次に練るのは。
「想定の範囲内とは言えあまり良い状況ではないようだね」
ターイズ城の執務室でマリトとラグドー卿にクアマで起きたでき事の詳細を報告し一緒に唸る。
依頼を受けた後、クトウの飛行能力を利用しターイズへと文字通り飛んで帰って来た。
クトウの飛行能力は便利なのだが細かい魔法を使えず、高所が非常に寒い。
今回はイリアスの魔法に助けられたが単独での飛行を行うためにもそれなりの防寒対策を行う必要があるな。
エクドイクとミクスにはそれぞれ所属しているギルドでの情報集めを頼みウルフェとラクラを補佐として置いて来た。
ラクラは心配だがミクスなら上手いこと手綱を握れるだろう。
「騎士達にも緋の魔王の脅威について説明をし、来る時に備えさせましょう」
「ああ、その辺はラグドー卿に任せよう。それで君が戻って来た理由は別にあるのだろう?」
「一つは荷物の運搬だな」
「誰が荷物よ!?」
喚いているのは蒼の魔王こと『蒼』、エクドイクがクアマで活動する際に堂々と攻め込もうとした『蒼』が居ては何かとトラブルの元になるだろうとターイズに連れてきたのだ。
『蒼』は戦闘に特化している魔王ではない、『殲滅』の力も自ら生み出した魔界でないと満足に使えない。
死霊術の使用を控えてしまえば不老不死くらいしか取り柄がないのである。
それでも単純な戦闘力は誰かさんより遥かに高いのではあるが。
そんなわけで『蒼』は『紫』の別荘に預けることになった。
本人は非常に不服そうな顔をしている。そりゃそうだろうな。
しかしエクドイクに『俺はやる事がある。お前の安全を第一に考えるのならばこれしかないだろう』と真顔で言われれば反論もできない。
緋の魔王の情報網が優れていれば『蒼』がこちら側に寝返った事は知られていてもおかしくない。
一人魔界に残しておくのはエクドイクとしても心配なのだ。
「死にたがりの魔王と聞いたが、随分と騒がしいな」
「喚くな『蒼』、知的な会話をしている最中なんだぞ」
「私が知的じゃないとでも言いたいの!? そもそも『蒼』って気安く呼ばないでよ!」
「そうは言うがな、蒼の魔王なんて呼んでいたら周りの一般人でも気づくだろうが」
「場所に応じて使い分ければ良いでしょ!?」
「お前個人の為にそんな手間を増やせるか。何でそんな気苦労を抱え込まにゃならん」
「本当にアンタって腹立つ言い方しかできないのね!?」
うーん、耳が痛い。
ミクスも声は大きいがヒステリックではなかったからマシだったが……ひたすらに怒鳴られるのなんて何年ぶりだ。
「それで他の理由はなんだい?」
しれっと爽やかな笑顔で『蒼』の怒りを無視するマリト、こいつも大概だとは思う。
助け船を出してくれたのだろうが『蒼』はこれでもかとこちらとマリトを睨んでいる。
「知っている範囲ではターイズが一番冒険者の少ない国だからな。ラーハイトの工作が他国にも及んでいるのなら尻尾を掴みやすいのはターイズだろうと思ってな」
「まあそうだね、騎士達はよそ者に敏感だから外部から来た者達の動向は結構目にしているだろう」
「そりゃ頼もしい」
その話が本当だとするならばこちらもターイズに来た当初は目を付けられていたのだろうか。
ああ付けられていたわ、それも凄くおっかない奴に。
「どうした、人の顔を見て」
「頼もしい騎士の筆頭の顔を見ていただけだ」
「そ、そうか」
「マリト、こちらはこちらでラーハイトの工作の詳細を確かめる。ターイズ内の冒険者への警戒と緋の魔王への備えは任せた」
「任すも何も、王の責務だけどね」
「それもそうだ。緋の魔王と人間の戦争が起こればこちら側ではあまり役に立てないだろうからな」
法律くらいは齧ったが流石に軍事戦略の勉強はしていない。
こちらは悪知恵の働く連中の相手は得意だが戦争経験者ではない。
任せられる箇所はこの世界の優秀な人材に任せてしまうのが吉だ。
「俺も戦争経験はないんだけどね」
「なぁに、お前には十分実績があるさ」
先進的な発展を遂げ軍事力を高めているガーネ、その兵力を使い『金』は仮想世界で何度もターイズに戦争を仕掛けている。
