると私の腕をガシッと掴んできて驚いた。


「まぁまぁ!!それはちょうどいいわ!!今ね、姉の美空も帰ってきてて、拓海の彼女に会わせてあげたいなーなんて言ってたのよ!!」

「え…お姉さん…?」

「そう!美空もすごく興味持っててね~!!きっと喜ぶわ!」


お母さんはすごく嬉しそうな顔で微笑むと、私の腕を掴んだまま家へ向かって進んでいく。

私は何も反論のできないまま引っ張られるようについていき、どこか井坂君と強引さが似てる…なんて思ってしまった。

でもすぐ我に返ると、「あの!年末の忙しいときに悪いので!!」と断ろうとするが、お母さんは「いいの、いいの。」とご機嫌で足取りが速い。


ど、どうしよう…


私は井坂君に何も言ってなかったので、急にお母さんとお家に行ったら井坂君が困るんじゃ…と不安になった。


でも、そんな不安を解消する時間もなく、あっという間に井坂君の家についてしまい、私はお母さんに引っ張られるまま玄関に足を踏み入れた。


「ただいまー。ってあら?拓海の靴がないわね。出かけてるのかしら?」

「えっ!?井坂君、いないんですか!?」


私は肝心の井坂君がいないことに驚いて、更に不安になり焦ってくる。

お母さんは「ま、すぐ帰ってくるんじゃないかしら。」と楽しそうに笑うと、私にスリッパを勧めてきて、私は家に入らざるを得なくなる。


~~~~!!!いいの!?これっていいのかな!?


私は心臓がバクバクといっていて、井坂君なしでご両親プラスお姉さんとのご対面に緊張がMaxだった。

でもお母さんは私の心境なんかお構いなしで「早く入って!」と言ってくるし、私は泣きそうになりながら足を踏み入れる事になったのだった。




そしてリビングにお邪魔すると、そこには井坂君のお父さんと一年の夏に見かけた綺麗なお姉さんが向かい合ってソファに座っていた。

お父さんは井坂君をそのまま渋くした印象のダンディという言葉の似合う、貫録のあるお父さんだった。

同じ貫録のあるウチのお父さんとはどこか印象が違う。

お姉さんは一年の花火大会でちらっと見かけたときと同じで、茶髪を綺麗に伸ばした髪型にお人形さんのように整った顔立ちに女子の私がドキッとしてしまった。

耳に髪をかける仕草がすごくセクシーだったからだ。


「美空、あなた。拓海の彼女の詩織ちゃんよ。そこで偶然会ったから連れてきちゃった。」


お母さんがふふっと可愛く笑いながら私を紹介してくれて、テレビを見ていたお姉さんと新聞を読んでいたお父さんの目が私に向く。


「はっ!初めまして!!谷地詩織といいます!!拓海君とお付き合いさせていただいています!!」


私は二人に見つめられたことで、緊張が高まり声が裏返りそうになりながら頭を下げる。

するとガタッと何やら物音がして、急に誰かに抱きしめられてビックリして顔を上げた。


「わーーっ!!嬉しいっ!!あなたがそうなのね!?可愛ーい!!!」

「へっ!?」


私はすごく良い匂いのするお姉さんに抱きしめられて、目を白黒させた。

この匂いはローズの香りだろうか…?

お姉さんの腕は華奢なのに意外と力が強い。


「美空。彼女が困ってるぞ。いい加減その何でも行動に出る性格を改めなさい。」

「えー!?いいじゃない!!私、妹欲しかったんだもん!」


妹!?


お父さんに怒られながらも私をギュッとしたまま放さないお姉さんは、ムスッとしながらもどこか嬉しそうで意味が分からない。

お父さんは飽きれた様にため息をつくと、私に井坂君そっくりの目を向けてきてドキッとする。


「悪いね。ウチの子達は何でも行動で示すことが多くて…。拓海のやつも迷惑をかけていないかい?」

「いっ、いえ!!たっ、拓海君は何も…。」


私はむしろ振り回してるのは自分じゃないだろうかと首を振った。

するとお父さんは安心したかのように目を細めて「良かった。」と笑った。

その顔がやっぱりどこか井坂君に似ていて、井坂君はお父さん似だな…と思った。


