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理系女子の恋  作者: 流音
121/246

115、拗ねてる

井坂視点です。


「ねぇ、陸斗って家ではどんなことしてるの?」


兄貴の彼女だという櫛田怜那さんが俺と詩織が座ってるテーブルに割り込んで尋ねてきて、俺は料理を食べながら詩織に目を向ける。

詩織はムスッとしながら黙々とハンバーグを食べていて、今の現状に不満を持ってる事がヒシヒシと伝わってくる。


さっきまでの幸せだった時間が嘘みたいだ…

兄貴の乱入から、幸せな空気の流れが悪くなった


俺は全部兄貴のせいだ!と思って、大口でハンバーグを食べながら適当に答えた。


「兄貴は基本部屋にいるんで、俺は何してるのかよく知りません!」

「ふーん。仲が悪いって本当なんだねぇ~。でも、そういうクールなとこも良いよねぇ~…。」


櫛田さんは兄貴を思い出しているのかうっとりしたように言って、俺はあんな奴のどこがいいんだと鼻で笑った。

どうせこの櫛田さんも彼女の一人に過ぎないだろうし、事実を知ったら彼女は今のままでいられるのだろうか。

俺はニコニコと上機嫌な櫛田さんを見て憐れに思った。


あいつは基本、彼女を5、6人抱えている。

これは高校のときから変わっていない。


自分好みの女子がいれば、声をかけて巧みな話術で口説き落とす。

それからはすぐ部屋に連れ込む―――といった方法を、イヤというほどガキの頃から教えられてきた。


恋のトキメキなんて一過性のものでしばらくすればなくなるんだから、遊ぶだけ遊んで飽きたら別れればいいんだよ。


――とあいつが言っていたのを今でも覚えている。


俺はそのときに最低だと思うと同時に、あいつのようにはならないと固く心に誓っていた。


その誓いもあり、今では詩織と出会えてこうして付き合えているんだから、兄貴様様なのか…よく分からない。


「それにしても弟君は陸斗と違って、ホントに堅物だねぇ…。さっきから全然しゃべってないよ?」


櫛田さんが俺の顔を覗き込むようにして言って、俺はご飯をかけこむと「そうですか。」とだけ返した。

すると櫛田さんは顔をしかめてから詩織に顔を向けた。


「ねぇ!詩織ちゃんだっけ?こんな彼氏で楽しいの!?陸斗と違って、顔だけなんだけど!」


大きなお世話だ!!


俺は兄貴と比べられて内心腹立ってくる。


「井坂君は、顔だけなんかじゃないですよ。お兄さんと違って根が真面目なだけなんです。」


詩織が珍しく棘のある言い方で言い返していて、俺は食べ終わった皿を置くと、詩織を見つめた。

詩織は櫛田さんを睨むように見つめていて、表情も怖かった。

櫛田さんも同じなのか詩織から視線を外そうとしない。


女子同士のバトルが勃発しそうだな…なんて思っていると、まさにその通りで口喧嘩が始まった。


「陸斗だって真面目な面、あるんだよ?大学では真面目に講義受けてるし、レポートだってちゃんと出してるんだから。」

「そんなの普通じゃないですか。井坂君なんて、学校の勉強以外にも興味のある教科の難しい本読んでたりするんですよ。」

「かったーい!!そんなガリガリ勉強してる男のどこがいいの?」

「勉強の何が悪いんですか!?勉強しなきゃ大学入れないじゃないですか!!」

「そんなに必死に勉強して入る大学に何の意味があるのかって思ったのよ。大学なんて、自分の興味のあること勉強できて、楽しく過ごせるならどこだっていいじゃない?今から必死になって勉強して、高校生活潰すなんて間違ってると思うけど?」

「そんなことっ…。」


詩織は何か確信を突かれたのか、櫛田さんを見つめる目を震わせ始めて、俺は助け舟を出そうと横から口を出した。


「あの!俺ら、高校で進学クラスにいるんですよ。だから、勉強するのが普通っていうか…そこまで必死になったことないですよ。」

「あ、そうなの?頭の造りが違うから、分からなくて。ごめんねー?」


櫛田さんがニコッと笑って言って、なぜか詩織は顔を強張らせて少し俯いてしまった。


一体どうしたっていうんだろう?


