次に選択するのは。
過去にドコラが入手した湯倉成也の記録、蒼の魔王に関する書物には蒼の魔王に与えられた『殲滅』の力や死霊術に関する記述があった。
蒼の魔王が愚直に防壁を攻撃していることの意味をその内容と照らし合わせれば蒼の魔王の行動を事前に察知することは難しいことではなかった。
巨大アンデッドを作る際に必要なのは死霊術の起動する地点を正確に設定することだ。
この世界の魔法レベルでは遠距離を映像として観測する手段がない。
メジスの秘術でようやく音声通信程度、そうなれば蒼の魔王は防壁を視野に入れられる位置に移動する必要がある。
なのでそれらの前提を元にその位置を炙り出す方法を取らせてもらった。
音の伝達速度は空気中でおよそ毎秒340m、しかし水中では毎秒1500m程の速度となる。
密度が高い方が伝わりやすい、これだけ理解していればそう難しい話ではない。
魔力の場合その場に含まれる魔力量に比例して伝達速度が変わるのだ。
空気中と水中に含まれる魔力では空気中の方が高密度、つまりは魔力の伝達は空気中の方が早いのである。
蒼の魔王が事を起こす際には何かしらの魔力を飛ばす。死霊術にせよ『殲滅』の力にせよそれは変わらない。
用意した風呂の意味、それは蒼の魔王が放つ魔力をより正確に感知するための物なのだ。
魔力伝達の遅い水で満たされた湯船に浸っておくことで体に伝わる際の魔力の速度を落とし、それにより伝わって来た魔力の発信源をより正確に導き出せる。
より効率を求めるならばラクラを地面にでも埋めればと思ったのだがそれは却下された。
その後は導き出した方角を直線で引き、地図を見比べて居場所に当たりをつけた。
しかし流石は精密性に長けた二人、巨大アンデッドが作られるその間に飛ばされた複数回の魔力を正確に感知してみせた。
特にラクラ、初回から通して全て同じ方向、まるでブレがなかった。
エクドイクでさえ方角に5度前後の誤差があったと言うのにだ。
これにより面倒な計算やらをすっ飛ばして場所の特定を完了させた。
先んじて突っ込んで行ったのはエクドイク、早着替えの速度は世界ギネスに載るだろう。
ラクラも急いでいたが小屋内で転倒する等ちょっとしたハプニングもあり出遅れている。
エクドイクは単騎で向かい、こちらはラクラとミクスと一緒に現地へと移動中だ。
クトウにロープを括り付けたフックを二本引っかけ、下側に鉄板を付けて乗れるようにしてある。
要するに短いブランコ状態、揺れる方向は横だけども。
ラクラとミクスも乗せているためその速度はエクドイクと比べて圧倒的に遅い。
「ご友人、エクドイク殿に比べ遅いなぁと言った顔をしていますが三人分、いや二人半の重量なのですから仕方ない事ですぞ!」
「ミクスちゃん、それ半人前を誰から引いた計算ですっ!? 私と尚書様は同じ重さではないですよっ!?」
「あまり騒ぐな、高所は怖いんだよ!」
ちなみにもみくちゃにされたくないのでラクラとミクスにはこちらの背後で抱き合ってもらっている。
この高所で『尚書様ったら!』とか突き飛ばされたら死ぬ、そしてラクラとミクスはノリでやりそうで怖い。
「しかしご友人、エクドイク殿に先行させて大丈夫だったのですか? 相手は仮にも魔王なのですぞ?」
「大丈夫だ、エクドイクは生存能力に長けている。勝てないなら勝てないで上手く時間稼ぎをしてくれる筈だ。それすら叶わない相手ならばすぐに逃げるさ」
蒼の魔王は『金』や『紫』と同じで直接戦闘に向いている魔王ではない。
何かしらの防御策はあるだろう、恐らくはユニーククラス前後のアンデッドやらを護衛にしているとかその辺だろう。
仮にそうだとしても魔物の強化の技術に関しては自主的に研究を行っていた紫の方が幾分か高い。
デュヴレオリクラスの相手は出てこないだろう。
エクドイクが向かった先を空から見ているがまだまだ追いつくには時間が掛かりそうだ。
……そろそろか、切り替えていこう。
