まず予想外の奴。
道の往来に悪魔の像をどんと置かれるのはターイズとしてはいい迷惑なのだが、魔王にそれを言っても仕方ないのかもしれない。
とりあえず石碑を読んでみると『羊皮紙を重ねよ』と刻まれていた。
該当する羊皮紙といえばデュヴレオリが渡した最初の問題が書かれているこの羊皮紙だろう。
指示に従い羊皮紙を像の持つ石碑に重ね、しばらくすると文字が滲み、消えていった。
すると新たな問題が浮き出てくる。
羊皮紙を回収すると悪魔の像は音も無く地面へと溶け込み消えていった。
一度謎を与えたら用済みとなって消えるのだろう、このオブジェが延々と残ってなくて良かった。
とりあえずは新たな問題を確認する。
『
北の悪魔はこう言った「南の道へ進むと良い」
東の悪魔はこう言った「この道を進むと良い」
南の悪魔はこう言った「西の道へ進むと良い」
西の悪魔はこう言った「北の道を進むべきではない」
貴方は迷わなかった、どの悪魔を信じようと結果は同じなのだから
』
「次はこっちか」
「また即答か少しは悩んだらどうなんだ」
「これで悩めと言われてもな、さっきの問題は分かったのか?」
「選んだ道が正解だと言う前提で考えたがややピンと来ないな」
「謎々と言うよりは手順通りに従うパズルみたいなものだからな」
せっかくだからエクドイクに解説でもするとしよう、先ほどの問題を思い返す。
『
悪魔は静寂を嫌い、均衡をさらに嫌う。
悪魔は金貨10枚に値する宝石を持つ。
されど悪魔の命は金貨1枚の価値しかない。
価値を測る天秤の西には林檎、東には剣。
林檎には金貨1枚の価値があり、剣には金貨10枚の価値がある。
全てを捧げ死に絶える悪魔は進むべき道を天秤の傾きに委ねた。
』
一列目は悪魔の行動基準を示している、二から三列目は悪魔の持つ要素、四列目は現状を指し示し、五列目は現状の補足、最後が結果と言った具合である。
価値を測る天秤と言う意味は物の価値を基準として傾く天秤と言う意味だ。
林檎と剣の価値からして最初は西に金貨1枚分、東に金貨10枚分が乗っている。
悪魔は全てを捧げて死に絶えている、つまりは宝石と自らの命を天秤に乗せたと判断できる。
悪魔は静寂を嫌う、つまり天秤が動くように物を載せた。
この状態で動かすには西に宝石を置く、こうすれば西には金貨11枚分の価値が乗り天秤は西に傾く。
次に命を乗せる方向だが静寂を嫌うだけならば命を東に置けば天秤は再び動く。
しかし均衡をさらに嫌うと言う文章から天秤が横一列に並ぶことを嫌う。
だから悪魔は命を東には置かずに西に置いた、均衡よりも静寂を優先したのだ。
よって天秤は西に傾いたまま、向かうべきは西となる。
「と言った感じだ」
「条件に従いつつ段階的に処理していくと言った感じか、なるほど合点がいった」
目的の方向へと進んで行く、そして再び悪魔の像を発見した。
しかしこれ間違えた場合には像が見当たらないと言うことになるのだが、そう考えると一問のミスでもそれなりのタイムロスにはなりそうだ。
少しでも自信が持てない箇所に関しては熟考した方が良いのかもしれない。
「ちなみに二問目はどうやって解いたのだ? 見た感じではどの悪魔を信じるべきかと言う問題に見えたのだが」
「いや、あれは結果から推測する問題だ。迷わなかった、どの悪魔を信じても結果は同じなのだからと言う文が答えみたいなもんだ」
どの悪魔を信じたとしても結果が同じと言うことはハズレということだ。
つまり全部の悪魔が嘘をついている、進むべき道は一本に絞られると言うわけだ。
再び石碑に羊皮紙を重ね、新たな問題を読み取る。
「これも論理パズルだな、つまりこっちだな」
「随分とサクサク進むものだな同胞は」
「マリトやミクスでもこれくらいはささっと解ける、イリアスやラクラだと少し難しいかもしれないけどな」
問題の出題傾向はどうやら論理パズル、論理パズルには事前に必要となる知識が必要ない。
