そんなわけで、ジュラい。
「らーら、らんらら、ららーらら」
どれほど冷静に立ち回ろうとしても、物事には限度がある。
あの男の策に嵌り、毒を飲まされて治療を受けている最中、俺はヌーフサの監視下に置かれた。ユグラの星の民を切っ掛けとし、ヌーフサも俺の薬の流通経路を抑えにきたのだ。
部下はある程度上手く立ち回り、いくつかの流通経路を隠し通してはいたようだが、それでも大半の資金源を絶たれてしまうことは覚悟しなくてはならなかった。ユミェスの方も同じような形だろう。
「らーらん、ららー、らららん」
過去を思い出しながら、目の前の異様な光景から目を背けようとしている。
王位争いは敗れたとしても、俺の野心が衰えることはなかった。あの男に勝てずとも、あの男がいないところで再び権力を取り戻す算段を考える気力はあった。
甘さの残るヌーフサやワシェクトは、俺を殺すような真似は絶対にしないだろう。俺の力を削げるだけ削ぎ、徹底して監視を続ける程度。ならばそれを出し抜き、次の機会を待てば良い。
「うーん。ちょっと乾くのが早いわね。しかも乾くとちょっと色が黒ずんじゃうし……。他の材料と混ぜればもう少し鮮やかになるかしら?ねぇ、どう思う?チサンテ」
なのに理解できない恐怖は、全身に虫がまとわりつくかのように、徐々に俺の心を蝕んでいる。
目の前にいるのは絵を描いているヒルメラの姿。鼻歌交じりに絵を描くヒルメラの姿は実に楽しそうで、俺はこのような表情をするヒルメラを見たことがなかった。
しかしその微笑ましい光景も、その周囲に何体ものアンデッドが控えていれば話も変わってくる。
所詮は父上の血の流れない紛い物、真面目に相手にする必要はないと見向きもしなかった妹。それが今はその挙動一つ見逃せない状況となっている。
俺は今椅子に縛り付けられている。隣にはユミェスが同じように捕まっている。薬か何かを打たれているのだろう。体に思うような力が入らない。
背後からはおよそ人型のアンデッドのものとは思えない低い唸り声と、生臭い空気が包みこむように届いてくる。振り返ってその姿を確認したくても、背もたれが大きく見ることは叶わない。
「お願い……ヒルメラ……。助けて……」
「もう、ユミェスには聞いてないでしょ?貴方の芸術センスは私と合わないんだから、黙っていてよ。まあ脳筋のチサンテの方も参考にはならないと思うんだけど」
国内でアンデッドの襲撃騒ぎが発生し、その騒動に便乗する形で俺達は連れ去られた。流石の俺もアンデッドに誘拐される日がくるとは思いもしなかった。
ヒルメラは大変なことをやらかした。それは人情とか、道徳とか、そんなものではなく、もっと根本的なものを忘れた暴挙なのだろう。こんなことをして、その先があるとは思えないと理性が思い留まらせるはずの行為、それをヒルメラは留まることなく突き進んでしまっている。
「……要求はなんだ!?」
「なにもないわよ?貴方達と交渉する気なんてないもの。今まで全然お話もしてこなかったし、たまには良いかなって思っただけね。あ、材料が足りなくなっちゃった」
ヒルメラは絵を描く行為を中断し、ゆっくりと立ち上がる。近くに置いてあった瓶を手に取りつつ、少し離れたところに置かれた布を被せられているなにかへと近寄っていく。
「ならば解放しろ!明らかにこの行動は常軌を逸している!ワシェクトもこんなことは望んでいないはずだ!」
ワシェクトの名前を出したことで、ヒルメラの動きが止まった。ヒルメラはワシェクトに懐いている。やはり説得をするならこの方向から――
「それを貴方が言うの?お兄様が望んでいないことを平然と行っていたのは貴方達でしょ?」
