0.プロローグ
光の英雄――民衆を闇の恐怖から救う、普通ならできないような事柄を成し遂げる伝説の人物のことである。圧倒的力と魔力を兼ね備えた文武両道の勇者であり、悪を許さない。悪に対する絶対的な力を持ったもののことだった。
アルマーズ公国からもたらされた神託にはその英雄が現れた、とある。
英雄と悪人は対極たる存在だ。
どちらか片方だけ存在する、ということはあり得ない。
ユーリが悪人である、というのならそれの対極に存在する英雄がいても何らおかしいことではない。
闇があるところに光もまた存在するのだから――。
◇
――どうして学校に行くのはこんなに憂鬱になるのだろうか?
日に日に近づいてくるアルマーズ公国にあるセントミジュ学園へ行く日を前に、ユーリの気持ちは落ち込んでいた。
その理由は簡単だ。
自分の命を狙ってるであろう人物が潜んでいるのが分かっているのに、なんで喜んでいけるだろうか。
しかし、そのことに自分以外は気づいていない。
特にミーアだ。
彼女は意気揚々とユーリの服を鞄に詰め込んでいた。
「普通の服とパーティー用の服がそれぞれ三十着……」
「ま、待て! どうやったらそんなに必要になるんだ? 数着あれば十分だろう?」
「ダメですよ! その日その日に合う服を準備するのが私の仕事です! ユーリ様に恥をかかせるなんて真似、できませんから」
はっきりと自分の意見を告げてくるミーア。
彼女からしたら、ユーリの身なりを整えることこそが自分の仕事。
むしろ、それ以外は自信がないのだから、そこで力を発揮するより他なかった。
そして、ユーリがわざわざ自分を学園へ連れて行くと決めたのだから、衣装を整える役目の自分が必要になった、と考えていた。
だからこそ、手を抜かない。
考えある限り、すべての可能性を想定してそこで使う衣服を用意する。
「あっ、そうだ。女性用の服も……」
「そんなものはいらん!」
思い出したように声を出すミーアに、思わずユーリは声を荒げて否定してしまう。
「――全く、いったいどんな服装をさせるつもりだ。学園なのだから決められた服装があるだろう?」
「ふふっ、そんな服はありませんよ? そもそも同じ服を大量生産させるなんて大変じゃないですか」
ミーアはクスクスと笑っていた。
――むしろ、こうやって大量の服を持ち運ぶ方が大変だと思うのだが。まぁいい。どうせ運ぶのはミーアだ。俺は運ばないのだから、むしろわがまま王子に見られて、それはそれでいいのではないか?
学園に通う奴の中には、世紀の大悪人たる自分のことを知らない人間もいるかもしれない。
自分のメイドにとんでもない量の荷物を持たせて歩くなんて、わかりやすい悪行だ、と思わず笑みをこぼしていた。
「わかった。それじゃあ、どんどん詰めてくれ。なんだったらポテトも大量に詰めて行くか?」
より重くなった方がミーアが苦しんでいるように見える。
それにいつでもポテトが食えるようになるので、一石二鳥だった。
しかし、それを聞いたミーアは再びくすりと笑う。
「ユーリ様、本当にポテトがお好きですよね。大丈夫です、アルマーズ公国はポテトの名産地ですので、わざわざ持って行かなくても好きなだけ食べられますよ」
「そういえば名産だって言っていたもんな。なるほど、ポテトの畑なんかも見に行くのも楽しそうだな」
ユーリとしては採りたてのポテトをその場で食うのもいいな、と考えただけなのだが、ミーア的にはまた違った考えを抱いた。
――ユーリ様が畑に? 芋掘りをしたいのかな? さすがに子供っぽい気がするけど、公国だから自分を出しても問題ないと思われたのかな?
「わかりました。ランベルトさんに相談して、手配できるか確認しておきますね」
「あぁ、よろしく頼む」
――これで学園に行く楽しみができたな。
英雄なんて厄介な相手がいるせいで気が重たかったのだが、行く楽しみができた。
――そうだよな。そもそもそんな危険な奴に近づこうとするのが間違いだよな。そんな奴には適当に部下をけしかけて、俺は好き勝手に行動する。それが一番だよな。
とりあえず、英雄っぽい奴には近づかないでおこう。
そう深く心に決めるユーリだった。
◇
服の準備を終えたミーアは早速畑のことをランベルトに相談しに行った。
「ほう、ユーリ王子がそのようなことを……」
眼鏡を持ち上げながら考え事をするその姿は眼鏡大臣の名にふさわしい。そんなことを考えながら、ミーアは頷いていた。
「はい、おそらく息抜きがしたいのかと思います。……手配、できますでしょうか?」
「いえ、おそらくは全く別の考えですね」
「……別の考え?」
――そんなに深く考えられていたようには見えなかったんだけど。
でも、相手がユーリということを考えれば、それもありえないことではないので、ミーアは首を傾げるにとどめた。
「えぇ。おそらくユーリ王子はこの前の大飢饉の兆候から、我が国の農業を成長させることが必須だと考えられたのでしょう。アルマーズ公国はポテトの名産地。参考になることは多々あるでしょうから」
他国に勉学に行ってる間すらも王国のことを考えてくれる。
そのことに感嘆すら覚えるランベルトだった。
――ユーリ王子こそが真の英雄。ならばこそ、影の悪人なんて奴はユーリ王子の手を煩わせるまでもなく、内々に処理をする。ユーリ王子が本来の力を発揮できるように余計な心配はさせないように……。
