ゆえに託す。
「ははは、流石は紫の魔王のお気に入り。簡単には死なないか」
オーファローの放つ閃光は回避することができる。『嗅ぎ取る鼻』が反応した時には回避が間に合わないほどの速度だが、奴が自身の熱を閃光へと変換し、放つ際には周囲から感じる熱量が若干の変化を起こす。その瞬間を見極め先んじて移動すれば、初撃は十分に避けることが可能だ。
しかし左右に移動をして狙いを絞れない状況にすると、今度は威力を分散した閃光を複数同時に放ってくる。
こちらの威力は控えめで、その気になれば魔力強化で受け切ることもできる。だが閃光を肉体で受けきるより、体を貫通させてから再生を行った方が魔力の消費は少ない。
ただ奴の閃光には奴自身の魔力が多少なりとも含まれている。異なる魔王系列の魔力は毒も同じ、どうしても再生が遅れてしまう。
「胴体を貫いても表情に変化がないね。さっきの女は君の体を経由して別の空間に隠しているのかな」
多少の被弾を覚悟さえすれば飛び込んで攻撃することはできるが、接近戦になればこちらの消耗の方が激しい。奴の熱をどうにかする算段が立つまでは、情報を引き出すことに専念すべきだろう。
「解せぬな。貴様からは不気味さこそ感じとれるものの、強き意思を感じない。自らの主の命にてこの戦場に立つのであれば、もう少し身を入れたらどうだ?」
「命令は守るさ。だけど相手が誰であれ、僕は僕のまま。炎陽として君達を蝕むだけのこと」
「炎陽……か。それが貴様の強さの象徴というわけか」
ガーネ魔界に現れたザハッヴァという名の魔族は自身を蜘蛛と呼称し、このオーファローも自らを炎陽だと言っていた。
それぞれが超越的な力を持つことから、その力には何かしらの芯を感じる。きっとこのオーファローにとって炎陽、即ち太陽は何かしら特別な存在であるに違いない。
「太陽。君達が普段から当然のように受け入れているあの星は、自らがその姿を見せている間は全ての星の姿を奪うほどの光を放ち、その光は万物に平等に降り注ぐ。時に力を与え、時にその体を蝕む。だけどそこに太陽の意思は存在しない。アレはただ燦々と輝いているだけ、君等を助けたいとも、殺したいとも思ってはいない」
オーファローは太陽を瞬き一つせずに見つめている。これは誘いでもなく、完全に隙を作っている。ならばと踏み込み、距離を詰める。
「だから君達を殺すために、わざわざ感情を含めるようなことはしない。僕はただここにいるだけで、君達を皆殺しにできるのだから」
「っ!」
オーファローの周囲の熱が一気に上昇する。溶かされた土が膨張した熱風によって周囲に飛び散る。咄嗟に踏みとどまり、柔らかくなりつつある地面を蹴って距離を作り直す。
これまでよりも熱の上昇する間隔が明らかに早い。だが奴には力んだり、本気になったりしたりしているような素振りは見えない。
「だけどまあ、僕は僕でもある。『黒』様の魔族でもあり、オーファローという一個人でもある。それなりの工夫はするとも」
肌を焼く熱が先程とは感覚が微妙に違う。直接焼き尽くすような熱とは違い、体内の内側から温度を上げてくる力が働いている。オーファロー本人の熱とは違い、これは魔具によって放たれた力も混ざっているに違いない。
「熱の伝わり方は大きく分けて三通り。さっきまでは僕自身の熱を直接ぶつける伝導の熱、僕によって熱された空気や土による対流の熱が君達を襲っていた。だけどそれじゃ本物の炎陽には程遠い」
距離を保っているはずなのに、体が徐々に熱されていく。咄嗟に全身への魔力強化を増強し、周囲に障壁を展開する。
熱される現象は静まったが、私の魔力で展開しているはずの障壁が異常な熱を帯びている。まるで直接業火によって炙られ続けているような状態だ。
「放射、光の中に含まれる、物質を刺激し熱する力。この三つが揃って炎陽の熱となるんだ」
