そして哀れむ。
俺の名はハークドック、これから王になるジェスタッフの兄貴の右腕だ。今は色々と学ぶためにターイズにいる兄弟の元で小間使いをしている。
兄弟は本当の兄弟じゃねぇんだが、何となくそんな距離感がしっくりくるんで兄弟と呼んでいる。
……今のところは兄貴の野望のためにお膳立てしてくれてるし、根も悪い奴じゃ……悪い奴だな。間違いねぇ。ゲスの極みだ。
何故って、真面目に仲良くなろうとしている俺が、こうして意味のない自分語りをしたくなるほど扱いが酷い。
「なんで目が覚めたら全員出掛けてんだよ……ぐすん」
なんか顔の上に『留守番よろしくです!』ってウルフェの書き置きがあるしよ……。
確かアレは来客を迎えようとして扉を開けた時だ。本能様がものっそい反応して一瞬で意識が飛んじまった。
すげー美人さんと顔の整った執事がいた気がしたんだが……あの現象と同じだ。
兄弟が用意してくれたサングラスとかいう奴、これのおかげで兄弟を見ても気を失うことがなくなったんだが、これって兄弟限定なのか?そもそもどういう仕組みなのかも正直わかんねぇ。
見た目は良くなるから特に悩まずに装着してんだが、原理とか調べた方が良いんじゃね?
「……まあ、俺一人で調べても無駄か。掃除でも……朝一で済ませたんだよな……」
することがねぇ。納屋とかにある物には特に興味を引かねぇし、個室に入るのはなぁ……。女の部屋に入る気にはならねぇし、兄弟の部屋は……興味はあるが本能様が警告をしなくてもヤバい気がする。
そうなると何もない居間で一人……まあ右腕の鍛錬でもするか。
包帯を解き、黒く変色した右腕をまじまじと見る。俺と兄貴の身長差はそこまでない。だから腕の長さもそこまで気にはならなかった。
だが本格的に右腕を使い始めてからと言うもの、その表面をつなぎとして使った悪魔が覆い、若干だがでかくなって左右のバランスが悪くなっちまっている。
「ま、兄貴の腕が傷つく機会が減ったから俺としては良いんだけどな」
一応この悪魔、俺の意志に呼応してある程度動く。先端を尖らせ腕ごと剣にしたり、広く展開し盾にしたり……。
つっても俺の魔力が微妙過ぎて硬質化の質が低すぎる。こんなもん木製の武具程度でしかねぇ。
無防備な相手への攻撃手段としてはないよりましだが、防御手段としてはダメだ。話にならねぇ。
もっとこう、渋い使い方を見つける必要がある。奥の手も右腕じゃもう使えねぇ。左腕での特訓を始めねぇとな。
「どう使うかはさておき、素早く展開できなきゃ話にならねぇな」
適当に思いついた形に変化させ、元の腕に戻す。そして新たに別の形に変化させ、その繰り返し。
一回の変化に五秒前後ってところか……兄貴はこの腕でペンを二本奔らせられるってんだからすげぇよな。
いや、兄貴が凄いのは当然でも、俺の上達に必要なのは俺の努力だ。考えるべきは俺のことだけにしなきゃな。
瞬間的な変化ができるなら、それこそ相手の視界を妨害するカーテンとかに変化させるって手もあるんだが……。常にヒラヒラさせてちゃ警戒されるだけだしな……いや、それでもありか?
試しに腕からカーテンが垂れ下がってるような状態にしてっと……ダメだ、ヒラヒラ過ぎて煩わしいにもほどがある。これじゃ普通の動きが邪魔されて満足に動けねぇ。
「兄弟に相談した方が手っ取り早ぇかもな……」
「戦闘技術がないからな。そこまで大した助言は与えられんぞ」
「ごっほぅ!?」
当然のように背後にいた兄弟と姐さんに思わず変な声が出ちまった。悪魔のコントロールをしていると探知魔法への意識も弱まっちまうんだよ!?
