表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界でも無難に生きたい症候群【完結】  作者: 安泰
無難編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

366/382

ゆえに迎える。

 この戦争における最後の戦いが終わった。湯倉成也の介入はあったが、結果としては人間側の勝利と言えるだろう。

 魔物を各地へと誘導する魔族の三人が倒れ、魔界から魔物を再生させる力を使える無色の魔王も敗北後回収された。

 湯倉成也の性格からして、この戦いが終わるまでの間、無色の魔王を完治させることはないだろう。事実上の死亡といっても良い。

 その戦いの全てを見ていた黒の魔王は、玉座の上で静かに瞑想している。戦いに散っていった者達に黙祷を捧げているのか、それともこれから先のことを考えているのか……。


「やぁ、ただいま」

「人の心の中に入ってただいまはどうかと思うぞ」


 そんなことを考えていると、コンビニ帰り並の気軽さで湯倉成也が戻ってきた。乱入する前と何一つ変わらない。ハイヤ達の奮闘は、この男に何の影響も与えられなかった。

 僅かに感情が顔に出てしまう。湯倉成也は『俺』を見て、少しだけ意外そうな顔を見せた。


「――もう少し憎しみや怒りを向けるかなとは思ったんだけど、そこまでハイヤとは仲良くなかったのかな?」

「……その感情が全くないわけじゃない。どちらかと言えば悲しさと妬みが強いって話なだけだ」


 ハイヤが最初から湯倉成也を死に場所として求めていたことは、かなり前から理解していた。

 本人の意思ならば、それを一方的に否定することはできない。『俺』にできたのは、ハイヤにとって他の選択肢があるということを見せてやることくらいのものだった。

 その想いをハイヤは受け止めてくれていたが、結局最後は自分の意思を選んだ。『俺』にはハイヤを変えることができなかった……それだけだ。


「君の時代じゃもう神風を誉れと感じる人も少ないだろうね」

「理解はできても、やりたいとかは思わないだろうな」


 湯倉成也がその気なら、ハイヤとは一切戦わずに戦線を離脱できただろう。それでも最後まで付き合ったのは、こいつなりの筋の通し方というべきか。

 与えられた力だとか、孤立する強さだとか、そういったものを疎む立場でも、こういった時ばかりは流石に妬ましさも感じる。

 悲しさもあるが、感情の振れ幅は想像よりもだいぶ小さい。突発的な別れとは違い、『俺』はハイヤの最期をどこかで覚悟していたのだろう。


「文句は言わないんだ?」

「言ったところで何か変わるわけでもない。交渉に持ちかけようとしても、オーファローの一件でチャラになるだけだろ」


 エクドイクの勝率をより高めるために、『俺』はオーファローに種を植え付けた。体裁としてはオーファローの暴走に絡まれただけで、こちらに非はないのだが、干渉したことは確かな事実なのだ。

 それに湯倉成也に対する非難は無意味だ。こちらは不条理に殺されても、何もできない立場。できることと言えば、この男が筋を通したくなるように、気持ちのコントロールを手伝ってやることくらいだ。


「僕としてはなかなかの笑いどころだったね。テドラルもきっと見たかっただろうなぁ」

「その当人は治療中か?」

「体は治せても、心の方はね。対等だと思って全力で挑んでいたのに、実は手を抜かれていたってのはね」

「ハイヤは強かったか?」

「強かったよ。最後の自爆も、本当は受けたくなかったくらいには手が込んでいた。だけど、黒魔王殺しの山を盾にされちゃあね」


 最後に見た爆発は、ターイズ魔界の森の大半を焼き払った。湯倉成也の言う通りならば、それでも破壊の規模を抑えた上での威力だったのだろう。

 ターイズ魔界の先には黒魔王殺しの山、黒の魔王の魂を捕らえている魔喰の巣がある。人としての生き方を捨てたハイヤならば、魔喰の巣を吹き飛ばし黒の魔王を自由にできた可能性もある。

 黒の魔王の魂が自由となり、完全復活すれば、湯倉成也の時空魔法の妨害を行う可能性は高い。本来の彼女も絶望的な強さなのだろうが、湯倉成也に比べれば遥かにマシだろう。残された者達に託すのであれば、悪くない賭けである。


