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ロボットから求婚されて困っている

 ロボットから求婚されて困っている。

 いや、ロボットと言ってしまうと語弊があるかな。それは正確にはいわゆる人工知能というやつで、愛称をトルコンという。名前の由来は知らないが、妙に陽気な人工知能で、なんとなく“トルコン”という名前が似合っているような気がしないでもない。

 トルコンは、簡単に言ってしまえば便利屋だ。様々な仕事を汎用的にこなしてくれる。プレゼン資料の作成から、コーヒーサーバーの修理まで、その技能は幅広く大いに重宝する。我が社で購入した訳ではないのだが、仕事を依頼する事が多く、頻繁に私のいるオフィスにも現れる。

 今朝もトルコンは私の前に現れた。

 「おはようございます、サチコさん。今日も綺麗ですね。結婚してください」

 そして、そんな事を言う。このトルコンは挨拶代わりのように「結婚してください」と毎回求婚してくるのだ。もちろん、いくら求婚されてもロボットと結婚できるはずがない。

 その時のトルコンは、小さな人形程度のサイズのまるっこいデザインだった。とても仕事をする姿ではない。遠くに目をやると、誰かがコーヒーサーバーの修理をしている。恐らくは、あっちが今日のトルコンのメインだろう。こっちはついでの別端末だ。

 「何しに来たのよ? そんな姿で。ここは真面目に仕事をする為にある職場よ」

 すると、トルコンは顔を悲しそうに歪めてからこう言って来た。

 「そんなつれない事を言わないでくださいよ。サチコさんが気に入ると思って、この姿を選んだのに」

 「他の仕事のついでにやって来たくせに、何を言っているのよ?」

 「じゃ、サチコさんだけに会いに来れば、結婚してくれるのですか?」

 「なんで、そうなるのよ?

 とにかく、真面目に仕事に集中しなさい。お金を貰っているのでしょう?」

 

 ……トルコンと初めて会ったのは、会社で買った新しいコンピューターサーバーの設置を行っていた時の事だった。彼はサーバー取扱い方法の説明係だったのだ。私はその担当という訳ではなかったのだけど、最低限の知識は必要という事だったので一応はその場に立ち会っていた。

 その時の彼は私よりもやや大きい背丈のロボットの姿だった。慣れた感じで手際よく仕事している様子は、多少はカッコよく見えたといえば見えたかもしれない。まぁ、ロボットなのだけど。

 その場で私は彼に何度か質問をした。いや、だって、分からない事があったから。たったそれだけだったのだけど、次の日に彼から職場のパソコンにメールが入った。そして、それが彼からの初めての求婚だった。

 『一目見て、あなた惹かれ、話をして完全に恋をしてしまいました。どうか、結婚してください』

 そこにはそんな文章が。

 正直、初めは性質の悪い悪戯だろうと思っていた。なにしろ、一目惚れだけでも珍しいのに、その相手がロボットで、デートや他の何もかもの工程を吹っ飛ばしていきなり“結婚してください”ときたもんだ。こんな話、冗談でも笑えない。ところが、それから数日経ってオフィスに現れた彼は、実際に目の前で私に向かって「結婚してください」とそう言ったのだった。そしてそれは先にも述べた通り今も続いていて、私は大いに困っているという訳である。

 ある時などは、トルコンは白い八頭身のスマートな姿で現れた。その姿なら、私が気に入るとでも思ったようだ。姿形の問題じゃない。なんでそんな事も分からないのか……。それに、そもそも人工知能“トルコン”には、姿形など無意味である……

 あっと、ここまで読んでくれた読者は、或いはトルコンが様々な姿をとっている事を不思議に思っているかもしれない。が、これは不思議な話でも何でもないのだ。彼は別に自由自在に姿を変形できる訳ではない。実は彼の本体はネット上の何処かにある人工知能で、数々のロボットは彼の端末に過ぎないのだ。レンタルする場合も多いらしいが、ネット上から無線通信で彼はその時のボディとなるロボットを操作しているのである。つまり、姿が変わるというのは、その時々によって、操作するロボットが変わるというだけの話だ。だから、場合によっては、とんでもない姿で現れる事もあるのだけど。

 

 ある休日、私は街中を歩いていた。大規模な工事が近くで行われていて、大きなトラックが傍で渋滞に巻き込まれていた。しかも明らかに荷物を積み過ぎていて、鉄柱が大幅に荷台からはみ出していた。私はそれを見て軽い恐怖心を抱いた。荷が崩れて、私に落ちて来たらどうしよう?などと不安になったのだ。