「なかなかに変な叫び声だな」
「帰ったのかよ……つかなんで起こしてくれねぇんだ!?」
「『紫』が同伴していたからな。簡単に説明するとしよう」
兄弟は俺が気を失った原理を説明した。俺が見た綺麗な女は紫の魔王、そして俺の本能様は魔王に対して過剰反応を示すらしい。
んで兄弟の体の中には兄弟をこの世界に呼び出した黒の魔王の魔力があって、このサングラスはちょっとだけの魔力なら見えなくなると。
「なるほど。つまり兄弟に対して働いていた本能様の警戒ってのは、兄弟じゃなくてその中に残っていた黒の魔王の残滓に反応していたってわけだな?」
「残滓とか難しい言葉を知っているな」
「俺だって一つや二つ、難しい言葉を知ってんよ!?」
「どうせジェスタッフが言ったセリフが格好良かったから、自分で調べたとかそんな流れだろ」
流石兄弟、見事に的中してやがる。だがこれで一つ安心できたことがある。
兄弟から感じるヤバさは黒の魔王のせい、なら兄弟本来の危険性は本能様が反応しない程度のものだってことだ。
もちろん兄弟の凄さは身に染みて分かっている。侮れる立場じゃねぇのも承知の上だ。
それでも俺の存在そのものが忌避するような相手じゃねぇってのは、今後付き合っていく上で安心できる。
「だが兄弟、魔王の魔力が体内にあるとか、平気なのか? 魔界の魔力と一緒なんだろ? 普通の奴が長時間魔界にいると体調崩すって話だぞ?」
「肉体的な負担は感じられないな。むしろこの世界に来てからは体力も付いている」
「それでかよ」
「ほっとけ」
兄弟の貧弱さは探知魔法を使わなくても分かる。いつ襲い掛かっても勝てる自信がある。まあ姐さんがいる時点で絶対にできねぇけど。
「でもまああれだな。魔王の魔力を見なけりゃ俺は気を失わずに済むってことだな」
「地下での戦いの時には平気だったろ、ある程度の臨戦態勢なら見ても大丈夫だろう」
「そういやそうだったな。ん? と言うことは今の兄弟も覚悟を決めて見ればいけるってことか?」
試しに深呼吸、サングラスをずらす。
「う、ご……」
本能様はやっぱり暴れ出す。心臓を握られているかのような不快な感触が体中の嫌悪感を呼び起こす。
油断をすると一気に意識が持っていかれちまう……だがなるほど。いけなくはねぇな。納得できたのでサングラスを元に戻す。
「ある程度の耐性は付いているみたいだな。常時その状態を維持するのは無理だろうけど」
「はぁ……はぁ……。だがこいつは良い兆しじゃねぇか。兄弟と一緒にいるうちは魔王と出会う機会もあるわけだ。その都度気絶してちゃ足手まといもいいところだからな。たまには訓練しておくのも悪くねぇ」
「それもそうだな。ある意味では精神修行にもなるだろうし、お前が望む時にはなるべく手伝ってやってもいいな」
「おう、そうしてくれ。そのうちこのサングラスがなくても兄弟の面を見て笑えるようになってやるぜ!」
正直な話、世話になる兄弟の顔を見たら気を失うとか嫌だったからな。こうして微妙にでも成長を感じられるってのは嬉しいもんだ。
「それよりもサングラスを改良した方が早い気がしないでもないけどな」
「へんっ! 俺の努力を甘く見るんじゃねぇよ。それよりも早く――」
「何の話をしておるのじゃ?」
会話に割り込んできた誰かがいた。当然俺はその声の方向へ視線を向ける。
そこにいたのは黄金色の髪と耳、立派な尻尾を持つ亜人の女。ウルフェよりも少しだけ大人びているような気がしないでも……あ、本能様、見事に意識を。
「――あひゅん」
意識が途切れる寸前、兄弟の『あ、やっぱそうなるか』って顔が見えた。
てことは多分今のは金の魔王か、一日に二人も魔王が訪れる民家ってどうなんだよ。
◇
「なんじゃ、人の顔を見るなり気を失いおって。妾の美しさは落とせぬと言うに」
「色々と繊細な男なんだ、許してやれ。それはそうとこんな時間に珍しいな」
トールイドのところから戻り、ハークドックを魔法研究のところにでも案内しようとしたのだが、『金』が直接ここを訪ねてくるとは。ハークドックもタイミングの悪い奴だ。
「妾が意識をこっちに持ってきたら誰もおらんかったからの。『紫』のことじゃ、御主のところへと足を運んでおるのだろうと邪魔しに来たまでよ」
「『紫』ならミクスと一緒に買い物に行ってるぞ」
「なんと。御主以外の人間と行動する意志が『紫』にもあったとは」
そこまでは言わないが、ミクスと打ち解けたのはこちらとしては嬉しい変化だ。デュヴレオリの扱いが気にはなるが、まあ大丈夫だろう。
「そうだ、一応お前にも報告しておくことがあった」
ひとまず今日、城で無色の奴と話したことを共有する。ついでにハークドックの説明も兼ねておく。
「なるほど。それでか」
「何か気になるフシでもあったのか?」
「御主が妾の仮想世界に移動した時、残っていた魔力が完全になかったからの」
「そうなのか?」
イリアスを見る。イリアスは思い出したように頷いた。
「そもそも君の魔力は意識的でない限り、感じることすら難しいからな。体を入れ替えた時には魔力を感じ取る機能すら麻痺しているのだと思っていたが、なかったのか」