「二人とも、そろそろエクドイクから合図が来る筈です。それを見逃さないよう気を付けて下さい」
「――あ、は、はい!」
「うわぁ、尚書様がその感じになるの、久々に見ますね」
「ラクラ、しばらく後詰めの計画を調整するので静かに頼みます」
「うう、穏やかで爽やかな感じなのにいつもより数割増しで怖い……」
酷い言われよう。
さて、エクドイクの送る予定の合図は複数パターンを用意させている。
ラーハイトの有無、そして戦闘開始直後の状況、それらを事前に打ち合わせしている。
はてさて、どう動いてくれるかな。
視線を防壁の方へと向ける。
飛行しての移動、防壁との距離があるにしてもその様子は見て取れる。
巨大アンデッドは完成した、そして防壁への攻撃を命令されているのだろう。
しかし未だ防壁は破壊されていない、させていない。
あの場所にはこちらの最高の戦力を配備してある。
当人等が意気揚々と引き受けたのだ、ある程度の時間稼ぎは期待できるだろう。
だが無理をさせるわけにはいかないからね。
きっちり追い込ませて貰おうか、ねぇ?
◇
ラーハイトは逃亡したか、だがそれも想定内。
本来の体を失い、子供の体に魂を移したともなれば満足に魔法を使う事もできない筈だ。
だが今の魔法の発動は非常にスムーズだった、あの体は相当弄られていると見て良いだろう。
襲い掛かるアンデッドの攻撃を回避し、雷魔法を叩き込む。
使い慣れていない魔法だがそれなりに魔力を込めた、威力は十分だ。
落雷の衝突に等しい威力の直撃を受けたアンデッドは全身が焼け焦げたがものの数秒で完全に元に戻った。
追撃で鎖を放つ、先端の杭は容易く武装しているアンデッドの鎧の隙間を正確に貫くが結果は同じ。
浄化魔法込みの攻撃だがすぐに再生されてしまっている。
そして再び攻撃を回避。
人間としてのリミッターの外されたアンデッドの力は常人のそれよりも遥かに高い。
しかし最初から人ではない悪魔等の身体能力は人を遥かに凌駕しているのだ。
このアンデッドの力は以前倒した大悪魔、ググゲグデレスタフよりも一つ二つ格下と言った所だろう。
無論直撃を受ければ無事で済むような相手ではない。
ならばと鎖を張り巡らせアンデッドの一体を即座に拘束する。
手足に絡まった鎖はしっかりとアンデッドの動きを封じる。
大技での捕獲の必要はない、拘束にさえ成功すればアンデッド達にそれを解き逃れる知能はない筈。
……と思っていたが、やはり操れる存在がいるというのは厄介だ。
「ちっ」
後方からもう一体のアンデッドが拘束されたアンデッドごとこちらを狙ってきた。
こちらの回避は問題ない、しかしその攻撃により拘束されたアンデッドは容易く粉砕される。
そして数秒で鎖の拘束から少しずれた位置で再生を果たした。
悪魔は魔力強化を防御にも回しているがこいつらにはそれが無い、互いの一撃でバラバラに吹き飛ばしあえる。
せっかく拘束したとしても今の様に破壊してしまえば再生し、逃れることができるのだ。
その指令を飛ばしているのは蒼の魔王とみて間違いない。
アンデッドの隙間を縫って蒼の魔王へと鎖を飛ばそうとするも、アンデッドが身を挺して防御に回る。
その際には魔力強化や特別な障壁を発生させ、蒼の魔王への攻撃は届いていない。
あれは自身の体を犠牲にする代わりに一時的に強力な防御力を得る類の技か。
人間ならばここぞという時にしか使えない我が身を犠牲にする技だろうが、無限に再生するのならば無限に使い捨てにできる強力な盾となる。
三体のアンデッドはそれぞれが鎧、剣を装備しているがその装備は微妙に違うものだ。
生前の装備なのだろう、二体はそれぞれ装飾の差が感じられるが騎士が付ける鎧だ。
普通の騎士と役職のある騎士の違いと言った所か。
そしてもう一体の鎧は非常に凝った作り、兜も妙に目立っている。
隊長格、いや機能性よりも見た目を重視しているのであれば王族か。
