そんなわけで、後で詳しく。
突如街に現れたアンデッドの襲撃。情報の伝達はデュヴレオリに任せつつ、俺はその処理に追われていた。
しかしこれがなかなか厄介、ただ視界に入ってきたアンデッドを倒せば良いというわけではなく、アンデッドに襲われて死亡した一般人の処理も行わなければならないからだ。
アンデッドの接触により死亡した者はその付着した魔力により、新たなアンデッドとなる。傷口付近を浄化魔法で処理し、近くの物陰へと運ぶ。
個人の死体ならばこの手順でそこまで時間は必要としないが、問題は側に死者の身内がいた時だ。
悲しんでいる者達の目の前で、いきなり死者に鎖を突き刺すわけにもいかず説明をしなければならない。しかし大切な者を失った者達が皆すんなりと話を聞いてくれるわけではない。
「だから、そのままではそいつはアンデッドになる。早く浄化魔法を使って――」
「妻に触れるな!あああっ!どうして、どうしてこんなことに……、お願いだ!目を、目を開けてくれ!」
こんなところで座り込んでいては、いつ自分がアンデッドに襲われるかもわからない。だというのに、この男は女性の死体を抱きしめたまま動かない。
今この男の事情を無視してでも、彼が抱いている死体に鎖を突き刺すべきなのだ。少しでも早く次のアンデッドや死体の処理に向かわなければ、犠牲者は次々に増えていくだろう。
「ウ……」
「っ!ああ、そんな!良かった!大丈――!?」
「ウアァッ!」
アンデッド化し、動き出した死体に襲われそうになった男を鎖で引き剥がす。肩を抉られたようだが、死に至るほどの傷ではない。
「彼女はもうお前の知る彼女ではない。人を見れば誰であろうとも殺そうとする化物になった」
「……」
「今なら浄化魔法で処理すれば、死体の損傷も軽微なままで連れ帰れる。決断を――」
「放してくれ。妻のところに……行かせてくれ……」
男の目は虚ろながらも本気だった。俺は鎖を緩め、男を自由にする。男はそのままアンデッド化した男の妻の元へと近づいていった。
アンデッドは躊躇うことなく男の首筋に噛みつき、その命を奪おうとする。しかし、男は抵抗することなくアンデッドを抱きしめ続けた。
「……っ」
男が動かなくなったのを確認し、両者の体に鎖を突き刺す。そのまま二人が抱き合った形を保ちながら、近くの路地裏へと移した。
少なくとも俺はあの男ではない。あの男が抱く価値を正しく測ることはできない。それでも、あの男が何を大切に思っているかは伝わっていた。
「そこにいたか、エクドイク」
「ベラードか」
「蒼の魔王様とメリーアがこちらに向かっている。与えられた任務は遊撃としてアンデッドの処理と人間達の避難をサポートすることだ」
「了解した。すぐに合流しよう」
優先順位を間違えてはいけない。『蒼』やメリーアと一緒に行動する以上は、あの二人を守ることを最優先としなければ。
先程の二人を運んだ路地裏を一度だけ振り返り、ベラードと共に街の奥へと進んでいく。そこには既に『蒼』とメリーアが共闘してアンデッドを処理している姿があった。
「エクドイクさん!早めに合流できて良かったです!」
「ああ。『蒼』、同胞はどう動くと?」
「多分犯人がヒルメラ王女だからってことで、今その当人を捕まえに行ってるわ。ラクラはハークドック達と合流して、メジスと連携を取るって!」
この騒動はヒルメラ王女が……。アンデッドの姿を見て思ったのはラーハイトのこと、ヒルメラ王女がラーハイトの協力者であると同胞は判断したのだろうか。
「そうか。なら俺達は少しでも被害を抑えるために奮闘しよう。メリーアの戦闘能力は知っているが……『蒼』、お前のアンデッドに対する能力はどれくらいのものだ?」
「魔王としての力を振るわなくても、死霊術に干渉する魔法ならいくらでも使えるわ。浄化魔法よりも燃費よく処理できるわよ」