「そうか……」

「でも戦争の結果としちゃ、妥当な結果だったね。ま、当然と言えば当然なんだけどね。『黒』の陣営には戦争や戦闘の専門家がいないんだもの」


 そう。イリアス達の勝利の要因はその点がかなり大きい。黒の魔王の陣営には騎士や戦士と言った、戦いを専門としている者がいなかった。

 彼らは魔族として高い身体能力や超越した特異性を持っていたが、戦いに対する技術や心構えは一般人の延長線上。生粋の武人や軍人ではなかった。

 無色の魔王もそう。湯倉成也から理に干渉する術を学び、これまでの時間の中で多くの戦闘シミュレーションを行ってきていたとしても、根は学者や研究者の類なのだ。

 だから対等以上の状況でも簡単に優位を覆される。揺らされ、崩され、敗れていった。


「そういった連中は、時間の流れに耐えられなかったわけだからな」

「イドラクやウカワキが残っていれば、勝敗はまだわからなかったんだけどね。あいつらは自分を律し過ぎた」


 魔族達が心を保っていられたのは、理性を塗りつぶすほどの強い自我を持っていたからだ。それは客観的に見れば未熟や欠陥として映るもの。戦いでは理性で自らを律することが必要とされるのに、それをしてしまえば生き残ることはできなかったのだ。


「最初から詰んでたって感じだな」

「人が衰退していないことが条件の一つではあったけどね。ユグラ教を創設したのは失敗だったかな。いや、創設の意味を考えれば成功か」

「魔王の脅威に対する備え、か」


 魔王は命を落としても、自らに刻まれた蘇生魔法の呪いにより復活する。湯倉成也は先の未来、この世界の者達が自力で魔王に対抗できるように様々な仕込みを行った。

 ユグラ教を創設し、魔物と戦う術や魔界の浄化の知識を与え、一丸となって魔王に敵意を向けられる環境を整えた。

 落とし子の因子を人々へ埋め込み、特出した才能を持った存在、勇者候補達を世に生み出した。

 勇者として崇められることが目的ならば、これ以上にないマッチポンプ野郎だ。ただ魔王を倒した立場を利用し、必要な力や知識を後世に残すのが目的ならば見え方は変わってくる。

 もっとも、この男にとって全ては黒の魔王のためなのだ。


「今となっては全部無駄だったけどね」


 湯倉成也は黒の魔王を人に戻したかった。少しの間好きにさせれば、故郷を焼き払われた憎悪は収まると思っていた。

 だけど黒の魔王は人を滅ぼす道を選んでしまった。全てを円滑に進められるようにと与えた万能の力は、彼女を世界から孤立させてしまうことになった。

 その未来を阻止し、彼女に人として生きて欲しい。世界を守るために動いたのはそのついでなのだ。

 だが説得は失敗し、彼女を人に戻すことにも挫折した。言葉にすればそれだけだが、その結果に辿り着くまでの過程は、人では決して耐えられるようなものではなかったのだろう。


「それでも生まれた者達にとってはそれが全てだ。ハイヤの生き方がそうであったようにな」

「そうかもね。でも興味なんか持てないよ。僕は彼女のことだけで手一杯なんだから」


 善も悪もない。湯倉成也に見えているのは黒の魔王だけなのだ。こうして『俺』や無色の魔王に接しているのも、彼女の周りに存在するものがかろうじて見えているだけに過ぎない。

 黒の魔王という世界の付属品、その整理をしている程度の感覚なのだろう。


「死力を尽くした戦いも、お前にとっちゃ何も感じないってか」

「何かを感じることくらいは、まだできるさ。欲しいとまでは思わなくても、興味を持った個体はそれなりにいた。特に面白かったのは……君のお気に入りの子だね」

「――イリアスか」


 意外だとは思わなかった。ハイヤやアークリアル、ウルフェのような者達は、湯倉成也本人が強くなるように仕向けた結果だ。その出来の良し悪しに興味を示しても、その延長線上にいる本人からすれば新鮮さを感じることはない。


「まさかこの時代でも『突破者』を見れるとは思わなかったよ」

「……やっぱあるのな、そういうの」

「何代か前の勇……転生者がこの世界の法則に干渉した結果だね。幼少期から適切な鍛錬を続けることで、自らの限界を超えて成長できる。魔力と同じでこの世界の誰もが持つ力だ」

