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異世界でも無難に生きたい症候群【完結】  作者: 安泰
無難編

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ゆえに全てを覆す。

 ザハッヴァを倒した時点で、ミクスとニールリャテスにはもう余力は残っていなかった。だから二人は残った魔力を私の治療に集中させ、私一人が上の階へと向かうことになった。

 部屋の隣まで移動した私に、即座にハイヤさんからの思念が飛んできた。


『お疲れ様です。まずは中の状態を把握できるようにしておきますので、雰囲気だけでも掴んでおいてください。イケルと思ったら壁を破って乱入して大丈夫ですからね』


 壁の近くにいるだけで、部屋の中の様子が伺えた。私の感知能力の有無に関係なく、ハイヤさんが認識しているものが次々と脳裏に流れ込んできたのだ。

 そこで行われていたのは、私の想像を遥かに超える超越者達の戦いだった。

 空間全体に何十、何百もの封印、結界魔法が張り巡らされている。常時周囲に探知系の魔法が飛び交い、空間内の情報は常に互いが最新のものを握り続けている。

 そんな超高度な状態を維持した上で、彼らは私以上の身体能力を発揮しながら戦っているのだ。

 碧の魔王や、ハイヤさんが少しの油断もなく封じ続けている何かの力。それが理に干渉する力なのだろう。

 無色の魔王はその封印や結界を次々と破壊しているけど、二人が新たな妨害手段を作る方が早い。どれ一つとして同じものがないのに、この速度でのやり取り……私が今から生涯魔法を扱うことに特化した人生を歩んだとしても、並ぶことはできないだろう。

 さらにそれが故意なのか、戦闘に集中していていたからなのかは分からなかったけど、時折ハイヤさんの思考が私にも流れてきた。私はその思考を知る都度にゾッとした。

 あの人は自らの思考をいくつにも分割し、並行して行動を起こしていた。

 目の前にいる無色の魔王の行動に反射的に対応する思考。近接戦闘において肉体や武器への魔力強化、魔法による効果付与を調整し続ける思考。空間の管理をしながら碧の魔王と共に理に干渉する術を防ぐ作業をする思考。そしてそれらの進捗を考慮し、無色の魔王を追い詰める策を思案、イメージによる検証調整、実行の準備を進める思考。

 ハイヤさんの思考を体感するだけで、遥か先にいるはずのアークリアルや碧の魔王の底が見えた。私自身は何一つ強くなっていないはずなのに、勝機が掴めそうな気になってしまった。

 ハイヤさんは私やイリアスのことを『人として辿りつける場所の頂にいる』と言っていた。だけど今私が見た光景には私のいる場所なんてどこにも見えない。それほどまでに圧倒的な格の差があった。

 これがユグラ=ハイヤ。これが世界を救う勇者の代わりとして生まれた存在が見る世界なのか。

 自らの弱さに嘆くよりも先に、ハイヤさんのことを憐れに思ってしまった。この人はずっとこんな視野で世界を見ていたのかと。

 私はユグラの落とし子としての才能に、どこか孤独感を抱いていた。ししょーのおかげで世界に彩りを手に入れても、私を特別視する視線に孤立させられていくような恐怖を感じることがあった。

 だけどハイヤさんは最初から孤立していた。自らの力の価値を誰よりも知るがゆえに、誰とも関わってはならないと。あの頃の私以上の孤独を受け入れている。

 こんなにも強い人だったのか、こんなにも悲しい人だったのか、時折流れ込むハイヤさんの思考に私は申し訳ないという気持ちが湧いてきた。


「ヘイ、ラッシャイ!蜘蛛退治ご苦労さん!お手伝いしにきたのか?偉いもんだねぇ、飴玉いる?」


 そんなハイヤさんが全力を出し、碧の魔王やアークリアルといった相当な手練を仲間にしてもなお、無色の魔王は倒しきれない。

 私の方を見ながらヘラヘラと笑い、軽口を叩いているその表情。その奥にあるのは余裕か、それともただの虚勢なのか。分かるのはハイヤさんが仕掛けた策を全て紙一重で躱しているという事実のみ。

 あらゆる力の行使を封じられていて、できるのは魔族としての肉体の操作や基本的な魔力強化といったものだけのはずなのに、この魔王は瞬時に最適解を導き出して対応してみせる。

 無色の魔王が虚空へと手を伸ばすと、床に転がっていた大鎌が彼の手元へと吸い寄せられるように飛んでいく。

 攻撃手段もそうだ。イリアスも魔力を斬撃に乗せて放出することは多々あった。だけど魔力を斬撃の形に固定し、それも任意のタイミングで射出する技術なんて聞いたことがない。