主様とあの人間が行っていた雑談の中に、そういった話があったことを思い出す。我々を照らす太陽は今もなお燃え続けているが、その燃えている熱がこの大地に届いているわけではない。太陽が放つ光の波長の中に物質を熱する効果があるのだと。
「つまり貴様は魔具に頼って初めて本物の力を得る、偽りの太陽ということか」
「否定はしないさ。いくらなんでもただの一個人が星になれるわけがないからね」
オーファローの周囲が一瞬揺らめいた。それは熱量の変化、再び閃光を放つ予備動作と判断し、障壁を捨ててその場を離れる。その判断は正しく、放たれた閃光は障壁を容易く貫通してみせた。
しかし障壁から離れたことで再び全身が徐々に熱されていく感覚に襲われる。奴の放射の力は全方位に影響しており、障壁を展開しない限りは内側から焼かれてしまう。だが足を止めれば威力を抑えていない閃光の餌食となる。
距離を大きく取れば放射の力も多少は弱まるようだが、完全に影響下から抜け出すにはこの場から逃げるしかなさそうだ。
「っ!」
「ははは、まるで炎に群がる虫だ。燃え尽きるまで無様に動き続けるつもりかな?」
「そういう貴様は、いつまで隙だらけの姿を晒しているつもりだ?」
オーファローの体を無数の鎖が縛り付ける。それがエクドイクの鎖によるものだと気づいた時には、オーファローの周囲にはかつてググゲグデレスタフを拘束した『鎖縛の六塔』が形成されていた。そしてその鎖の先を握ったエクドイクが私の隣へと降りてくる。
「エクドイクかっ!」
「すまない、蛇の処理に手間取った。状況は既に把握済みだ」
マーヤだけではなく、私の体内にも通信用の水晶が仕込まれている。これまでの戦闘状況は既にガーネ城にいるマリトを経由し、各戦場に共有済み。ただ戦闘に集中していたため、私は他の戦場の様子はあまり把握しきれていなかったが、エクドイクは無事あの巨大な蛇を倒せたようだ。
「ちょっと、デュヴレオリ!なんなのあいつ!この辺一帯熱いとかそんなレベルじゃないわよ!?こんなところにいたら蒸し焼きよ!?」
エクドイクの腕の中には蒼の魔王が抱かれている。結界を展開し、放射による熱の上昇は抑えているようだが、エクドイクが鎖を伸ばすための空間を確保しているせいか、完全には防げていないようだ。
「奴の能力については共有した通りだ。閃光は完全には回避しきれない。再生能力を駆使して立ち回れ」
「俺はそこまで再生速度があるわけではないのだが……」
エクドイクはオーファローに巻きつけている鎖へと視線を向ける。『鎖縛の六塔』はあらゆる力を阻害し、鎖も再生魔法によって多少の破損は即座に修復する。しかしその再生能力が追いついていない。オーファローの放つ熱によって次々に溶かされている。
「時間がないな。『蒼』はマーヤを、ヨクスと合流して治療を受けさせてやってほしい」
「――そうね。悔しいけどアレ相手じゃ居るだけで足手まといになりそうだわ。ほら、デュヴレオリ、さっさとマーヤを出しなさい!ちゃんと周囲を肉で覆うのよ!」
「ああ、頼む」
『迷う腹』から取り出したマーヤの全身には、私から切り離した肉が纏わりついている。マーヤの失った皮膚や肉の代わりとして認識させ、体がショック状態へと陥るのを防ぐための処理だ。
これは主様が開発したもの。ハークドックの腕の移植の際に、悪魔の体を利用した技術を利用した応急処置の手段だ。
あの人間が瀕死の重傷を負った時から、主様は治癒系の能力を我々悪魔に付与できるように研究を続けていた。
その研究の成果はこれまで、ムールシュトに敗れたウルフェを助け出すことにも役立っている。マーヤの傷も本来は致命傷に近いが、この様子ならもう暫くは保つだろう。
「おいで、エード!」
