そして仕掛ける。
私はやらかしてしまったのだろうか。ラクラの元へ向かうまでのナトラさんの表情を考えれば、全てが悪かったとも思えない。だけどラクラは母親を前にして、強い拒否を感じさせる行動をしていた。淡泊な性格は知っていたつもりだけれど、あそこまでとなると二人の間の溝の深さは相当なものだと悩ましくなる。
とは言え、私が発端となってしまったのだし、放置することはできない。せめてラクラの気持ちを知り、それをナトラさんに伝えるくらいはしなくてはならないだろう。ラクラを探して村の中を駆け回っていると、木陰で聖騎士達を眺めている彼女の姿を見つけた。
「ラクラ、ここにいたのね」
「探していたんですか?」
「そりゃあね。まずはごめんなさい。私は良かれと思ってやったのだけれど、貴方にとっては余計な世話だったみたいね」
「お構いなく。マセッタさんは私の事情を知らなかっただけですし、私も同じ立場なら同じように行動していたと思いますから」
ラクラの表情はいつも通り。まあそこまで深い付き合いでもないのだから、内心どう思っているかまではわからない。だからこそ話す必要はあるのだろう。
「責めるつもりはないのだけれど、事情を話してもらえない?私としてはナトラさんをあのままにしておくわけにはいかないのよ」
「そうですね。……私の出生のことはもう?」
「ええ。住んでいた村が悪魔によって滅ぼされ、各地を転々と移動していたナトラさんが貴方を産んだ。だけどその時のナトラさんには貴方を育てられる自信がなく、孤児院に預けたって」
「私はそうして良かったと思っています。女一人で子供を育てることは珍しくもないですが、住む場所にも困っているような状態で無理に育てられるよりも、ずっとお互いのためになると」
周囲に助けてくれる人がいるのであれば、例え一人だとしても育てられるかもしれないと考える者も多い。だけど住んでいた村すらなくなり、住む場所、働く場所もなく、更には頼れる人すらいない。そんな環境では心が折れてしまう可能性も大いにあるだろう。自信があったとしても現実はそう甘くない。
「それはそうね。少なくとも貴方の育った孤児院は良い場所だったと聞いているわ」
「はい。感謝こそあっても、寂しかったり憤ったりするようなことはありませんでした。私はウッカ様と出会い、尚書様と出会った。イリアスさんやウルフェちゃん、皆と知り合うことができました。失敗も多少……いっぱいありましたけど、私は今の生活が気に入っています。正直、これ以上はないのではと思うくらいには満足しています」
修行時代、そしてメジスでの活動をしていたラクラへの風当たりはあまり良いものではなかった。彼女を忌避する者の中に私がいたのだからそれは間違いない。だけどラクラはあの人と出会い、周囲に認められるようになっている。
あの人はラクラを理解し、受け入れ、彼女が望む世界を与えてくれたのだろう。あの人にはそれができる。そして行ったのだ。ラクラを敵視していたにもかかわらず、過去に縛られていた私すら解き放ってくれたのだ。そこは間違いなく信じられる。
「それならどうして?」
「一度お母さんのことが気になって、会いに行ったことがあるんです。顔は会わせませんでしたけど。その時、お母さんはお父さんのお墓の前でお父さんやエクドイクさんに謝っていました。何度も何度も、申し訳なさそうに」
ラクラの兄のことも聞いている。悪魔に連れ去られ、人を殺すために育てられ、さらにはラクラとも殺し合ったと。正直な感想、何で生きているんだとさえ思っている。
それはさておき、当時のナトラさんとしては生存しているだろうと言う希望すら持てなかった。彼女の中では死んでいたのと同じだったのだろう。それが生きていると知った時の想いは私には計り知れない。
「家族想いってことじゃないの?」
「そうだと思います。ただ私はその姿を見た時、『ああ、もしも私と出会ったら、私も同じように謝られちゃうんですね』って思いました。それが嫌で、私はその場を去りました。あんな風に謝られてしまったら、今の私の人生が悪いものだったって思いこまされそうで、今の人生すら否定されてしまいそうで。お母さんはそれで満足するでしょうけど、そのために私が大事にしているものを否定されたくはないのです」
ラクラはナトラさんが墓の前で謝っている姿に強い感情を抱いた。子を孤児院に捨てたことを後悔しているのであれば、『貴方に辛い思いをさせて――』といった台詞を口にしてしまうことは想像に容易い。その言葉によって今までの自分の人生を否定して欲しくないのだ。
その点に気を付けさせれば良いのだとは思うのだけど、ラクラを孤児院に預けたことを悔いているナトラさんの立場的にはなかなか難しい。つい口が滑ってしまうこともあるだろう。
「そのこと、ナトラさんに話しても良いかしら?ラクラの気持ちは分かったけど、私としてはナトラさんも放っておけないの」
「私が一方的に避けているだけですからね。ご自由にどうぞ」
とりあえず私からラクラに言えることはもうない。でも話した意味は十分にあった。ナトラさんとしては満足のいく結果ではないだろうが、少なくとも母親と言う立場を拒絶されているわけではないのだ。
ラクラと別れ、家の様子を伺ったがナトラさんの気配はもうない。恐らくは帰ってしまったのだろう。ラクラの兄にも話をしておくべきか?いや、だが私がそこまで深入りして良い問題なのだろうか。
「お、マセッタじゃん。どうかしたか?」
家の前で悩んでいた私に話しかけてきたのはハークドック。そう言えばこいつに言われたから私はナトラさんと出会い、この展開になったのだ。あれ、もしかしてこいつが全ての元凶?