これは嫌悪と怒りか。俺の口からワシェクトの名が出たことに対する感情の表れなのだろう。
確かにどの口がほざくと言いたくなる気持ちは分かる。だが、ここは感情を揺さぶらなければこの女に俺の言葉を届けることができない。
「そうだ。俺だからこそ言うんだ。お前が俺達を嫌っている理由、それはワシェクトに対する仕打ちが原因なのだろう?お前も俺達と同じ道を辿るつもりか!?」
「……そう、貴方もそういう言い方をするのね。ずるい男」
ヒルメラは小さくため息を吐きつつ、被せられていた布を取り払う。
「な……父……上……」
そこには俺達と同じように椅子に縛り付けられた父上の姿があった。薬か何かで弱らされているのか、その表情は虚ろで、力なく項垂れている。
腕には何か奇妙な機材が取り付けられていた。ヒルメラがその機材を弄ると、機材の先にある金属から徐々に血が溢れてくる。ヒルメラはその血を手にしていた瓶の中へと……まさか、あの絵の具の材料は……っ。
「最初に比べると勢いがないわね。歳のせいかしら?ほらお父様、増血剤です。もっと頑張って血を作ってくださいな?」
ヒルメラは父上の顔を上へと向けると、何か錠剤のようなものをその口へと押し込む。そして近くにあった花瓶を手に取り、その中の水を流し込んでいく。
ユミェスはカチカチと歯を鳴らして怯えている。かくいう俺も、その異様な光景に寒気を覚えていた。
あの父上を、いつか同じ頂に登りつめようと目指していた父上が……あのような哀れな……。
「そこまで狂ったか……っ!」
「お父様も、似たようなことを言って私を説得しようとしていたわ。お兄様が悲しむと、お兄様の求める妹ではなくなると……。やっぱり親子は似ているのかしら、その薄っぺらな言葉しか言えないところとか」
「ダハハッ!その言葉はそのままワシェクトも侮辱することになるぞ!」
なんでもいい、まずはこの女に俺を見させる。多少感情的になり暴行を加えられようと、俺の言葉を意識させないことには説得すらできないのだから。
本来なら慌てふためく場面だったかもしれないが、あの男のおかげかこんな時でも冷静になることができている。
「別になんとも思わないよ?」
「――っ」
ヒルメラは俺の方へと視線を向けた。なのに、こいつは俺をまるで見ていない。そこに転がっている喋る肉塊にでも喋りかけているように。
「お兄様もあまり言葉は上手じゃないもの。でも、私は嬉しいの。お兄様が私のために行動して、言葉を発してくれること自体が。言葉の中身じゃなく、その込められている本質を感じ取って幸せになっているのよ」
ヒルメラは小さなナイフを取り出し、俺の腕に浅い傷をつけた。そこから流れてきた血を指ですくい、手の上で弄びながら観察している。
「ダメね。元が同じだから、使えるかなと思ったけど……ここまで劣化していると話にならないわ。ユミェスの方も同じでしょうね。お父様、貴方の血はどうにか及第点なのだから、頑張ってくださいね?」
「お、おい!っ!?」
「煩いわね」
呼びかけたのと同時に、体を押されて椅子ごと倒れた。転倒したことで今まで背後にいた存在の姿が視界に入る。
そこにいたのは一匹の巨大な獣。全身のいたるところが腐食しており、明らかに普通の生き物ではないと判断できる。この姿を見て思いついたのは死霊術によって作られたアンデッドだが、それよりもこれはなんの獣だ。
熊よりも巨大でその姿はトカゲに近い。最初は伝承に聞いたドラゴンを想像したが、こいつは俺の知るドラゴンとは明らかに違う。
熊や狼のように全身に毛があり翼はない。二足歩行なのか、前脚が短い代わりに後ろ脚が異様に発達している。
野生の動物ならば僅かに意思疎通が取れそうに感じる時もある。だが今目の前にいる獣の瞳からは何も感じない。そもそも意識があるのかさえ怪しい。