大事なのは一つの答えに繋がる手順を正しく読みとることだ。
条件に合わせ回答を導く、複数通りの回答があるように見えるが問題の文章によりそれらが絞られる。
時には『答えが分かる』と言う情報ですらパズルを解く鍵となるのだ。
例えば正直者と嘘つきがいる複数人間の中から答えを導き出す問題があるとしよう。
与えられた材料だけではAと言う人物が正直者、嘘つき者のどちらかなのかと言う判断はつかないとする。
だがAを正直者とした場合にさらに複数の回答に別れる可能性がある場合、Aが正直者では正解が分からずに詰む。
つまり答えが分かると言う時点でAが正直者である事象が排他されるというわけだ。
論理パズルの重要なポイントは問題に書かれている文章全てがヒントであるということを忘れてはいけない。
「とと、そろそろ複数のルートを想定する複雑な問題になり始めたな。念のため別の羊皮紙を持ってきておいて正解だったな」
新たな問題を読み、複数の可能性を羊皮紙に書き込み見やすく処理する。
そして間違いを排除して答えを導いていく。
「よし、こっちだな」
「随分と手早いな、慣れていると言うべきなのか」
「ああ、こっちの頭が良いと言うよりもこういった論理パズルは向こうで暇つぶしの娯楽であったんだよ」
「なるほど」
順調と言えば順調なのだが、後何問あるかも分からない勝負だ。
なるべく急ぐとしよう。
次々と問題を解いて7問目まで解いている、移動するルートも大通りから路地に入ったりと忙しくなってきた。
像のサイズが目に付く規模だ、問題の成否に自信があるうちは何とかなるが間違いがあると思うとぞっとしない。
開始してからそれなりに時間が経過、午前中とは言え時刻的にぼちぼち一般人が姿を見せ始めている。
像を発見した際にはそれを目撃し野次馬ができていた箇所もあった。
最悪高所から探すと言う手段もありなのかもしれないな。
「次の道はこっちだが……裏路地か、しばらく進むと広場が見える位置に抜けるから像があるとすればそこだろうな」
裏路地を進む、元々人気のない通路ではあるが街の騒がしさも大人しい時間帯とあって一段と静かだ。
こうして街を細かく歩くのは久しぶりだ、ラクラがこの国に来て結界を張るときにその場所を探す際に回った時以来だろうか。
ガゼン以外の浮浪者とのコネクションも無いわけではないのだが、彼以上に役立つ人物もいない以上多用することもないのだ。
「そういやもうこの街の地図は頭に入ったのか?」
「無論だ、ラーハイトに送り込まれた時に最初に俺は周囲の地形の把握に努めていたからな」
「それで後から登場したのか」
「ああ――待て、動くな」
突如エクドイクが鎖を展開、こちらの周囲にも多くの鎖を這わせる。
何か起きたのか、とは聞かない。
エクドイクが突如動くのはそういうことだ、何か起こったに決まっている。
下手な質問はエクドイクの集中を妨げることに繋がるだろう。
同じように周囲に気を配る。
「――敵意だ、これは大悪魔の物か……ッ!?」
エクドイクが頭上に視線を向ける、あわせて視線を向けると頭上から何かが降り注いでいるのが見えた。
即座に反応できなかったがエクドイクは鎖を使い落下物を弾く、こちらは地面に落ちた物を確認する。
「これは――杭か?」
歪な形の杭のような物が地面に何本も落ちている、禍々しいアンバランスな形ではあるが何かに穿つことを目的とした形状だ。
殺傷力を求めるよりかは別の目的があるような気もするが――
と視線を動かすとエクドイクの様子がおかしい、動きが鈍っているように見える。
「これ……は……」
「我が右腕は無数の杭となり、穿った者と大地を繋ぐ」
路地裏の陰から一体の大悪魔が現れる、ググゲグデレスタフに似た感じではあるが右腕が無数の杭が重なって構築されている。
一部が欠損しているが、それはこの地面に散らばっている杭のことなのだろう。
