10. 皇女の決意
それと同時に今はまだ、自分のことを知らないとユーリは言っていた。
確かに皇帝はユーリとの仲が良くならなかった場合、ウルアース王国と縁を切るつもりでいた。
こんなことを考える人間はどう考えてもウルアース王国にとって、害しか与えない。
それならば初めから切ってしまおう。
どうせ、最終的に切るのなら早めの方が傷は浅い。
ユーリはそう考えたのだろうと予測をする。
だから、フロレンティーナのことをまた知らないと言ってきた。
本当なら自分の婚約者で、一度会っている皇女のことを忘れるはずがない。
しかし、自国のことを考えると、むしろフロレンティーナのことは知らないという方が良いこともわかる。でも……。
――なんででしょう。すごく悔しい……ですね。
自分は必要ない、といわれている気持ちになってくる。
全てが蚊帳の外。
もちろん、そんなことをユーリがそこまで深いことを考えているはずもないのだが。
「あのとき……」
顔を伏せたフロレンティーナがゆっくり声を開く。
「んっ、なんだ?」
「あのとき、私はどうしたらよかったのでしょうか?」
あのとき、というのがユーリにはどのことかわからない。
ただ、どんなときでも悪を成す以上にふさわしいことはない、ということをユーリは知っている。
だからこそ、ユーリは自信たっぷりに答えていた。
「悪を……。悪いことをすればいい」
「わ、悪いこと……ですか!?」
さすがにわけがわからないので、聞き返してしまうフロレンティーナ。
すると、ユーリは更に詳しいことを教えてくれる。
「あぁ、ここでこういったことをするのは駄目だ、ということはあるだろう? そういったことを進んで行うと良い」
――駄目だ、ということですか。帝国ではお父様、皇帝に逆らうのは禁止されていることですが、ま、まさか!?
ユーリは自分に帝国を裏切れ。といっているようだ。
さすがに、そんなことはフロレンティーナには考えられなかった。
「そ、それは私には……」
「その先にしか本当の自由はないぞ?」
善を行うことで全てを奪われたユーリ。
真の自由を得るには悪しかないと確信している。
まるで全てを悟ったかのようなユーリの物言い。
全て事実を言っているのだろう。思い当たる節はフロレンティーナにもあった。
生まれてすぐにユーリを婚約者にするように言い渡された。
それからというもの、皇女としての生活を余儀なくされ、他の生活なんてほとんどさせてもらえなかった。
そして、それはこれからもずっと続くだろう。
確かにそこには自由などない。
そんなことはフロレンティーナにもわかっている。
――でも、それでも帝国を裏切るようなことは……。
フロレンティーナが必死に頭を悩ませていた。
その様子を見て、ユーリは教育施設を作るのもいいな、とかぼんやり考えていた。
小さいときから徹底的に悪をたたき込む。
そうすることで将来は自分の部下になる人間を作り上げる。
今のフロレンティーナを見ていて、そういったことをしても良いかもしれない、と考えていた。
これがのちに大陸最高峰の教育機関であるウルアース王国学院、通称ユーリ英雄学院設立のきっかけであった。
そこでは貴族、平民問わずに学ぶ意欲のあるものには門が開かれ、王国最高の知恵と言われたユーリが直々に選任した教師陣によって、質の高い教育を受けられたのだが、それはまた別の話でもあった。
もちろん、学院長はランベルトで、彼を指定した理由が忙しそうにしていたから、もっと仕事を増やしてやろうと思った、というユーリの心遣いからだったのはいうまでもない。
◇
「やっぱり私にはすぐに決められそうもありません。帝国を捨てるなんて、そんな大それたことを……」
「んっ、どうして帝国を捨てる話になるんだ?」
ポカンと口を開けて、ユーリの顔を見るフロレンティーナ。
それもそのはずで今までの考えを一瞬で否定されてしまった。
「えっ、だって、悪いことをするのですよね?」
「そうだ。でも、それは帝国を捨てなくてもできるだろう?」
そもそもどうして帝国の話が出てくるんだ? とユーリは首を傾げていた。
しかし、フロレンティーナは全く違う方向に思考が行く。
――もしかすると、私は勘違いをしていたのでしょうか?
