12.水尚省の少女
ダンスパーティーの一件以来、ユーリとフロレンティーナは頻繁に手紙のやりとりをするようになっていた。
そうなってくると機密書類を扱う水尚省へと出向く日が増えてくる。
悪役を目指していて、こういったことは邪険にしそうなユーリが珍しく文通を続けている理由。
それはフロレンティーナが悪人を目指している、とユーリが思いこんでいるからに他ならない。
今日もフロレンティーナから『貴族たちを騙して、金を奪い取った』という手紙が届いていたので、ユーリは笑みをこぼしていた。
正確には『孤児院を作るための寄付金を募り、思ったよりたくさん集めることができたので、これで孤児の数が減りそうです』と書かれていたのだが。
ただ、フロレンティーナが悪人を目指している、という情報を追加すれば、『孤児院を作る』という部分は貴族を騙すためについた嘘なのだろうとユーリは予測していた。
だからこそ、ユーリは『その調子でどんどん悪に励んで、共に世界を支配しよう』と返事をする。
もちろん、これもフロレンティーナは全く違う方向に勘違いして、『悪=自分を犠牲にして』と変換して、身を削ってでも世界を良くしていこう、といわれている気持ちになっていた。
そして、その二人の勘違いに誰も気づくことなく、婚約破棄をしようとしていた皇帝までも、今は手紙が届いたときのフロレンティーナの喜び具合を見て、ユーリの評価を順調に上げていたのだった。
いや、一人だけユーリのことを疑う人間はいる。
その人物は水尚省に勤める一人だった。
王族への手紙を精査したり、送る手紙をチェックしたりする水尚省。
ユーリは今日もそこへ手紙を持ち込んでいた。
そんなユーリの書類をチェックしていたのが、水尚省期待の新人であるルミ・パーナー。
弱冠十八歳で、この水尚省に入った若き才女であった。
オレンジ色の長い髪を両側で三つ編みにし、子供にも間違われがちな少し低めな背丈。
水色の垂れ目。
学生服にも似た服装と帽子を被っているせいもあり、尚更若く見られがちの少女であった。
そして、少し気弱な性格ではあるものの、書物には目がなく、才女の名前の通り仕事はできる少女だった。
ただ、物語をよく読むところから少しだけ夢見がちなところがある、というのがもっぱらの評判でもある。
そんな彼女は最近すごく悩んでいることがある。
それは、ユーリが出している手紙のことだった。
そこには悪だとか世界を支配だとか怪しげな内容が連なっていた。
――もしかして、ユーリ様って悪人? ……まさかそんなことないね。
一国の王子が悪人のはずない、と鼻で笑うルミだが、そんな手紙を毎日見ていると不安になってくる。
ただ、周りの人にユーリのことを聞いてみても悪い話は全く聞かない。
つまり、これは自分が心配しすぎ、と思っていた。
そのタイミングでユーリを見かけたものだから、思わず隠れてしまう。
――わざわざ隠れなくても良いのに。
自分の行動に苦笑を浮かべながら出て行こうとした瞬間、ユーリが何か呟く。
「そろそろどこかの貴族から金でも巻き上げないといけないな」
「っ!?」
周りには誰もいない状況。
当然ながら今のセリフはルミしか聞いていない。
ただ、そのセリフはどう考えても悪人のそれとしか思えない。
驚きの表情を見せるルミに対して、ユーリは彼女に気づくことなく去っていった。
先ほどのユーリのその言葉にそれはど深い意味はない。
フロレンティーナが貴族たちから金を奪ったみたいだから自分もしても良いかな、程度の考えで呟いていたのだ。
しかし、その言葉を聞いてルミは確信した。
――き、決まりだ! ユーリ様は絶対に悪人……。普通の人はお金を巻き上げたりなんてしないよ。
ユーリが悪人というのなら、さすがにそのまま放っておくわけにはいかない。
ルミはまず、ユーリのことを一番知っているであろうランベルトに相談してみることにした。しかし……。
「はははっ、ユーリ王子が悪人? そんなことあるはずないじゃないですか。私はユーリ王子ほどの善人は見たことがないですよ」
ランベルトは速攻でルミの考えを否定してくる。
しかし、ルミは必死に説得をする。
「だ、だっておかしい……。いきなり貴族からお金を巻き上げるってことをいうはずがないよ?」
「そうですね。ユーリ王子は我々の考えも及ばないところまで思考を凝らしているお方ですから。貴族からお金を巻き上げる、もそのまま受け取ってはいけないのでしょうね」
ランベルトが顎に手を当てて真剣に考える。
そしてある答えにたどり着く。
「なるほど、そういうことなのですね。今、ユーリ様は大変革をされている途中。金銭はいくらあっても足りないですからね。おそらく、いかにして貴族たちに寄付金を募るかを考えられていたのですよ」
「それが、無理やりお金を巻き上げること?」
「いえ、その逆です。むしろどうやって平和的に寄付を募るか、それを考えられていたのではないでしょうか?」
「……?」
ランベルトが何を言っているのか全くわからないルミ。
もちろんこれはユーリが至高の存在である、というフィルターを通してでないと見えないことだった。
すると、ランベルトはわかりやすく説明する。
「つまり、これは誰もいないところで呟いた、というところがポイントなのですよ。具体的な策は今練られているのでしょう。我々にできることは少しでもそれのサポートができるように、知恵を絞り、その考えの手助けをすることだけです」
眼鏡を持ちあげながら、自信ありげに答えるランベルト。
しかし、それをルミは呆れた様子で見ていた。
――いや、さすがにそれはすごいこじつけではないの?