「そうだ。弟君。陸斗によく『みく』って人から電話かかってくるんだけど、誰だか知らない?聞いても陸斗は教えてくれなくて、浮気じゃないかって思ってるんだけど。」


櫛田さんが話を変えてきて、俺はその人物をよく知ってたので答えた。


「美空は俺の姉です。」

「お姉さん?ってことは…陸斗の妹ってこと?」

「いえ。兄貴と双子なんで同じ年ですよ。」

「双子!?」


櫛田さんが声を上げて驚いて、それにビックリしたのか詩織も目を丸くさせて顔を上げた。


「はい。兄貴と姉さん…美空は双子なんです。高校まではこっちにいたんですけど、今は隣町の大学に行ってるんで一人暮らししてて…。兄貴とはすごく仲が良かったから、今でも電話し合ってるんじゃないですか?」

「へぇー!!双子なんて初耳!そうだったんだー。なんか安心したー!!」


櫛田さんがケラケラと笑って、その横で詩織が「お姉さんって、お兄さんと双子だったんだ…。」と呟くのが聞こえて、俺はそういえば言ってなかったっけ?と思った。


姉の美空は兄貴と正反対の超がつく真面目人間で、大学も一人で生活できる力をつけたいと両親を説得して、隣町の大学を受験した。

しっかり者なんだけど、少し抜けてる所があるので、ちゃんとやってるのか兄貴なりにも心配なのかもしれない。

俺はあの二人の仲の良さを知ってるだけに、姉さんに対しては昔のままの兄貴がどこかでおかしかった。


「そっかそっか。教えてくれて、ありがとね。弟君。」

「いえ。」

「じゃ、これ以上デートのお邪魔するのもなんだし、ここで失礼するね。」


櫛田さんはそう言うと、上着を着て立ち上がって、俺はやっと帰ってくれることにホッとした。


「いつか君のお姉さんになるかもしれないし、また会った時には話してねー!じゃ、またね!!」


それって結婚するってことか…?


俺は櫛田さんのお気楽発言に呆れて、渇いた笑いを浮かべた。

大学の頃から結婚って考えるものなのか…?

俺はふむ…と考えて、はたと自分が今朝、詩織との結婚生活を妄想していたことを思い返して、俺もだ!!と自分に呆れた。


その間に櫛田さんはヒールの音を響かせて、店を出ていく。


うっわ…、俺、櫛田さんのことバカにできねぇ…


自分のお気楽具合に恥ずかしくて顔を上げられないでいると、前から詩織のムスッとした声が聞こえてきた。


「なんで照れてるの?」

「え…?」


顔を上げると、詩織の拗ねてる顔が飛び込んできて、俺は目をパチクリさせて固まった。


「あのお姉さんが本当のお姉さんになる想像でもしたの?」

「え…?は?」


俺は何の話か見えなくて、拗ねてる詩織を見つめるしかできない。

詩織はぷいっと顔を背けると「あんな綺麗な人がお姉さんになれば、そりゃ嬉しいよね。」と言ってむくれてしまった。


これは…嫉妬か…?

え?…櫛田さんに嫉妬してる?

なんで!?


俺は詩織の思考回路が分からなくて、とりあえず慌てて否定した。


「違う!!そんなこと思ってもなかった!!俺が想像したのは詩織との―――」


俺は自分の恥ずかしい妄想を口にしかけて、思わず手で口を塞いだ。

でも詩織には聞かれてたようで、「私が何?」と顔をしかめて尋ねてくる。


俺は不機嫌そうな詩織を見つめて、言わなければ今日のデートが台無しになる予感がしたので、恥ずかしかったけど打ち明ける事にした。


「えっと…なんていうか…。俺と…詩織の未来を想像したっていうか…。」

「未来って…?」

「…だから…その…。けっ……け……け。」


言えるかっ!!!


俺は『結婚』の一言が言えなくて、真っ赤になって俯いた。

たかが高校生が結婚とか夢見るのが早過ぎる!!

俺はこれ以上は拷問だと思って、両手で顔を隠して詩織から見られないようにする。


でも、詩織は分かってくれないのか、ぶすっとふてくされると「もういいよ。」と拗ねてしまう。


俺の方が拗ねたい…


俺は自分がこんな状態でも詩織の拗ねた姿が可愛いなんて思ってしまって、自分の惚れ込みように参ってしまったのだった。






***






それから、しばらくの間拗ねてた詩織だったけど、日も暮れて辺りがイルミネーションに包まれてくると、途端に表情を和らげてキラキラと目を輝かせ始めた。


去年も思ったけど、詩織はイルミネーションが好きなのだろうか?