蒼の魔王はエクドイクの鎖で背中にマーヤを背負うと、スケルトンホースのエードを地中から呼び出し、その背に乗って駆け出した。
視界に捉え続けているオーファローは表情一つ変えないまま、こちらを静かに見つめている。動きこそないが、奴を捕らえている鎖はもう間もなくその拘束力を失うだろう。
「援軍が向かっているそうだから、あんたら無茶をしちゃダメよ!いいわね!?」
蒼の魔王は遠ざかりながらエクドイクに向けて言葉を残す。それを聞いたエクドイクは小さく溢した。
「お前も無茶をする奴だと思われているようだな、デュヴレオリ」
「主様の命ならば無理も押し通すとも」
マーヤを預けたことで自身への負担を気に掛ける必要はなくなったが、打開策を思いついたわけでもない。エクドイクの鎖も奴に届くかどうか怪しいところだ。
既に『鎖縛の六塔』の拘束は解かれ、オーファローは肩に残っていた鎖だった液体を地面へと払っていた。
「へぇ、『黒』様以外のところの魔族か。さっきの拘束、夥しい量の魔法が付与されていたけど……随分と回りくどいことをしているね」
「通常の鎖ならば溶かされるか。ならばこちらを使うまでだ」
エクドイクは目を見開き、真なる『盲ふ眼』を発動させた。あの鎖の強度は確かなもので、未だにアレを正面から破ったものはいない。
発動に時間が掛かる弱点はあるが、その場から一歩も動こうとしないオーファロー相手ならば十分に展開する時間はある。
「――っ」
オーファローの体が見えない鎖によって封じられる。エクドイクの瞳の中には無数の鎖で拘束されている奴の姿が映されている。オーファローは熱を放っているようだが、真なる『盲ふ眼』によって創られた鎖はビクともしていない。
「よし、この鎖ならばいけるな。このままもう少し時間を稼げれば……!」
「これは……ふぅん。馬鹿らしい魔法を使っていたから、期待はしていなかったけれど……。なんだ、君もちゃんと次世代の力を使えるんだね」
「――次世代?」
「なるほどね。自覚はないんだ。それじゃあ少しだけ雑談でもしてあげようか」
鎖はオーファローの体を締め潰そうと軋みの音を上げている。しかし奴は変わらない表情のまま口を開いた。
「君達はユグラ以外の異世界転移者について知っているかな?ああ、今の『黒』様の依代になっている人間のことじゃないよ」
「……簡潔ではあるが聞かされている。ユグラの前にも転移者がいたとな」
「それくらいか。そうなるとどこから話すべきか……。じゃあ、歴代の転移者達は皆世界の歴史に大きな変革を与えてきたってことは知っているかな?」
「歴代……だと?」
ユグラ以外に転移者がいたという話は私もかいつまんで聞かされていた。その人物は何かしらの所業を成し、その証拠がセレンデの遺跡の中にあったという。だが歴代ということは、その人物だけではなく――
「そうだよ。この世界は過去に何度も異世界から招かれた転移者達によって、大きな変革をもたらされてきた。彼等を君達の歴史にならい、勇者達と呼ぼうか。彼等勇者達は正史にこそその功績は残っちゃいないけど、それはもうとんでもないことをしてくれていてね」
「……そんな話、聞いたことがないな」
「基本的に彼等は自分達の存在を抹消しているからね。表舞台に残って歴史に名を残したユグラが異端なのさ」
「その話に根拠はあるのか?」
「あるさ。例えば君達は精霊を知っているかな?」
精霊。大地や川、植物など本来は意思を持たないものがその土地の魔力に感化されることにより、簡略的な意思を持った存在の呼称。
小動物程度の知恵等を持っている個体もあるものの、基本的には機能的な存在であり、複雑な魔法の行使の際には精霊をその核として使用することもある。人間の中には自然の声等と神聖視する者もいて、ユグラ教の教えの中でもある程度触れられていると聞いている。あの人間もマーヤによって使役された精霊を核とした言語翻訳の魔法の恩恵を受けているはずだ。
