学校編「よく学び、よく鍛えよ」11
昨日までの真相編になりますが、長くなりましたので二つに分けました。後半は明日です。
ユーシスの側近候補は、確かに選び難いだろうな、とルシアンは感じていた。
優れた子息が選ばれているのはわかる。
成績優秀、容姿端麗、家柄も申し分ない。5人ともいつも身だしなみよく、にこやか、かつ上品に挨拶をしてユーシスのそばに控えている。
ユーシスも、そつなく彼らと接している。
とは言え、ルシアンからすると「だから何?」と思うのだ。
パトリス以外に、これと言って特徴を持った者がいない。
――完璧な姿をユーシスに見せようとしてるから、特徴が削ぎ落とされてるような気がする。
それをどうすればいいかがわからない。
ユーシスはいっそのこと5人全員、とりあえず側近にしておくことも考えていたらしい。
だが、あの経営学の教授、セルバ教師の甥だからと、パトリスは落とされそうになっている。
叔父がユーシスを怒らせたために。
そう言う理由で決めるのが良いのかはわからない。
ただ確かに、セルバ教授は変だった。
◇◇◇
「出自のわからない者がユーシス殿下のお側にいるなんて、許されるわけがない」
音楽室に入り込んだ少年は、腹立たしくそう言い放った。
「ミロシュ、少し声を抑えろ。
ヴィオネ家の遠縁をサリエル伯爵が引き取った、ってなってるよな」
もう一人の少年はミロシュの声に眉をひそめた。
「ハルク、お前の気の弱さは苛つく。声が部屋の外に漏れるわけがないだろう。ここは音楽室なんだぜ。
その遠縁がわからないんだ。
まず庶子だろうな」
ミロシュ・クランツとハルク・オルデンのふたりは親戚だった。
ふたりとも侯爵家の子息で、ユーシスの側近候補だ。
「サリエル伯爵には婚約者が居たよな?」
ハルクが尋ねた。
「ふん。なにも知らないのな。
その婚約者は処刑されるところだったが、もっと苦しめたいという被害者遺族の訴えでジャニヌの刑務所に入ったんだぜ」
「えっと……刑務所で産むとかも可能だろ?」
「ジャニヌの刑務所では無理だ。無理に決まってると思ったけど、一応、調べた。
引退した元看守の話を聞いた。直接聞いたのはうちの家令だけど。処刑されるはずの者が刑務所に入った場合、例え病気でも特別扱いはされない。
最低限の刑務作業はさせられるし、独房でのんびりもできない。病気とかで短期間独房に入れられることはあっても、ずっと特別扱いとかは無い。
だから、過去にジャニヌの鉱山にやられた貴族令嬢は、終身刑のはずが半年しか生きられなかった。
妊婦も同じ扱いだ。病弱な囚人と同じくらいの作業はさせられる」
「へぇ。そうなのか? でも、その最低限の作業をすればいいのなら……」
ハルクは言いかけたが、ミロシュの声がそれを遮った。
「その最低限の作業とか言うのが、ジャニヌの場合はけっこうな労働なのさ。
あと、ジャニヌの刑務所は暴行の常習犯みたいな囚人が多くて、おまけに事件が起きても報復が怖いから証言も満足に集まらずどれも未解決のままだ。
過酷で有名なところだ。だから、そんなところで子供を産むとか不可能」
「……すごい所なんだな」
ハルクは思わず引いた。
「だろ。
でさ、ヴィオネ家の遠縁とかいう庶子が見つからなかったんだ。私の調べでは。
さらに調べようとしたら外国に渡っていた血筋……という情報も出てきた」
「もうなんでもありだな。よほど表に出せない庶子なんだろうな」
ハルクの声が呆れている。
「……まぁ、そう言う考えもあるな」
ミロシュは言葉を濁した。
「他に考えられないだろ」
「いや……うん、そうだな」
「なんだよ、ミロシュ。はっきり言えよ」
ハルクの声に苛立ちが混じる。
「わからない。
隠されてるような気もした」
ミロシュは初めて自信のない声音になった。
「は? まさか、隣国の皇帝の孫とか言い出すんじゃないよな」
ハルクは思わず声を裏返らせた。
「色んなパターンがあるだろ。
だから、わからないんだ」
ミロシュは首を振った。
「大方、娼婦の子とかじゃないのか。
それなのに、王弟の養子になってるから隠してるとか」
「まぁ、好きに言ってろ。
俺は、もう、辞めにしたくなった」
「投げやりだな」
