学校編「よく学び、よく鍛えよ」10
エミル(オディーヌの婚約候補の)の件で出てきたジネット嬢の家名が他と似てて紛らわしかったので消しました。すみません。ジネット嬢、恋多き女(ビッチとも言う)で喧嘩の原因になっただけの御令嬢です。
ジートは鶏です。久しぶりの登場。忘れてた方がいるかもしれませんので一応。
ルシアンは不可解な経緯で経営学を受けられなくなったが、代わりに召喚術の授業を受けることになったので「まぁ、いいか」と考えることにした。
経営学に関してはユーシスが教えてくれると言うので頼んだ。
ユーシスが使った参考書も貸して貰えることになった。それでなんとかなるような気がしてきた。
父にも教えて貰えるので十分だろう。高等部に進めば高等部用のレベルアップした「経営学」が受けられる。その前に基礎を受けたかったが、無理なら仕方ない。
ユーシスに「セルバ教授より上手く教えてやる」とまで言われた。
――なんか、ユーシスの方が怒ってくれてるんだよな……。
人気の経済学も予想通り受けられなかったので、ルシアンの選択授業は4つに落ち着いた。
どの授業も面白く興味深い。レフニア教授の魔法陣構造学も。
ただ、ときおりルシアンの私物が盗まれ、その度にクラスメイトが減っていくのが気になっていた。
入学から1か月半ほどが過ぎた。
「なんかさ、召喚術で古代語の詠唱を練習すると、日常会話も変になる気がする」
「……ルシアン。
そう言ってるそばから、発音がなんか独特になってる」
ユーシスが笑いを堪えている。
「……ユーシスだって。僕の名前のアクセントがなんか変」
「ぷっ。
ふたりとも変だわ、おかしいったら」
オディーヌが吹き出した。
「笑うほどじゃないと思うけど……」
「笑うほどよ。
ルシアン、どうしてそんなに荷物が多いの?」
「私物が盗まれるから。
教科書は弁償してもらって、新品もらえるからいいけど。
ノートはホント困る」
ルシアンが顔をしかめた。
「私のノート、写せただろ」
ユーシスの脳裏にまた父の言葉が過ぎる。
あれから、父の「額面通りではない」と言う言葉を何度も考えた。
『まさか、精神操作系の魔法が使われたんだろうか』と疑念が浮かぶ。
最初からそのことは考えてはいた。精神操作と言えば闇魔法だ。
けれど、学園内で「闇魔法」を使えば防犯の魔導具に引っかかる。闇魔法系を防御する魔導具や精霊石のお守りを持っている生徒も多くいる。
ただ、それらが効くのは「闇魔法系」だけだ。
数年前にはアルレス帝国の連中が、呪い系の精神操作を王宮内で使った。その後、防御方法が研究され、宮廷魔導士のルカ・ミシェリーが中心となって防御用の魔導具が作られた。ほとんどタダみたいな値段で配られ、小さなものを鞄に下げている生徒をよく見る。そもそも、呪術系の精神操作など出来るものは滅多にいない。
――まさか、他の変わり種の魔法?
ユーシスの背筋を怖気が走る。
帝国からの嫌がらせかとも思ったが、ターゲットがルシアンと言うのはおかしい。
――ルシアンへの嫌がらせは、子供じみたものばかりだった。
そもそも、やった生徒たちは元からルシアンに嫉妬していた。「ただの伯爵家のくせに」「王太子と親しくして」「オディーヌと気さくに話せる」。それが妬まれた。
ルシアンが「ヴィオネ家の遠縁から養子になった」と思われているのが良くない。どこかわからないところから引き取られたと蔑まれ妬まれるのだ。
本当は、正当な跡取りであり、王家の血筋だと言うのに。
――だから、その悪感情をほんの少し後押ししてやるだけで、みな、踊らされた。
ルシアンを傷つけるような指示なら抵抗があったかもしれないが、机に置きっぱなしの教科書をこっそり盗むくらいなら難なくやれた。
どうやったんだろう?
元々あった「嫉妬心」を後押しするような……。そう言えば、土魔法系か治癒系に「滋養」があるが、あれに似た「心の増進」みたいな力があるんだろうか。それなら引っかからない。
「促進」? 「増幅」?