 ハイヤさんは平然と対処しているけど、防御に徹している碧の魔王やアークリアルは結構な消耗を強いられている。


「……」

「おうおう、臆しちゃって可哀想に。魔力しか取り柄がねぇんだから、下がってりゃ良かったのによ。この部屋に踏み込むにゃ、まとも過ぎるぜ嬢ちゃん?」

「いえいえ、一つでも取り柄があるのであれば十分ですとも。ウルフェさん、貴方は何も心配しなくて大丈夫です。私が全力で貴方を護りながら戦いますので、全力で立ち向かってください」


 ハイヤさんは私の背中を優しく叩くと、穏やかな口調のまま笑う。

 私がザハッヴァと戦っている時から、この無色の魔王と戦い続けているんだ。その消耗はきっと相当なもののはずだろうに。


「……はいっ!」

「そんな雑魚を使うよりも、てめーが直接仕掛けた方が強ぇだろうによ。今度は何を企んでやがる?」

「すぐに分かりますよ、すぐにね?」


 ハイヤさんが大丈夫だと言うのであれば、私にできることはこの人を信じるだけだ。全身に魔力を巡らせ、できる限りの魔力強化を施す。

 ザハッヴァとの戦いの疲れか、無色の魔王を前にして萎縮してしまっているのか、少し魔力の流れが悪い。それでも余力は十分にあるのだから、弱音は吐けない。

 迷わず飛び込み、無色の魔王を間合いにまで捉える。だけどこの男は何一つ動きを見せないまま、私を見下すように見つめていた。


「ほらな、斬撃すら見えてねぇじゃねぇか。場違いなんだよ」

「っ!?」


 取り返しのつかない距離まで近づき、ようやく魔王の周囲の空気が歪んでいることに気づいた。これは斬撃、既に無色の魔王の周囲には無数の斬撃が固定されていて、いつでも射出が可能な状態になっていた。

 その数は十を有に超える。大鎌を振ったモーションは見えなかったのに……いや、一度だけ振っていた。

 手元に大鎌を呼び戻した時に、構え直すように刃先を動かしていた。その時に斬撃を固定し、分裂させて……!?


「呆気なく死にやがって。こんなのであの男に恨まれるとか、割に合わねぇっての」

「では割に合うまで苦労してもらいましょうか」


 突如視界が揺らいだと思ったら、景色が変わる。同じ部屋であることには違いないけど、私はいつの間にか無色の魔王から離れた場所にいる。

 転移魔法、だけどなんの兆候も感じなかった。これはまるでザハッヴァの入れ替わり――


「――ひゅぅ、返し甲斐があるじゃねぇの」


 ハイヤさんは位置を入れ替えたんだ。私とアークリアルの場所を。愚直に仕掛ければ、無色の魔王は私をあしらうように反撃を行う。それこそ自分の間合いの中で、剣すら届く範囲で。