「無論だ。あまり研究がされていない分野ではあるが、人間達は精霊の力を借りることも少なくないからな」
「じゃあ本来の精霊は肉体を持っていた、といったら信じるかな?」
「なん――」
「魔封石、魔法を多用していた戦乱の時代に終止符を打った物質。アレはね、精霊の死骸の成れの果てなんだよ。ユグラより前の勇者によって、駆逐された精霊達のね」
私には『聡き耳』がある。これにより、私はユグラ教の聖職者が持つ嘘を見極める技術に近い芸当ができる。視覚情報から判断するユグラ教の技と比べると精度こそ落ちるが、相手が放つ声からも魔力の揺らぎは感じ取ることができるのだ。
オーファローに嘘を付いている気配はない。奴が常に嘘を述べ続けているのであれば話は別だが、この話は奴にとって紛れもない事実として認識されている。
「精霊達は元々自然と近しい関係にあった。だからその肉体が死んでもその存在は消滅せず、今の時代でも機能的な意思として各地に在り続けている。地層を調べれば分かることだけど、魔封石が採掘できる場所はどれも近しい年代の地層だ。その勇者が生きていたとされる年代のね」
「……どうして貴様はそんなことを知っている?」
「知る機会があったからさ。それじゃあ話を戻そう。勇者の影響により、世界は次々と変革を成していった。それにより新たな存在が生まれ、人類はさらなる進歩を遂げた。そして時代は最も新しきもの、勇者ユグラの起こした変革の時代へと移る」
オーファローが再び熱量を上げる。これまでの比ではなく、距離を取っている我々のところまで容赦なく熱が届いてくる。これはウッカのいた村を焼き尽くしたものよりも――
「ユグラの起こした変革は、人類の進化だ。ユグラは争いを続ける人類を次の領域へ進ませ、愚かな争いを抑止しようとした。その過程や結果はどうあれ、誕生したのが魔王……新人類だ」
「ぐぅっ!」
エクドイクが苦しそうな声を上げる。真なる『盲ふ眼』の鎖は強固でも、それを維持するためには瞳の中に鎖を投影し続ける必要がある。この距離まで届く熱波を前に、眼を開き続けることは並大抵の苦痛ではないだろう。
「老いることもなく、死しても復活する肉体。さらにユグラは理に直接干渉する仕組みを創り出し、魔王等に超越した力を与えた。その魔王の魔力から生み出された僕等のような魔族や魔物には、その理に干渉する力の片鱗が宿っているのさ。僕はそれを次世代の力と呼んでいる」
熱量の上昇は止まらない。エクドイクの皮膚が焼け始め、瞳の表面が割れようとしている。流れているはずの血の涙は尽く水分を失い、赤い屑として周囲に舞っている。
これ以上の鎖の維持は不可能だ。いやそれ以前にこの場所に居続けるのは不味い。一度離れなければならない。
「エクドイク!拘束を解け!一度距離を取るぞ!」
「解除しようとしている……っ!消えないんだ……!奴は俺の眼の中に映る鎖を……掴んでいる!」
「な――」
「君の力は君の映す世界に物体を生み出す力。この鎖は理の中に創り出された障害物。物理的手段や魔法的手段、あらゆる方法を持っても直接干渉することはできない。だけど理に干渉できるのであれば、その限りじゃぁない」
突如世界が赤に染まる。大地から空気、流れる魔力まで全てが赤を帯びている。だが変貌した空間の中にはそれ以上に信じがたいものが存在していた。
「――鎖が……!?」
そこにはエクドイクの瞳の中にしか映っていなかった鎖が、現実のものとして具現化していた。鎖はエクドイクの体を突き破るような形で出現しており、オーファローは自身を拘束している鎖をしっかりと握りしめていた。