直接その現場を見ていたルミとしては、本当に金銭を巻き上げようとしている、といわれた方が納得ができた。
ただ、ランベルトはユーリが何か深い考えの基、発言しているのでは……と疑っていた。
いつも、はっきりと説明してくれないユーリ。
むしろ、こうやって他の人に考えさせることによって、周りの成長を促している節すらある。
なんといっても王国の英雄とも言われるお方なのだから、とランベルトは自信ありげだった。
相変わらず眼鏡の曇っているランベルト。
しかし、ルミはどうしても腑に落ちることはなかった。
◇
ランベルトは「急ぎ調べることができたから」と去っていった。
そのあと、ルミは更に詳しい話を聞くためにユーリの専属メイドであるミーアに会いに行った。
「ユーリ様が悪を目指されている!?」
「そんなことを聞いて、専属メイドであるミーアさんなら何か聞いてないかなって」
「そうですか……。ルミさんもお聞きになったのですね。そうなんですよ、やっぱりあのくらいの子だと、悪役とかに憧れを持つ時期ですよね!」
ミーアが目を輝かせて、嬉しそうに答えてくる。
まるで同士でもできたかのように満面の笑みを浮かべて。
――ただ悪に憧れていただけ? 確かにそれならまだあり得るかもしれない。
ルミもミーアの話ならランベルトより納得しそうになった。
あのくらいの子供は正義を志すより悪を為すことの方に憧れを持つのは物語でもよくあることだったから。
ただ、ユーリの去っていく前のあの笑み。それがどうしても嘘偽りなものだと思えない。
こうなるとやっぱり本人を見張るしかないか、とルミはユーリを尾行することにした。
◇
ユーリを実際に尾行してみた。
しかし、普段の彼は特に悪いことなんてしていなかった。
むしろ部屋からほとんど出ていない。食事も自分の部屋で取ることが多い。
フロレンティーナとの手紙に書かれていた、世界を支配するようなことはしていないようだ。
――やっぱり、ぼくの考えすぎ?
そんなことを考えたときに、ついにユーリが動きだした。
珍しくユーリが部屋から出て行く。
その理由は単純でランベルトに呼び出されたからだった。
その後ろをルミが追いかけていることにユーリは気づいていなかった。
「ユーリ王子、来てくださってありがとうございます」
「それは構わないが、何かあったのか?」
「少しご相談したいことが。貴族たちに寄付をしてもらう件になります」
「……んっ? なんだそれは?」
ユーリは本当に何も知らなさそうだった。
するとランベルトが告げる。
「以前ユーリ王子が水尚省で呟いていたことです。『貴族から金を巻き上げる』という件です」
「あ、あぁ、あれのことか」
ユーリはようやく何のことか思い出していた。
――ランベルトに聞かれていたのか。それなら今日は説教か何かか?
あまりにも悪っぽい言動。
正義を志すランベルトが見過ごすはずもなかった。
しかし、ランベルトの言葉は全く違うものだった。
「例えば、何かものと引き換えに寄付を要求する、とかをしてはどうでしょうか?」
「なるほど、それは良いな」
よほどこの国は金に困っているのか、ランベルトも貴族たちから金を巻き上げる方法を考えてくれたようだった。
――粗悪品をつかませた上で金まで奪い取る。なるほど、ランベルトも俺と一緒にいたからか、なかなか悪逆非道な考えができるようになったようだな。
ユーリは腹の底から笑い声を出していた。
もちろん、ランベルトの頭の中には粗悪品をつかませる、なんてことはなく、良いものを提供して、そのための資金援助を頼もうと思っていたのだが。
「くくくっ。なかなか良い案だ、さすがはランベルト」
「はっ、恐悦至極に存じます」
ランベルトが深々と頭を下げてくる。
その悪い笑みを見てルミは確信する。
――絶対にユーリ様は悪人だ!
しかも、周りの人は全員洗脳されている。
こうなったら自分がユーリの悪行に関する決定的な証拠を見つけてやる、とルミは意気込む。
そして、ユーリたちの前に姿を現して、指を突きつけながら言う。
「絶対にぼくが、ユーリ様の悪行の証拠をつかんでみせるんだから!」
それを見ていたユーリたちは一瞬動きが固まる。
しかし、すぐにランベルトは慌てた様子でルミに近づいていく。
「な、何を言ってるのですか!? 今ならまだ勘違いですみますので、ユーリ王子に謝ってください!」
「嫌だー! ぼくがこの国を守るんだー!」
ランベルトに体を持ちあげられたあと、必死に手足をばたつかせるルミ。
――まさか、妄想する癖がありましたが、ユーリ王子を悪人と勘違いするなんて。
ランベルトは彼女の処遇について考えていた。
しかし、ユーリは更に低い声で笑いだす。
「くくくっ、構わん、ランベルト。俺の行動を監視するやつがいた方が面白い。おい、そこの、お前も一緒に付いてこい。貴族たちから金を巻き上げるぞ」
「えっ、う、うん……」
一緒に行動することになるとは思わなかったルミは、驚きの声を漏らしてしまう。
ユーリとしては正義を志すものは監視下に置いておきたかったのと、純粋に自分を悪だと直接言ってきた人間はルミが初めてだったので、単純に興味がわいていた。
そんな二人を見て、ランベルトは思わずため息が出てしまう。
――確かにルミは才女。得がたい才能を持っていますからね。今回の旅で更生してくれるといいのですが……。
しかし、勘違いをしているのは自分の方で、実はルミの方が真実を告げているなんて、ランベルトは思いもしなかった。




