5.敵を欺くにはまず味方から
「ユーリ様、あんなことを言って大丈夫なのですか……?」
去っていくランベルトの背中を見てミーアが心配そうな表情を浮かべていた。
「何か問題があるのか?」
むしろユーリとしては、ランベルトと貴族がつぶし合って、残りの弱った方を相手にする方が楽だった。
弱った者をいたぶるなんて、まさに悪人。
悪人組合みたいなところがあったら、大絶賛されるような行いのはずだ。
ユーリは楽しげに微笑んでいた。
しかし、ミーアは不安そうに言う。
「し、しかし、黄金小麦を育てるなんて……」
「……何を言ってるんだ? 悪いやつに懲罰を与えるのは当然だろう?」
同じく悪を志すミーアが不思議なことを言ってくるな、とユーリは首を傾げていた。
しかし、ミーアは困惑していた。
――もし本当に黄金小麦が育ってしまった場合、どうするのだろう? それに悪い人を更生させるのは良いことをすることなんだけど……。
ただ、ユーリがそれで大丈夫だと思っているのなら、これ以上自分が何かを言うべきではない、とミーアは軽く頭を下げて一歩後ろに下がる。
「それよりもポテトを準備してくれ。間食にはあれが一番だ」
「わかりました。すぐに準備いたします」
ミーアは首を振って先ほどの考えを振り払うと、厨房に向かっていった。
◇
数日後、ランベルトが再びユーリを訪ねてくる。
その表情は晴れやかで、なんだかユーリは嫌な予感がしていた。
「ユーリ様、長々とお待たせして申し訳ありません。調査の結果、おそらく適正であると思われる領地を発見いたしました」
「へっ?」
――適正である領地? 一体何のことだ?
ユーリはわけもわからずに声を漏らしてしまう。
しかし、ランベルトの前で隙を見せるのはまずい、とすぐに頷いてみせる。
「あ、あぁ、あの件だな。やはりランベルトならやってくれると思ってた」
「恐悦至極に存じます」
――目の前で頭を下げているのを見るのは気持ちがいいな。……じゃない。一体何の件だ? ランベルトには貴族と共倒れになる役しか頼んでいないはずだが?
自分の都合の良いことしか覚えていなかったユーリ。
「では、共にその貴族、アンデルハイツ領へ行っていただけますか?」
――ランベルトと貴族が共倒れになる予定の黄金小麦の件だったか。わざわざ二人が弱っていく様を特等席で見せてくれるとはありがたい。
ユーリは満足げににやりと微笑んでいた。
「あぁ、もちろんだ。準備ができ次第向かう」
◇
豪華な馬車に乗ってユーリたちは目的のアンデルハイツ領へと向かっていた。
ユーリとランベルト、ミーアの他に護衛の兵士が数人。
馬車を使っても十数日はかかる道のりをそれなりにゆっくりとした速度で進んでいた。
ただ、前世で馬車なんてものに乗ることがなかったユーリには貴重な体験であった。
――い、意外と揺れるんだな。
すぐに気分が悪くなってしまったユーリ。
顔色が悪くなったタイミングでランベルトが馬車を止めて休憩を挟んでくれる。
ただ、ユーリとしてはランベルトに無理やり、このような旅に連れてこられたものだから、彼への評価を更に下げていた。
敵から宿敵に。
どちらにしても敵には違いないので大差ないのだが、ユーリとしての警戒度はより一層増していた。
ただ、すぐに吐き気が襲ってきて、ユーリは地面に顔を伏せていた。
そんな彼をミーアが優しく背中をさすってくれて、少し気分が和らいでいた。
単にユーリの顔色を見て心配していただけなのだが、ミーアの評価は逆にうなぎ登りに上がっていった。
へっぽこメイドからへっぽこだけど使えるメイドに。
こちらもほとんど変わらないのはお約束だった。
しかし、それもユーリが前世で人という人から騙されたことを考えると仕方ないことなのかもしれない。
――は、早く旅が終わってくれないか。
まだ王城を出て一日なのだが、ユーリはもう帰りたくなっていた。
◇
そんな生活を数日も続けていると段々馬車に乗っているのが普通になっていた。
もちろん、すぐに気分が悪くなることには変わらないが。
気分が悪くならないように身動き取らずにジッとしていると、本当に何もすることがなく、馬車の旅は退屈なものだった。
更にそんな状態なのに、別の気がかりもあった。
ランベルトの部下があまり信用はできない。
彼が連れてきた兵士。五人ほどだが、それぞれが王国の紋様が入ったマント付きの鎧を着ていたそれなりに実力を持っていそうな兵士たち。
しかし、ランベルトに忠誠を誓っているわけではないだろうし、金を渡してやれば、コロッと寝返ってくれないだろうか。
ユーリは自身の手持ちを調べる。
外交用の豪華な、黒と赤の刺繍が入ったマント。そのうちポケットを弄る。
しかし、何も見つからなかった。
その結果は当然だった。
何か買うときは人を使って買っていたし、ユーリ自身が城を出るのは大事になるので、ほとんど出かけていない。
金を持つ必要がないので、今も持っていないのは当然であった。
なら、どうするか。
こういうときのためにミーアが一緒についてきてくれていた。