そう答えたハルクの声も投げやりになっていた。
◇◇
ルシアンは、音楽室に置かれた魔草から情報を聞き出すと、内容を正確に書き起こした。その上で、ユーシスに渡した。
そこには、側近候補ミロシュとハルクの会話が記されていた。
◇◇◇
ルシアンはその週末、久しぶりにヴィオネ家に帰った。ずっと帰れなかったのは嫌がらせの件が決着するまでは帰らないでおこうと考えていたからだ。
父たちに「学校はどうだ?」と訊かれた時に笑顔で話せるようになったら帰ればいいと思っていた。
まだそうなってはいないかもしれないが、なんだかどうでも良くなってしまった。それに、ルシアンなりに分かってきた。ユーシスにも報告し終えていた。
たぶん、影響力のある生徒がひとり、ルシアンを酷く邪魔に思っている。その人物も目星がついた。
ヴィオネ家まではジェスが騎馬で送り、「帰りも迎えに来ます」と言ってくれた。「護衛任務ですよ」とジェスは朗らかに言っていた。本当だろうか。でも、ジェスの愛馬に乗せて貰うのは気持ち良いので頼んでしまうことにした。
「学校はどうだ?」
昼食を食べながら、父はルシアンが予想していた通りの台詞を言った。自分の予想が当たったことに関してはちょっと笑ってしまう。
ルシアンは学園であったことを洗いざらい喋った。何もかも話した。
話し終えてから喉を潤すためにスープを飲んだ。美味しかった。学園の食堂のスープもかなり上等だが、うちのスープには遠く及ばない。
ふと、父とハイネが無言なことに気付いて顔をあげると、ふたりが同時に口を開いた。
「暗示かな?」
「暗示みたいですね」
「え? 暗示?」
ルシアンは首をかしげた。
「暗示と言う能力があるだろう? 精神操作系の魔法のひとつ。関係者のひとりがそれを使っているようだ」
サリエルはゆっくりと説明をした。感情を抑えるような口調だった。
「それって……魔力が黒っぽく濁りますか?」
ルシアンは声が震えそうになった。
「黒っぽい?
闇魔法系なら、確か青みのある灰色と言われているが。魔草がそう言ったのかい?」
「うん……。そんな風に禍々しい色の魔力はあまりない見ないと言っていた。
てっきり負の感情だと思ってた」
「でも、どうも、暗示のようですけれどね。闇魔法系は灰色というのはよく言われておりますが。魔草から見ると黒に見えるのでしょうか。
それに、王立学園は闇魔法系なら防ぐ手を講じているはずです。少し、変わった精神操作ではありませんか」
ハイネが考えながらそう述べた。
「暗示とか言うのは、本当?」
「おかしいですからね。停学になるのを覚悟でやることではありません。それに、捕まった生徒たちの繋がりが見えませんし。何か、暗示のようなもので間違いないと思いますよ」
ハイネが答えると、サリエルも頷いた。
「簡単な事件ではないな。もっと大問題だろう。
ユーシス殿下に報告をしたのなら、王宮は本当の犯人を調べているはずだ」
「そっか……」
ルシアンは、知らない間に涙をぽろりと溢した。もうすぐ終わるのだろうとわかり気が抜けてしまった。
父がそっと肩を抱いてくれた。
午後は庭で過ごした。うちの庭は空気が良い。ルシアンはすっかり癒されたような気がした。
ジートにそっくりのジートの孫クートが庭の見回りをしている。
「クートは蹴ってこないな」
ルシアンがぽつりと言うと、ハイネが苦笑した。
「ジートほどは追いかけっこ好きじゃないみたいですね」
「あれ、追いかけっこの誘いだった?」
ルシアンは思わず振り返った。
「おそらく……。近衛で蹴られた方は皆、長く逞しい脚の方ばかりだったので」
ルシアンはなぜか脱力した。ルシアンの脚は年齢相応だろう。
庭鶏小屋に入ると、隠居生活中のジートが特別製の自分の寝床でまったりとしていた。
ルシアンはジートを抱きしめた。
「長生きしろよ、ジート。一番初めの親友なんだから」
ジートがココっと言いながらルシアンの頭をつついた。
◇◇
週末休みが終わり、夕方に王宮に戻ると国王の執務室に呼ばれた。
オディーヌとユーシスも来ていた。
それから、宮廷魔導士のルカ・ミシェリー師の姿もあった。
「ルシアンの事件がおおよそわかった。精神操作が行われていた」