「ラクラが出て行ったじゃない。だから追いかけて事情を聞いてきたのよ。ナトラさんはもう帰ったんでしょ?」
「そうらしいな」
「そうらしいなって、貴方もその場にいたでしょ?」
「いや、その数十秒後には気を失ってな。まあ俺が悪いんだけどな」
どんな目に遭わされたのだろうか。それはさておき、少し考えを整理しよう。ラクラ達はナトラさんと会いたくなかった。ハークドックもその手伝いをしていたと考えるのが妥当だろう。だけどこいつが取った行動は私とナトラさんを引き合わせた……ああ、そういうことね。ラクラはモルガナに属しているけど他者との交流はほとんどない。だからモルガナに属している私を紹介しても問題はないと思ったのね。
「その様子だと、私とラクラが同期で同じ環境で育ったってことは知らなかったようね」
「俺は新参だからな。殺し合っちゃいるが、ラクラのことはほとんど知らねぇよ。ただ悪かったな。バツの悪い思いをさせて」
ハークドックは頭を掻きながら頭を下げてきた。皮肉の一つでも言ってやろうと思ったのに、先に謝られると言い辛い。
「別にいいわよ。紹介されなくてもナトラさんと出会っていれば同じことをしていたわ。……私もラクラの感情を考えてなくて色々やらかしちゃったし」
「お互いやらかしあって災難だな。俺も蒼の魔王を怒らせちまったし、当分はその辺で宿探さなきゃならねぇ」
「そうね……ん?蒼の魔王?ちょ、ちょっと待ちなさいよ!?ここに蒼の魔王がいるの!?」
「そりゃあ蒼の魔王の魔族のエクドイクがいるから当然だろ」
……耐えろ、耐えろ私。ここで固まっていてはクアマの時のように色々タイミングを逃す。話を聞かなきゃならないのよ!
大きく深呼吸をして、詳しい事情を聞きだす。あの人の下に蒼の魔王が加わっていることは知っていたけれども、ラクラの兄がその魔族になっていたことは初耳だった。そりゃあ蒼の魔王としては息子を魔族化した立場上その親にほいほいと会うわけにもいかないし、ラクラの兄も当人も説明がし辛い。
と思っていたら私がラクラを追いかけている内に、その全てをナトラさんに打ち明けたというじゃないの。なんてことを。しかも話を聞く限りではエクドイクはナトラさんと袂を分かつような内容じゃないの!?
「すげぇなあんた。すっげぇ複雑な顔してるのに分かりやすい」
「それは褒めてるの?」
「顔に出ることに関しちゃ個性だからな。ただすっげぇナトラさんを心配してるってのは分かるし、あんた個人の律儀さが伝わってくるぜ。良い奴なんだなお前」
……どうやら褒めてくれているらしい。ここまで真っ直ぐに褒められるのはちょっと気恥ずかしい。私をナトラさんに紹介したことも、何かしらナトラさんの役に立とうとしたからなのだろう。
「できればどうにかしたいのだけれど……ラクラの事情を説明するだけじゃ足りないわよね」
「エクドイクの奴、いう時は容赦ねぇからな。ナトラさんの旦那さんは悪魔に殺されたんだ、魔王を憎む気持ちってのは簡単にゃ捨てられねぇだろ」
ごもっとも。ユグラ教が最も浸透しているメジスでは魔王への嫌悪感は当然のものとなっている。ユグラ教の教えだけでなく、これまでの歴史でメジス魔界から現れる悪魔の犠牲者が絶えなかったからだ。最近では一切の被害はなく、魔界の浄化が歴史的に見ても異常なほどの早さで捗っているのだが……それだけあの人の影響は大きい。私もあの人の正体を知ったからこそ、魔王の話を聞いてもあまり嫌悪を抱かずにすんでいるようなものだ。
「ラクラの兄のことに関しては置いておくとして、私はラクラのことを説明して少しでもナトラさんの気持ちに整理をつけさせるとするわ」
「おう、そうしてくれ。俺は……まあナトラさん相手に誤魔化すような真似をしちまったからな。もう暫くしてから謝りにいくわ。でもなぁ、こんな時に兄弟がいれば……いや、頼り過ぎはダメか」
どうやらハークドックはあの人のことを兄弟と呼んでいるらしい。らしいと言えばらしいのかもしれないが、その距離感の詰めやすさは正直羨ましい。いっそ私もぐいっと……いやいや、憧憬の念を抱いている立場でそれはない。これが恋愛感情なら別なのだろうけど、あいにくと胸はときめいてはいない。
「確かにあの人なら、綺麗にまとめられそうよね」
「おう、兄弟曰く、『無難』な感じにしてくれるだろうよ!」