ただ電飾がピカピカしてるだけなのだから、一回見たら飽きそうなものだけど、詩織は何回見ても同じように目を輝かせる。

俺はそんなに楽しいのかと思って、機嫌の直った詩織に尋ねた。


「詩織はイルミネーション好きだよな?」

「え…。そうかな?」


詩織が首を傾げて不思議そうに言って、俺は勘違いか?と思いながらも確認する。


「え、だって、イルミネーション見るたびに目、キラキラさせてねぇ?」


俺がそう言うと、急に詩織は真っ赤になって俺から顔を背けてしまった。


あれ?…なんで、そこで照れるんだ?


俺は詩織の照れる意味が分からずに、後ろ頭をガシガシと掻く。

すると、詩織が照れた表情のままでボソッと教えてくれた。


「…だって…、思い出すから…。」

「思い出す…って?」

「……井坂君と初めて一緒に…イルミネーション見た日のこと…。」


俺と一緒に…?


俺は言われてから、去年、河川敷のイルミネーションを二人で見た日を思い出した。


図書室で勉強して―――って俺は寝てたんだけど…

そのあとに二人で見に行ったんだ


あのときはとにかく詩織と長く一緒にいたくて、ただの口実で河川敷に行った。

はっきり言って、俺はイルミネーションよりも詩織ばっかり見てた。

俺のこと好きになってくれねぇかな…とか、こっち向いて笑顔を見せてくれねぇかな…とか、そんなことばっかり考えてた。


だからイルミネーションのことなんて、ほとんど覚えてない。


「あのとき、私…井坂君が私の事、どう思ってるのか気になってた時期で…、モヤモヤしてて。井坂君がイルミネーション見に連れて行ってくれて…、あのときは二人だけの時間な気がして、すごく嬉しかったんだ。だから、今もイルミネーション見るだけで、あの日の嬉しい気持ちが蘇って、顔が緩むのかも…。」


詩織ははにかむように笑うと「単純でしょ?」と頬を紅潮させたままで、俺の胸を貫いてくる。


かわっ!!!!!


俺は人通りのある通りだというのに、抱きしめたくなって、グッと堪えて自分の手を押さえつける。

ダメだ、ダメだ!!

このままだと詩織に殺される!!

俺は心臓が激しく荒ぶっていたので、胸を押さえると深い呼吸を吐き出した。


あーーーー!!!もう街ぶらつくのやめて、家に連れて帰りてぇ!!


俺は駅前のツリーを見に行く足を止めて家に誘おうか――と、自分の欲求に正直になろうとしていたら、後ろから甲高い声で呼び止められた。


「詩織ー!!井坂ー!!」

「あ、あゆちゃんっ!赤井君も!!偶然だねー!!」


詩織が振り返ると、嬉しそうに声の主である小波とじゃれ合い始めて、俺は追いついてきた二人をキッと睨んだ。


こんの、邪魔者共!!!