 でも一体いつ仕込みを……あ、背中。いつの間にか背中に魔法陣が張り付いている。

 ハイヤさんが私の背中を叩いた時、あの時に私の背中に魔法陣を仕込んでいたんだ。

 しかもこれは私の魔力を使って発動している。さっき全身に魔力を巡らせる時に、流れが悪かったのは不調じゃなくて、この魔法陣が魔力を奪っていたんだ。

 魔力の探知はできても、私のように大量の魔力を乱雑に練り込むような相手の内側に隠された魔法陣までは把握できない。

 あの僅かな時間で、私という未熟な立場をこれ以上にないほど有効活用する手段を思いつき、実行していたんだ。


「まーじ、性格悪いな、お前!?」


 私に対して射出しようとしていた斬撃は既に止められない。そしてそれは全て至近距離にいるアークリアルへと向けられている。

 姿勢すら正していない無色の魔王へ、アークリアルの剣が奔る。分裂させた斬撃の一つ一つ、その全てに回避など許されない剣聖の一閃が返されていく。

 全身をバラバラに斬り刻まれながらも、無色の魔王は距離を取ろうとしている。アークリアルの斬撃はあの男を斬り裂けても、そのコアまでは届かせることができないでいる。

 ここで有効打を叩けるのは、私のような衝撃を拡散できる魔力を込めた一撃だ。迷わず仕掛けていかなきゃ。

 魔力を拳に溜め直し、地を蹴るために足に力を入れる。ここから距離を詰めるにはちょっと遠いかもしれないけど、見ているだけよりはきっとマシだ。


「良いですね。その攻めっ気には及第点をあげられますよ」

「っ!?」


 再び視点が入れ替わる。遠目に見ていたアークリアルの姿が消え、目の前にはバラバラになった無色の魔王がいる。

 後ろ髪が少し切断される感触、分裂した斬撃が通り過ぎた瞬間に私とアークリアルの居場所を再び入れ替えたようだ。

 私を見る無色の魔王の眼が、驚きの色を帯びていた。多分私の方が驚いているのだろうけど、迷っている場合じゃない。


「やあぁっ!」


 バラバラになった肉体のどこにコアがあるかは分からない。だけど、この間合いならまんべんなく魔力を通すことができる。溜めた魔力を一気に放出し、無色の魔王の体を吹き飛ばす。

 あれだけバラバラになっても魔力強化の精度は相当なもので、肉体は周囲に吹き飛んでも原型を保っていた。

 次は再生をする。その起点となる位置にコアがあるはず。見逃さずに、そこを叩……っ!?


「そんなに真剣に俺の体を見つめんなよ、照れるだろ?」

「そん――っ!?」


 私の両足の下、そこから私を見上げるような形で再生を済ませた無色の魔王が寝転んでいる。

 私の一撃が放たれる瞬間に、コアのある部位を下側に移動させ、私の足元に叩き付けられるように調整していた?

 既に完全に再生が済んでいる。私の攻撃が放たれるよりも先に再生を始めていたのだろう。

 両足が掴まれている。まるで地面に固定されているかのようにピクリとも動かない。これだけ真下にいるんじゃ、殴ろうにもまともに力も入らない。


「とりあえず機動力くらいは奪――ごほっ!?」

「女性の足元に湧くなんて、品性を疑いますね?」


 無色の魔王がさらに力を入れるよりも速く、ハイヤさんが無色の魔王の体に剣を突き立てていた。

 吹き飛ばされた肉片に目もくれず、私の周囲を警戒していたのか。それともこの部屋全ての状況を完全に把握しているのか、対応の速度が尋常じゃないことだけは確かだ。


「ハイヤさんっ!」

「大丈夫だと言ったでしょう?……あの、できれば尻尾を左右に振るのを止めていただけると。痛くはないのですが、視界がですね」

「あ、すみません!」


 無色の魔王の拘束が弱まったのを確認し、距離を取る。ハイヤさんの剣は無色の魔王の胴体を貫き、地面へと届いている。だけどあの状況でもコアには届かなかったようだ。


「咄嗟にズラすの、上手ですね?」

「このしつこさがなけりゃ、ユグラのパートナーなんて務まらねぇよ。仲間を囮に立ち回るたぁ、捻くれてやがるな」

「血のおかげですかね?」

「違いねぇ。だけどまあ、ようやく間合いに入ってくれやがったな?」


 身の毛もよだつような嫌な音が響く。その音はハイヤさんの方向、突き刺さっている剣から発せられているようだった。

 ハイヤさんの体にも異変が出ている。全身が硬直し、激しい痛みに襲われているかのようだ。

 魔力のようなものが流れているようだけど、魔力とは違う何かだ。


「ぐっ、これ……は……っ!」

「動きを封じ、思考を乱すにゃ、こういう技が便利でな。新鮮だろう?落雷が全身を駆け巡る感触ってのはよ」

「ハイヤさんっ!?」

「下がっていろ、ウルフェ」


 部屋のあちこちから植物が伸び、ハイヤさんと無色の魔王へと絡みつく。すると嫌な音はその植物からも鳴り響き、植物はまたたく間に焦げ付いていく。


「即座に分散させるって発想が出るのはすげぇけどな?流石に植物じゃぁ、電気を吸い取りきるこたぁできねぇよ」


 電気、ししょーの世界で街頭とかを照らすのに使われているものだと教わったことがある。金属や水の中を流れる性質があって、それは血を持つ人の体にも流れる危険な力だ。

 傍目ではそこまで大きな魔力の動きは感じない。だけど、ハイヤさんの苦しみようをみるに相当な力が働いているんだろう。


「貴様……自らの体を弄っていたか」

「おうよ。どうだ、ハイヤ。対応した体に弄ってある俺と違って、人の体じゃ電気が流れるってのは辛いだろう?いや、普通は即死してもおかしくねぇんだけどな?魔力強化の練度おかしくね?まあ効いてるようだし、いっか。電気が流れりゃ筋肉は硬直すっから、剣から手を離すこともできねぇ。少しでも魔力強化を緩めりゃ、そこの植物のように内側から焦げ付くぜ?」


 このままじゃハイヤさんが危ない。だけど下手に触れたら周囲の植物のように、あっという間に焼き焦げてしまうのかもしれない。どうすれば……っ!

