ゆえに凌駕する。
異常者は環境によって生まれるものだというのが、俺の持論だ。歪んだ環境下でその生命を永らえるために適応した結果、第三者視点から見て異常にしか映らなくなる。刻まれた結果は永劫その者の在り方を縛り続け、時として予想を裏切る怪物を生み出す。
俺が初めて見た時、ザハッヴァは才能を何一つ感じないような平均以下の凡人だった。本人もそれを自覚していて、どこか臆病で他人に強気に出れない、内気な少女でしかなかった。
そんな少女にとって、日常のように戦争が起こる世界は残酷でしかなかっただろう。ザハッヴァは物心が付く前から母親を失っており、亡国の兵士をしていた父親に育てられていた。
その父親はかつてどれほどの地位にいたのか、今となっては知る由もないし知りたいとも思わないが、無駄に自尊心が高かったのは覚えている。そんな父親にとって、他者に劣る内気な娘を持つことは耐え難い屈辱だったようで、ザハッヴァはよく酒に酔った父親に殴られていた。
まともな食事も与えられておらず、何か粗相があればすぐに物置の中に閉じ込められていた。そんな生き方じゃ望んだ自信をつけてやることもできねぇっていうのに、馬鹿な親もいたもんだと鼻で笑っていた。
そんなザハッヴァにも転機は訪れた。物置に閉じ込められていた際に、蜘蛛に噛まれたらしい。不衛生な場所でその傷は悪化し、彼女は高熱を出して死にかけた。
自慢できずとも、使い道のある便利な道具であることには変わらない。ザハッヴァの父親は仕方なしにと、医者に彼女を預けることになった。その時にザハッヴァは黒姉に出会ったわけだ。
黒姉はザハッヴァの姿を見て激怒した。子の未来を守るべき親が、子の出来を嘆くだけで何も導かない。あまつさえその生命を脅かそうなんて、許されるはずがないと。
黒姉は多方面に手を回し、自らが主体となってザハッヴァを救った。親を持たない子供達を大切に育てる孤児院を設立し、ザハッヴァを父親から引き離した。さらには激昂したザハッヴァの父親を正面から張り倒しちまったんだから、流石である。何の価値も見出だせない腐った世界に、新たな可能性を見せてくれた。ザハッヴァにとって、黒姉はまさに救世主だった。
その後のザハッヴァはいつも黒姉の背中に隠れていて、俺と黒姉の時間が減って良い迷惑だった。そのくせ、俺には恨みがましい視線を時折向けていた。
ザハッヴァにとって黒姉は人生そのものだった。黒姉さえいれば、他には何も必要ない。俺が言うのもなんだが、あいつは完全に黒姉に依存しちまっていた。
当事者だった黒姉といえば、ザハッヴァを助ける時からこうなる可能性を考えていた。それでもあの残酷な父親の元で道具として殺されるくらいならばと、ザハッヴァの人生を背負うつもりで助けていたわけで。時間を掛けて改善しようとはしていたんだが、無理だろうなってのが俺とユグラの共通の見解だった。
ザハッヴァは内気なままだったが、唯一とも言える生きる目的を手に入れた。それを守ろうとする奴の執念だけは、ユグラも認めるほどだった。
気づいたときには黒姉に害を及ぼす存在に対し、ザハッヴァは異常とも言える敵意を向けるようになっていた。そしてその敵意を向けられた相手は次々と姿を消すことになる。少なくともザハッヴァが黒姉の背中に隠れるようになってから、黒姉に都合の悪い連中が数十人は行方不明になっていた。
ついでにザハッヴァからも血の臭いが抜けなくなっていたんだが、そこに触れようとする連中は誰もいなかった。黒姉は背負うと決めていたわけだし、俺やユグラは黒姉の敵にならないならどうでも良かったからな。
「ま、こいつが魔族として覚醒できたのは……あの時だけは黒姉の側にいなかったからだろうな」