そう強いものでなくても可能だ。
おかげで彼らは停学処分だ。
――何か、ある。何か……。防ぎきれずに潜り抜けられるようなもの。
もしも推測が当たっているなら特殊な魔法に目覚めた生徒がどこかにいる。ルシアンを妬みながら、どこかに潜んでいる。
もちろん、まだそれらはただの推測に過ぎないが、ほぼ当たっていると思う。
ルシアンはユーシスの気も知らずに呑気に「面倒だし」と答えている。
思ったよりルシアンが元気なのはユーシスにとっては救いだ。
ルシアンは課題の他にノート写しの作業まですることになったのを思い出し、さらに渋い顔になっていた。
「きっと、より頭に入るわよ」
オディーヌが宥めた。投げやり気味の口調だが。
「そうだけど。あれやられるたんびに誰かが停学になるのも嫌かな、と思って」
「6人よね。
そのうち5人は、学習能力が乏しいってことね。
バレて停学コースがお決まりなのに」
オディーヌが肩をすくめる。
「もう慣れてきた自分が嫌だ」
ルシアンが力なく呟き、ユーシスが宥めるように肩を叩いた。
教室に入り、机に手をかけたルシアンは、ふと、鉄くさい匂いに気づいた。
「どうした?」
ユーシスがルシアンの固まった様子を見て声をかけた。
「うん……。
もしかして、新手の嫌がらせ、か」
「なに?」
ユーシスが訝しげな顔になる。
ルシアンは、やむなく机を開けた。
そこには、首を切られたネズミが入れられていた。
ユーシスはすぐさま立ち上がった。
「ルシアン、触れるな。調べる。
カロン、ザック・マルロウ教師を呼んでこい!」
ユーシスの声を聞いて、ルシアンの様子を見た他の生徒が血まみれのネズミに気づいて叫び声を上げた。
担任のマルロウ教師が来るまでの間、ルシアンはネズミを眺めていた。
「なにか、証拠になるものが他にありそうか?」
ユーシスが隣からのぞき込む。
「うーん、ないかな。
ナイフで切ったのかな。
酷いことするな」
「カマイタチかもしれないな」
鋭利な刃物で切ったような切り口だった。
「残酷だわ。
たかがルシアンの嫌がらせでこんなことをするなんて」
「オディーヌ。
その『たかが』はルシアンという僕の名前にかかってる?」
ルシアンが横目でオディーヌを見た。
「何こんなときにそんな細かいことにこだわってるのよ。
可哀想なネズミが殺されたって言うのに平気な顔して……」
オディーヌがルシアンを睨む。
こっちも被害者なのにな、とルシアンは理不尽に思う。
「一応、ショックは受けてるけど。
このネズミ、ドブネズミっぽいけど、どうやって手に入れたんだろ」
「まぁ、犯人はすぐ捕まるだろうから、そいつに訊けばいい」
ユーシスが冷たい目で視線を走らせた。
顔色の悪い生徒は幾人もいるが、単に血まみれのネズミのせいかもしれなかった。
マルロウ教師はほどなく到着し、すぐさま捜査が始まった。
後に、防犯の魔導具の映像や、死んだネズミの調査、幾人かの生徒の事情聴取によって、犯人はあっさり捕まった。
◇◇
ダニス・セルバは、なぜか王宮に呼ばれた。
理由がわからなかった。
王宮に到着すると、国王の側近が出迎えてくれた。
ますますわからない。
国王の執務室へと案内された。
部屋には陛下と、側近のふたり、それに護衛の騎士たちがいた。
内心、動揺していたダニスは護衛の人数までは数えられなかったがやけに多いような気がした。
「ダニス・セルバ教師。
今日、お越しいただいたのは他でもない。
ルシアン・ヴィオネのことだ」
挨拶が済むと早速言われたのは、思い掛けない名前だった。
「半月ほど前のことだ。選択授業が決定され始めた。
君はミスをした。ルシアン・ヴィオネに関して。
思い当たることは?」
温和と知られる陛下とは思えないほどに厳しい口調だった。
「……経営学を選択しようとされましたが、なにぶんにも人気の授業のため、希望に添えないことがございました」
ダニスは背筋に冷たいものが流れるのを感じながら、平静を装い答えた。
「調べさせて貰った。
今年の経営学の授業を選択した生徒は、例年より少なかった。
それから、なにより、ルシアンは希望順位1をつけていた」
シリウスは淡々と告げた。
「いえ、それは……。そういうことはござません。希望順位1と記された生徒は、みな、受けられるように配慮いたしました」