ユーリの言葉はそのまま捉えたら駄目なのかもしれない、と考える。
そもそも今までもユーリが言うことは基本言葉不足だった。
初めてフロレンティーナがユーリと出会った日。
『ちんちくりんなチビ』
これだけだとただ貶されているようにしか思えない。
まさかこれが王国の未来を見据えての発言だなんて考えも及ばなかった。
そのときも具体的なことを説明してくれていたら、彼女が涙を流すことはなかった。
むしろ協力をすることもできたはずだ。
しかし、それがユーリという人物なのだ。
常に思考が先の先まで及んでいる分、途中の説明がほとんどないのだ。
つまり、先ほどの『悪いことをすればいい』も言葉の通りに捉えてはいけない。
――確かに普通に悪いことをしてしまうと罪で罰せられてしまいます。いくら私が皇女だとしても。
つまり本当の目的はそのあとに言ってくれた『ここでこういったことをするのは駄目だ』の部分になるのだろう。でも、これも文字の通りに受け止めては駄目なはず。
――駄目……、つまり人が嫌がること……。
フロレンティーナはぼんやりと考えをまとめつつ、ユーリが今までにやってきた(らしい)ことを思い返す。
人伝いに聞いたことにはなるので、どこまで本当の話かはわからないが。
自ら進んであまりの食事量を減らすことで、貴族たちが破棄する食料を減らすことに成功した。
治癒の効果があるパンをほぼ無料同然で配って回った。
黄金小麦の栽培に成功し、国内の食糧自給率を大幅に上げた。
大きいものはこの三つだが、細かいところでいうなら数え切れないほどの量があった。
もちろん、この全てが実際に起こったことだとフロレンティーナは思っていない。
いくつかは人伝いに話が進んでいき、その際に色々な脚色が付いたのだろうと想像が付く。
でも、噂になるということはそれに近しいことは行ったはずだ。
――ユーリ様が行ってきたことを考えると困った人を助けていますね。でも、貴族たちの反発がありそうなことを結構しています。はっ、も、もしかして……。
そこでユーリが言いたいことがわかった。
大成をなすとき、どうしても貴族たちが反発をしてくるものだ。
しかし、それに負けずにもっと大きな……困っている人を救済しろ! ユーリはおそらくこのことを言っているのだろう。
確かに今、帝国と王国が争ったとしても得をするのは第三国。
困るのは両国に住む平民たち。
民なくして国は成り立たない。
真に民のことを思った政治をすることでその国は強くなる。
それはフロレンティーナも散々言われたことだった。
しかし、今の帝国と王国はそれの真逆のことをしようとしている。
そんな状態のまま放っておくのか、とユーリは言いたいのだろう。
――でも、私に何かできるなんて……。いえ、ユーリ様も同じ状態で色々と頑張られているのですから、私も頑張らないと!