ランベルトが側にいるので具体的なことは言えないが、ユーリと同じ考えを持つ彼女ならこの状況を打破するために何が必要かわかってくれるはず。
ユーリはミーアに軽くウインクをして合図を送る。
すると、一瞬迷ったミーアだが、周りを見て頷き返してくる。
――どうやらわかってくれたようだな。
ミーアの表情を見て、ユーリはホッとため息を吐いていた。
「少し冷めてしまっていますが、蒸かしたポテトがあります。お召し上がりますか?」
「って、違うー!! そういうことを言っていたんじゃない!」
思わず声を荒らげてしまう。
ただ、声を出してからまずいことをしてしまった、とユーリは眉をひそめた。
「さ、さすがに俺だけ食べるわけにはいかないだろう?」
「そういうことですね。では、皆様にもお配りしますね」
ミーアがこういうときだけテキパキとポテトを配っていく。
――俺の食べる分が減っていく……。
恨めしい気持ちを抱きながらもランベルトの手前、何も言うことができない。
ユーリは引きつった笑みを浮かべながら、自身のところにポテトが来るのを待った。
「あとはユーリ様の分ですね」
全員に配り終えたあと、少なくなってしまったポテトを持ってくるミーア。
ただ、揺れる馬車の中で移動していたのだ。
ミーアがここまで全員に配れたことの方が奇跡に近いわけで、その結果……。
「あっ……」
ミーアはその場で躓いてしまう。
そして、手に持っていたポテトはミーアの手を離れ、そのまま床に落ちてしまう。
――だ、大丈夫だ。まだ食える。
道に生えていた雑草を食べていたことを思えば、落ちてすぐのポテトはユーリにとっては十分に食べられる範疇だった。
ポテトを拾い、そのまま口に運ぼうとしたのだが、そこでユーリは自身に注目が集まっていることに気づく。
ランベルトや兵士たちが、ジッとどんな反応を見せるか注視していた。
さすがにそんな状態で食べるわけにはいかず、ユーリは落ちたポテトをミーアに返していた。
「食材は無駄にしたら駄目だぞ。これはこの領地にいる家畜にでも与えてくれ」
心の中で血涙を流しながら、笑みを崩さずにポテトを渡す。
「わ、わかりました。申し訳ありませんでした」
「それより、皆は食べてくれ。しっかり腹が満たされてないと護衛も務まらないだろう?」
――俺のポテトが。
目の前でポテトを食べる兵士たち。
その様子に口の中はよだれが溜まり、思わず息を飲み込んでいたが、それでもユーリはグッと堪えていた。
その理由は単純で、自分がこれだけ我慢してポテトを分け与えたのだから十分これは賄賂に当たる。ランベルトではなくて自分に付く理由になるはず、と考えてのことだった。
しかし、ランベルトには全く違った捉え方をされてしまう。
――このタイミングで食事ですか。それも兵士たちの。しかも改めて護衛について言及されている。……なるほど、我々を狙う人物がいるということですか。
ランベルトはより一層、周囲の警戒を強める。
すると、周りからみすぼらしい格好をした男たちがユーリたちが乗る馬車へ向かってくる。
乱雑に生えた髪、ひげも整えた様子はなく、更に衣服も所々穴が空いている上に、着替えた様子もなく、周囲に異臭を漂わせている。
頬はすっかり痩けており、体も骨が浮き出るほどであった。
ただ、武器を持っているわけではなく、護衛たちによって簡単に追い払うことができるだろう。
今は貴族と交渉することが優先。
――少々強引ではありますが、彼らには道を空けていただくとしましょう。
ランベルトは兵士たちに視線を送る。
すると、彼らは軽く頷き、腰に携えた剣を手に掛ける。
しかし、それが抜かれることはなかった。
「ちょっと待て。少し彼らと話がしたい。馬車を止めてくれ」
ユーリが馬車を止めるとそのまま彼らへ向かって行く。
「ゆ、ユーリ王子、危ないですよ!?」
ランベルトたちが慌ててユーリに近づく。
ただ、ユーリは全く別のことを考えていた。
――雑草ですら食べないと生きていけないような奴らだな。そういった奴なら食事さえ与えておけば、俺の手足になるのではないか? 使えなくなったら捨てれば良いだけだ。
悪人たるもの、悪行を働かせる部下は必要になるものだ。
それならこういった道に逸れた人間は買収するにはちょうどいい相手であった。
「ミーア!!」
「は、はいっ。なんでしょうか?」
「まだ食料は余っていたな?」
「はい。少し多めに持ってきてますので」
「なら、その余剰分をこいつらにくれてやると良い」
「っ!? よ、よろしいのですか? それは善行……」
「早く!!」
「は、はいっ!」
ミーアは大慌てで食料を配っていった。
すると、それを受け取った男たちは目に涙を溜めて何度もお礼を言ってきた。
そんな彼らを見て、ユーリは。
――もっと感謝しろ。そして、俺の良い駒になってくれ。
と、にやり微笑んでいた。
しかし、困っている人に救いの手を差し伸べるその行動を見て、ミーアは。
――どう見ても今のは善行だよね? 良かったのかな?
と、不安が入り交じったなんとも言えない表情を浮かべていた。
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