6.隠密のメイド
「ただ、ポテトを食べてるだけだな……」
「その様にございますね」
影で隠れて見ていたバノンはミュラーに対して思わず話しかける。
特に悪いことをする様子もない。
むしろ微笑ましい光景だった。
――もしかして、俺たちに見られていることに気づいたのか?
ここまで巧妙に英雄扱いされるように動いてきたユーリだ。
悪を行うにしても細心の注意を払うはずだ。
それなら自分たちに気付いているなら、悪を行わずに普通の行動を心がけてもおかしくない。
「それにしても、本当にうまそうに食ってるな。……ただのポテトだよな?」
ユーリが満面に笑みを浮かべてポテトを食べるその姿を見ているとバノンの口元からもよだれが出てくる。
「我々のももらってきましょうか?」
「い、いや、俺は別に――」
食いたいのをぐっと堪え、ユーリの観察を続けるバノン。
しかし、腹の虫は治らなかった。
「お腹がすかれたのですか? よかったらあなたたちの分のポテトも準備させていただきましょうか?」
「いや、俺の分は必要ないと言っただろう? ミュラー」
「いえ、今の声は私ではありませんが……」
「えっ……」
バノンの動きが固まる。
確かに今のはミュラーとは似ても似つかない少女の声だった。
でも、この周りに少女なんて……。
そこでハッとなってユーリの側にいたメイドに視線を向ける。
さっきまで彼女がいた場所には誰もいなくて、バノンたちの側にいつのまにかミーアが立っていた。
「うおっ!?」
バノンは驚き、一歩後ろへ下がる。
それと同時にミュラーは懐に手を入れようとするが、やめておいた。
――わ、私が全く気配を感じなかった。まるで一切戦う能力がない赤子ほどしか気配を感じさせないとは。このメイド……できる。
おそらく今ここで戦闘の意思を見せてしまうとバノンはあっという間に殺られてしまうだろう。
そう感じたミュラーは極力穏便にこの場をやり過ごそうとする。
「貴方様は?」
大体の素性はすでに調べているのだが、敢えて何も知らない素振りを見せながら尋ねる。
するとミーアは申し訳なさそうに頭を下げてくる。
「も、申し訳ありません。私はユーリ様お付きのメイドをしていますミーアと言います。お腹が空いておられる様でしたのでよかったらご一緒にどうかなと思いまして」
何事もなかった様にミーアは笑みを見せながらいう。
その表情を見ているだけだと何も考えていない様な能天気な表情に見える。
もちろん先ほどの気配の消し方を考えたらそんなはずないことはミュラーにはわかっていた。
そして、バノンの方はバノンの方で、ユーリはやはり自分たちのことに気付いていたかと確信を持つことができた。
わざわざメイドを自分たちのそばに送り込むその手腕。
――英雄か悪人かはわからないが、聞きしに勝る智謀の持ち主には違いないようだ。俺たちがつけていることを予測していたとは……。
バノンの中でユーリの危険度を一段階あげていた。
もちろん彼らの考えは最初から全て間違いだった。
ユーリは二人のことには気付いていなかったし、ミーアがそんな暗殺術を持っているわけもない。
ただ、ユーリのお付きをしてたびたび無理に呼び出されるからか、ちょっとした物音にはよく気づくようになっていた。
特に腹の音はユーリがよく文句を言うところなので、人一倍気にしている。
だからこそ、バノンの腹の音にもすぐに反応することができた。
ただそれだけだった。
「いかがしましょうか、バノン様」
「むろん、わざわざ誘ってくれているのに断る理由はないな相伴に預かるとするか」
バノンは腕を組み、嬉しそうに答える。
悪を気取っているが、バノン自身もまだ十二歳の子供だ。
ポテトに食いつくのも無理はなかった。




