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理系女子の恋  作者: 流音
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102、どういうつもり?


井坂君と別れてから二週間が過ぎて、無事期末テストを終えた私は、少しいつもの調子を取り戻し始めていた。

別れた当初ほど苦しくないし、井坂君の顔を見ても泣きそうな気持ちにはならない。

それもこれも西門君に全部弱音を吐いた事と、テスト週間のおかげで勉強に集中できたからだと思った。

西門君を見て彼に心の中で感謝すると、ふっと息を吐いた。


どこまでいっても自分は勉強をしてるのが一番落ち着くのかもしれないなぁ…


私って恋愛に不向きな性格なのかも


私は返ってきたテストの束を見て、我ながらの高得点に笑みが漏れた。

一時は夜眠れなくて、勉強の効率が落ちて焦ったけど、こうしてテストの結果を見てると安心する。


私がテスト用紙を畳んで机の中にしまうと、壇上に立っていた藤浪先生がテストの講評を言い終えて声を1トーン上げた。


「で、今回の追試対象者だが、前回と同様いないと言いたかったが―――」


藤浪先生はそこで言葉を切ると、教室内の誰かに目を向けて言った。


「井坂!!来週、追試だからな!ちゃんと勉強しておけよ!!」


え!?


私は呼ばれるはずのない人が呼ばれたことに驚いて、井坂君に目を向けた。

周りのクラスメイトも同じようで、井坂君が追試という事にザワつき始める。

井坂君はだるそうにしながら「分かってるよ。」と投げやりに答えていて、私は信じられなくて二人を交互に見つめた。


井坂君が追試!?

クラスで5番以内に入るぐらい頭良いのに、どうして!?


私は胸が変にドキドキと動悸を奏でていて、呼吸が速くなる。


「ったく、お前のおかげで追試0名の記録がストップしたんだぞ!!いつも点数良いのに今回はどうしたんだ?」

「別に。俺の実力なんてこんなもんですよ。」

「嘘つけ!!得意の化学や英語まで落としやがって。わざとじゃないのか?」

「なんでテストでわざわざ悪い点とって、面倒くさい追試受けなきゃならないんだよ。」


井坂君がイラッとしながら答えていて、藤浪先生は「それもそうか!!」と豪快に笑い出した。

私は藤浪先生がわざとだと疑いたくなる気持ちも分かるだけに、井坂君の横顔から目が離せない。


なんで…?


私は『追試』という単語が頭から離れなくて、気になって仕方なかったのだった。





***





その日の放課後、私は久しぶりに図書室に来ていて、当番であるナナコに相談していた。


「あの井坂君が追試だよ?私、信じられなくって…。」

「ふーん…。っていうか今までクラスで誰も追試になってなかったって方が私的には驚きなんだけど。」

「え?そういうもの?」


私は追試なんて受ける人がいるのかと思っていただけに、ナナコの言い方に疑問が過る。

ナナコは頬杖をついて、ふっとため息をついた後に言った。


「凄いんだね、やっぱ進学クラスって。追試なんて毎回2、3人はクラスにいるもんだけどなぁ~。」

「そうなんだ。」


私はウチのクラスが優秀なんだと知って、少し鼻が高くなった。


「私は井坂君が前までどれだけ頭良かったか知らないけどさ、人間不調のときもあるんじゃない?しおがそこまで気にしなくても良いと思うけど。」

「井坂君は不調ぐらいで追試とるような人じゃないんだよ!!それぐらい私とは比べ物にならないぐらい頭が良いんだから!!」


私は毎回テストでしれっと高得点を叩き出していた井坂君を知ってるだけに、今回の事がどうしても信じられなかった。

私は何度井坂君と頭の造りが違う事に落ち込んだか分からないのに…

こんなのおかしいに決まってる!!