「随分と親身に守ってくれるアンデッド共だな」
「当然よ、貴方のような障害に私が敗れれば私が復活するまでの数百年、このアンデッド達は死霊術に囚われ続けるのだから」
僅かに感じていた違和感はそれか、このアンデッド達には意志があるように感じるが蒼の魔王への忠義などは感じられない。
まともな自我がないだけではない、死霊術に囚われる事への恐怖が魂に刻み込まれているのだ。
「成程、救われた者、滅ぼした者、命じた者と言うわけか」
「――そう、貴方は私の素性を知っているのね。嗚呼、死にたい……」
三体のアンデッドは攻撃と防御に一体ずつ、そして戦況に応じてシフトするのが一体のフォーメーションをローテーションで切り替えている。
二体程度ならば回避もそう難しくはない、ならば同時に二体を拘束し、それをリカバリーしようとする三体目の隙を狙うか。
一体目の攻撃をギリギリで回避する、すると二体がすかさず追撃に回る。
だがそれはワザと用意した隙だ、既に周囲に鎖の配置を済ませている。
鎖に指示を送り二体一気に拘束を行う。
これを解くために三体目が動いた瞬間を狙い蒼の魔王への攻撃をすれば……いや不味い。
三体目が全く動いていない、こちらから蒼の魔王を庇うかの様に陣取っている。
本能が危険だと言っている、この位置は不味い。
「そんな誘導に引っかかるわけないじゃない」
突如拘束していた二体のアンデッドが自爆した。
咄嗟に回避しようとしたが爆風に巻き込まれ吹き飛ばされる。
ダメージは……そこそこと言った所か。
視界がはっきりした時には既に拘束されたアンデッド二体は元通りに再生していた。
鎧等も破損した様子はない。
高位のアンデッドの装備は当人に縁のある物であり再生の対象に含まれるとは聞かされていたが……これはこれで厄介だ。
爆発の瞬間砕けた鎧の破片でこちらに裂傷が発生させられる、傷は魔法で塞げても出血した血は簡単には戻せない。
「なるほど、不死ならば自爆させることも容易と言うわけか。効率的だな」
まともな知性のないアンデッドが魔法を使う、先ほどの再生による脱出が印象に残り過ぎていて自ら脱出する術があるという発想が抜けていた。
今相手にしているアンデッドには蒼の魔王と言う知能がある、そのことを忘れてはならない。
体はまだ動く、だが奇襲としての自爆を使用した以上これからは躊躇なく使ってくるだろう。
突撃し隙あれば自爆、そんな戦いをされていてはこちらの体力が持たない。
爆発に対して魔力による防御手段を取れば深手は避けられるがこんな相手に持久戦は持ち込むだけ無駄だ。
盲ふ眼の対象にできるのは一体のみ、真なる方は負担が大きいため確実に勝負を決める時に絞るべきだが……どうするか。
同胞から事前に聞かされた情報を思い出し、利用できる物が無いか考える。
あの組み合わせならば行けるか?
両腕を下ろし脱力する、その間も一体目はこちらに攻撃を仕掛けようとしてくる。
背後には二体目も続いている、回避する方向を間違えれば再び自爆に巻き込まれるだろう。
ならば取る手段は……。
一体目のアンデッドが剣を振りかぶる、だかこちらは動かない。
そしてその剣が振り下ろされた。
◇
これは一体何の冗談だ。
巨大なアンデッドは防壁に対しその腕を振り下ろし破壊を行おうとした。
しかしその腕が防壁に叩きつけられることは無かった。
空中で弾かれたように跳ね上がったのだ。
一体何が起こった。唖然としていると防壁に何者かが着地した。
女だ、髪の長い女の騎士だ。
「だ、誰だ!?」
「ターイズ騎士団ラグドー隊、イリアス=ラッツェル、防壁の防衛の加勢に加わらせてもらおう!」
「え、いや、おい、あんた!?」
こちらの言葉を待たずしてそのイリアスと名乗った女騎士は防壁から巨大アンデッドの方へと跳躍した。
既に巨大アンデッドの追撃が振り下ろされている最中だ、あんな質量の一撃に巻き込まれれば空中だろうと挽肉になるぞ!?