魔物を復活させた後、第二波は即座に侵攻を開始した。その間俺はというと、休息を挟んで第三波の準備。そして出撃に備えてさらなる魔力回復のための休憩タイムだ。
あんまり暇だったんで身辺整理をしていたら、昔にまとめたザハッヴァ達の資料が出てきやがった。もしも黒姉が復活しなかった場合、あいつ等を使おうと、残しておいた資料なんだが……今思えば制御できるわけもねーんだよな。
ザハッヴァの生きる意味は、黒姉の一部として死ぬことだ。黒姉が破滅を望むのならば、自らも破滅を望む。その先がなんであれ、黒姉の歩く先で果てることができればそれで良いってわけだ。
「愛のために死にたいってんなら、死ねばいいさ。役立ってくれるぶんにゃ、大歓迎だとも」
次に手にとったのはラザリカタの資料。ラザリカタは黒姉がいた村に新規参入者として現れた集団の中にいた。要するに、真新しく滅んだばかりの亡国の民だ。
ラザリカタはその中でも有力者だった人物の娘。その国が滅んでいなければ、王女ないし女王にもなれたとか。まぁ、器じゃねぇけど。
国を失った者同士、手を取り合って協力していこうって流れの村だったんだが、ラザリカタの一族はそこに不穏な流れを持ち込んでくれやがった。連中はどうにかして国を再建しようと考えていて、俺達の村を利用しようとしていた。
実際に可能性はあった。俺達の村は他国の協力の元にあった村だったが、周囲の村への信頼がとても厚く、もしもこの村を起点に決起していれば、付いてくる者達もかなりいただろう。黒姉や親父の影響力はそれだけデカかったわけだ。
ラザリカタは最初から黒姉を敵視していた。いつかは村の主導権を握るために凌駕しなくちゃならなかった相手だからな。その周囲の連中も似たような感じで、一時期村の空気はかなり最悪だった。それでも黒姉達はラザリカタ達を受け入れてたんだから、器の差は明白だ。
結論から言えば、ラザリカタの一族は失敗した。黒姉達から影響力を奪うことはできず、なんなら身内同士の策略で自滅していった。黒姉に挑むなら、せめて一丸になってから来いよってユグラと一緒に苦笑いしていたのは良い思い出だ。
そのラザリカタだが、村を支援していた国に罪人として処刑される寸前までいっていた。ラザリカタの叔父の策略によって虚偽の罪を背負わされていたらしい。
黒姉はそんなラザリカタを救出した。被せられた罪が嘘によって固められたものであると立証し、処刑を中止させることに成功したのだ。
つまるところラザリカタにとっても、黒姉は恩人なんだが……ラザリカタは黒姉の行動に対し、さらに憎しみを持つようになった。奪う相手から与えられたことが、あの女にとっては耐え難い屈辱だったようだ。
なんなら黒姉が嘘だと証明した罪を、真実だと背負い直そうとさえしてやがったからな。マジで頭がおかしいわ。
その後もラザリカタは黒姉の地位を奪おうと、機を狙い続けた。ユグラの話じゃザハッヴァが何度か殺そうとしていたらしい。それで生きている辺り、ラザリカタも大概しぶとい奴なんだよな。
「配下とも呼べる魔族になってでも黒姉の地位を狙い続ける辺り、歪んだ愛なのかねぇ……」
ラザリカタの目的は今も昔も権力だ。それも黒姉が手にしている地位を執拗に狙っている。黒姉がユグラに封印されてからは、外の世界に意識を向けていたようなんだが……黒姉が復活してからはまーたあのねっとりとした敵意が蘇っちまったんだよな。
「んで……これか」
他と比べて分厚いのはオーファローの資料。この辺は真面目に読むのも馬鹿らしいんだが……流し読みくらいはしておくとしますかね。
オーファローは罪人だ。魔族になる前から多くの罪を犯し、なんなら人も結構殺してやがる。蜘蛛のようにひと目のない場所で獲物を始末する依存症の女とは違い、オーファローは堂々と証拠を残して罪を犯していた。