「ねぇねぇ、詩織ちゃん!!拓海との話いっぱい聞かせて?私、離れて暮らしてるから何も知らなくて!!」

「あら、それは私も興味があるわ。こっちで一緒に話を聞かせて?」


お姉さんがやっと私を放してくれると、お母さんがダイニングテーブルに座って前を示してきた。

私はお姉さんに手を引かれてそこへ座らされる。

そして横へはお姉さんが座ってきて、二人の熱い視線が私に突き刺さる。


え…っと…何を話せば…


私は目を泳がせながら考えていると、お姉さんが目を輝かせて質問してきた。


「ねぇ、告白したのはどっちから?っていうか、出会いはいつ!?」

「えぇっと…会ったのは…、高校に入学して同じクラスになったからで…。」

「それって詩織ちゃんも進学クラスってこと!?」

「あ、はい。」

「へぇ~!!やっぱり化学バカには頭の良い子じゃないとダメだったんだ~!」


化学バカ…??


私は化学バカというのがよく分からなくて首を傾げて尋ねた。


「あの、化学バカってどういうことですか?」

「あれ?拓海が超がつくほどの化学オタクだって知らない?部屋にい―――っぱい小難しい本並んでるでしょ?」

「あ…あれ。」


私は並んでいた論文の山を思い出して納得した。

そこでお姉さんが食いつくように私に身を寄せてくる。


「拓海の部屋入ったことあるんだ!?」

「えっ!?あ、っと…はい。」


私は夏の事を思い出してしまい、顔が一気に熱くなった。

だけど黙ってるわけにもいかず、お母さんの様子を窺いながら頷いた。

するとお母さんが意味深なため息をついて言った。


「そうなのよねぇ~。あのときはビックリしたわぁ…。」

「何々?何があったの!?」

「えっ!?」


お姉さんは興味津々のようで、お母さんに輝く目を向ける。

私は顔が強張って様子を見守る事しかできない。


「あの子のことだから何もないと思うんだけど、私の留守の間に詩織ちゃんを連れ込んでたのよ。」

「えーっ!?拓海が!?うっそ!!」

「本当。あのときは陸斗のことが脳裏を過って、拓海を怒っちゃったんだけどね。拓海と陸斗は違うのにねー。ホント大人げない事をしたわ。」

「あー…。まぁ、陸斗の弟だしねぇ…。お母さんの気持ちも分かるけど…。でも、あの拓海に限ってないでしょ?ねぇ、詩織ちゃん?」


「――――はい?」


私は二人からどういう返答を期待されてるのか分からなくて声が裏返った。


何もなかったわけじゃない…けど…

それをここで言わない方がいい気がする…


私は無理やり笑顔を作ると「そんなわけないですよー。」と誤魔化した。


「ほら!お母さんは拓海を信用しなさすぎ!!化学バカがそんな考えになるわけないじゃん!」

「そうよね!もう陸斗のことが重なって、拓海には悪い事をしたわ。」


お姉さんとお母さんは安心したように笑い出して、私はそれに合わせて笑いながら内心罪悪感でいっぱいだった。


そういうことしようとしてましたなんて口が裂けても言えない。


私は未遂だから!!と自分に言い聞かせる。


「それで?話はズレちゃったけど、告白はどっちから?」

「あ、それは私です。」


「「そうなの!?」」


私の答えに二人の声が重なって、私はビックリした。

親子だけあって息がぴったりだ。


「えっ、えっ?拓海のどこが良かったの??そこら辺を詳しく…。」

「どこ…?」


私は頬を少し染めて尋ねてくるお姉さんを見て、こっちが照れてきて言葉に迷う。


「その…優しい所とか…頼りになるところ…とか…。後は…笑顔が…可愛いところとか。」


私は『詩織』と呼んで笑ってくれる井坂君を目の前に思い浮かべて、嬉しくなって自然な笑顔が出た。

するとまた横からお姉さんに抱きしめられて、ビックリして体が硬直する。


「かわいーい!!詩織ちゃんの方が可愛いから!!もう、ホントの妹にしたーい!!」