女騎士と巨大アンデッドの腕が衝突する、すると先程と同じように巨大アンデッドの腕が跳ね上がった。
まさか……剣で跳ね上げているのか!?
衝突の際に凄まじい魔力の奔流を感じた、ただの魔力を込めた一撃ならば巨大アンデッドの腕の一部が破壊され、そのまま女騎士は腕に巻き込まれるだろう。
衝突の際に広範囲に衝撃を与え、破壊ではなく跳ね上げさせている……いやいやあの質量だぞ、どんな威力だ!?
再び防壁に着地、巨大アンデッドが攻撃を行おうとしたタイミングで跳躍する。
そして三度目の神業を行ってみせた。
しかし、反動で戻ってこようとすることに失敗したのか防壁のかなり上空にいる。
このままでは防壁の向こう側に落ちるぞ!
「ウルフェ、頼む!」
その声に反応してかいつの間にか防壁にいた別の者が女騎士の方へと跳躍した。
あれは……白い……亜人か?
身軽そうな装備の亜人は女騎士を空中で受け止める、そして次の瞬間女騎士が巨大アンデッドの方へと吹き飛んだ。
そしてそのまま女騎士は巨大アンデッドの頭部へと衝突し、先ほどの攻撃を行ったのだろう。
巨大アンデッドの頭部が後方へ弾かれ、バランスを崩した巨大アンデッドは後ろへ倒れこんだ。
唖然と見ていると先ほどの亜人が近くに着地した。
非常に若い、娘と同じぐらいだろうか。
その表情には巨大アンデッドへの恐怖心など微塵も感じていない、むしろやる気に満ち溢れている。
そして間隔をあけて先ほどの女騎士も防壁の上へと着地した。
「助かった、弾くだけなら造作もないのだが反動で防壁の上に戻って来れるように調整するのが案外難しいな」
「イリアス、手前に落ちると大変だからちょっと大げさに飛んで! ウルフェがしっかりキャッチします!」
「ああ、転倒させた方が時間も稼げるだろうからもう少し強めに行くが大丈夫か?」
「大丈夫! でも強すぎるとイリアス吹っ飛んで行っちゃう」
「そこが心配だな、衝撃をなるべく散らしているが耐久はかなり低いからな、アレ」
「そうなったらウルフェが時間稼ぐ、イリアスは頑張ってよじ登ってきて!」
「そんな格好の悪い真似はできんな」
会話の間に巨大アンデッドは再び起き上がり攻撃を再開しようとしている。
巨大なわりに実に機敏な動きだ。だがそれ以上にこの二人の規格外さに感覚が麻痺している。
女騎士が飛び出した後、ウルフェと名乗っていた亜人がこちらを見る。
「イリアス、加減下手です。着地とかする時にちょっと防壁壊れたりするかもしれないので避難の用意をお願いします!」
「あ、ああ」
確かにあんな質量との衝突後この場所に戻って来るといった威力の調整なんてまともにできる筈もない。
威力を上げると言っていたがそうなると……。
「おわっ!?」
女騎士が弓矢のような速度で防壁の上に飛んできた。
その勢いのせいで設置してあったバリスタが粉砕された。
「……す、すまない」
「い、いや、無事なようで何よりだ」
「イリアス、弁償するのししょーだよ!」
「気を付ける……よし、気を取り直していくぞ!」
……よし、避難しよう。
弓矢の様に戻ってくる女騎士を回避なんてできるわけないからな。
◇
振り下ろされた剣はエクドイクと名乗った男の肩から胴体まで深々と斬りこまれた。
鮮血が舞う、男が吐血する。
何かを行おうとしていたようだが、まさか回避を放棄するなんて……。
戦うことを諦めた? いえ、そんな様子には見えなかった。
ああいう手合いは死ぬまで油断してはいけない。自爆を行わせるべき?