「何事もやってみることは大事、お兄様がそう言ってたから貴方達と話す機会を用意したけど、得るものはなにもなかったわね」
ヒルメラは土笛を取り出し、音を奏でる。その音に反応し、獣が吠える。体の本能の奥底に眠る恐怖が無理矢理に引きずり出され、この後に起こる結末を理解する。
ユミェスの叫び声が聞こえたが、今となってはそんなことはどうでも良い。どうせ次は俺の番で、それを覆す手段は何もない。
心が恐怖で麻痺し、反って頭の中がスッキリとしている。俺が流通させていた薬を飲んだ連中もこんな気分だったのだろうか。なら意外と俺は社会に貢献していたのかもしれないな。
しかし最も警戒していたユミェスと共にこの有様か。ヌーフサやワシェクトには一応の警戒をしていたが、処理しておくべきだったのはこの見向きもしなかった女だったとは。
あー、できれば痛みを感じずに死にた――
◇
セレンデ城に向かう最中、周囲に探知魔法を使用していたミクスが異変に気づいた。それが国家間の戦争時に使われるだろう巨大な魔封石の影響であることを考えつくも、その処理に割く人手はない。
遊撃に回っているエクドイク達も影響を受けているのだから、必然的に魔封石を排除する行動に移ると信じ、先を急ぐことにした。
「国内で魔法を使えなくするとは……。浄化魔法が使えない以上、アンデッドの処理が追いつかなくなる……ヒルメラ王女はこの国を完全に破壊するつもりなのか?」
「ヒルメラにとって、国の定義は常人と異なるんだろうね」
「国の定義……王と民と土地だな?」
「そう、主権と住民、領土が揃ってこそ国は存在する。だけどヒルメラは主権と領土の二つがあれば国は成り立つと考えているんだろうね」
今のヒルメラは国民を見ていない。ワシェクトが王であることだけを考え、どのような国を統治させたいのかといった考えが含まれていないのだ。だから主権と領土を得るための障害の排除だけを考え、それを実現する極論を実行してしまっている。
以前『金』の仮想世界でターイズを滅ぼすシミュレーションをやった時に似ている。後の結果など気にせず、目標だけを達成することに専念すればそのハードルはかなり下がることになる。
ヒルメラはその下がったハードルだけを見て、『できる』と判断して動いてしまっているのだろう。
「間もなく城門ですが……っ!全員止まってくだされ!」
城門前で発したミクスの指示に、全員が止まる。アンデッドの襲撃を受けたはずの城門に兵士はいない。だが、その代わりに奇妙な生物がいるのが見えた。
全身が腐食していることから、死霊術で作り出されたアンデッドなのは分かるが、その出で立ちはこの異世界でもなかなかに珍しいものだ。
「なんだ、あの獣は……魔物か?」
イリアス達はその獣の風貌を知らないようだが、『私』の方はあの姿には見覚えがある。ファンタジーではなく、現実に存在したとされる中生代の生物。ざっくり言えば恐竜だ。
分類としては、ティラノサウルスの仲間のユウティラヌスとかだろうか。いっそティラノサウルスのような風貌なら、羽なしのドラゴンと見間違われるのだが、毛皮がある姿はイリアス達の判断基準を随分と狂わせてしまっているようだ。
「ワシェクトが遺跡の案内をした時、遥か昔に生息していたとされる動物の骨、化石が見つかったという話をしていただろう?多分それを媒介にアンデッドを創り出したんだろうね」
数百年前に遺跡を作っていた先人達が、地中を掘っていく最中に見つけたとされる恐竜の化石。彼らはそれを縁起物として遺跡に保管していたとワシェクトは説明していた。