「それはなによりだ。メリーアとベラードは『蒼』の傍で――ッ!?」
鎖に施していた浄化魔法が解除された。いや、浄化魔法だけではない。ありとあらゆる魔法の発動が阻害されてしまっている。魔力を通して動かしている鎖は動くものの、その動きを補佐する魔法が一切使えない。メリーアや『蒼』も同様に魔法が使えなくなっていることに気づいている。これは――
「魔封石!?しかもこれは……っ!」
周囲に魔封石が転がっているような様子はない。考えられるのは相当に巨大な魔封石がこのセレンデに運ばれてきたということだ。
国は他国からの侵略に備え、巨大な魔封石を国境の近くに保管していると聞く。ヒルメラ王女がその場所を占拠し、アンデッド達に運び込ませたのだろうか。
「エ、エ、エクドイクさん!どうしましょう!?」
「落ち着け、メリーア。お前は聖騎士だろう。浄化魔法が使えなくとも魔力強化だけでアンデッドの攻撃を捌くことはできる」
「そうね。そして私がビックリするくらい足手まといになったわ」
俺やメリーアはまだ直接的な戦闘訓練を行っているため、アンデッドに襲われても対応は十分にできる。しかし『蒼』は基本的に武器を握らない魔法主体の戦闘スタイルだ。魔封石で全ての魔法が使用できない以上、できることが一気に失われてしまう。
「配下の魔物は呼び出せないのか?」
「それはできるわ。エードはもう向かっている頃よ」
エード、スケルトンホースの魔物だったか。魔法が使えない以上、機動力が上がることは好ましいことだ。
「蒼の魔王様、ダルアゲスティアを呼ぶのはいかがですか?あいつならば、避難させる人間を大勢運べるでしょうし」
「貴方ね……。こんな状況下でアンデッド系の最上位みたいな巨大魔物が出現してご覧なさいよ。全員ダルアゲスティアの方向から逆に逃げるわよ」
「……なるほど。人間は魔物の区別がつかないのでしたね」
ただこうなるとアンデッドを処理することが難しい。鎖で捕縛するくらいならばできるが、魔法で鎖の長さを変えられない以上そう何体も同時に拘束し続けることはできない。
そうなれば救助活動を最優先に――
「――あああっ!?」
「ど、どうした『蒼』」
怒鳴ることもよくある『蒼』だが、この声は怒りというよりも気づきというべきか。何か重大なことに気づいたに違いない。
「ちょっと待ちなさいよ!戦争用の魔封石が街中に運び込まれたってことはこの街にいる人の大半が魔法を使えなくなったってことでしょ!?」
「そ、そうなるな」
「ラクラが不味いじゃない!」
「っ!?」
◇
「わっきゃぁ!?」
マセッタさん達に合流するために走りつつ、アンデッドを見つけ次第浄化魔法を使いつつ処理をしていたところ、突如魔法が使えなくなりました。
構築が分解されていくことから、魔封石による魔法の打ち消しということは分かったのですが、肝心の魔封石が見当たりません。よほど大きなものが運び込まれているのでしょう。
とりあえず今は一目散にアンデッドから逃げています。どうやっても勝てませんので。
「うぅ、魔封石を使われた時を想定した鍛錬とかしたことがありませんよぉ!?」
私達の魔法は基本的に魔物を相手にするための術、対人戦に特化しているミクスちゃんと違ってこういった事態になると本当に何もできません。ウッカ様にもう少しちゃんと魔封石を使ったり使われたりする戦い方を学んでおくべきでした。
幸いなのは魔力強化ができることで、アンデッドから走って逃げることができるという点でしょうか。硬質化とかはできないので、肉弾戦とか無理ですけど。そもそも格闘技能とか学んでいませんし!
なんて心の中で愚痴っていたらまた正面にアンデッドが!迂回――ってこっちにも!?どうすれば良いんですかこれ!?