「しお。井坂君と別れたんでしょ?もう気にするのやめなよ。」


ナナコが飽きれた様に言って、私は『別れた』という言葉に胸が痛んだ。

ずっとテストに気をとられてたけど、言われたことで改めて別れたんだと実感する。


「井坂君はあの…えっと…胸の大きい…」

「聖奈さん?」

「そう、その聖奈さんと良い雰囲気なんでしょ?だから、別れたんだって言ってたじゃない。」

「うん…。」


私は別れた日のことを思い返して、顔をしかめた。


あの日―――私は教室を飛び出して、聖奈さんとバッタリ出くわした。

彼女は泣いてる私に驚いて、優しくハンカチを貸してくれて、気遣って言葉をかけてくれた。


捻挫した自分をここまで助けてくれる井坂君と仲良くしてほしいと。

すごく羨ましいけど、自分には絶対敵わないと言って笑っていた。


私はどこか心の中で聖奈さんが嫌な人だったら良いと思っていて、そんな醜い考えをしていた自分が…すごく愚かで恥ずかしかった。


彼女と初めて話をしたことで、自分の中の黒い感情に押しつぶされてしまった。


井坂君が聖奈さんとの事を黙ってた理由を理解してしまったからだ。


彼女はすごく綺麗だった。

落ち着いた話し方に、相手を想うまっすぐな姿勢。

私は全部負けてると思った。


私は聖奈さんに嫉妬するだけで、自分の気持ちを井坂君にぶつけなかった。

だから気持ちが移ってしまった。


井坂君からいつかフラれるのが分かっていて、このまま付き合うなんて無理だと思った。

だから防御線を張って自分から別れを切り出した。


自分がなるべく傷つきたくない一心だった。


私って本当に自分勝手で汚い人間だ。



私はこんな自分が井坂君を心配するとかおこがましいな…と思って、もう気にするのはやめることにした。


「そうだよね。いくら私が好きで気になっていても、井坂君にとったら聖奈さんがいる以上迷惑だよね。」

「しお…。あまり自分を責め過ぎちゃダメだよ?」


ナナコが私の顔を心配そうに覗き込んできて、私は笑顔を作って頷いた。

ナナコはそんな私をポンポンと撫でてきて、優しい彼女の気持ちに少し前向きになれたのだった。





***





その後ナナコと図書室で別れた私は、机の中にテストの答案を入れたままで忘れた事に気づいて、教室へ舞い戻っていた。

教室に足を踏み入れると、中には井坂君が教科書を広げて勉強していて、私は思わず入り口で足を止めた。

ガタッと音が鳴ってしまい、井坂君がノートから顔を上げてこっちを見る。


自然と目が合ってしまい、私はサッと視線を逸らすと自分の机に急いで向かった。

空気が気まずいので、とりあえず目的の答案だけ取ろうと急いでいると、ふいに井坂君に話しかけられた。


「詩織…。テストどうだった?」


「…え…。」


私は答案を手に持つと、声をかけられた事に驚いて井坂君を凝視した。

井坂君は少しぎこちない笑顔を浮かべていて、私は混乱しながら返した。


「え…と…。前より…良かったよ…。」

「そっか。安心した。」


井坂君は言葉の通り、本当に安心したようで表情を和らげた。

私はそんな井坂君に違和感しかなくて、どんどん頭が混乱した。


え…?

私のこと…心配してくれてたの…??

どうして…??