そういやイリアスは『魔力が欠片もない』と言い、ラクラは『魔力が枯渇している』と言っていたな。あれは比喩表現じゃなく、完全になかったということなんだな。
「今のところ実害はないのじゃろ? 御主なら直ぐに妾に相談するじゃろうし」
「まあそうだな。魔王のことは『金』か『紫』辺りに相談した方が詳しいだろうしな」
「召喚魔法の残滓なだけかもしれぬしな。それでも夢を見せられるのは、流石『黒』と言ったところかの。しかしこの男、『落とし子』の探知能力は目視で魔王の分別まで可能とは、他の存在が恐ろしく感じるの」
ハークドックの才能は本能の危機察知能力、その一点に限ればこいつを超える存在はいない。
ウルフェの魔力保有量もそうだ。『落とし子』として才能が開花した者達は勇者、湯倉成也に匹敵する力を部分的に持ち合わせている。
そして今も新たな才能が生まれているのかもしれない。
「レイティスが一体どれほどの『落とし子』を抱え込んでいるのか、なるべく早めに調査を進めた方が良いだろうな」
既にマリトは暗部に指示を出し、レイティスの調査を行わせている。ただメンバーに『落とし子』がいる以上、迂闊な行動は避けなくてはならない。
それこそ隠密に特化した才能の持ち主でもいれば事が事だ。
「妾としても協力したいところではあるのじゃが……ガーネの暗部は正直ぱっとせんからの」
「むしろいたのか」
「一応はの。と言っても各国に普通に商売人として送り込み、その範囲内で得られる情報を仕入れて戻るだけの一般人と変わらぬ」
商人に化けさせると言うより、商人にやらせているようなものか。秘密組織の詳細を探るにはちょっと不向きだ。
だが各国の情勢を知るだけなら下手なプロよりも安全に活動できるだろう。
「ガーネはこれから先、軍備で忙しいだろうからな。他の国に任せておけばいいさ」
緋の魔王の拠点を考えるに、攻め入りやすい場所はガーネとメジス。クアマやターイズはある程度の移動ルートが限られる。激戦区となるガーネとメジスにはしっかりと軍備の用意をしてもらう必要がある。
「そうじゃ、そのことで御主に伝えておこうと思っての。近々ガーネで『緋』に対する会談を行う。明日にはターイズ王にも招待状が届くはずじゃ。無論御主も来るのじゃぞ?」
「まあ、出席はするけどな。魔王が各国の王を呼び寄せるってのはどうなんだろうな」
ガーネ国王が魔王であることを知っているのはマリト、エウパロ法王、ゼノッタ王の三ヵ国のトップだけだ。
ユグラ教の大司教もある程度は知っているが、その情報を他国に伝えることは控えさせられている。
これが地球なら王様の耳はロバの耳の如く、簡単に伝わってしまうのだろうが大司教の面々は余計な混乱を避けようとしている。
そりゃあ下手に噂を広めれば湯倉成也のマッチポンプも伝わるからな。迂闊な真似はできない。
「んっふっふ、トリンやセレンデの王への手紙にも既に妾のことは伝えてある。臆してこなければ笑い者にしてやるわ」
「てことは魔王を名乗ったのか。場合に寄っちゃ攻め込まれるんじゃないのか?」
「ガーネとトリンの間にはクアマが、セレンデとの間にはメジスがあるからの。いざとなれば両国が抑えてくれるじゃろ」
小狡い真似をする。ガーネの隣国はターイズ、クアマ、メジスの三国。トリンやセレンデが攻め込むにはそれぞれの国の上を進軍しなければならない。
当然ながら武装した他国の兵が、自国の領土内を横断することを気安く了承する国は存在しない。
緋の魔王への警戒を高めているメジスやクアマが寝返る心配もまずないだろう。
「だがそれは緋の魔王の侵攻があるうちはだぞ。世論が傾けば協力しないとも限らない」
「その頃には御主の国も形になっているであろう? 『緋』を退けて直ぐに、魔王が三人も固まる勢力に自分から仕掛けようなどと言う国はあるまい。その間に世論をどうにかすれば良いだけのこと」
自信満々に言う『金』。『統治』の力による仮想空間で様々な策略を実践できる彼女からすれば、印象操作程度わけもないとでも言いたげだ。
「随分と自信ありげだな」
「んっふっふ、妾には魔王三人を従えた男がおるからの。頼りにしておるぞ?」
「人任せかよ。まあ、手伝うけどな」
当然ながら見捨てることはできない。我ながら難儀な性格だ。そして最近は利用されていることが多い。
「褒美なら幾らでも与えようぞ。それこそ妾ごとでも――」
「そうだな。ガーネにはジェスタッフの建国の手伝いをして貰わないとな」
「欲がないのぅ。妾の美貌は目視した男が気を失うほどだと言うに」
「ハークドックだけだろ」
しかしこの戦いで各国全てが世界の事情を知ることになる。緋の魔王の侵攻が無事に済んだとしても、世界の流れはこれまでとは違ったものになるのだろう。
「どれ、もう一回この者を起こしてみるかの」
「遊ばないでやってくれ。見ろ、この悲しそうな気絶顔」
どうせ今後もこういう事故は起きる。こちら側の魔王三人組は誰もが自由気ままに動く連中で、ハークドックの都合を一切気にしない連中だからな。
こちらにできることはハークドックのメンタルトレーニングを手伝うことくらいなものだ。
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