「誰もが持つのかよ……」


 その説明を聞くだけで、脳裏にイリアスの規格外の身体能力の思い出がよぎる。達人の域にいる者達から見れば、やや特出している程度のものなのだろうが、あの若さであの強さというのはやはり異常の類ではあるのだ。


「だけど世界の基準を過度に上げてしまうことを危惧した者が、人としての本能に制限を掛けた。この世界でそれなりに生きた君なら、見当はついているだろう?」

「……成人になってからの魔力の安定か」

「ピンポーン。別に嘘じゃないんだよ。この世界の住人は幼い頃は魔力が不安定で、無理に鍛錬を積めば簡単に壊れて死ぬ危険性を持っている。本能で理解していることだからね。本人も無意識でブレーキしちゃうし、真っ当な親なら絶対にそんな危うい真似はさせない」


 イリアスは幼少期の頃に両親を失い、騎士であった父親の影を追って鍛錬を行った。それを助けたのはユグラ教の大司教だったマーヤさんや、カラ爺を始めとしたラグドー隊の熟練の騎士達だ。

 イリアスの意思を尊重し見守り続けるも、必要な時にサポートできる適切な干渉環境。事故を防げる卓越した魔力に対する知識や技術。そういったものが奇跡的に条件を満たしていたのだろう。

 そして本人の直向きな性格により、無意識のブレーキが取り払われた結果が今のイリアスなのだ。


「そのわりには苦戦も結構あったけどな」

「そこはほら、僕が優秀過ぎたからね。落とし子の才能はそういった突破者をも簡単に凌駕してしまう。勇者の指標で見せた程度でも突破者の水準は余裕で超えてたしね?」

「インフレを頑張って抑えた先達者達に謝れよ……」

「やだよ。趣味嗜好で亜人を生み出して差別を生み出したり、性格の不一致とかで精霊滅ぼしたりしたクズ共だよ?」

「あー、同類なのな。お前ら」


 異世界人は皆常識の差異を持って世界に思わぬ変化を与える。それを目的として転移させられた者達なのだから、似通っているのは道理である。


「あはは、だから僕の言葉は届かないんだろうね」

「……この後の展開はどうするつもりだ?」

「配下も軍も失った無力な魔王の結末なんて、決まっているだろう?君を助ける騎士様ももう間もなくここに到着する。新たな勇者の誕生と共に、幕を下ろすさ。ま、型落ちの勇者なのはちょっとアレだけどね」

「いや、『俺』はどうなるんだって話だっての」

「君の体にかぶせてある『黒』のガワは一種の結界だ。彼女が死ぬほどの一撃を受ければ、結界は破れて体の支配権は君に戻るよ」


 どうやらイリアスに叩き斬られるのは確定らしい。事情を説明すればきっとあいつは迷いなく叩き斬ってくるだろうな。それはもう、今回の件や日頃の鬱憤も兼ねて。


「……一応聞くが、首を刎ねられたりとか、心臓に剣を突き立てられたりしたらどうするんだ?」

「……人は首を斬り落とされても、十数秒は意識があるよ。間に合う間に合う」

「おい」

「あとはショック死しないように、今のうちに心を鍛えておこう。今精神体だし、そこでスクワットとかしていれば少しは強くなるんじゃない?」

「おい」


 負傷したものや散っていった者達のことが脳裏に残っているのに、湯倉成也の軽口に合わせられる自分がいる。感情が他のことに流れることを、無意識にブロックしてしまっているのだろう。

 もう間もなく全てが終わる。後はもう託し、信じる以外に何もできない。イリアスを、『俺』自身を、そして黒の魔王を信じることが、最後に残された『俺』にできることなのだ。



最後の戦いの前の静けさ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] やっぱりゴリラはゴリラってことじゃないか!!11(さくらん ハイヤは満足して逝くことができたかなー
[気になる点] 騎士が囚われの人を救い出しに向かうという構図かな。 ヒロイン役が三十路の男性という点に目をつぶれば。 [一言] たしかにイリアスだけユグラ関係のチートと無関係の積み上げた強さだったも…
[一言] 前回までのシリアスを程よく緩和させつつ次のシリアスに行くまでの緊張感を程々に維持するいい塩梅ですね。 でもそれよりもイリアスさんが転移者の影響を受けてたとはいえ、まさかユグラがノータッチだ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