だが何度も挑みながらただの一度たりともターイズを破った試しがない、それだけでもマリトの有能さは伝わってくる。
ガーネだけでなくクアマやメジスとも協力して迎え撃つことになればマリトの存在は人間サイドにとって非常に大きなものとなるだろう。
「実感はないけれどもそういってくれるのならば友の期待に応えてみせようじゃないか」
「おう。王の責務とか関係ない、『俺』個人の期待だ、裏切ってくれるなよ?」
「――もちろんだとも」
「ただ『金』とはもう少し仲良くしてもらわないとな」
「それは俺に言うことじゃなく向こうに言うことじゃないかな?」
◇
無色の魔王が身を置いている空間、それは空間の創造主が認識した色で全てが塗り替わる異常な空間。
常人ならば一日も待たずに発狂しかねない場所で無色の魔王はだらしない声を出しながら地球に存在しているマッサージチェアで全身をリラックスさせている。
「あー、こりゃ良いわー。凝るほど働いた記憶なんてとっくにねぇけど病みつきになりそー。なんでこんな生活知ってながら田舎じみた生活を享受できんのかねー」
右手に大手の飲料会社の炭酸飲料、左手には日本で有名な棒状のスナック菓子が握られている。
そして視線の先には大型の液晶テレビ、画面に映し出されているのは異世界に現れた地球人の男の会話しているシーンだ。
「『地球人』はラーハイトの仕込んだ工作の解決かー、解決されて困るってもんでもないんだがバランスとしてはどんなもんかねぇ? 蒼鬼もコロリと寝返っちまったし、緋獣ちゃん不利過ぎねぇ? いっそ碧王も巻き込んじまうか、いやそれだと一歩間違えたら人間が絶滅しちまうからなぁー」
無色の魔王は右手に握っていた蒼の魔王を模した小さな模型をポンと右側に設置されていたテーブルの上に置く。
テーブルの上には世界の地図が描かれていた。
ガーネ魔界とメジス魔界の境界線には緋の魔王の駒、そしてターイズ魔界には碧の魔王の駒、残りの魔王の駒は全てターイズに置かれている。
「戦争が始まったとして魔王の比率は1対3、金娘の兵力は人間だからノーカン、紫姫は有象無象の雑魚悪魔は健在でもユニーク系統は残り1、蒼鬼は魔族を得たが死霊術を失ったらただの女だしなぁ……総合力だけで見るなら誤差かねぇ?」
右手に持っていた炭酸飲料を一気飲みし、豪快にゲップをする。
「くぅー! 酒みたいな奥深さはねぇが刺激的なもんだ! 栄養はゴミみてぇなもんだがハマる美味さがあるんだよなぁ、ずりぃ。こっちでも作ってくれりゃ腹に溜まるんだがな」
面倒だと言わんばかりにスナック菓子を頬張り、起き上がる。
「ここは大人しく静観するのが一番なんでしょーけど、じゃあ何をして暇を潰すんだよって話。元々の仕事なんてどこぞの大賢者に警告したのと違反した悪魔ぶっ殺した程度なんだよなぁ……」
無色の魔王が一度目を閉じて開くと景色は一変し、巨大なスクリーンが目の前に現れていた。
そこには大量の文字の羅列が記載されており、無色の魔王が気怠そうに眺めるとその文字は異様な速度でスクロールしていく。
「魔王が攻めてくるって話が広まる以上、禁忌に向かってひた走ってる奴なんて出てくるわけも……おんや?」
無色の魔王が首を傾げるのと同時に文字の動きが止まる。
表示されている文字を興味深そうに見つめ、愉快そうに口を歪ませる。
「これはこれは、切っ掛けはあったにせよ大したもんだ。こりゃ使えるな? 良いね良いね! これ口実にちょっちかき乱してみますか!」
満足そうに頷き後方に倒れこむ、倒れた先にはキングサイズの高級ベッドが置かれていた。
その心地よさを満喫しながら無色の魔王は考えを巡らせる。
「黒姉の代わりとしてみるだけじゃ物足りなかったんだよなぁ、せっかくだしユグラとどれくらい差があるが見極めてやろうじゃねぇの『地球人』。肉弾戦とか価値なくなって久しいからな、久々の頭脳戦だ!」
◇
「嫌じゃ、何で妾があんな愚王と仲良くせねばならんのじゃ」
「こいつ」
『蒼』を『紫』の別荘に預けに来たついでに色々と相談をと思い、先ほどのマリトとのやり取りを思い出しつつ『マリトとも協力しろよ』と言った傍からこれだ。