 息を整え、全身に魔力を流す。まだまだ私の中の魔力は絞り出せる。ハイヤさんが背中に張ってくれた魔法陣周りに集中して魔力を流し込んでいく。

 やっぱりだ、魔力が吸われている。ハイヤさんが使える魔力として渡すことができるんだ。



「――っ、良い働きです、ウルフェさんっ!『碧』!」

「そら、受け取れ」


 碧の魔王が私の背後へと現れ、魔法陣へと手を当てる。するとハイヤさんの突き刺していた剣に大量の魔力が付与された。

 私の体から吸い取った魔力を、剣先に転移したのだろう。ハイヤさんの作り出した魔法陣を簡単に操る碧の魔王も凄いの一言だ。


「なんっ!?管理権を移し――」

「はは、凄まじい量ですね。いやぁ、私の手に余る。なので、どうなるかはお分かりですね?」

「おいバカ止めろっ!?」

「止めませんし、止められません。いえ、その顔をもう少し見ていたい気持ちはありますが、あいにくと何もできない状態ですので」


 行き場を失った魔力が炸裂する。体内で破裂したことで、無色の魔王の体は再びバラバラに吹き飛び、ハイヤさん自身も吹き飛ばされた。だけどすぐさま壁から這い出てきた植物が、その葉で優しくハイヤさんを受け止めた。


「ふぅ、助かりました。どうも刺突を誘う動きが多かったので、何かしらあるとは読んでたのですが……危なかったですね」

「少量の魔力でも大きな出力を生み出すか。原理次第では禁忌にも届く内容だろうな。まだ動けるか?」

「ええ。神経が何割か焼けましたが、この程度なら戦いながらでも治療できます」


 会話の内容はよくわからないけど、とても危ない状況だったのは確かなようだ。私の横でアークリアルが何度か頷いているようだけど、これはわかっていない顔。


「ったく、奥の手がせっかく決まったと思ったのによ。やっぱり人海戦術だよなぁ。あーあ、友達欲しいわ。普段のやり取りとか面倒くせぇから、都合のいい時だけ手伝ってくれる感じの奴で」


 吹き飛んだ無色の魔王は既にその体の大半を再生させていた。

 強い、ザハッヴァも強かったけどこの人は強さの種類が違う。

 この人は感情がほとんど揺らいでいない。ワザとらしいリアクションは何度も見せているけど、その本心は常に冷静に私達を観察している。どこまでも冷静に、こちらの行動を読み解き、その対策を苦もなく思いついている。

 ハイヤさん達の疲労も目に見えて増している。一体あとどれだけ戦えば――


「どうやら勝敗は見えたようですね」

「……あん?投了にゃまだ早――っ!?」


 だらけた姿勢で立っていた無色の魔王の膝が崩れる。咄嗟に大鎌を杖代わりに姿勢を保とうとしたようだけど、膝だけではなく腕まで力が入っていないようで、受け身も取れないまま倒れ込んだ。


「魔力には人の意思が混じる。だからこそ個々の色に淀み、特性を持ちます。ですがユグラの落とし子としての才能を持つウルフェちゃんは、自らの感情すら飲み込む魔力の量を誇る。だからこそ彼女の魔力は透き通っていて、どのような魔法に浸した魔力よりも浸透しやすい。そんな魔力の爆発を体内から受けたのです。響いたでしょう?貴方のコアに」


 そうだ。私がハイヤさんに渡した魔力はかなりの量。それこそ私が全力の一撃を放つのと同量以上の魔力だ。それを相手の体内から炸裂させたのなら、その衝撃は確かに相手のコアまで届く。

 無色の魔王はこれまでのどの敵よりも魔力や魔法の扱いに長けている。だけど殴った感触では、ムールシュトやザハッヴァの方が遥かに硬く感じた。この人は本来殴り合いとか、そういうのが得意なタイプじゃなかったんだ。