無難……ね。あの人のこれまでの行動を考えるに、どうみても無難とは程遠い生き方をしているように見えるのだけれど……だからこそ求めているのかもしれない。
◇
「メルサシュティウェル、各隊の侵攻状況はどうなっている」
「全部隊、徐々に北上できています。ガーネの方は人間達がガーネ本国の傍に造った本陣まで、メジスの方は間もなくメジス魔界を抜け、メジス領土へと侵攻が可能です」
地図の上の駒を魔力で動かし、各隊の精確な位置情報を示す。観測できる人間側の情報も洩れずに再現する。
「速度としては随分と遅いようだな」
「それが……各隊、人間達の牽制や罠に翻弄され、侵攻の勢いが削がれているようです」
こちらが侵攻を早めようとすると牽制を入れられ、こちらが迎え撃とうとすると即座に撤退される。強引に進もうとすると用意されていた罠に掛かり、思うように進めていない。一つや二つの隊だけならばまだしも、全ての隊が同じように妨害を受けている。
ここまでくれば私でも敵の頭脳の高さを認めざるを得ない。今我々が相手をしている人間の中に、神業的な采配を行える者が存在しているのだと。
「敵の中枢が優秀なようだな」
「認めたくはありませんが……そのようです」
「メルサシュティウェル、人間を相手に驕るな。個々の力は弱くても人間には歴史がある。各隊の隊長格の強さがどれほどあろうとも、知恵比べとなれば不利なのはこちらだ」
「……申し訳ありません」
「構わん。少なくともどの隊も最低限の役目は果たしている」
「……それはどういう意味でしょうか?」
侵攻の指示は守っているが、敵に翻弄され予定よりも遥かに侵攻は遅れている。だがそれでも魔王様は十分だと言っている。その理由を考えたが、我々が不甲斐ないことを浮き彫りにするばかりで褒められるような点は思いつかない。
「自滅せずに進んだ。それだけで十分という意味だ」
「し、しかし――」
「少し口を閉じよ」
突然の命令に慌てて口を塞ぐ。魔王様を見ると地図を静かに見降ろしている。戦況の把握をしているのだろうか、わからない。暫くして魔王様は我々の駒に魔力を送り、地図上で動かしていく。
「……」
「各隊にこのように指示を出せ。これよりは個別ではなく複数の隊で合流し、人間の拠点を攻撃させる」
その指示を大まかにまとめると各地に散らばっている隊同士の侵攻方向を変更させ、合流させていくものとなっている。合理的ではあるが、これならば最初から隊を一つにして進ませれば良かったのではないだろうかとも思う。
「魔王様、よろしければ愚かな私に、この采配の意図を教えていただけないでしょうか?」
「知将というものは学ぶことで采配に磨きが掛かる。進軍の方向、速度、局面による対応、どのような情報であれ、それらは敵に学ぶ機会を与えることになる。故に我は自らの采配をせずに、各隊の者達の好きに行動をさせた。ここから先は敵も本腰を入れて迎え撃つ。その際にまともな情報がなければ、その采配の質は大きく下がる。無論人間同士の戦いともなれば、隊を分けて進ませることは各個撃破されるだけの愚策だ。だがこちらには『闘争』の力がある。生半可な手段では足止めこそできても潰すことはできない。事実敵はかなりの知将を抱えているにもかかわらず、時間を稼ぐことしかできていない。我の指示の有無に関わらず結果は同じだが、今奴らには満足な情報はない」
「な、なるほど……」
私は指示された侵攻の度合い、戦闘の結果だけを考えていた。だが魔王様は違った。魔王様は魔王というスケールで戦局を見据えていたのだ。敵には高い知能を持つ存在がいる。だがその相手は魔王様自身の思考をほとんど分析できない状況にある。この差は確かに大きい。
いや、そもそも『闘争』の力の使い方が画期的なのだ。私はこの力は敵を倒すために使うものだとばかり思っていた。だが魔王様は敵に情報を与えないため、そして我々を守るために使っていたのだ。
「兵を分けた理由は他にもある。だがそれは語るより、直接見た方が理解に容易いだろう。指示を出せ」
「はっ!」
金の魔王はさておき、紫の魔王も蒼の魔王も強大な力を持ち合わせていながら人間に敗れた。それは自身が持つ魔王たる力を正しく振るえなかったからだ。だが我々の魔王様は違う。自らの力を理解し、余すところなく振るう術を持ち合わせている。
この魔界に生まれたことを誇らしく思える。我々の魔王様こそ、真の魔王なのだ。