「『繋ぐ右腕』のハッシャリュクデヒトか、これは何の真似だ!」
「知れたこと、我が野心を満たす為よ」
理由は分からないが大悪魔の奇襲のようだ。
エクドイクの周囲に注目するとエクドイクの影に対して一本、杭が貫き地面に刺さっている。
大地と繋ぐ……忍者の見せる影縫いの術の様な物か。
どこまで動きが封じられているのかは分からないが急いで除去せねばなるまい。
杭に向かって近寄ろうと一歩を踏み出す。
しかしその瞬間背後に嫌な悪寒が走る、咄嗟に振り返るともう一体の大悪魔がいた。
その大悪魔は腹部に巨大な口を持つ、ギリスタの使っていた大剣を連想したがその姿を認識した瞬間にその口の大きさは一瞬で大悪魔の全長よりも遥かに巨大になる。
っていうかこれどう見ても俺を捕食しようとー。
「捕らえたぞ、人間」
巨大な口が視界を覆い、意識が失われた。
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我輩の名は『迷う腹』フェイビュスハス、我輩の腹はあらゆる存在を異空間の中へと捕らえることが可能である。
異空間に捕らえられた者は我輩の許可なくては出ることができぬ、脱出しようと足掻けば足掻くほど異空間は複雑な迷宮へと変貌する。
外部からの救出も不可能、我輩を傷つければ捕らわれた者へと傷が転移する。
身代わりとしても人質としても使える力。
これで紫の魔王は我輩を攻撃することはできん。
さらに異空間には自らの精神を別個の人格として送り込むことができる。
異空間では我輩の意思こそ最強、思うが侭に力を行使し、痛めつけることも可能。
ご執着の人間を人質とし、『駒の仮面』の制約を全て破棄させ奴が与えられる力を全て奪う。
ハッシャリュクデヒトも同様の状態にさえすれば、デュヴレオリと互角の大悪魔二体、状況は一変するであろうよ。
無論ハッシャリュクデヒトと対等になるつもりもない、我輩は聞いていた、この人間があの勇者ユグラと同じ星の人間であると。
ユグラはその叡智により伝説となる強さを誇っていた。
つまりこの人間の頭の中にもユグラの星の叡智が詰まっている可能性は大いにある。
これを手に入れれば我輩は大悪魔の中でも最強となれる、それこそ紫の魔王とも互角以上に渡り合えるであろう。
外ではべグラギュドの育てた人間がハッシャリュクデヒトと戦闘を始めようとしている。
だがこちらを人質にすれば奴も反抗を止めるであろう。
その間に我輩は早速この人間から奪う物を奪うとしようではないか。
紫の魔王を脅す為には腕の一本でも引きちぎっておけば良いであろう。
精神体を送り込み異空間へと意識を向ける。
人間は意識が戻ったのか周囲を見渡していた、不用意に周囲を彷徨っていないのは慎重なのか臆病なのか。
「意識が戻ったようだな人間」
「……名前を聞こうか大悪魔」
「我輩の名は『迷う腹』フェイビュスハス、この空間は我が腹の中。我輩が全能となる絶対空間である」
「この行為は紫の魔王の指示か?」
「愚問だな、これは我輩の知略だ。貴様を人質とし紫の魔王の力を奪う為のな」
「なるほどな、やっぱり大悪魔の中には一騎打ちをさせられることに不満を持っている奴もいたというわけか」
察しの良い人間だが、些か反抗的な目が気に入らぬ。
奴の体感する重力を二倍にしてやる。
それだけで奴はふらつき膝を突く。
なんと脆弱な生き物か、思わず笑いがこぼれる。
「口の利き方に気をつけろ人間風情が、貴様の命は我輩の加減一つで潰れることになるのだぞ」
「ならこっちこそ警告しておくが『俺』の肉体はこの世界の子供より脆いからな、うっかり痛めつけ過ぎて殺さないように気をつけるんだな」
生意気な口調だ、だが嘘を言っているわけではないようである。
この程度の重力攻撃ですら演技なしの苦しみようである。
感じられる魔力も微々過ぎる、これが本当にユグラと同じ星の民だというのか?