「迷っているな」
男がグレストの肩を掴む、すると突如グレストが塵になった。
何かしらの浄化魔法? あれ程の威力、相当な魔力を使用しなければ使えない筈……しかしほとんど何も感じなかった。
未知の技を使用している、だけども大した問題ではない。
グレストは塵となったがならば再生させれば良い。
塵を元に再度死霊術の構築を実行、グレストを……?
「再生……できない?」
「当然だ」
男が前に出る。いつの間にか傷がほとんど塞がっている。
治癒魔法……いやそれにしては早すぎる。
まるで死霊術の再生と同じような速度、生者にはありえない。
追撃を止め待機していたタヴェスに再度攻撃を開始させるが男はタヴェスの一撃を片手で防いでみせた。
僅かに剣が手に突き刺さっているが男は気にした様子も無くタヴェスに手を置く。
そしてグレストと同じように塵へと還してみせた。
再生……やはりできない。
残るはワフロイ、しかしこれを突破されれば私の護りはもう……いやこれは……。
「これは……幻覚!?」
三体に命令を与える際、それぞれへ指示していては手間になる。
だから一体に攻撃を命じる際には一つの命令で他の二体に防御及び補佐を行わせられるようにしてある。
今ワフロイに迎撃の指示を行った際に塵になった筈のグレスト、タヴェスが反応を見せた。
つまりこの二体は破壊されていない、そう見えただけだ。
再生の指示を受け付けなかったのは既に完治状態だったからだ。
「気づくか、流石だ」
視野に映る光景が切り替わる。
グレスト、タヴェスは無事、しかし位置や向きがおかしい。
そして男も僅かに安全な位置へと下がっていた。
いやそれ以上に、周囲を蠢く鎖に囲まれている。
この質量、幻覚を見せられている時間を最大限に利用して展開したようね。
「俺の最大の技だ、耐えられるものならば耐えてみろ」
全方位から鎖が雪崩れ込む、確かにこの質量ならば単体の防御は突破されてしまうかもしれない。
しかし幻覚を解除するのが少しばかり早かった、私に判断する時間を与えてしまったのだ。
緊急時の命令を三体に指示する、すると三体は飛び掛かるように私の周囲へ滑り込む。
私の防御を行わせる際、一定時間鉄壁の護りを誇る代償として体が崩壊する魔法を使用させている。
だがそれ以上の防御手段も存在する。
使用後に術者の体が崩壊するのは同じだが三人掛かりで発動できる儀式系の障壁魔法。
護衛対象が解除を行わない限りその護りを突破できる攻撃は存在しない、ユグラのために用意した鉄壁の護りだ。
障壁魔法を発動させる。
私を中心に三角錐の障壁が発生し鎖の攻撃を阻む。
その護りの堅さに鎖は弾かれ続ける、衝撃すら伝わってこない。
問題ない、障壁はしっかりと機能している。
幻覚中のまま受けていれば対応が遅れたかもしれないが詰めが甘かったようね。
しばらくすると周囲の鎖が自らの威力に耐え切れず砕け散っていった。
視界も確保され再び男の姿を捉える。
先ほどと位置は変わっていない、言葉通り大技だったようね。
随分と息を切らせ、苦しそうな顔をしてこちらを見て……何、あの目は?
男には異変があった、目から血を流していた
それだけではない、見開いている瞳の形状が変化している。
まるで悪魔の……何かが不味い。
何かを行われている、だけど何も知覚できない。
障壁魔法を張るしかない、命令を……!
