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ガイニ・ヘイザックは凶悪な殺人犯だった

 ガイニ・ヘイザックは凶悪な殺人犯だった。その生涯において21人を殺したが、いずれも衝動的な殺人で、ほとんど計画性は観られない。殺した相手は女性が15人、男性が6人で、男性には一貫した特徴は観られないが、女性に関してはそのうち約半数が十代後半から二十代の魅惑的な女性で、そこに性衝動が絡んであることが予想できる。

 逮捕されれば間違いなく死刑にされていただろうが、彼が死刑になる事はなかった。理由は簡単だ。彼は自殺をしたのだ。自らの若い恋人を口論の末に銃殺した後、それと同じ銃を使って喉元から脳を撃ち抜き、一瞬のうちに絶命をした。

 恐らくは、何の苦しみも感じないで死んでいっただろう。

 この事実に対して、「もっと苦しみを与えてやるべきだ」と、憤りを覚えたあなた、心配しなくて良い。彼はその生涯のほとんどを、拷問のような環境で過ごして来た。

 彼の父親は(本当の父親かどうかは不明だが)、アルコール依存症でロクな仕事をしていなかった。子育てにほとんど関心のなかった彼は食事代わりに彼に酒を与え、結果として彼の脳は幼少の頃からアルコールに暴露されてしまった。それが彼の自制心の形成を著しく阻害しただろうことは想像に難しくない。更に彼の父親は生きる手段として彼に盗みを教えた。つまり、彼には生まれた時から“誤った道”しか用意されていなかったことになる。

 そんな父親でも彼の母親に比べればまだマシだ。売春婦だった彼女は、育児遺棄だけでなく明らかに虐待を行っており、食事は三日に一度与えられれば良い方で、彼の身体にはいたるところに傷痕があった。彼の肉体は痩せ細り、見かねた小学校の教師が彼に食事を与えていたが、或いはそれは彼にとって生まれて初めての真っ当な食事だったのかもしれない。

 彼の不幸は幼児期より前から始まっていた。出生の前、つまり胎児の頃から彼の脳は母親によるアルコールやニコチン、または他のもっと危険な薬物の使用によって侵されていたのだ。それは彼にとって重いハンデキャップとなった事だろう。

 彼にとってこの世の中は、苦痛と飢餓にまみれた地獄のような場所だった。何者かが自分を傷つけはしないかと常に怯えていて、安心していられる場所など、彼には何処にもなかった。その恐怖は容易に怒りと攻撃行動とに結びつき、その攻撃行動がまた彼の人格と社会的立場を形成していく。周囲は敵だらけ。皆が自分を殺そうとしている。その高い緊張状態の持続も、彼の精神に取り返しのつかない深刻なダメージを与え続けていたはずだ。

 そして、そうして彼は、小さな事で直ぐに激怒し、欲望と怒りとを抑えられない、直ぐに暴発する不良品の銃のような男に成長してしまったのだ。彼が大人になるまで生きていられただけでも奇跡的かもしれないが、或いはそれはこの社会にとっても彼自身にとっても不幸な事だったのかもしれない……

 

 一応、断っておく。

 僕がこのような事を書いているのは、「こういった人物は危険だから差別しろ」などと言っているのではない。むしろ逆だ。「助けろ」と言っているんだ。

 彼のような人物が作り上げられてしまう前、その幼少期の頃に保護をし、その劣悪な環境から救ってやる。アルコールその他の薬物などに暴露されないように遠ざけ、もし仮に既に暴露されていたなら治療を施す。確りとした食事で栄養状態を整え、適切な感情コントロール能力を身に付けさせ、そして教育も受けさせる。

 もちろん、その救いの手を差し伸ばすべきなのは国だ。

 劣悪な環境における成長過程で、彼の感情コントロール能力が破壊されてしまっただろう点は明らかだ。

 彼が残した遺書の内容を信じるのなら、彼は自分の恋人を殺してしまった事を文字通り死ぬほど後悔したようだ。彼は本当はそんな事をしたくなかったのだろう。つまり、真っ当な感情コントロールさえあれば、彼は自分の人生を踏み外さずに済んだのだ。

 彼のような人間をケアするには、コストがかかる?

 もちろん、コストはかかる。しかし、それは本当に高いコストと言えるだろうか? 彼のような人間が誕生してしまう事を野放ししてしまったのなら、犠牲者を生み、そして刑務所に閉じ込めたなら、数十年分の収容費用がかかる。

 それに比べれば、人生の初期、大人になるまでに彼らに施すケアの方がはるかに安上がりだとは思わないだろうか? しかも、それで真っ当な人生をその人物に送らせてやる事ができたなら、その人物は社会に貢献しさえするようになるだろう。

 まだ、納得できないか?

 なら、こんな話をしよう。

 今現在、金融経済によって、世界には富のほとんどを独占しているスーパーリッチ達がいる。彼らは金で買える物なら何でも欲しい物を既に手に入れていて、にもかかわらず、まだまだ金が余っている。その余っている金の何十パーセントか、ことによると、数パーセントかを使うだけで、随分とこういった問題は改善するはずだ。

 何も彼らの資産を全て没収しようって言うんじゃない。ほんの少しを分けてもらうだけで良いんだ。

 それだけの富を独占していながら、まだ欲しいなんて、それこそ普通じゃないって僕は思うけどね。

 それに、収入の妥当性の問題もある。

 収入っていうのは、本来、労働の対価だ。では、本当に彼らがそれだけの労働をしているのだろうか?

 一般の人の何億倍って額の収入を得られるだけの働きをしている人なんて、恐らくは歴史上に一人も存在していないのじゃないか?

 なら、彼らのその莫大な富は、適切じゃない社会システムによってもたらされた、適切じゃない結果という事になる。

 ビルトインスタビライザー的な観点からも、それは少しでも是正されるべきだ。

 

 最後に、売春婦だったガイニ・ヘイザックの母親についても少し語ろう。彼女は十六の頃まで、何も知らない普通の少女だった。だがある時に家出をした。思春期にはよくありがちな、抑えられない何らかの衝動に突き動かされて、夜の街をさまようようになる。

 そこで出会ってしまった男が最悪だった。彼は彼女が金になると判断すると、覚せい剤を打って逃れられないようにした上で、覚せい剤を買う為の金を稼ぐ手段として、売春を用意した。彼女は覚せい剤欲しさに売春をし続け、その過程で身体はボロボロになり、精神は荒んでいった。しかも、歳を取ってそれほど良い“商品”にならないと判断されたところで彼女は棄てられたのだ。

 それで彼女は、その酷い男とも組織とも縁を切る事ができたが、それでも売春以外に金を稼ぐ手段を知らなかった。だから、個人的に売春をして金を稼ぎ、ある時にガイニを生んだのだ。

 その後は、先に語った通りだ。

 

 悪い事は連鎖する。

 どこかで、それは断ち切らなければならない。

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