いや、そんなことは調べればすぐ分かることであろう。
「貴様には人質として役立ってもらう以外にも、その頭の中に詰まったユグラの星の叡智を知る為に有効活用させていただこう」
「素直に話すと思うか?」
「貴様の意思など関係ないことだ、この空間は我輩の自由に操れる。貴様の記憶の中も自在に覗く事が可能である」
歩み寄り人間の頭を鷲掴みにする。
抵抗することもできぬ人間は力なくされるがままである。
早速記憶を読み込むとしよう。
流れ込むこの人間の記憶、最近の物に興味はない。
それよりもこの人間がこの世界に来る前の記憶だ、遡り、遡り、遡る。
なんと、この人間はあの『黒魔王殺しの山』から来たと言うのか。
魔王よりも恐ろしい魔喰の映像がちらつく。
だがそれよりも知るべきはその先の記憶だ、さあ見せてみろ我輩に!
「これがチキュウと言う世界か、なんと人が多い、なんと薄汚れた世界か」
人間の生活など興味は無い、この人間の星の力、叡智の情報を探す。
――何だこれは、文字が読めぬではないか。
文章が記憶が正しく頭の中に入ってこない。
言語の違いか、小癪な。
ならば我輩にこの人間の言語能力を与えれば良い……ほう、チキュウとは『地球』と発音するのか。
読める、理解できる、これが異世界か、素晴らしい!
地球では悪魔がこのように存在し、恐れられているのか。
ソロモン、七十二柱――もっとだ、もっと知識を!
おお、これは――細菌兵器、核兵器、こんな物を人間が生み出したというのか!
『警告、この世界の者が知るべき情報量を超過しております。警告、この世界の者が知るべき情報量を超過しております。直ちに接続を終了し、該当する記憶を消去してください』
突如脳内に感情のない声が流れ込む、この人間の声ではない。
なんだこの声は? 人間にも同様の声が聞こえたのか奇妙な表情をしている。
構うものか、今はこの人間の頭の中にあるあらゆる知識を貪るべきだ。
ああ、何と言う甘美な情報か!
なるほど、このような無数の観点があれば、魔法として再現することも――禁忌にすら我輩の手は届く!
『警告終了、この世界の者による禁忌の情報へのアクセスが確認されました。対象を世界に於ける危険因子と断定、抑止力の起動を要請します』
ようやく謎の声が鳴り止んだ、一体なんだったというのだ。
しかしこの知識を得たことで我輩は確かに大悪魔を、いや魔王すら超越しうる力を得られる。
「――初めての仕事が悪魔風情か、泣けてくるな」
真横にいた者が口を開いた。
すぐ傍に人間の顔と手だけが浮いている。
その周囲は空間が歪んでいるかのような違和感がある。
これは――そうか、この者は背景に同化する服を身に纏っているのか。
形状はローブ、そこから僅かに覗く顔と手だけがその影響を受けていないのだろう。
――いやそれ以前にいつの間にこの者は我輩の真横に立っていた!?
この者がいたことに何の疑問も抱けなかった、口を開いたことで初めてこの者が世界に認識されたかのよう――
「貴様、何者だ!?」
返事を待たず人間を放り投げ、正体不明の存在に対しあらゆる攻撃手段を空想し、実現させる。
この異空間は我輩の空間、あらゆる事象を引き起こせ、絶対の支配者として君臨できる究極の箱庭。
「名前を聞いておいて攻撃とは余裕が無いな魔物風情が」
あらゆる攻撃を同時に直撃させた、だというのにその者は何事も無かったかのようにその場に残っている。
そんなことはありえない、我輩が切り裂く空想を抱けば奴は切り裂かれなければならないのだ。
だというのに、なぜ切り裂けない!? 何故我輩は奴の死を思えない!?
奴は放り投げられ、地面に叩きつけられ這いつくばっている人間を目視する。
「これが『緋』の言っていた『地球人』か、本当にいたとはな。まあ安心してくれ『地球人』、アンタは排除対象外だ」
奴は再び我輩の方へと視線を戻す。
そして退屈そうに言葉を紡いでいく。
「あー、一応与えられた役割として名乗っておかなきゃならんのか。死ぬ相手に名乗る意味ってあるのかね? まあ良い」
奴の腕が上がる。
親指を上に、人差し指をこちらに、残りの指は折りたたんでいる。
「『無色の魔王』、覚えておく必要は無いから安心して死んでろ」
一瞬奴の手が跳ねた。