「ウソは要らない。
ルシアンが希望する申請書を提出したとき、ユーシスが一緒だった。
経営学に希望順位1が付いていたことは息子が見ている。
オディーヌもそれはそばで聞いていた。誤魔化しはできない。
ルシアンは王立学園でずっと悪質な嫌がらせを受けていた。
まさか、教師まで一緒になってそういう行いをするとは考えていなかった」
ダニスを見るシリウスの目がひどく冷淡だった。
「そ、それは。
違います」
「明確な答えをしてくれ」
シリウスの声には明らかな威圧が込められていた。
ダニスは膝が震えるのを抑えることが出来なかった。
「わ、わかりません」
「理由を言えない、と。
そういうことか」
「ち、違います。間違いは誰にでもあることです」
ダニスは掠れた声を張り上げた。
「あなたの甥のパトリスは、ユーシスの側近候補だったな」
固く冷たい声でそう言われ、ダニスは嫌な予感に心臓を掴まれたような気がした。
「甥は、関係ありません。
私の間違いとは、まったく関係はないのです。
間違いは正します。
決して、嫌がらせとか、そんな子供のような理由ではありません」
「どのように正すと言うのだ。
もう選択授業が始まり半月以上は経つ」
「と、特別な補講授業を……」
「とりあえず、事情聴取は終わった。
お引き取り願おう」
「へ、陛下。
甥の件は……」
「あなたには関係がないことだ。次の予定が入っている」
シリウスに断ち切られるように言われ、ダニスは呆然と執務室を出た。
出たところで、パトリスに出くわした。
「叔父上……なぜここに。
その部屋は、陛下の執務室ですね」
パトリスの表情が固い。
「パトリス。
お前、まさか……。側近候補のことで、なにか?」
叔父の言葉に、パトリスは目を見開いた。
「王室管理室に呼び出されたんです。父上も先ほどまで一緒でした。もう、父は仕事の方に行きましたが。
この先の事務室で話があったんです。
叔父上が、原因なのですか」
パトリスの声は震えていた。
「パトリス……。
側近候補のことは……そのままだろう? 側近の……」
「外すと言われました」
ダニスは項垂れた。
「叔父上のせいなのですか。
親族に問題がある、と言われました。父上が重ねて尋ねると、問題を起こしたのは学園勤務の者だと。
なにを……、なにをしたんです」
パトリスは縋るように尋ねた。
「私は、間違いをしただけだ。うっかりしていたのだ」
「だから、なにを!」
「ルシアン・ヴィオネは、私の経営学を希望していた。希望順位1で。
だが、私は、うっかり彼の希望を断った」
ダニスは惚けたように覇気なく答えた。
「どうして? どういうことです!
なぜです」
「生徒たちと一緒になって嫌がらせをしていると誤解された」
「では、理由は!」
甥に詰問され、ダニスはうろたえた。
「理由など。
うっかりしていた」
「話してください、そんなのは理由ではない」
パトリスの詰る声が廊下に響く。
「学園長からも問い合わせを受けた。
希望順位1の生徒を除けた理由はなんだと。
私は、希望順位1など知らないと答えた」
「見落としたんですか」
パトリスの顔から表情が抜け落ちた。
「……ユーシス殿下とオディーヌ殿下が、ルシアン・ヴィオネは経営学の申請用紙に希望順位1と記されていたのを見ていた。
誤魔化しはするなと言われた。
誤解を……」
「誤解ではないでしょう。
ルシアンをわざと外した。
他の、ルシアン殿に嫌がらせをした生徒と同じように」
パトリスの声には抑えがたい軽蔑が込められていた。
「違う」
ダニスは必死に首を振る。
「でも、そう思われても仕方の無いことをやったんです。
殿下の友人でいとこである生徒に……。
そんな叔父のいる者が、殿下の側近になどなれるわけがない。
殿下の側近は、完璧が求められているのに……」
パトリスの頬を涙がつたった。
「す、すまない、違うんだ」
「理由を言ってください。
明確な理由を。
私には聞く権利がある。
せめて、理由を言ってください」
ダニスは、甥の叫びに、更に項垂れた。
「わからないんだ……」
ふたりの会話は、王宮の諜報部の者にしっかり聞かれていたが、ダニスもパトリスも気づいて居なかった。