「やはり戦闘面は未熟だな、蒼の魔王。迷いが過ぎる」
突如三体の動きが拘束される、いやそれだけではない。
私も体の自由が利かない、まるで見えない鎖に拘束されているかのようだ。
感触はある、幻覚ではない。
三体への命令も行えない、体内の魔力を完全に抑え込まれている。
幾重もの封印が施されている、恐らくは何かしらの封印術。
「『鎖縛の六塔』と言う、見えてはいないがお前の周囲には鎖で編みこまれた六つの塔があり、そこから伸びる鎖で拘束させて貰っている。もう魔力行使はできんぞ」
男が一本の鎖をこちらに放つ、その鎖は三体の頭部を次々と貫き浄化魔法によって三体を塵へと変えた。
そして鎖は縦横無尽に周囲を駆け回り鎖で編みこまれた六つの塔を構築した。
「こっちの方は維持が辛いからな、普通の鎖で拘束させてもらう」
六つの塔から伸びてきた鎖が私に絡みつく。
同時に見えなかった拘束が解除されるが封印されているのは変わりない。
男の目は元の状態に戻っていた。
「……三体が私の周囲に集まるのを狙っていたのね」
「お前がアンデッドへの命令を行っているのは分かっていた。だがお前自体はそこまで戦闘ができるわけではない、ある程度の形式化されている命令で一括指示を出していたのだろう。だから咄嗟の窮地になれば全力で防御を行わせるために三体を周囲に集めるだろうと読んだわけだ」
「幾つか腑に落ちないことがあるわね。私はさておき、三体には幻覚は通じない筈。大技とやらを準備している間どうやって攻撃を凌いでいたのかしら?」
「アンデッドに視覚があるとは思っていない、視界に映らない防壁の上にいる兵士達に反応している素振りがあったという報告から恐らく魔力を感知しているのだろうと推測していた。だからお前に幻覚を掛けた後こうさせてもらった」
そういって男は鎖で簡易的な人型を編み込んで構築して見せた。
「俺の魔力を込めた人型だ、そして俺自体は潜伏する際と同じように極力魔力を感知されにくいように鎮めてみせた。アンデッド共は見事に鎖人形の方へ攻撃をしていたぞ」
それで攻撃命令を出していたグレスト、タヴェスの向いている方向がおかしかったというわけね……。
「見えない鎖に関しては先程見せた真なる盲ふ眼の力、とだけ言っておこう」
「あれだけの攻撃の最中に更なる力を使えるなんてなかなかに出鱈目ね貴方」
「全方位攻撃の話ならあれは見せかけの手抜き攻撃だ。真なる盲ふ眼を使っている間はまともに操作もできんからな。威力は据え置きだ」
私は全力の障壁魔法で手を抜いた攻撃を防がされていたのか。
障壁魔法が鉄壁過ぎたせいで攻撃の威力の程度がまるで感知できなかった、『最大の技』という言葉に踊らされていたというわけね。
焦らずに対処できていれば未だ戦況は変わらなかったかもしれない、だけど私の戦闘経験の低さを見事に突かれた……。
「完敗ね、ユグラもいない今なら良い機会かもしれないと思ったのだけれど……また数百年もこの世界に束縛されるのね……嗚呼、死にたい……」
「できれば今防壁を襲っている巨大アンデッドを止めて欲しい所だがな」
そういえば攻撃命令を出したまま忘れていたが向こうはどうなったのか……防壁はいまだ健在、何かしらの策を取られたようね。
この場所を特定できる程なのだから、あのアンデッドの対策も用意しているのは当然なのかもしれないわね。
「そんなことをする義理は無いわ。少しでも人間にとっての脅威になればいつの日か私を完全に滅してくれるでしょうし……そうね、残ったアンデッドにも最後まで暴れさせてもらうわ」
そう、このまま私が一時的に殺されたとして一度発せられた命令は残り続ける。
巨大化させたアンデッドや後続の兵士アンデッドで防壁を突破できるかは怪しい所だがそれでも多大な手間を取らせることはできる。
そうなれば『緋』も少しは動きやすくなり、人間達の私への嫌悪感も確実に残る。
「もちろんタダで止めろとは言わん、こちらには取引をする材料がある」
「私が願うのは私の永遠の死だけよ。それとも貴方は私にそれを与えられるのかしら?」
「……ああ、できるとも」
……今この男は何と言った?
私が言った言葉に対して……できると?
