まず、いや最後まで
最初に紫の魔王の話を聞いた。
彼女の生い立ち、魔王になった経緯、魔王になってからの人生。
思うことはあるがそれらを噛み砕く前にまずはこちらの人生について話さねばならない。
地球にとっての当たり前をこの世界の者達に説明するというのは多少骨の折れる作業だ。
イリアス達もついでにと聞いているが、まあ仕方あるまい。
「自分の事を語るのは嫌いでな、上手く話せるかは自信も無いが――人に誇れるような生き方をしていないのは確かだな」
両親がいる、上にも下にも兄妹がいる。
両親は共に自分のやりたい仕事をやり、家族との時間も作っていた。
兄妹達とは少しずつ年が離れており、家は平均より多少裕福、友人もいた、深い関係までにはならなかったが想い合う人もいた。
高校生を卒業し大学生になるまでの人生は平凡だが不満の無い人生を送っていた。
切っ掛けは友人の死、自殺だった。
多少付き合いが悪くなった程度で仲の良さは変わっていないと思っていた。
友人の死を嘆き、何故彼が自殺するまでに追い込まれたのかを調べた。
知ろうと思えば、理解しようと思えばすぐにそれらは判明した。
家庭環境、人間付き合い、職場のストレス、あらゆる事象が友人を苦しめていた。
それらを糾弾することはできなかった、友人の遺書には様々な恨みつらみが書かれていたのだ。
その中には自分の名前も書かれていた、いつも笑いあっていた友人は自分の幸せそうな生き方が妬ましいと、憎いと、何故助けてくれないのかと怨嗟の言葉を残していた。
この時から周囲にある悪意に過敏になり始めていた。
一見何の変哲も見られない光景にも何かしらの不穏な気配が混ざっているのではないかと観察をする癖が付いていた。
悪意はどこにでもあるものだと理解した時から多くの悪意を見つけてしまえるようになっていた。
平然と生活していた両親だったが過去に詐欺に遭い、親族との相続トラブルに巻き込まれていた。
円満な夫婦に見えていながら互いに浮気をしていて、当然のように隠していた。
仲の良かった兄妹は両親の財産を多く得ようと陰であること無いことを親に報告し、取り入っていた。
それぞれが浪費を繰り返し、それを他の兄弟がやったのだと責任を擦り付けていた。
自分が解決して見せるからと自らの優位性を保とうとしつつだ。
吐き気を覚えた自分は家を出た、家族の内にある悪意に気づかないフリをしていられる自信が無かった。
あの家族は例外だ、他の家族は普通である場合が多いのだと言い聞かせて平穏な人生を歩もうとした。
だが醜悪な物は一度見つけてしまえばどこにだって見つかった。
悪意を持って接する人間はいくらでもいた。
人間として生きることが容易な世界、彼等はその生きる力を自らの立場の優位を得るために振るっていたのだ。
初めはそんな者達を避けて生きていた、見つけられるのならば関わらないようにしようとした。
その上で心の許せる相手を見つけ、穏やかな人生を過ごそうと努力した。
しかしどんなに気をつけようとも、悪意の牙は誰にでも降り注いだ。
大切な仲間達が悪人に謀られ、財を、地位を、名誉を、時には命を奪われた。
未熟だった自分にはそれを防ぐ術は無く、自分の無力さと悪意を向けた相手に怒りを覚えるだけだった。
知識を身に付け対抗しようとも悪意を持つ者はその先を進んでいる、新たな方法を模索してくる。
そこで身に付けたのが相手を理解し、その立ち位置を再現し行動を予測する技術だ。
正攻法で通用しないのであれば同じ悪意を抱き、毒をもって毒を制した。
詐欺師を騙し、暴漢を夜討ちし、犯罪集団を他者を利用し潰した。
この頃は勝てることを知り、増長した自分は悪に対して過剰な敵意を向けていた。
だが自分が悪に敵意を持ち、自分が悪に対し悪を行えば同じように敵意を持たれることになる。
多くの恨みを買った、手痛い思いをすることも少なくなかった。
やり返せばやり返すほど、新たな敵が増えていき、信頼していた仲間さえも裏切り始めていた。
最初から敵だった相手よりも、裏切った仲間への怒りはより強く容赦なく立ち回っていた。
感情を信じ、戦うことを良しとした。
気づけば孤立し、利用する相手はいても仲間と言える者はいなくなった。
嘗ての仲間を容赦なく敵として陥れる自分を仲間と見れる者などいる筈がない。
ある日、罠に嵌められて警察に捕まった。
情状酌量により刑期はかなり短く人生における負担は微量、却って一人で考える時間が得られたことで冷静になった。
人間一人でできることなどたかが知れている、だが誰かを過信すれば裏切られた時に取り返しが付かない。
相手が巨大になればなるほど、その限界ははっきりと分かった。
