13.種と金の交換
準備を済ませたユーリたちは早速馬車で近くの貴族領へ向かうことになった。
ランベルトとユーリ、そしてミーアとルミという四人が乗り込む。
すると、後ろの馬車に護衛が数人乗ることになった。
今回の目的は粗悪品を強制的に買わせること。
ユーリが準備したのは何ができるかもわからない、貧困街の少年からもらった種だった。
これはたまたまミーアと町の中を歩いていたときに、その一角があまりに臭かったので、ランベルトに命令して、無理やりその場所から立ち退きをさせて、清潔感溢れる町並みに変えたのだ。
無理やり立ち退きをさせるなんて、なんとも悪役らしい命令ができたとユーリは笑みを浮かべていた。
しかも、ランベルトに仕事を押しつけることができた、という達成感もあった。
そのあと、どうなったのかはユーリは興味がなかったが、町を歩いていても臭気を感じることがなくなったので、ランベルトがしっかり仕事をしてくれたようだ。
その際に少しボロボロの服を着た子供が「ユーリ王子様、ありがとうございます」と突然渡してきたのがこの種だった。
もちろん、それがどんな種なのかも知らないし、怪しいものの可能性もある。
だからこそユーリはそれを放っておいたのだが、粗悪品として渡すにはちょうど良いと思い、持ち出していた。
「ユーリ王子、貴族の方に売るものはお決まりなのですか?」
「あぁ、もちろんだ」
ランベルトが確認をしてくると、ユーリはさしあたりのない返事をする。
しかし、内心ではほくそ笑んでいた。
――くくくっ、これなら貴族のやつも困らせることができるだろう。以前は貴族自身が貧乏だった、ということで館を取り上げる以上のことはできなかったからな。今度こそしっかりと、復讐を果たそう。
怪しい笑みを浮かべるユーリのことをルミは横目で眺めていた。
――悪いことを考えていそう……。
完全にユーリのことを悪だと決めつけて、その行動の全てを見ていた。
そうすると、本当に全ての行動が悪のために動いているように思えてくる。
――そもそも、今回だって貴族から金を巻き上げるためだけに向かうわけだし、ぼくはついてこなくても良かったんじゃないの?
ルミはそんな疑問が浮かんでくるが、そこでハッとなる。
――も、もしかして、邪魔なぼくをこの道中で消すつもり? き、きっとそうなんだ……。ユーリ様には隙が見せられないね。
それからというもの、ガードもかねてルミは自分の荷物で顔を隠しながら、こっそりとユーリの姿を伺っていた。
◇
それから数日が経過する。
一番近くに住む貴族に会いに行くだけなのだが、それでもかなりの距離だった。
そして、馬車に弱いユーリは相変わらず顔を真っ青にしていた。
「うっ……、さすがに馬車は揺れるな」
「大丈夫ですか、ユーリ様?」
ミーアが背中をさすってくれる。
たった二回で乗り物酔いしなくなるはずもない。
むしろ今回は通ってきた道が以前のときと比べて、かなりでこぼこしていたようで揺れが酷かったように感じていた。
しかし、今回はユーリ以上にルミの顔色が悪かった。
確かにかなり道が悪く揺れは酷かったが、それ以上にルミはユーリを警戒するあまり、一睡もしていなかった。
その疲れも相まってかなり体調は良くなさそうだった。
――これは誰かが俺を弱らせるために仕掛けた罠か? くっ、その手に乗って溜まるか。
怒りを露わにしたユーリはランベルトに命令する。
「この道は整備しろ! 金は今回巻き上げた分から出すと良い」
「そうですね。確かにこの道だと馬車の車輪も簡単に壊れますからね。かしこまりました。すぐに整備の手配をさせていただきます」
――珍しく怒っているユーリ王子。おそらくルミのことを心配されたのですね。優しいお方ですから。
ランベルトが相変わらず眼鏡を持ちあげながら、全く違う方向に思考を働かせる。
ユーリの優しさに触れてランベルトは感服していた。
ただ、ユーリがそんなことを考えているはずもなく、また散財をしてランベルトの仕事を増やしてやった、と悪い笑みを浮かべていたのだが。
「そういえば、これから会う貴族はどういうやつなんだ?」
「フロッツェン卿という方ですね。昔から王国を支えてくださっている大貴族の方になります。おそらくユーリ王子の思いを伝えていただきますと、しっかり対応してくださるかと」
「……なるほどな」
――つまり、騙しやすい相手なのだな。それなら予定通りに事を運ぶのもつまらないな。更に金を吹っ掛けてやるか。
ユーリはにやりと微笑んでいた。
そして、フロッツェンの館へと到着する。
すると、彼はすぐにユーリたちを出迎えてくれた。
「ようこそ、お待ちしておりました、ユーリ様」
フロッツェン卿は諸手を挙げてユーリのことを歓迎してくれる。
それが逆にユーリに警戒心を抱かせる。
――なんだ、こいつ。これから何されるかわかっているのか?
ユーリたちはフロッツェン卿から金を巻き上げに来たのだ。
それなのに笑顔で対応されることに違和感しか感じなかった。
ただ何事もなく応接間へと案内されてしまう。
「お話は既にランベルト様より伺っております。なんでも金銭が必要になるので寄付をしてほしいとか」
「いや、ただで金をくれ、なんて言うつもりはないぞ。この種と交換してやる」
ユーリはテーブルの上に種を転がす。
その雑な扱いにフロッツェン卿は首を傾げる。
「これはなんでしょうか?」
「見ての通り、種だ。畑に植えたら育つ」
「そ、それはわかりますが……」
フロッツェン卿が少し焦っていた。
――もしかすると、もっと良いものと交換で金を渡す約束でもしていたのだろうか?