「それを、私の悲願を、簡単にできるなんて口にして欲しくないわね」
「メジスから奪われターイズに持ち込まれたユグラの記した書物の事は知っているな?」
「――ええ」
『緋』から聞かされた情報、ユグラは私達を魔王化する際に事前に素性を調べていた。
その文書の一部がメジスに保管されており、それが少し前に盗み出されターイズに流れた。
私の消し去りたい過去が人間達の手に次々と流れて……嗚呼、本当に死にたくなる……。
「そこにはユグラの星の言葉でお前の事に関して記載がされている。……お前の名前もだ」
「私の……名前……」
魔王となった時、私は自らの名前を忘れた。
それだけではない、いかなる干渉方法を行ったのか誰もが私の名前を忘れた。
名前が書かれていたはずの書物を調べたが最初から何も書かれていなかったかのように空白になっていたのだ。
この世界から完全に消えたと思っていたのだけれど……異世界の言語で発音としては残せたのね。
「それが……何だと言うの?」
「お前達は魔王となる際に蘇生魔法の対価として名前を失った。だがその名を取り戻せば蘇生魔法はその効力を失う……そう無色の魔王は言っていた」
ここでその名を聞くことになるなんて。
『色無し』については正直知らないことの方が多い。
私の名前が蘇生魔法の対価として失われたことは事実、初めて具体的にこの呪いを解く術が……だめ、期待してはだめ。
この男が言っている言葉が真実とは限らない、これ以上さらに絶望を重ねてどうするというの。
「それが本当なら今すぐ私を殺してみせなさいよ、それとも貴方はユグラの星の言葉が読めないとでも言い訳するつもりかしら?」
「……確かに俺にはユグラの星の言葉は読めない」
それ見たこと。
そう、これは私を騙すための巧妙な誘惑。
「なら取引にはならないわね、侵攻は止め――」
「だが同胞、いやユグラの星の民からその発音を教わった」
「――ッ!?」
「この場所を探り当てたのもその男が件の本を読み、お前に与えられた『殲滅』の力や死霊術の情報を得ていたからだ」
ユグラの星の民、ターイズにいると聞いたが……今クアマにいると言うの?
でもこれで納得できた、私の能力を知っていれば巨大アンデッドの作成やその際に視線が通る場所に陣取る等の見当は付く。
それでも詳細な場所を導き出したりするには材料が足りない筈なのだがユグラの星の民ならば一つ二つの知恵は絞れるはず。
いや、今はそんなことはどうでも良い。
今目の前の男は私の名を知っている、私に掛けられた蘇生魔法を解呪できるかもしれない手段を持っているのだ。
「そしてその男は言った。その名前を使えば蒼の魔王、お前と交渉できるだろうと」
私の素性を知っているのならば私の目的が死ぬことだとも知っていることになる。
そう、私は死にたい、その為ならばなんだってする。
だけどそれが実ったことは一度も無く……だけど、だけど!
「――ええ、それならば私は交渉に応じるわ」
「だが俺はこの交渉には反対だ」
「……どういう事よ? 貴方に私の名を教えた男はその名で交渉しろと言ったのでしょう?」
「名を教えればお前は死ぬのだろう」
「もちろんよ、人間にとっても私が完全に死ぬことは望むところでしょう?」
「俺は望んでいない」
この男は何を言っているの?
人間は私の死を望んでいる、私も死を望んでいる。
それに反対する理由があると言うの?
……いや、一つある。
私の望みを叶えないという理由があるじゃない。
「そこまでして私を苦しめたいの? 他の人間達を敵に回してでも?」
「違う」
「ならどうして!?」
思わず声を荒らげてしまう。
理由が分からない、もどかしい。
どうして死なせてくれないのか、どうして、どうして!
暴れようにも拘束は解けない、魔力強化すらできない状況でこの拘束を破れるような者は滅多にいないだろう。
男は私を真っ直ぐと見て、言葉を紡いでいった。
「……俺はユグラの星の民からお前の名を聞いた時、お前の過去も聞かされた。辺境の土地に生きていた鬼と呼ばれた亜人の一族の話をな」