何が起きているのか、理解が追いつかない。だが急いで状況を把握しなければ死ぬと、『嗅ぎ取る鼻』が警戒を鳴らしている。
この場にいてはいけない、この場所は我々がいて良い場所ではない。ここは――
「干渉された理の……中……なのか?」
「君が視界の中に独自世界を持つように、僕も頭の中に独自世界を持つ。ここは僕の認識した世界、僕が干渉した理の中さ」
この異質な空間には既視感がある。そう、『迷う腹』の内部に近い。だがあの歪な迷宮である空間と比べ、ここはあまりにも現実的過ぎる。確かに分かることは、我々は現実から切り離され、異なる空間へと隔離されてしまっているということだ。
「――そんな……っ!?」
エクドイクが目の前の光景を前にし、驚愕している。これまであらゆる敵を拘束し、倒してきた真なる『盲ふ眼』の鎖。手段こそ封じられてはきたものの、発動さえすればその強固さには絶対の信頼があった鎖が、オーファローの熱によって変形し、溶け出しているのだ。
「確かに僕は魔具に頼らなければならない、偽りの太陽だ。だけどここは僕の想像が真実となる理の世界。ここならば僕は本物となれる。あらゆる物質を焼き尽くし、炭すら残さない、完全なる炎陽へと成り果てることができる」
オーファローがこちらを見て歪な笑顔を向ける。そしてこの後に起きる惨劇が脳裏へ過った。
奴はこの世界で、エクドイクの鎖と同じように炎陽を創り出すつもりだ。その規模がどれほどのものかは計り知れないが、奴の認識によって切り取られた限られた空間に逃げ道などない。
奴の戦い方は雑で、逃げようと思えばいくらでも逃げられた。それを異様に感じていたが、こうすることができるのであれば納得もいく。オーファローは敵を自身の認識の内側に取り込むことができる。逃れられない隔離された空間で、全てを埋め尽くす熱で敵を焼却する。それが奴の戦い方なのだ。
上がる熱量が体を発火させる。だが体が痛みを感じない。際限なく上がる熱量を、体が認識できてしまっている。『迷う腹』の中では捕らえた相手に対し、想像通りの力を発揮することが可能だ。この空間がそれに近しいものであるのなら、オーファローはこの場限りとはいえ本物の炎陽となることができるだろう。
現実世界で奴が発生させていた熱はただの余波、これから放たれる熱に私やエクドイクが耐えられる望みは……ない。
「くっ、おおおぉっ!」
エクドイクが新たに創り出した鎖でオーファローを攻撃する。いや、実際の狙いはオーファローの体の周りに残っている鎖の方だ。融解しかけている鎖は外部からの攻撃を受け、破れるように切断される。これでオーファローとエクドイクを繋ぐ鎖は切れた。
「デュヴレオリ!お前は自身の体を最大限に守れ!俺の全ての魔力を使い、鎖の壁を創り出してお前を包む!」
「っ、無駄だ!貴様も見ただろう、奴の熱はお前の創り出した鎖をも溶かす。どれほどの壁でもこの封鎖された空間内では時間稼ぎにしか――」
「魔族達は最初からその姿を変貌させてきてはいない。恐らくはその力は奴らにとっても危険性のある力、あの蛇のように自我を失う可能性もある。この空間での攻撃も長くは続けられないはずだ!」
エクドイクは新たに創り出した鎖で、我々の周囲を覆う球体状の壁を創り出していく。幾重にもなった理外の鎖による防壁ならば多少の時間稼ぎにはなるだろう。だが、それはオーファローも承知の上。我々よりも遥かに先をゆく奴は、この壁すら超え我々の体を確実に焼き尽くすだろう。それが理解できないエクドイクではないはずだ。
「もちろん俺の鎖の壁は突破される。だが奴はこの攻撃の最中に相手の状況を知ることができない。それはウッカが証明してくれている」
「――そうか、そういうことか」