「見た顔かと思えば、お前かラクラ=サルフ」
「そ、その声は――どちら様でしたっけ?」
聞き覚えのある声に振り返ると、後ろにいたアンデッドさんが壁の中に埋まっていました。それをやったのは……ええと、たしかクアマ辺りでちょっと戦った……ここまで名前が出ているのですが……。
その誰かさんは答える前にもう一体のアンデッドの方へと駆け寄り、その体を壁へと叩きつけます。なるほど、ああしてしまえば動きも封じられて便利なのですね。
「ヤステトだ、ヤステト」
「あ!ヤステトさん!」
そうです、リティアルさんの部下であるヤステトさんです!私以上に強固な結界を展開できる、集中力に秀でたユグラの落とし子さん!
結界は展開していないようですが、元々肉弾戦を得意としていただけあって、魔力強化だけでも凄くいい動きをしてらっしゃいます。
「名乗りを上げたわけではないとはいえ、一応協力した立場なんだがな……」
「す、すみません……。あ、でもとてもお強かったのは覚えています!」
「お前の方は魔封石の影響で随分と悲惨な状況のようだな。負けた自分が虚しくなるぞ、ラクラ=サルフ」
「ひぃん……ってヤステトさんってそんな風に喋っていましたっけ?もう少しこう、溜めてから話すような……」
あとどうしてフルネームで呼んでくるのでしょうか。どうも昔のエクドイク兄さんを思い出して苦手意識が出てくると言いますか……。
「もうあの妹分の後ろで冷静にサポートを行う必要がなくなったからな。向かう先は……マセッタ=ノイチスとハークドック=ヘリオドーラのいる施設か」
「あ、はい。でもどうしてフルネームで呼ぶのですか?」
「……友達というわけでもないし、呼び捨ては馴れ馴れしいだろう?かといってお前にはエクドイクという兄がいる以上、サルフとは呼び辛い。他の者達と呼び方を違えるのは特別扱いになるので、全員フルネーム呼びが最適だと判断したまでだ」
「普通にラクラって呼んでくださって構わないですよ?」
この人真面目で気遣いができるタイプだと思いますけど、多分余計に考え込みすぎて変に見えちゃうタイプの人ですね。
「ではラクラ……さん。俺が目的の場所まで同行しよう」
「それは嬉しいのですが、ヤステトさんはどうしてここに?」
「セレンデ国近辺に隠れていたアークリアルが襲われてな。当人は助け出したが、新たな刺客が送られてくるかもしれないと張り込みを命じられていた。交代の時期が近づき、ハークドック……くんのいる治療施設付近が合流地点だったので向かっていたところだ」
「わざわざハークドックさんの近くを集合場所にするって、変わっていますね」
ハークドックさんは探知魔法のエキスパートです。もう敵ではないとしても、そんな警戒心の塊のような人の近くで待ち合わせするというのはどうなのでしょうか。
「ツドァリがハークドックくんの見舞いをしたがっていてな」
「あー」
確かあの二人って遺跡の地下で戦ったんですよね。結構確執とかあるのでしょうか?大丈夫だとは思いますが、今度尚書様に報告しておきましょう。
「俺がアンデッドを蹴散らす。ラクラさんはアンデッドの奇襲に備えてくれ。俺も結界が張れない以上、肉弾戦の方に集中したいからな」
「それくらいでしたら……。うう、完全に魔法が封じられるとこんなに無力だなんて……」
「悪いことだろうと、新しい発見はいつだって新たな可能性を見出すことができる。俺も最近畑仕事の才能があることに気づいたからな」
魔法が使えないとまるで無力なことと、畑仕事の才能を見出すことは全然別だと思うのですが。それにしてもそれを語るヤステトさんの表情がとても柔らかい感じです。この人以前はとてもむすっとしていた印象でしたが、あの時の戦い以降なにか心の中が晴れるようなことでもあったのでしょうか?
「嬉しそうに言っていますけど、それ嬉しいのですか?」
「アークリアルに悔しそうな顔をさせられると思えば口もニヤけるさ」
「話の脈絡がよくわかりませんよ!?」
ちょっと気にはなりますが、今はそれどころではありません。急いでマセッタさん達と合流しなくては。
ちょっと出張で東京に行ったりとで更新が遅れ気味でした。すぐにペースを上げたいのですが、確定申告の準備もありますので後数回は週1ペースになると思います。