本来のファンタジー世界ならば太古の昔からドラゴンやらが生息しており、恐竜の出番などないのだろうが、この世界でのドラゴンは魔物だ。魔王がいなければ誕生しない怪物なのだから、動物の生態系自体は地球と似たりよったりである可能性も十分にある。
「ふむ……小型のドラゴンと思えば問題はないのでしょうが、問題は魔法が封じられているという点ですな。魔法なしであの大きさを再生不能な状態にするには結構骨が折れますぞ」
イリアスやウルフェなら遥かに大きいサイズのドラゴンでも相手にできる。単純な戦闘力で後れをとることはないが、対象がアンデッドであるということが問題だ。
しかも城門の奥にも数体ほど、その姿が見える。この様子だと城内部には結構な数の恐竜アンデッドがいることになる。
「私はいけるな」
「ウルフェもいけます!」
「できるでしょうが、あの巨体を吹き飛ばす一撃を放てば侵入がバレますぞ」
ミクスの冷静なツッコミに意気込んでいた二人が大人しくなる。ヒルメラを止めるのが目的である以上、余計な戦闘はヒルメラに逃げる余裕を与えてしまうが……。
「意外とありかもしれない」
「えっ、ご友人まで力で解決する派閥に目覚めたので!?」
「ウルフェは違います。ししょーに任せる派です」
「ウルフェ……」
イリアスがどこか悲しげな顔でウルフェを見ているが、そんなことは無視してヌーフサからもらったセレンデ城の見取り図を開く。
「ヒルメラは城内のどこかにいる。イリアスとウルフェならあのアンデッドでも倒しながら進めるだろう。二人は手分けしてアンデッドを派手に倒していってほしい。旗色が悪いと感じたヒルメラは最悪逃亡を考えるはずだ。その際にヒルメラは必ずワシェクトを連れ出すことになる。ワシェクトの回収、及び逃走ルートの確保をするのであれば、間違いなくアンデッド達を誘導させてくる。そこで――」
「私の出番というわけですな!」
頷きつつ、大まかな作戦を説明する。まずミクスは高い位置に登ってもらい、恐竜アンデッドの分布や行動範囲を調べてもらう。次にイリアス達に暴れてもらい、その動きに変化を与えていく。
無策のままならば必ずこちらがアンデッドの処理に成功する。だから対策を講じるにせよ、逃げるにせよ、ヒルメラはアンデッドになんらかの指示を出す。
その動きをミクスに確認してもらった後、その情報を共有。あとは『私』がその意図を読み取り、居場所を絞り出すという内容だ。
「あのサイズのアンデッドを吹き飛ばしていく以上、魔力量の絶対値が多いウルフェが主体に暴れてもらうことになる。イリアスは『私』の護衛ついでに処理する程度で頼むよ。それとミクス、連中は五感が鋭い生き物がベースとなったアンデッドだ。索敵範囲の把握も忘れないようにね」
「わかりましたぞ!それじゃあ――」
「行きます!」
ウルフェが城門前の恐竜アンデッドに向かって飛び込む。その動きを察知し、恐竜アンデッドが咆哮を上げ攻撃に移ろうとするも、ウルフェの放った拳によって全身がバラバラに吹き飛ばされた。
凄まじい魔力を込めた一撃なのが素人目でもよく分かる。魔封石によって魔法が封じられ、本来ならばかなり危険な相手であるはずなのにこの圧倒的な差。これならばヒルメラも対応せざるを得ないだろう。
「私達も行くぞ!」
「ああ。だけどイリアス、君はなるべく魔力を温存するように」
「……了解した」
この言葉の意味、イリアスも理解しているのだろう。おそらく『私』は大事な局面に立ち会うことができない。だからこそ、今のうちにできる手立ては打っておく必要がある。
心配しなくても、譲る時がくれば譲る。だから君は今のうちに覚悟を決めておいてほしい。
主人公は見逃しても、お姫様は見逃してくれなかった。
トッパラもあの世で引いてることでしょう。