シリウス王は淡々とそう述べたが、若干、表情が渋いように思えた。
ルシアンたちは黙って続きを待った。
ルシアンはあまり驚かなかった。父とハイネから聞いていたからだ。
ユーシスたちも眉根に少し皺が寄ったりはしているが驚いてはいない。
「犯人が使った『暗示』は治癒の特異なもののようだ」
シリウスがそう言うと、ルカが頷いた。
「治癒?」
オディーヌが思わずと言うように呟いた。
ルシアンも口を開きそうになったが言葉が出なかった。
「そうだな。犯人は治癒の能力を持っていた。『心の癒し』を使えた。
実際に使ったのは『心の癒し』のねじ曲がったものだな」
ルカが捕捉する。
「それで『癒し』なんですか」
ユーシスが信じられない、というように問う。
ルカがそれに答えた。
「心も疲れるからな。
例えば、己のミスを押し付けてきたり、理不尽に罵る上司の下で働いていたとする。
そういう環境だと、体は疲れていなかったとしても、心は疲弊する。
毎日そう言う状態でいれば心が悲鳴をあげるものだ。
そんな時に、心にも癒しを与える治癒がある。
穏やかな気分になれる。心の疲れをとるのだな。
ところで、治癒魔法など使わなくても、休めば心の疲労は取れていくものだ。
夢を見ても取れるのだよ」
ルカがそういうと、ルシアンは「夢?」と思いがけない言葉に目を見開いた。
「そうだ、夢だよ」とルカが微笑む。
「疲れている時ほど、夢を見たりするだろう。
先程の例であれば、夢の中で上司に言いたいことを言ってやれば、鬱憤のたまった心がスッキリするものだ」
ルカは意地悪く笑う。
なんとなく理解できるような気がした。確かにそう言うこともありそうだ。
「あるいは、よほど怒りが溜まっているような時は、夢の中でその胸糞の悪い上司を怒鳴りつけたりもするだろう。
ところで、ルシアンの事件だが。
その『心の癒し』の技術を使ったのだな」
「……ルシアンへの嫉妬を癒すと言うより、助長させたように思えましたが」
ユーシスは嫌そうにそう応えた。
「まぁ、そうだ。
癒し……と言うより、助長に見えるがな。
だが、その時その瞬間だけは、彼らにとっては癒しだったのだよ。
王太子に親友として特別扱いされているルシアンへの嫉妬を『嫌がらせをして晴らしなさい』と、な。
鬱憤の吐き出し口を作ってもらったんだ。
それから、女子にモテるルシアンへの嫉妬とか」
「え?」
ルシアンは耳なれない言葉に混乱したが、ルカはそのまま言葉を続けた。
「ダニス・セルバ教師の場合は少し違っていた。
彼はいつも、人気のある選択授業を担当することにストレスを感じていた。
受けたい生徒が多くいるのに切り捨てなければならない。ゆえにあの時期はいつも精神的に少々、疲れていた。
それで、ある日、自分の研究室で休んでいるときにある生徒がやってきた。よく来る生徒だった。
甥と同じ側近候補で、その関係でふつうの生徒よりは名を聞いていた。
その生徒は、ぼんやりしていたセルバ教師に話しかけた。
彼は知っていたんだな。セルバ教師が、以前に『受けられない生徒がいるのは気の毒だ』としんみりしていたのを聞いていた。
心の疲弊があれば、付け入る隙がある。力が使えるのだ。
それで力を使った。しかも、今までよりも念入りに。
これまでは偶然にターゲットと接触できたらやる、と言う感じだったが、セルバ教師に関しては狙ってやった。
セルバ教師の『生徒を切り捨ててしまう』という辛さをねじ曲げた。
ねじ曲げて、むしろ『希望順位1』と記してあり、甥が側近になりたがっている王子の友人である生徒を切り捨てさせた。セルバ教師は、甥のパトリスが王太子の側近候補になれたことを喜んでいたと言うのにな。
彼が気を付けていたことを、むしろさせてしまったのだ。やってはいけないと思っていたミスを思い切りやらせたわけだ。
そんなに辛いなら責任など捨ててしまえば楽になれるよ、とねじ曲げた治癒を与えた。
大事に慎重に仕事をしていた真面目な教師にとって、それは本当の癒しではなかった。
ついでに、側近候補のライバルも蹴落とした」
ルシアンは、その生徒は側近候補の一人で間違い無いとわかっていた。
『きっと、ハルクだ』と。
また明日、夜8時に投稿します。