知らず知らずのうちにユーリに励まされていたフロレンティーナ。
もちろん、ここまでのユーリは全て偶像で、本物はそんな複雑な思考をしておらず、言葉の通り、悪を為すことしか考えていなかったのだが、フロレンティーナがそれに気づくことはなかった。
◇
「ありがとうございます、ユーリ様。おかげでつかえていた心が晴れました」
「それはよかったな。俺もちょうど良い時間つぶしができてよかったぞ」
そろそろダンスパーティーが終わろうとしている時間。
――さぞ、ランベルトは悔しそうな顔をしているだろう。直接見られなかったのが残念だったが。
思わずにやけ顔になっているユーリ。
すると、そのタイミングでランベルトがユーリのことを探しにきていた。
「ユーリ様、こちらにいらっしゃいましたか!」
「……なんだ、ランベルトか。何かあったのか?」
「そ、それがユーリ様の婚約者であるフロレンティーナ様のお姿が見えなくて……って、そちらにおられる方は」
「あぁ、俺の時間つぶし……、いや、偶然に居合わせたどこかの貴族の子だぞ?」
よく考えるとこの子の名前を聞いていなかったことをユーリは今思い出していた。
しかし、ランベルトはフロレンティーナの顔を見てホッとしていた。
「ユーリ様と一緒におられたのですね、フロレンティーナ様」
――フロレンティーナ? どこかで聞いたことある名前だな。
ユーリは少し考えたあと、その名前を思い出す。
「ふ、フロレンティーナって俺の婚約者の!?」
ユーリは驚きのあまり視線をフロレンティーナに向ける。
しかし、彼女は微笑んでいた。
「ふふふっ、最初から気づかれていたのにお芝居が下手な方ですね、ユーリ様は」
「いや、本当に知らなかったし、俺の婚約者はこんなチビだったのか」
また本能的に酷い言葉を投げかけてしまう。
それもそのはずで全く恋愛対象に見えない小さな子供。
そんな相手と婚約していると言われても困るだけだった。
くしくもその言葉は帝国が王国との縁を切ろうと決意した言葉。
しかし、ユーリと直接接したフロレンティーナはその言葉の真の意味を理解していた。
――民のことを考えて、悪を挫く正義になれってことですね。
フロレンティーナが目を輝かせていた。
その様子を見て、ユーリは引いていた。
――な、なんだ、この女。貶されて喜んでいる?
どこまでも素直に受け取るユーリ。
そういった人間がいることも知っているが、それがまさか自分の婚約者だとは思わなかった。
「ありがとうございます。私、頑張りますね!」
「あ、あぁ、ま、まぁ……、ほどほどにな……」
こうして勘違いと勘違いが重なることでフロレンティーナは正義の道を歩いて行き、気がついたときには正義の皇女として、その名を思いのままにすることになったが、それはまだ先の話であった。
「あっ、ユーリ様。私のことはティーナと呼んでください。親しい人はみんなそう呼んでくれますので、婚約者であるあなた様も同じように呼んでほしいです」
『婚約者』の部分を強調して、自分がまだ国のために動くことをユーリにアピールする。
もちろん、それだけではすぐには認めてもらえないだろう。
でも、いつかはユーリにも認めてもらえるように。その愛称で呼んでもらえるように頑張ろう。そう固く決意して告げたセリフ。
ただ、ユーリにとっては、そう呼んでほしいなら呼んでやるか、くらいの認識だった。
「わかったよ、ティーナ」
ただ、ティーナにとっては初めて自分を認めてもらえた気がして、顔に手を当てて涙を流す。
それを見て、ユーリは自分が泣かしたのかとその場で慌てふためいていた。
朝のジャンル別転移転生ハイファンランキング1位になりました。
本当にありがとうございます。
ただ昼には抜かされていそうなので、また返り咲けるように頑張って行きます。
大台1万ptまであと150ptほどになります。
応援よろしくお願いします。
昨日の夜の更新から評価の上昇が凄まじく、自分至上最高ではないかと驚いていました。
前回の話が評価されたのかなと嬉しさのあまり小躍りしてました。
本当にたくさん応援いただきありがとうございます。
ただ、今作はどうしても1話のきりが良いところまで書くと文字数が4000~5000文字となり、最近の流行に比べたら長くなってしまい、話も多くても一日2話(今でもかなりぎりぎり)しか更新できなくて申し訳ありません。
更新頻度が少なくなる分、1話1話で十分に楽しんでもらえるように何度も見直してより良くなるようにしております。
ただ、それでも誤字脱字が出てしまい、報告いただいた方には頭が上がりません。
感想の方もありがとうございます。返信の方はできるタイミングで、になりますが全部読ませていただいております