俺がイラッとしながら睨み続けると、小波はふっとしたり顔で笑みを浮かべ、赤井は俺を同情するかのように、肩を優しく叩いてくる。


「あゆちゃんたちもツリー見に行くの?」

「もち!!こっちに向かうならそうでしょ?」

「あははっ!!そうだよねー!」


詩織は小波と笑い合うと、並んで歩きはじめて、俺は詩織の隣を小波に奪われた事にショックを受けた。

俺の隣には憐れんだ笑みを向ける赤井がやってきて、俺はその顔にムカついたので肘で小突いてやった。


「お前、ほっんと分かりやすいな。はははっ!!そんなに谷地さんと二人が良かったか?」

「当たり前だろ!?さっさと帰れよ!!」


俺がイライラして噛みつくと、赤井がゲラゲラと笑い出した。


「わははっ!!昨日も思ったけど、幸せそうで安心した。」

「あん?安心って…、お前散々文句言ってたくせに。」

「あれは…まぁ、島田の前だしな。ああでも言わないと、あいつが可哀想だろ。」


赤井が以前に続き、島田の気持ちを分かるかのように言っていて、俺はまさか…と思って尋ねた。


「お前、もしかして島田の気持ち…知ってんのか?」


赤井は俺の問いにふはっと息を吐き出して笑うと、「何を今さら。」と俺をバカにしたように見た。


「言っとくけどな、島田の気持ちに一番最後まで気づかなかったのはお前だから。」

「は!?俺!?」

「そうお前。」


赤井は俺をビシッと指さすと、半眼で俺を見てくる。

俺は島田の詩織に対する気持ちに気づいたのはいつだったか考えて、思い出すと言い返した。


「お、俺だって結構前から気づいてたぞ!?ハッキリそうかと分かったのは…修学旅行の辺りだけど。ちょっと前から怪しい行動はしてたから…。」

「遅い!!気づくのが遅すぎるぞ?井坂。」

「お、遅いって…。じゃあ、お前はいつから気づいてたんだよ!!」


俺は島田がいつから詩織のことをそういう目で見てたのか気になって尋ねた。

赤井はふふっと鼻で笑うと「驚くなよ?」と前置きしてから教えてくれた。


「まぁ、俺が気づいたかって言えるかどうかは微妙だけど…。島田の気持ちを知ったのは一年の体育祭の前だよ。」

「――――っ!?!?っは!?!?一年って…えぇ!?」


俺は思っていたよりも前のことで、心臓が飛び出るぐらい驚いた。

それも一年の体育祭の前となると、俺がまだ詩織と付き合ってない頃だ。


俺は一歩間違えば詩織をとられてたかも…と思って、顔の血の気が引いていく。


「ははっ!やっぱり驚いたか!!ま、最初に気づいたのは北野だけどな。」

「北野!?あいつ、恋愛に疎そうな顔してるクセに、どこで分かったんだ!?」

「北野は一年の文化祭のときに、気づいたって言ってたぞ。あいつ人より黙ってる分、他人の気持ちに敏感なんだよ。あ、ちなみにお前の気持ちも、谷地さんの気持ちも全部気づいてたからな。」


「は!?誰が!?」

「だから、北野が。お前らが付き合う前から、北野とはよく話してたんだよ。早くくっつけばいいのになーってさ。」

「初耳だぞ!それ!?」

「そりゃ、誰にも言ってねーからな。」


マジか!?


俺は自分の気づかない所で起きてた事実に、大きなショックを受けた。

赤井と北野に見守られてたことも恥ずかしいが、それを応援されてたなんて…気持ちを出さないように気を付けてた自分がバカみたいだ。


「まぁ…だからってわけじゃねぇけど。俺も北野もお前と谷地さんが別れた時は、正直意味が分からなかったよ。」


赤井はだんだん大きく見えてきたツリーを見つめて、ほっとしたように続ける。


「外からはどう見たって両思いなのに、お前らは頑なに元に戻ろうとしねぇし…。元サヤに戻してやろうと画策したりもしたんだけどさ…。島田のことが浮かんでさー…。北野と成り行きに任せようってことになったんだよ。」

「成り行き…。」

「そう。ま、それが功を相したか分かないけど、上手く仲直りしたし、良かったよな。今日も何だかんだ熱いようだし?」


赤井がからかうような笑みを浮かべて肘で小突いてきて、俺は脳裏に島田の顔が浮かんで上手く笑えなかった。


そういえば俺が詩織と別れてた間…あいつは、詩織に自分をアプローチするよりも、俺のことばかり気にかけてた気がする。

それこそ、詩織のことが好きなのはハッキリしてるのに、動かない俺の背を押してくれたのはあいつだ。

自分の気持ちよりも、俺の…詩織の気持ちを優先してくれたってことか…?


俺は島田の男前な姿を思い返して、自分のダメさ加減に笑いが込み上げた。


あいつには…感謝しなきゃならねぇかな…

一応、『ライバル』として…


俺はまさか友達とライバルになるとは思わなくて、変な気分だったけど、嫌ではなかった。

それにライバルっていっても、どこかで島田を信用していて、俺は島田の優しさが俺にこういう気持ちを生んでいるんだと気づいた。


島田とはこのままの距離の友達で…ライバルであり続けたい…かな。

まぁ、あいつに新しい恋が見つかれば、俺は全力で応援するけど…


俺はツリーを見上げて輝くような笑顔を浮かべている詩織を見つめて、島田には悪いけど詩織だけはやれないと、心の中で謝ったのだった。










ここでクリスマスはおしまいです。

次は番外編になります。

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