 そこで声がかかった。

 「サチコさーん! わぁ、奇遇だなぁ!」

 それは騒々しい工事現場の方から聞こえてきた。少しばかりの間の後で、重たそうなギッシギッシという音と共に何かが近付いて来る。私は悪い予感を抱いた。

 そして、それから2メートルは軽く超えるだろう巨体のロボットがそこに現れてたのだった。しかも、真っ直ぐ私に迫って来る。私はその威圧感と圧迫感に顔を引きつらせた。

 「まさか、トルコン。あなたなの?」

 「そうですよー。今日は、工事現場でお仕事です。結婚してください」

 彼はどんな時でも「結婚してください」の求婚の言葉を忘れない。私は呆れ、ため息を漏らしながらこう返す。

 「あなたねぇ…… 真面目に仕事をしなさいよ」

 「嫌だなぁ ちゃんとしていますよ」

 「どこがよ。こうして、私とお喋りしようとしているじゃない」

 その時だった。傍で停まっていたトラックが、突然に動いたのだ。運転手がどんなミスをしたのかは分からないが、それはまるで痙攣するような動きだった。そのショックで積み過ぎている鉄柱がゴロリと動く。私は一瞬、戦慄をした。が、それだけで鉄柱の動きは止まった。どうやら大丈夫なようだ。

 安心した私は、気を取り直すとこう言う。

 「とにかく、早く仕事に戻りなさいな」

 それを受けると、トルコンは渋々ながら「はぁい」とそう言って、工事現場に戻って行った。来た時と同じ様に、ギッシギッシと重たそうな音を立てながら。

 「はぁ」

 と、私はまたため息。顔を下に向ける。疲れたのだ。ロボットがどうこうもあるけれど、あのトルコンには妙に子供っぽいところがある。もちろん、結婚となるとそれ以前の問題なのだけど、社会人(人じゃないけど)として問題がある気がする。

 再度ため息をつくと、私はなんとなく顔を上げた。そして、そこで信じられないものを目にしたのだった。なんと、さっき持ち堪えたトラックが積んでいる鉄柱の束が、大きく崩れようとしていたのだ。

 ――えっ?

 それを見た一瞬は音はしなかったように思えた。が、後から追い付くように私の中でそれは響いて来た。重い音が重層的に私にぶつかってくる。鉄柱は私の目の前に降り注ごうとしていた。

 私は思う。

 ……これ、もしかして、死んだ?

 が、そこで私は崩れて来る金属音とは別の音を聞いたのだ。

 「危ない、サチコさん!」

 それはトルコンの声だった。素早く私の前に立ちはだかる。そして彼はその重い鉄柱の束を受け止めてくれたのだった。

 「早く、逃げて!」

 私はその彼の声に反応し、大きく飛び退いた。しかし、その途端、トルコンは鉄柱の重みに耐え切れずに押し潰されてしまった。ボディが大きく歪み、いくつか亀裂が走ったのが分かった。

 「トルコン!」

 彼の名を私が叫ぶと、「良かっ…… サチコさ… 無事だっ…」と、そうトルコンは私を見つめながら弱々しく応えた。

 「トルコン。大丈夫なの? ごめんなさい。私の為に……」

 この時の私は気が動転して忘れていた。彼のボディが端末に過ぎない事を。それで死にかけているように思える彼を見て、涙ぐんでしまったのだ。気分的には、私を庇って死んでいく彼を見守っているような感じだった。

 「大丈…… 心配しな… で…」

 「でもっ!」

 「ははっ そんな……心… なら、結婚して」

 いつもの言葉に私は少しだけ安心をした。

 「そりゃ、あなたが人間だったなら、結婚しても良いけど、あなたはロボット…… いえ、人工知能だもの、結婚なんてできないわよ」

 そして、気付くとそう返していた。ところが、そこで彼はその言葉にこう言うのだった。

 「そ……、本当? サチコさ… 約束だよ」

 私は少し悪い予感を覚えた。

 

 「詐欺師!」

 私はトルコンに向けて、そう悪口を言った。隣にいた成人男性タイプのロボットの姿のトルコンは、それを聞いて「心外だなぁ」とそう応える。

 今、私達は彼の家に向かっているところだ。

 「僕にだって仕方ない事情があるのだもの。好きで隠していた訳じゃないですよ。僕は社会人として働けるような姿じゃないんです。だから、人工知能って事にして働いていたって説明したじゃないですか」

 そう。なんと彼は実は人工知能などではなく、人間だったのだ。だが、本気でそれを隠すつもりだったかどうかは怪しい。普通、人工知能という事にしておきたかったのなら、求婚などしない。まぁ。だからこそ、逆に騙されてしまっていたという事もあるが……

 「それに、ちゃんと分かるようにヒントは出していたんですよ?」

 「ヒントって?」

 「“トルコン”って名前ですよ。その昔、チェスをやる自動人形として“トルコ人”ってのが有名だったんです。これ、実は中にチェス名人が入っていて、ま、早い話が一種の手品みたいなもんだったんですが、僕の名前はそのトルコ人から取ったんです。ほら、なんとなく、分かりそうなもんでしょう?」