その為にランベルトができること。それはユーリに気づかせることなく、その悪人を排除することだった。
もちろん簡単にはいかない。
まずはその影の悪人が一体誰のことを指しているのかを探らないといけない。
ただ、大変だからこそやりがいもある。
――眼鏡大臣として、ユーリ王子の期待に沿う為にも、ここは頑張らないといけませんね。
おそらく、ユーリ自身もランベルトがそう動くことも織り込み済みなのだろう。
その証拠にユーリが悪人のことを言ったことは一度もない。
わざわざ自分が話すまでもない、ということなのだろう。
つまりはランベルト側で容易に対処できる程度の問題。
むしろこのくらいは対処してくれると思われているはず。
ならば、その期待に応えてこその腹心である。
ランベルトは気合を入れて悪人についての情報を探り出していた。
もちろん、ユーリはそんなことを考えているはずもない。
むしろ自分が悪人だと思っているので、勘違いも甚だしかった。
ただ、そのことを聞いて、ミーアも驚きの表情を浮かべる。
「ミーアもユーリ王子の補佐をよろしくお願いしますね。わざわざユーリ王子があなたをお付きとして連れて行く理由は必ずあります。そのことを重々お忘れなく」
「は、はい。ユーリ様のご期待に添えるように頑張らせていただきます」
「いい返事です。念のためにこちらの袋を三つ、準備させてもらっています。困ったときに開けてください。そのときに必要なことが書かれていますので」
ランベルトが袋を三つ渡してくる。
それをミーアは大切そうに受け取っていた。
「ありがとうございます。いざというときに使わせていただきますね」
「では私はルミと少し話をすることができましたので、これで失礼します。ユーリ様のことよろしくお願いします」
「は、はいっ」
何度も言われると少し緊張してしまうミーア。
本当になんで自分がたった一人のお付きとしてユーリと共に行動するのだろう、と疑問しか浮かばなかった。
でも、ランベルトが言うには、そのことに何か意味があるはず。
――一体私に何ができるの?
真剣に考えるミーアだが、その答えが出ることはなかった。
いや、出るはずもなかった。
ユーリがわざわざミーアを選んだ理由、それは同じ悪を志す人間(とユーリは思っている)からだなんて、ミーアはおろか、ランベルトすら理解していなかった。
◇
ランベルトは畑のことを相談する為にルミの下を訪れていた。
ルミはいつものことながら水尚省の部屋の奥にある書庫で食い入るように本を読んでいた。
「ルミ、今お時間よろしいですか?」
「ダメって言っても話してくるんでしょ? どうしたの?」
ルミは本を読んだまま一瞬だけランベルトを見る。
それが承諾の意思だと思い、ランベルトは話を続ける。
「ユーリ王子の命令についてです」
「――また何か無茶な注文でもされたの?」
ルミが呆れた表情を浮かべてくる。
「ユーリ王子は我々ができるギリギリの範囲を見定めて指示を出してくれてますよ。それで今回ですが、アルマーズ公国でポテト畑の見学をしたいそうです」
「――また難しいことを言ってきたね。流石にアルマーズ公国のポテトと言ったら、名産中の名産。そう易々と情報を流してくれるとは思わないよ?」
「いえ、今回は本当に見学だけでいいそうです。あとはユーリ王子がなんとかしてくれるそうです」
「……まさか畑を燃やす、なんてこと言わないよね?」
ルミが訝しんだ表情で聞いてくる。
するとランベルトは鼻で笑い飛ばしていた。
「はははっ、ユーリ王子がそんなことするはずないじゃないですか」
ただ、ルミとしてはユーリの悪い笑みを知っている以上、そのくらいのことはやりかねないと思えてしまう。
しかし、一瞬でランベルトに否定されたので考えを改める。
「まぁ、わかったよ。そっちはぼくの方から手紙を出しておくね。でも、それだけじゃないよね? わざわざこんなところまで来るなんて――」
今までも手紙だけを渡されることは多々あったが、わざわざやってくることは稀だった。
そして、その時は決まって何か特別な用があったのだ。
「えぇ、神託の件です。ルミの方でも影の悪人について調べておいてくれませんか?」
「あぁ、あの件ね。正直、ぼくはそれが誰か、の部分はそれほど大事だと思ってないよ」
――だって、どっちもユーリ様のことだもんね。
英雄であり、悪人でもある。
まさに今のユーリを表すのにぴったりの言葉だとルミは思っていた。
むしろあの神託の言い方だと、どう考えても同一人物だろう。
『この世界に光の英雄と影の悪人たる子供が現れた』
アルマーズ公国からもたらされた神託。
しかし、それは手紙で伝えられた言葉であり、そのままの神託ではない。でも、意味合いがほぼ同じならこの言葉は複数の意味合いに取ることができる。
特に〈光の英雄と影の悪人〉たる子供が現れた、と読めば同一人物にしか思えなくなる。
そうなると、この神託はユーリのことを表していて、ユーリの今後の行動如何でどちらにもなりうる、と言っているようにルミは思っていた。
お待たせしました。第二部開始となります(੭ु˙꒳˙)੭ु⁾⁾(気が付いたら2万まであと500ptほどになってることに驚いてしまいました)
更新は2、3日に一度。時間は20時を予定しております。
ただ、この更新回数も執筆できた文字数により左右しますので、ご了承ください。