オーファローは村に流れ着いた孤児で、黒姉や俺の幼馴染でもあった。だが俺と同じ様に人との関わりを嫌い、俺以上に陰気な奴だった。
あの男にとって、起点となったのはあの日のことだ。家畜が逃げ出し、多くの野獣に食い殺される事件が起きた。オーファローはその原因を生み出した者として、罰を受けることになった。
オーファローは当初、自分はやっていないと言っていた。だが多くの証拠と証言がオーファローこそ犯人であると示唆し、大人達は誰一人オーファローの言葉を信じなかった。
だがそれは捏造され仕組まれた証拠証言であり、その事件だけは本当に無実だったのだと後の黒姉の調べで発覚した。
オーファローは家畜を逃したことと、罪を認めずに嘘を吐き続けた罰として、日当たりの強い丘の上に縛り付けられた。それらを仕組んだ狡い大人の入れ知恵で、首を上向きに固定され目も見開かれたままの状態で。
『お前は悪だ。それを受け入れろ』
助けを願うオーファローに対し、大人達はそんな言葉を吐き捨てた。黒姉や親父は流石にやり過ぎだと諌めようとしていたが、その当時は村も派閥に分かれており、親父や黒姉にも影響力が足りていなかった。
結局オーファローが解放されたのは、数日が過ぎて身も心も削れ、涙すら枯れたオーファローがありもしない罪を認めた後だった。
オーファローはその後も悪者として扱われた。視力を悪くし、日中は杖を握りしめながら歩かなければならなくなったオーファローの姿を見て、奴の周りの大人は笑っていた。子供達は嘘をつく罪の重さを思い知った。孤児だったオーファローは、体の良い教育の見せしめとして晒し者にされていたわけだ。
「これで終われば、ただの可哀想な奴だったんだがな」
オーファローは暫くの間は大人しかった。村で見かけても不気味な視線を向けてくる以外、害はなかった。だが俺達が少年から青年に変わる頃に、奴はその変わり果てていた内面を見せ始めた。
大人しかったはずの家畜が突然、暴れだして飼い主が襲われた。建てて間もなかった物置が、持ち主が入った途端に崩れだした。立て続けに不審な事件が発生し、村はすぐに何者かが悪意を持って行ったことだと気づいた。
いや、最初からそう考えられる様に仕向けられていた。多くの連中が目撃できるように、理解できるように、意図的な部分が多くあった。
村の連中は証拠を集め、それがオーファローの仕業だと判断して、奴が住んでいた小屋を訪れた。そしてそこにあったものを見て、あの男が自分達の理解の外へと踏み込んでいることを知った。
そこにあったのは死体の数々、村が小さな事件に意識を向けている間に、不自然に姿を見せなくなっていた者達だった。
死体のどれもが生きている間に様々な拷問を与えられていた。誰一人として、まともな顔で死んでいなかった。俺はそれを見て吐いた。マジ許さねぇ。
村の連中は急いでオーファローを捕まえようとした。だがオーファローは簡単には捕まらなかった。ワザと痕跡を残し、誘い込み、自らを追う村人を襲った。
意図的に生かされた村人は、『なぜこんなことを』とオーファローに言ったらしい。するとオーファローはこう返したとか。
『君達が望んだんだろう?僕に悪になって欲しいって』
オーファローはその後も暴走を続けた。近隣の村や、国の方にも多くの被害を出し、異常な殺人鬼として皆に恐れられた。
最終的にはユグラの協力を得た黒姉にとっ捕まって、処刑のために国に引き渡される寸前のところまでいってたんだが……そのタイミングで国が俺達を裏切っちまったんだよな。
そのまま奴は人間を恨んだ黒姉によって魔族にされ、今もこうして自由になっちまってる。
かつて助けられなかった男への憐れみなのか、そんな男の罪を些細なものとして扱うほどに世界に絶望したのか……黒姉の判断は分からねぇし、聞こうとも思わねぇ。