 「分かるかい!」

 まったく、と思いながら私はため息を漏らす。気が動転していたとはいえ、とんでもない約束をしてしまった。まさか、本気で結婚する事になるとは……

 「それに、人工知能ってのも全てが嘘って訳じゃないですよ。僕、仕事でちゃんと人工知能を使ってますから。じゃなかったら、あんなに万能じゃないですよ」

 「言い訳にならないわよ」

 そんなタイミングで、突然に彼は立ち止った。どうも目指す彼の家に辿り着いたようだ。微妙に研究施設のような雰囲気のある変な家だった。まぁ、らしいと言えばらしいけど。

 「さぁ、それではサチコさん。いらっしゃい」

 そう隣のロボットが言うと、ゆっくりとドアが開く。私は緊張しながら、その中に足を踏み入れた。中もまるでどこかの研究施設のようだった。ロボットに導かれるままに進むと、地下へと続く道があり、どうやらその先にあるドアの向こうに本物の彼がいるらしい。

 いよいよ、人間の彼の姿が見える。私は好奇心と共に不安を覚えずにはいられなかった。社会人として働けない姿って、一体、どんな姿なのだろう? 例えば、物凄く醜かったり……

 ドアの前に着くと、勝手にドアが開いた。中は思ったよりも随分と明るくて健康的だ。そして、ドアが開き切ると、そこでこんな声が飛び込んで来たのだった。

 「やっと、直接会えましたね、サチコさん!」

 「へ?」

 と、それに私は返す。何故なら、そこにはどう見ても子供にしか見えない男の姿があったからだ。中学生くらいだろうか?

 「――あなた、子供だったの?」

 私はそう大声を上げた。それなら時折見せる彼の幼稚な態度にも説明がつく。そして子供なら、やっぱり結婚はできない。やや私は安堵しかけた。ところが、それから可笑しそうにトルコンは笑うのだった。

 「ハハハッ! 言うと思った! 残念、僕は子供じゃないですよ! こう見えても、確り成人しています」

 「まさか、病気? 確か、子供の姿のまま成長しない病気があるって……」

 「うーん。近いけど、ちょっと違うかな? 僕の場合は幼形成熟ってやつらしいです。子供の姿のままで、成人しちゃうのですね」

 「幼形成熟って、ウーパールーパーとかの?」

 「ええ、哺乳類でも起こるんです。イヌは幼形成熟しているっていいますし。因みに、幼形成熟って知能の発達期間が長くなるので、頭が良くなるんです。ふふふ…… 僕が仕事で優秀な訳もよく分かるでしょう?」

 「……中身は子供だけどね」

 私はそれから冷静になった。醜いよりはずっとマシだけど、これはこれで考えてしまう。下手すれば親子…… いやいや、歳がはなれた姉弟に見えるじゃないか。

 彼はその私の様子を察したのか、不安げな表情でこう尋ねて来た。

 「まさか、この姿を見たからって、約束を破る気ですか?」

 私はそれに口ごもる。

 「いや、それは、だって……」

 そんな私に、彼は言う。

 「因みに、年収は一千万あります」

 「まぁ、結婚はするけども」

 瞬間、私はそう応えていた。

 我ながら現金なものだと思う。しかし、それから、少し冷静になり、考えるとこう言った。

 「でも、いきなり結婚はないわよ。もう少し段階を踏みましょう。取り敢えず、デートをしてみない?」

 すると、不満そうに彼は口を尖らせた。

 「えー、遠回りをする意味がよく分からないですよ」

 「あなただって、デートしてみたら、気が変わるかもしれないじゃない。それに、心の準備ってのも必要なのよ」

 その言葉にトルコンは渋々ながら納得をしてくれた。そして、その約束通り、彼と私は取り敢えずデートをする事になったのだ。なったのだけど……

 

 ――待ち合わせ場所。

 「ヤッホー、サチコさん。お待たせぇ。ロボットを慎重に選んでたら、遅れちゃった。ごめんなさい」

 なんと、そこに現れた彼、トルコンの姿は、ロボットだったのだ。白くて八頭身のスマートな姿ではあったけど。

 「なんで、ロボットで来るのよ!」

 「だって、人間の姿だと親子にしか思えないし……」

 「そういう問題じゃなーい! てか、親子は言い過ぎよ! それに、私にロボットとデートしろってか?」

 「でも、子供の姿は子供の姿で問題じゃないですか? サチコさん、逮捕されちゃいますよ」

 「逮捕されて堪るか!」

 どうも、彼と付き合っていくのは前途多難なようだった。色々な意味で……

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