それに対抗しようものなら、その後の報復も大きくなるのだと理解した。
そもそも自分は悪意を回避することができるのに、仲間もいなくなったのに何故悪に怒りをぶつける必要があるのだろうか、激情に身を任せても、失うばかりだというのに。
住んでいた街を離れ、新しい街で生き方を変え暮らすことにした。
他者との過度な干渉をせず、悪意に対し警戒をし続けた。
目立てば善悪関係なく視線が向けられる、だから嫌われないように、好かれないように人と接した。
人生を波立てる必要は無い、静かに平穏で、無難に生きられればそれで良かった。
それでも身に付いた技術、経験がそれらを簡単には許してくれなかった。
親しく付き合っていてもその奥に企みが見えた。綺麗な場所にも汚れを見つけられるようになっていた。
それらを見ぬフリを続け、日々を過ごした。
問題が表に浮かばないように、穏便に行動し、それでもとなった場合は気取られないように根回し、暗躍して処理していた。
敵は増えなかった。味方と呼べる相手は薄い関係だが増えていた。
「誰かと深く関わり過ぎれば、そいつに悪意が向けられた時に悲しまざるをえない。そいつに裏切られた際に怒らざるをえない。だから距離を取るようになっていた。感情が揺れることに疲れていたんだ」
これで良い、これくらいが良いと言い聞かせた。
世界が色褪せているように感じたのはこの辺りからだ。
「大雑把にまとめりゃ悪が許せなくて力が足りないから悪に手を染めて、気づけば敵だらけになって自滅した。その後は目立たないように生きていたら味気ない人間になっちまったってところだ」
そんな世界に対し辟易として惰性に生きていた時にこの世界に訪れたのだ。
文明の未熟な世界、だけどもこの世界の多くの人達が生きることに力を注いでいた。
全員が望ましい人間と言うわけではない。
差別、迫害、レッテルの貼り付け、偏見、そういったものはどの世界にもある。
それでもまだこの世界は分かりやすかった。シンプルで生きていく上で心地良かった。
気づけば昔のように感情的に行動できるようになっていた。
だが同時にそれは昔のように感情が揺れやすくなったと言うことだ。
本能的に危険と感じ、この世界でも人との距離は保ち続けようとしていた。
「紫の魔王に本気の感情を向けられ、正直怖かった。ターイズやメジス、そしてお前との関係をなるべく平らにしようと考え、逃げるような対処を取っていた。だけど、どうも地球と同じように生きてもこの世界じゃ望んだように生きられないようでな。いや違うか、この世界ではこの世界の自分らしく生きてみたいと思ったんだろうな」
この世界では本気で自分と向き合ってくれる人達がいる。ならばこそ自分も本気で向き合わねばならないのだと思ったのだ。
「そう、貴方のこと少しは分かったわ」
「ちょっとは幻滅してくれたか?」
「そうね、思ったよりも小物だったと言うのは理解できたわ? だけど私にとっては関係ない、貴方に見出している価値はこの世界で貴方が私にしてくれたこと、与えてくれたことだけなのだから」
「ダメな男でも良いって訳か」
「そこはどうとでもなるもの」
「負けた後が怖くなるようなことを言ってくれるな」
これで互いの情報は事前にある程度判明している。
情報量の多さではこちらの方に分があると見ていいだろう。
そうこうしていると準備を完了したデュヴレオリが姿を現した。
「勝負の舞台、整いましてございます」
「そう、では行きましょう?」
屋敷を出て傍の広場に到着する、主だった変化として中央にあった噴水や周囲にあった長机などが撤去されている。
完全に広いだけの戦闘向けな空間へと改装されている。
「戦闘を行うにせよ行わないにせよ、こんな開けた場所じゃ夜回りの騎士達に見つかってしまわないか?」
「問題ないわ、今から壁を作るもの?」
紫の魔王がそういったと同時に広場の周囲に黒い壁が地面の影から湧いてくる。
それは見る見るうちに広場を立方体の形で覆う。
「これは――悪魔か」
「ええ、私がこの国へ持ち込んだ悪魔達の壁よ? 攻撃を行えばその部分が悪魔の姿に戻り反撃を行うわ。余程の広範囲攻撃を行わない限りはそこまでの数は湧いてこないから危険性は少ないけども――時間稼ぎには十分でしょう?」
黒狼族の森への道を塞いでいた悪魔達の残りを使用したのだろう、それだけの膨大な数を訳無くターイズ国内に潜入させられると言うのは正直脅威的だ。
「それで、勝負の内容は?」
「これよ」
広場の入り口に小さめな直方体のテーブルが湧き上がる。
そしてそれを挟むように二つの椅子が湧いてくる。
片方に紫の魔王が座る、ともなれば反対側はこちらに座れということなのだろう。