「他者への依存、地位への執着、悪としての理想、ほんっと、ロクでもねぇ奴しか残らねぇんだよな」
こいつらは異常だ。だからこそ、人として耐えられない時間の流れの中でも自我を保ち続けることができた。人としちゃ欠陥品だが、魔族としては立派な才能を持っている。それが少しだけ妬ましい。
俺はアイツ等よりも冷静だった。魔族となれば人外として無限の歳月を生き続けることを、その時間によって心が削られることも、初めから理解していた。
だから俺は黒姉の魔族になる勇気を持てなかった。どうにかこうにかしてくれるユグラの配下になっちまった。
その選択が間違っていたとは思っていない。もしも俺が黒姉の魔族になっていれば、今頃俺はあの異常者共が引き連れる魔物の群れの中に混じっていただろう。
俺が手に入れた力も異常者共を優に超える。結果だけで見れば大正解、これ以上にない結果だ。人間だった時のように、あの異常者共相手に怯えることもないし、なんなら俺一人で全員ブチ殺せる。
「――それでもしっくりこなくなったのは、あの男のせいだろうがな」
かつての俺よりも貧弱で雑魚い男。俺はそんな相手に恐怖を覚えた。どれだけ弱くても、在り方次第では強者や狂人をも上回れる。そんな昔の俺に見せてやりたかった奴が、今こうして世界を滅ぼせる勇者を相手に立ち回っている。
ああ、悔しいとも。ここまでの力を手に入れても、俺は黒姉やユグラを止められねぇって悟ってるのに、本気で止めようとしている雑魚がいるんじゃな。
「さてと……。最後に黒姉の様子でも見てから出発しますかね……ん?」
黒姉の周囲に配置していた使い魔の映像に妙なラグがある。即座に何者かの干渉があることを悟り、周囲を探る。
魔力探知すらできねぇ黒姉が、俺の視界を妨害することはありえねぇ。ユグラの仕業なら、俺が気づくことなんてありえねぇ。なら、それ以外の誰かが俺の目を欺こうとしてやがる。
妨害に使われていた魔力を見つけ、分析。その持ち主を特定。……あんのクソ殺人鬼!
「……いや、これは……」
問答無用で殺しに行こうと思ったが、何か様子がおかしい。周辺に横たわるオーファローの体は見つけたが、その精神の場所が不明だ。黒姉の内部にも見当たらねぇっていうか、なんならあの男の気配すら……。こっちには痕跡らしい痕跡がねぇ。なら、これに関わったのはユグラだ。
肝心のユグラの姿もないってことは、『統治』の力あたりで創った仮想世界にでもいるのか。あいつ肉体ごと移動できるからな。そう判断してユグラが創りそうな空間に魔力の波長を調整し、検索を掛ける。
そしてつい先程に創られた仮想世界を見つける。中には……いた、ユグラとオーファロー、そしてあの男だ。
ユグラがいるのならオーファローに問題は起こせねぇが、流石に気になる。なので早速侵入を試みる。ユグラが創った世界なのは間違いないが、精度がすっげぇ雑い。突貫で創ったんだろうが、もうちょい丁寧に創れなかったものか。
接続を確定させ、精神を仮想世界へと転移させる。そこでは観測した三人が揃っている。
「おや、テドラル。何か急用?」
「そりゃある意味な!ユグラ、これはどういうことだ!?」
「オーファローが彼に興味を持ってね、『黒』の中に入ってまで好き勝手にやろうとしていたから、場を設けてやっただけだよ」
「んな……」
この殺人鬼、どこまで掻き回しやがるんだ。黒姉だけじゃ飽き足らず、こっちの切り札にまで……ってあれ、なんだこの状況。
見た感じではユグラは見届人。オーファローとこの男が何かしらのやり取りをしていたのは明白だ。だがその結果がこの光景ってのはどういうことだ。どうしてオーファローだけが、こんなにも憔悴しきった顔で膝をついてやがるんだ。
こんな面子しか残らなかったら、そりゃユグラも笑いますね。