 無色の魔王は何度も起き上がろうとするけど、体の震えを抑えきれずに転倒し続ける。


「――マジか。あんだけやりあえてて、ただの魔力炸裂一発でこれかよ」

「色無し、ユグラから叡智を与えられた貴様は確かに我々よりも秀でている。その力を余すことなく使えば、我々が束になっても敵うまい」

「……そのはずなんだけどなぁ」

「だが貴様は勇者ではない。ユグラの真似をしている限り、貴様は自らの強みを活かすことはできない」


 碧の魔王の言葉に、どこか引っ掛かっていたものの正体がわかった。無色の魔王は高い技術を持ち、知識も判断力もある。だけど、この人は無策のままこの場所に現れた。正面から、純粋な力押しをするためだけに。

 その結果、理に干渉する力を封じられ、その場しのぎの対応しかできない状態に追い込まれていた。もしも向こうが私達を迎え撃つ戦いならば、罠や援軍を仕掛けて万全の体勢でいられたら、結果はまるで違っていただろう。


「――ま、アイツの真似をして通じねぇのは当然か。そらそうだ」


 投げやり気味に笑う無色の魔王の頭上から、碧の魔王が操作する植物が襲い掛かった。咄嗟に全身を潰されることは避けたようだけど、一瞬で全身がボロボロになっている。

 碧の魔王はこれまで最後の詰めに備えて、準備を進めていた。部屋の周りだけではなく、この城に根付く全ての植物をこの部屋に向けて成長させていたのだ。

 それらが一斉に『繁栄』の力によって猛り、無色の魔王へと迫る。無色の魔王はその光景を見てもなお、へらへらと笑ったまま、その中へと飲み込まれていった。

 絡まった植物同士から、赤い血が滲んでくる。再生と破壊、それを一体何度繰り返したのか。それでもその隙間から溢れてきた無色の魔王の体は、かろうじて人型を保っていた。


「……凄い」


 思わず溢れた言葉は、相手に対する称賛の言葉だった。私は無色の魔王が嫌いなのに、殺してもきっと何も思わないだろうと思っていたのに、それでも今は純粋にあの人のことを凄いと思ってしまう自分がいた。

 最早立ち上がる力もないのか、体は少しも動かない。だけど、その眼だけは変わらないまま、私達を見上げていた。


「備えなく我々に挑むなど、両手を落として戦場に向かうようなものだ。下につく相手を間違えたな」

「――ばーか。間違えた……からこそ、今まで……の俺があって……ここに……いられるんだろう……が……」

「……違いない。ならば今を享受して逝ね」


 碧の魔王は追撃の為に植物を展開する。この状況でもハイヤさんは少しも油断していないし、アークリアルも構えたままだ。

 この不屈の魔王に対する敬意か畏怖か、あるいはその両方なのか。私も自然と戦闘の姿勢を崩せないままでいた。

 碧の魔王は顔色一つ変えることなく、植物へと命令を飛ばす。号令を受けた植物達は、意思も感情もなく、ただ無慈悲に無色の魔王の命を奪うためにその身体を伸ばす。


「良い死にっぷりだったよ。お疲れ様、テドラル」


 何が行われたか、それを把握することができなかった。全ての植物が同時に切断され、引き千切られ、燃やされ、枯れ果て、消滅していく。

 ただわかるのは、視界を埋め尽くしていた植物が消え去り、部屋の内部がはっきりと見えるようになったということ。

 そして床に倒れている無色の魔王の前に、一人の男が立っていた。

 背はそこまで高くなく、体の作りもそこまで鍛え抜かれているような印象はない。ハイヤさんに似た顔立ちだけど、幼さを感じるほどに若い。

 あの日、クアマにあった『勇者の指標』と同じ。違いがあるとすれば私と同じで、魔力が溢れ仄かに発光する白い髪だろうか。

 本能が直面する現実から逃避しようとしているのか、その男の外見のことしか頭に入れようとしない。肌に感じる絶望的な圧力から、必死に意識を背けようとしている。

 そこにいたのは人でも、魔王でもない。私達がどんな方法、手段、道筋、いかなる選択をしようとも、たった一つの答えにしか辿り着けない。唯一の『結末』。

 ユグラ=ナリヤ、この世界の根底を変えた存在。勇者と呼ばれた男だった。


主人公&テドラル「勇者みたいな登場の仕方しやがって」

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― 新着の感想 ―
[一言] ハイヤさんはクローンだから歳をとるんだろうけど、老衰で亡くなるとかもあるのだろうか? 魔王のクローンだったら、寿命もない?
[一言] テドラアアアアアル! おのれ貴重な苦労人枠を…! 赦さんぞ翠色! あれ?
[一言] ユグラが転生スライムのラスボスに見えて、最後はスライムに無色と一緒に封印されるのか!
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