椅子に座りテーブルの上を見る、まず互いの手元付近に等間隔で並べられた丸い穴が5つ空いている。
手前には高さのやや大きめな引き出しが付いているようだ。
それを眺めているとテーブルの上に駒が現れた。
駒はこちらの陣営のメンバーをデフォルメ化したような造りだ。
イリアス、ウルフェ、ラクラ、ミクス、金の魔王、エクドイク、そして『俺』の七体。
対する紫の魔王の手元にも悪魔を象った駒が現れる。
その数は同じく七体、大悪魔の残り数と同じである。
さらにそれとは別に一体の紫の魔王の駒もある。
「それじゃあルールを説明するわね? 引き出しを開けてもらえるかしら?」
「ああ」
取っ手を掴み引き出しを引き出す。
引き出しの中には何も入っていないがテーブルの上に空いた穴と同じ位置に同じ大きさの円が描かれている。
「これからお互いに任意の駒を三つその円の上に置くことができるわ? 試しに適当に置いたら引き出しを閉めてもらえるかしら?」
とりあえず自分の駒、イリアスの駒、ウルフェの駒を左側から順に置いて引き出しを閉める。
紫の魔王も同様の手順を行ったらしく引き出しを閉めた。
するとテーブルから奇妙な音が聞こえ始める。
様子を見ていると先ほど設置した駒が机の穴から姿を現した。
「仕組みとしてはこういった物ね。そして位置が揃った駒が私と貴方以外の駒だった場合にその駒の者達で戦いをしてもらうわ?」
今の状態だとイリアスの駒と相手の悪魔の一体が同じ位置に並んでいる。
つまりこの状態だとイリアスと悪魔の一騎打ちということか。
「負けた駒は勝負から除外、駒は必ず三つ置くこと、足りない場合はあるだけね?」
「なるほどそれで駒が無くなれば負けって事か?」
「少し違うわ、貴方の勝利条件は私の駒と同じ位置に貴方の駒をセットできた場合よ。そして敗北条件は貴方の駒がゲームから取り除かれてしまうこと」
「――悪魔と向き合ったら終わりってことか」
「その限りではないわ、例えばこの状況なら一対一だけどこの駒が……こうだとするわね?」
そういって紫の魔王は悪魔の駒を一つ『俺』の駒の前にセットする。
これで向き合っている駒が2セットになった。
「こうなった場合、こちらの大悪魔二体に対し彼女一人で挑むことができるわ。ただし敗北した場合は貴方の敗北と見なされるわよ?」
つまるところ最大で三対三の戦いにもなるわけだ、そこに『俺』の駒が含まれていれば人数が減りこちらに不利な戦いとなる。
「ちなみに『俺』の駒だけの場合は」
「その場合は貴方の負け、大悪魔に傷つけられては困るものね?」
「『俺』の駒以外がお前の駒と向き合ったらどうなるんだ?」
「私は戦わない、だからセットとは見なされないわ?」
ルールは分かった、基本的な勝ち筋としては互いに駒を消費させて最終的に互いの駒を場に出させることだろう。
互いに駒が全て無くならなくても決着はつくがそれなりの戦闘は避けられないだろう。
「戦闘中に棄権は可能か?」
「貴方の判断でのみ許可するわ、でも私は大悪魔達が死ぬまで戦わせるつもりよ?」
間に合えば最悪の事態は防げるということになるのか。
戦闘で負傷した者がデュヴレオリと対戦ともなれば即座の不戦敗も考慮せねばならないだろう。
駒の消耗戦にもつれ込めば後半は運否天賦による勝負にもなる。
……いや、そうはさせない。
「よし分かった、早速始めよう」
「――ええ」
こうして最後の勝負が静かに始まった。
紫の魔王は特に深く考える様子も無く淡々と駒を設置している様子。
最初は大悪魔三体なのだから気にする必要も無いのだろう。
こちらも決めていた駒を三つ、置く場所を考える。
紫の魔王についての情報は得られた、彼女は本気だ。
『俺』も本気で応えると啖呵を切った、ならば今できることは何でもしよう。
「設置したわよ?」
「少し待ってくれ……よし、こちらも設置した」
互いの確認が取れた瞬間、引き出しの中に入れていた駒が出現する。
現れた駒の結果に全員が驚きを見せた。
「――これは、どういう意味?」
紫の魔王は左側から順番に三体の駒が並んでいる。
こちらは左側から一番目にミクスの駒、四番目にエクドイクの駒、そして五番目に『俺』の駒が置かれている。
結果で言うならばミクスと大悪魔の一騎打ちが成立している。
だが紫の魔王が言葉にしたのはそこではない。
敗北条件であるはずの『俺』の駒を初手から使用していることに対してだろう。
「意味? 見たままだろ」
「貴方がこんな簡単な勝負の定石を理解できない筈がない、本気で勝負をすると言ったわよね? あれは嘘なの?」
「本気だ、本気で勝ちに行くからこそのこのやり方だ。先に宣言する、『俺』はここから全てに『俺』の駒を含める」