えぇっ!?


「そうね~。でも、そう遠くない未来に実現しそうよねぇ…。」


えぇぇぇっ!?!?


私はお母さんがとんでもない仰天発言をして、目を剥いてお母さんを見つめた。

横でお姉さんも驚いている。


「うっそ!?ホントに!?何!?二人は結婚するの!?」

「しっ、しませんっ!!そんな話したこともないですっ!!!!」


私はあらぬ誤解を与えそうで、慌てて否定する。

それに高校二年の自分に想像もつかない『結婚』なんて言われて私はパニック寸前だった。

でもお母さんは私を優しく見つめながら、何かを思い出しているのか嬉しそうに笑う。


「でもねぇ…、あの拓海の様子からすると…。そういう未来が目の前に浮かぶのよねぇ…。」


えぇーーーっ!?


私はどんな井坂君を見たらそういう想像になるのか理解できなくて、思いっきりむせた。

驚きの連続で気管に何かが入ったようだ。


「お母さんっ!!拓海の様子って何!?私、帰ってきてから碌に拓海と話してないから分かんない!!」

「まぁまぁ、美空は楽しみにしてればいいじゃないの。あくまで私の予想の話だから。」

「えぇーっ!?お母さんだけ何か知っててずるーい!!」


お姉さんが文句を言うのをお母さんは笑顔で躱している。

私はそんなお母さんを見てやっと呼吸が落ち着くと、初めてそういう未来を想像してぼわっと体中が熱くなった。


井坂君と結婚…とか…!!

恥ずかしくって想像もできない!!


私はただ井坂君の隣にずっといられれば十分だったので、そこまで先の事は考えてもなかった。

でも、そういう未来もあるかもしれないと思うと嬉しくなる。

お母さんの言葉からもそういう未来を認めてくれてるって事だから、要は家族公認の仲になったってことだ。


私は嬉しそうなお母さんを見ると、お母さんが私の視線を感じ取って微笑んでくれる。

私はそれに笑顔を返して、少し打ち解けられたことに胸が弾んだ。


そのとき玄関の扉の開く音がして「ただいまー。」と井坂君の声がした。

私はそれに反応してリビングの扉に目を向ける。

でも、井坂君はこっちに来ないのか階段を上がる音がして、お母さんが慌ててリビングを飛び出していった。


「拓海!!どこに行ってたの?」

「はー?どこでもいいだろ?俺のことはほっといてくれよ。」


井坂君の不機嫌そうな声が聞こえて、お姉さんが「可愛くなーい!」と隣でぼやいた。


「何!?その言い方!!あなた久しぶりに帰ってる美空とも話をしてないでしょ!?少しは家族団欒の時間を持ちなさい!!一人でフラフラ出かけてみっともない!!」


お母さんがさっきまでの上機嫌と打って変わって怒っていると感じ取って、私は耳を澄ませて様子をみるしかできない。

横でお姉さんが「私は別にいいんだけどね。」と笑いながら、また私をギュッと抱きしめてくる。


「分かったよ!!姉さんと話すればいいんだろ!?」


今度は井坂君の怒った声が聞こえてきて、その後にダンダンという明らかに不機嫌な足音も響く。

お母さんはリビングに戻ってくると私を見て悪戯っ子のような笑みを浮かべた。


私はその笑顔を見て、井坂君も似たような顔をすることがあるな…なんて考えていると、お母さんの後ろから井坂君が姿を見せた。


「やっほー。拓海。彼女は私が頂いてるわよ~。」


お姉さんが井坂君を見るなり茶化すように言って、私は井坂君に笑顔を向けると「お邪魔してます。」とだけ言った。

井坂君はしばらく私を見てぽかんと立ちすくんでいたけど、横にいたお母さんを見ると肩を怒らせて叫んだ。


「母さん!!!」


お母さんはしてやったという顔で私に嬉しそうな笑顔を向けて、子供のようにピースしたのだった。









井坂の姉:美空がやっとでてきました。

ここから井坂家の話に入ります。

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