わざとらしくソファーの上でジタバタしてみせる『金』を見ると本当にこいつに国を治めさせて良いのだろうかと真面目に考えたくなってくる。
それを白い目で見ているのはこちらだけではない、『紫』と『蒼』、そしてデュヴレオリである。
イリアスはここなら安心だろうからと外の空気を吸いに逃げた。
仮にも魔王三名がいるんですがねとは言い辛い、それだけイリアスもこの魔王達を信用していると言うことだからな。
「御主はあの男が妾をどれだけ蔑んだ目で見ているか知らんのじゃ、事ある毎に『なんだコレ』と言わんばかりに見下して来るのじゃぞ!」
「それと同じ目線をたった今四人から受けていることにも気づけ」
「御主の視線には愛情が感じられるからの、王を何たるか理解しておらぬ有象無象はどうでも良い」
「それ私への挑発? 殺さない程度だったら手を出しても良いのよね?」
「ダメよ『蒼』、そこは殺さないつもりだったと弁明して仕留めておかなきゃ?」
「ほれ見よ、口で敵わぬと分かっておるから武力行使に出ようとする蛮族共の姿じゃ」
「んじゃその蛮族に加わるか」
「ぬ、ぬわぁーっ!」
『金』のこめかみをげんこつで挟みウメボシの刑に処す。
「くだらない挑発でターイズを魔王同士の戦いの場にするなっての」
「ざまあないわね、『金』」
「ふ、ふん、今の折檻にも絶妙な力加減をしておるのじゃぞ!? やはり妾は愛されておるの!」
割と本気だったんだが、凹む。
『金』は戦闘力が皆無でこちらの非力な攻撃が通用するのだがそれでも異世界人、その分タフなのだろうか。
だがこれ以上苛烈な行動になると傍目では虐待行為にしか見えなくなるので悩ましい。
やはり尻尾か、次は尻尾にしよう。
「その程度なら私も受けてみたいものね?」
「デュヴレオリに睨まれたくないので謹んでお断りします」
後ろで頷いているデュヴレオリ、こいつには冗談が通じない。
手を出されなくても殺気だけで酷い目に遭いかねん。
「二人とも、こんな男のどこが良いのよ?」
「そのままそっくり返すわ『蒼』、あんな鎖じゃらじゃら男のどこが良いのよ?」
「別に良い所があるから魔族にしたわけじゃないわよ! 見返りを寄越すって言われたから魔族にしただけよ!」
鎖じゃらじゃら男って、その通りだけどさ。
「あんな要所要所で格好つけた構えを取りそうな男を魔族にするとは滑稽じゃの」
「か、格好悪いより良いでしょ!?」
確かにいちいち決めポーズ多いけどさ、格好良いよ?
あいつの年齢考えるとそろそろ悩ましいとは思うけれどさ?
「格好良さならこの者の方が上じゃぞ! ほれ、ビシっと決めてみよ!」
「……」
「ひぃっ、その眼は止めよ!?」
いかん、嫌いな無茶振りをされて少し本気で対応しそうになった。
しかしこいつらテンション高いな、『紫』ですらいつもより元気に感じるぞ。
女性が三人集まれば姦しいとは言うがコミュニケーション能力が向上する仕組みでもあるんじゃないだろうか、アメリカ辺りで研究論文とか出てそうだな。
イリアス達の中で騒がしいのはミクスとラクラだけだったからな……サイラが加わった時とか騒がしいんだろうな、気を付けよう。
「アンタって時折不気味な目つきになるわよね、死んだ魚の目でももう少し輝いているわよ」
「おう、せっかく諫めてやってるのに飛び火させる気か。陰険に追い詰めて欲しいなら受けて立つぞ」
「そこは正々堂々と受けなさいよ!?」
しばらく騒がしかったがそれを延々と真顔で見続けるデュヴレオリの存在に圧され程なく鎮静化。
生かしておいて良かったと心の底から過去の自分に感謝する。
その後クアマでの事の顛末を話し、今後の方針を相談することとなった。
「冒険者ねぇ? クアマの商人ならある程度把握できなくもないのだけれど土臭い感じのする冒険者をわざわざ『籠絡』しようとは思わなかったわ?」
「ガーネにもそれなりの数の冒険者が滞在しておるからの、是非とも対処して欲しいの」
「いっそクアマにいる冒険者全員を『籠絡』しましょうか?」