私が井坂君の真意が知りたくて、その場から離れられないでいると、井坂君が何かを言おうと口を開いた。

でも、そのとき「井坂ー!」と赤井君が教室に姿を見せて、私と井坂君は同時に赤井君に目を向けた。


「あ、れ?谷地さん…。」


赤井君は私を見てから、気まずそうに顔を歪めて井坂君をちらっと見た。

私はそんな赤井君に気を遣われてると思って、「それじゃ。」と告げると廊下に足を向けた。


そして廊下に出たところで、ふっと息を吐いて緊張を解く。


久しぶりに井坂君と言葉を交わした。

目が…合った…

ぎこちなかったけど、笑いかけてくれた…


私はたったそれだけの事に、胸がギュウっと締め付けられて苦しくなった。


やっぱり…まだ井坂君の事が好き…


好き…大好き…


断ち切るなんて、全然できそうな気がしない…


でも、これに立ち向かわなきゃ。

いつか普通に友達として、井坂君と接することができるように…


私は気持ちを強く持とうと頬をパシンと叩いてから、昇降口に足を向けたのだった。





***




そして私が一人で靴箱までやってくると、ちょうどそこに島田君がいて私は声をかけた。


「島田君。今帰り?」

「谷地さん…。うん。まぁね…。」


島田君は私を見ると、ぎこちない笑顔を浮かべながら歯切れの悪い返事をする。

私はいつも元気な島田君がおかしいと思って、彼に近寄った。


「何か悩み事でもあるの?」

「え…。そ、そんなものねぇよ。」


島田君は私から顔を背けると、焦って校舎を出ていく。

私はそれを追いかけようと靴を履きかえると、彼の背を掴んで引き留めた。


「待って!たまには私に相談にのらせてよ!!」


私は島田君に自分のことで迷惑ばかりかけていたので、私は少しでも島田君の相談にのりたかった。

迷惑をかけるだけじゃなくて、役に立てる自分でいたかった。


私は島田君を放すつもりはなくて手に力を入れると、島田君がゆっくり振り返ってきて言った。


「…俺の悩みは谷地さんには話せないよ。」


島田君にバッサリと壁を作られたことがショックで、顔が強張る。


「…どうして?」


掠れる声でなんとか返すけど、島田君は首を横に振るだけで理由を教えてくれない。

私は掴んでいた手を放すと、そのまま項垂れる。


私じゃ…力になれないってことかな…


私は落ち込みそうになる気持ちを何とか持ち上げようと、笑顔で島田君に返す。


「そっか。…私ばっかり…迷惑かけて、ごめんね。」


これ以上一緒にいても困らせるだけになると思って、私は島田君を追い抜かして足を進める。

すると通り過ぎるところで、島田君に腕を掴まれてしまい、私は彼を見つめて足を止めた。


「し…島田君?」


島田君は真剣な目で私を見つめてきて、何か言いたいのが伝わってきた。

悩みを打ち明けてくれる気になったのだろうかと見つめ返していると、島田君に掴まれてた腕を横から誰かに引っ張られて、私はバランスを崩して引っ張った人物に頭から突っ込んだ。

突っ込んだ瞬間、懐かしい匂いがして、慌てて顔を上げる。


うそ…


そこには井坂君が島田君を睨むように立っていて、私は目を疑った。

私の腕を掴む力が強い。


私は手を掴まれてるだけで、心臓が早鐘を打ち出して顔が熱くなってくる。

諦めるって頭では思ってたはずなのに、体が真逆の反応をしてきて私は顔をしかめた。


「井坂…。何?俺に何か文句でもあんのかよ。」


島田君がふっとため息をついて、井坂君に言った。

井坂君は表情を変えないまま答える。


「文句はねぇ。ただ、お前に触らせたくなかっただけだ。」


!?!?!


私は井坂君から飛び出した言葉に耳を疑った。

ドクンと心臓が大きく跳ねて、その言葉の意味を期待してしまいそうになる。


井坂君の顔を食い入るように見続けるけど、表情からは私への想いなんか読み取れないぐらい冷静に見える。


ど、どういうこと!?


私は混乱してきて、ただ井坂君の顔を見つめることしかできない。

すると井坂君が私の腕を掴んだまま歩き出して、私はそれに引っ張られながら足を進める。

そのとき驚いた表情を浮かべた島田君の顔が見えて、私は意味の分からない井坂君を引き留めようと足を止めた。


「井坂君!待って!!」


私が歩き続ける井坂君に抵抗するけど、井坂君は力を入れたまま引っ張るのでついていくしかなくなる。

私は今まで目も合わせなかった彼が、急にこんな事をしてくる理由が分からなくて、思いっきり腕を引っ張った。


「放してっ!!」


私が力一杯抵抗すると、やっと掴んでた手を放してくれて、私は少し痛む腕を押さえて立ち止まった。

井坂君は私に振り返ってくると、感情の分からない表情で見つめてくる。

私はそんな彼を見て、胸が変に動揺して口から言葉が飛び出した。


「な、なんで…こんな事するの?私は、井坂君の彼女じゃないよ。い…、井坂君には聖奈さんがいるでしょ?」


私が井坂君の反応が知りたくて、彼を見つめたまま言うと、井坂君は視線を少し下げた後「うん。」とだけ答えた。

それ以上何も言ってくれないので、私は更に混乱して言いたくない事まで口にする。


「井坂君はずるいよ…。何も言わないで、全部隠してる…。…それなのに…期待させるような事ばっかり…。…もう…イヤだ…。」


私が顔をしかめて言うと、井坂君はまた「うん。」としか返してくれない。

私は彼が今何を考えてるのか分からなくて、自分の気持ちをぶつける事しかできない。


「もう…こういうことしないで…。井坂君といると…苦しい。」


私は泣きたくなってきて、思わず涙を堪えようと俯いた。

井坂君は「うん…。ごめん…。」としか返してくれなくて、私は逃げるように井坂君の横を通り過ぎて足を前に進めた。


意味が分からない…


井坂君が何を考えているのか、全然分からない!!


私は鼻から大きく息を吸うと、まっすぐ前を向いて校門から飛び出したのだった。









少し歯痒い展開が続きますが、しばしお付き合いください。

次は島田視点です。

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