オーファローは広範囲を高熱で焼き尽くす際、自身の熱量を調整することはできても、周囲の状況を把握できない。ウッカが自身を結界で守り続け、辛うじて生存していた時に予想外であったことを告げる言葉を放っていた。
奴は今エクドイクの鎖の強度を加味した上で、我々を焼き尽くす攻撃を行おうとしている。だがその先、私自身の全力の防御行動までは計算に入っていないのではないか。
ならば望みはある。私の力を再生能力に全て回せば、この体が焼き尽くされる前に攻撃が終わる可能性もある。しかし――
「……貴様が死ぬぞ」
「オーファローの力は、イリアス達のような通常の肉体を持つ者達にはあまりにも相性が悪い。活路があるとすれば再生能力を持つ俺やお前のような、魔に属する立場にある者達だ。そしてその中で最も強いのは……お前だ、デュヴレオリ!」
胸の内に込み上げてくる感情がある。違う、そうじゃない。貴様は戦況のためだけに、自分の命を捨てて構わないのか。私が主様の未来を重んじるのと同じく、貴様にも共に歩みたいと願った相手がいるのではないのか。
……皮肉なものだ。悪魔であるこの私が、よもや人間であったエクドイクよりも人間らしい感情を抱くとは。それほどまでに、私はこの者達に感化され続けていたということか。
湧き上がった感情により、心内の焦りや動揺が押し流された。思考が正しく巡る。今できる最善を考えることができる。
「……ダメだ。やはり足りない。オーファローは貴様の鎖の壁を溶かし、我々を焼き尽くす。貴様は死ぬし、私の再生能力も足りない恐れがある」
「だがそれ以上にこの攻撃を防ぐ手段がない。この力の情報を持ち帰るためにも、僅かな可能性に賭けて――」
「今我々が行うべきは、その可能性を高めるために知恵を絞ることだ。……そろそろお前の魔力も尽きるな」
エクドイクはこうしている間にも鎖の壁をより強固にし続けているが、一度に魔力を放出し過ぎて今にも衰弱で倒れそうになっている。これ以上エクドイクに守りを強化できる余裕はない。つまりはもうこの場でこの男にできることは何もない。
「奴の攻撃で死ぬくらいならば、命を燃やし尽くしてでもお前を守ってみせるさ」
「……生憎だが、その言葉を受けてもそこまで嬉しさは感じないな。その言葉は別の者にとっておけ」
「何を――っ!?」
ふらついていたエクドイクの体を『迷う腹』を発動して一気に取り込む。まずはエクドイクの鎖に干渉し、その維持を続ける。次に体内にて『迷う腹』の迷宮をより複雑に、より強固にするイメージを強めていく。
ここがオーファローにとっての絶対的な空間であるのならば、この『迷う腹』が私にとっての絶対空間。大悪魔の特異性が奴の言う次世代の力の片鱗というのであれば、この中での防御こそ私にできる理に干渉できる最大の護り。
『穿つ左腕』、『繋ぐ右腕』、『空目する背中』、『焦がす角』、『削る尻尾』、『轟く右脚』、『駆ける左脚』、『嗅ぎ取る鼻』、『聡き耳』、他の特異性に割いていた力を『迷う腹』へと割り振り直す。
そして私自身の『頤使す舌』を……いや、最後にもう一度だけ使っておくとしよう。
「エクドイク、私の全てを貴様に託す。……【任せたぞ】」
全ての力を『迷う腹』の維持に注ぎ込み、準備を終える。周囲に展開してあった鎖の壁が溶け出し、ふつふつと沸騰し始めている。この壁が壊れた時、私を焼き尽くす熱が襲いかかってくるのだろう。だが不思議と恐怖といった負の感情は湧いてこない。
溢れ出す熱に視界が焼かれる。代わりに頭が認識して映し出すのは主様のお姿。その横には何故かあの人間ではなく、ノラの姿がある。
「――む、いかんな。ノラにきちんとした礼をするのを忘れていたか。……すまない、許してくれ」
最期にこのような未練が湧いてくるとは。主様、申し訳ありません。どうか私の代わりに、あの子に――
広がる魔族格差。