「その不穏分子は皆殺しにしようって発想止めような?」
手っ取り早い解決方法ではあるがそんな方法で解決してしまえば魔王の脅威がさらに跳ね上がる、それ以前に実行段階で各国から妨害が入る。
ギリスタが調べてくれたラーハイトが接触したであろう冒険者のリストに絞ると言う手もあるがウッカ大司教の時と同じような形で利用されているだけの冒険者だった場合、『籠絡』の力を使用するのは酷だ。
人の尊厳を無視して支配する力は死霊術の類と比べても大差ない、極力表立って使うわけにはいかないだろう。
「なら下級悪魔に監視させるのは? 冒険者の総数なんてそこまで多くないのでしょう?」
「億匹いる悪魔と比べりゃな、だが腕の立つ冒険者なら悪魔の監視くらい気づくだろう。これから魔物を引き連れて緋の魔王が攻め込んでくるって情報が流れている際に各国で悪魔が目撃されたらパニックになりかねん」
「人間社会って面倒よね?」
「その面倒さがあるから価値を見出せる個体差が生まれるんだ」
「そんな言い方されると悪いとは言えないじゃない、狡いわね?」
「狡くて結構、とは言え単純作業の人手が欲しい時には『紫』の悪魔達は頼りになる数だからな。そこは頼らせてもらう」
「ええ、お安い御用よ?」
「妾もおるぞ!」
「そうだな、ルドフェインさんにも一度会って詳しく話しておくのも良いな」
「妾もおるぞ!?」
「そういえば貴方に預けた悪魔、クトウだったかしら? 貴方の役に立っているかしら?」
「おう、大それたことはできないが『俺』には便利過ぎるくらいだ。なぁクトウ」
クトウを撫でると木刀からその悪魔の体を浮かび上がらせポヨポヨと動いて見せる。
「イエッス、クトウ、アルジサマノベストパートナー!」
「……少し様子が変わっていないかしら?」
「ああ、そのことなんだが……」
異変に気付いたのはクトウに餌となる魔力を与えた後日の事、妙に口調が変わっていたのだ。
最初に餌を与えたのはエクドイク、すると妙にニヒルな感じになっていた。
次にミクスの魔力を与えてみると良く喋るようになり、ラクラの魔力を与えると間延びした感じになった。
イリアスの魔力を与えた際にはキリっとしだし、ウルフェの魔力を与えた際には口数が激減し従順過ぎる感じになった。
どうも与えた魔力の持ち主の性根が刷り込まれてしまっているらしい。
与えた量の比率でその傾向が強く表に出ることに気づいたので試しにと全員で同時に餌を与えた所、こんな感じになってしまった。
部位を構築する際も妙にこう、ポップな感じと言えば良いのだろうか。
多分ラクラが酒を飲みながら魔力を注いだせいだろう、うん。
「魔王の魔力は魔物の形を作る際に影響するのだけれど、人間の魔力は精神に影響を及ぼすのかしらね? ちょっと興味深いわね?」
「ヘイ、モトアルジサマ、ニンゲンラチトカダメヨ!」
「微妙に苛つかせられるわね? 別の悪魔を与えるからソレ解剖しても良いかしら?」
「ヒエッ、アルジサマ、オシトヤカナジョセイスキ、ブッソウヨクナイ!」
ただこの性格って、テンション高い時の誰かさんに似てる気もするんだよなー。
ペットは飼い主に似ると言うが、それも影響しているのだろうか。
見た目が比較的愛くるしいので問題はない、何よりこいつにはとても優秀な能力が備わっている。
それは空気を読むこと。話しかけられた時はこの様にノリ良く喋るが勝手に口を聞いたり姿を見せたりは決してしない。
「まあせっかく細かい芸を覚えさせたんだ、勘弁してやってくれ」
「アルジサマ、キグロウタエマセンネー」
さらに言えばこのようにこちらの心労を察して労ってくれるのだ。
問題があるとすればこのノリを理解できない相手に不快感を与えることだろうか。
なお現時点では致命的な問題になりかけているのだが。
「貴方はそんなので良いのかしら?」
「ああ、元々この木刀は俺の相棒だったからな。自分の武器と意思疎通できるなんてなかなかにロマンあるだろう?」
「さぁ?」
「わからんの」
「子供みたいね」
「……」
「アルジサマ……ドンマイ!」
まあたまに当人もイラっと来る時もあります。