それならばユーリとしては好都合だった。
「くくくっ、いらないのか? ならば他の貴族のところに持っていくが?」
「そ、そんな……。か、かしこまりました。では、予定通りの金額を払わせていただきます」
フロッツェン卿が金額を提示してくる。
それは以前のバルドルのときに比べたらはるかに高額だった。さすが古参の貴族だけはある。
しかし、ユーリはそれでは満足していない様子で、腕を組みながら伝える。
「たったそれだけか? その倍は出す価値があると思うぞ?」
「ゆ、ユーリ様!? いくら何でもそれは……」
ユーリがあまりにも高額を取ろうとするものだから、フロッツェン卿が慌て出す。
その様子を見ていたルミも、やっぱりユーリは悪い人、という気持ちを強くしていた。
しかし、フロッツェン卿は覚悟を決めて答えていた。
「かしこまりました。では、その金額を払ってそちらの種を購入させていただきます」
ランベルトは驚いていたが、フロッツェン卿は笑みを見せながら答える。
「かの王国の英知が、それだけの価値がある種、と仰ってるのですから間違いないのですよ。それはあなたも同じ考えでしょう?」
「た、確かにユーリ王子はこれまで一度として間違ったことをされたことはありませんから」
きっと、金額を上げたのも何か理由があるはず。ランベルトは改めてその理由を考える。
――そういえば、ここに来る途中で道の整備を頼まれましたね。
その金は今回の分から払うように言っていた。
でも、それ以外にもいくらでも金銭を使うところはあるのだ。
むしろ道路の整備は突然出てきた追加費用。
ユーリとしても想定外だったのかもしれない。
だからこそ、ユーリはその道の補修費用を追加でもらおうとしたわけだ。
そして、それは将来この領地のためにもなる。
つまり、先行投資というわけだ。
ただ、先ほどの一瞬のやりとりでユーリはそこまで考えていたようだ。
改めてランベルトはユーリの英知に驚きを隠しきれなかった。
もちろん、ユーリがそんなことを考えているはずもない。
金はあればあるだけいい。その方が悪役らしい。
そんなことしか考えていなかったのだ。
ただ、ルミだけは訝しんだ表情を見せる。
――ど、どうしてあんなわけもわからない種にあれだけのお金を払うの? みんなユーリ様に騙されてるんだよ。
しかし、この場はルミ以外全員笑顔という結果で終わっていた。
◇
そして、今回の結果がわかるのは半年が過ぎたことだった。
そこでようやくユーリが渡した種のことを知ることになる。
それはいつもと同じ水尚省で手紙をまとめていたときのこと。
ルミは珍しくランベルトに呼び出されたので向かうと、また以前同様にユーリたちと馬車に乗る羽目になった。
なんでも、フロッツェン卿がぜひ皆をお呼びしたいと言っているようだった。
それを聞いてルミは。
――やっぱりあんなわけもわからない種を渡したことを怒ってくるんだろうな。
と、少し不安に思っていた。
しかし、数日の道のりを掛けて、フロッツェン領へたどり着くと、まず目に留まったのは真っ赤に育っていたたくさんのトマトだった。
そして、フロッツェン卿は諸手を挙げて歓迎してくれる。
「ユーリ様、よくぞお越しくださいました」
「これは立派なトマトですね。ここまで育っているのはなかなか見たことがありませんよ」
ランベルトが素直に感心していた。
すると、フロッツェン卿は笑みを浮かべながら答える。
「えぇ、どうやらここの土地がトマトを育てるのにものすごく良かったらしく、立派に育ってくれました。それでユーリ様にはお礼を、と思いまして」
「何のことだ? 俺はただ金と種を交換しただけだ」
「えぇ、えぇ、ユーリ様ならそう仰ると思い、こうやってお呼びしたのですよ。本当はこうなることも全てわかっておられたのでしょうけど。だからこそ、せめてと思って存分にもてなさせていただきます」
「まぁ、歓迎してくれるのなら断る理由もないな」
ユーリは腕を組みながら頷いた。
しかし、ルミは驚きのあまり口をぽっかり開けたまま身動きが取れなかった。
――嘘。ど、どうしてこんなことになっているの? だ、だって、ユーリ様はお金を巻き上げるために使えないものと交換したはずなのに。
トマトの種もポケットにしまうような雑さだった。
こんな扱いをしているのだから、どう見てもたいした種に見えなかった。
それこそ使わないから押しつけようとしたように思えた。
「ユーリ王子ならこのくらい当然ですね」
ランベルトはまるで自分のことのように嬉しそうにしていた。
そこまで自信たっぷりにされたら、本当にユーリがここまでのことを予測していたように思えてしまう。
しかし、首を振ってその考えを否定する。
――そ、そうよ。それならお金をもらわなくてもよかったのよ。無理やり大量の金を奪い取ったのはユーリが悪人である証拠。
そう思ったのだが、そのタイミングでフロッツェン卿が言ってくる。
「道も整備してくださったようで、出荷作業もずいぶんとやりやすくなりました。これもかなり費用がかかったのではないのですか?」
「いえ、これもユーリ王子が手を打ってくださったおかげです」
――もしかして、大量のお金が必要な理由。それって道を整備するため!? そ、そんな……。それじゃあ、本当にユーリ様は国のためを思って……。
信じられない目でユーリのことを見るルミ。
しかし、ユーリが悪という考えがこびりついて、すぐにその考えを信じることができなかった。
これにて2章のメインの話は終わりとなります。
明日にフロレンティーナ側の話を挟みまして、いよいよ第3章では大飢饉が襲来します。
十分な対策を取ったユーリたち。その結果がどうなるか。お楽しみに。




