学校編「よく学び、よく鍛えよ」5
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ルシアンが王宮に泊まるのは久しぶりだった。
部屋は、ユーシスの部屋のすぐ近くに用意されていた。
食事や湯浴みのあと、ユーシスに「話し足りない」と言われ、同じベッドで寝ることになった。ベッドは大きいので二人で寝ても余裕だ。
「オディーヌが、ヤバいんだ」
ユーシスは二人でベッドに入ると早速そう言った。
「なに? オディーヌ、また狼の子かなんか拾ったの?」
ルシアンは寝転んでいたベッドから思わず上体を起こした。
「……そういうのじゃない。もっと違う方向で危機的。
またアルレス帝国から婚約者に、っていう打診が来た」
「しつこいなぁ。
とっくに断ったんだろ。受けるわけがないのに」
ルシアンは自然と眉間に皺がよった。
「今回は、新聞に載ったオディーヌの写真を第三皇子が気に入ったとかも言ってきた。悪趣味な嘘かもしれないけどな、どちらにしろ、そんなことで執着されても困るんだ。もちろん、オディーヌが条件的にも優良物件だからだろ。交易のこととかでも、また繋がりを復活させられると目論んでるんだ。
人質にもなるし。
ジュール叔父上が氷点下に機嫌が悪い。
オディーヌの婚約者選びは待ったなし、なんだ。
私かルシアンを、本物の婚約者っぽくしようかって母上が提案したんだけど。
オディーヌが『いとこなんか、嫌だわ』って、ぶった斬って断った」
「……言い方……ひどくない?」
ルシアンは知らないところで致命的な悪口を言われたような気分になった。
「私に文句を言うなよ。そりゃわかるけどさ。
私も口論の絶えない姉みたいなイトコと婚約なんか嫌だし。
ルシアンもなんだろ?」
ユーシスがやさぐれた顔でルシアンに尋ねた。
「妹みたいに思える時もある。でも、姉っぽいかな。
婚約とかは確かに無理かも」
「そう?」
「オディーヌがそもそも、嫌がってるわけだし」
ルシアンは面白くもなさそうに答えた。
ユーシスは、ルシアンとオディーヌなら婚約は良いかと思っていた。
オディーヌは、ルシアンが好きだろう。見ていてわかる。
――でも、ルシアンは、気付いてないよな。
ユーシスの方が、オディーヌとは長く一緒にいる。だからわかる。
オディーヌは、人に愛想良くするなんて本当は面倒だ。安心して素っ気なく出来るのがルシアンなのだ。
ルシアンは、実際、あまり気にしないし、無愛想なオディーヌでも気軽に付き合ってる。
――叔父上たちも、きっと、「友達の好き」くらいだと思ってる。オディーヌが「ルシアンはただのイトコ」と、あんなに言えばそうなるよ。
でも、オディーヌが、自分から気持ちを伝えるのは嫌なのもわかる。
気づかないなら、もう要らないのだ。
――ツンツンしてるくせに、気づかなければ嫌って。なんか、イラつくよな。
オディーヌがルシアンを諦めた理由はそれだけじゃないだろうけど。
でも、婚約者をこんなに早く決めることにならなければ……。
大人になるまでの月日があれば、違うかもしれない。
そう思っても、ユーシスには何も言えないし、言う気もなかった。
それに、オディーヌにとってはルシアンは楽な相手かもしれないが、ルシアンにとってどうかはよくわからない。
「それで、幾人か候補が居るんだけど、なかなか選びきれなくてさ」
「甲乙つけ難いって感じ?」
ルシアンが尋ねると、ユーシスは首を振った。
「候補は、公爵家の嫡男エミル・リューアと、侯爵家の子息リオネル・ラーゲルのふたりが一番可能性が高いんだ。
でも、彼らの人格と言うか……性格が調べにくい。気心の知れた友人というのが2人とも少なくて。だから、中身がわからない。
邸の侍女や従者たちからの情報も手に入らないんだ。邸の管理がしっかりし過ぎてるから。
うちの密偵が入り込み難いし、入っても情報を掴み難い」
「わからない家は止めておけば?」
ルシアンは端的にそう提案した。
「そう簡単に言うけど。
その点だけ調べがついたら完璧な婚約者なんて、そうそういないんだよ。
ルシアン、耳が良いだろ?
情報が入ってきたら覚えておいてよ」
ユーシスはうつ伏せで枕に肘をついた格好でルシアンに頼んだ。
「そう言うことなら、幾らでも協力するよ。
二人は同じ学年?」
「エミルは同じクラスだよ、ルシアンは忘れ果ててるみたいだけど。
リオネルは一つ上」
「歳近いし、同じ学園だから情報、探りやすそうだな」
ルシアンは考えながら答えた。
「ついでに、私の側近選びの情報も探れそうだな。
私の方は、側近選びをしなきゃいけないんだ」
ユーシスがうんざりしたようにそう打ち明けた。
「まだ11歳なのに?」
さすが第一王子と感心した。同時に少し気の毒に思う。ユーシスは嫌そうだった。
「早すぎることもないよ。
父上は、国王になるまで側近がいなかった。ずっとうらぶれた第二王子だったから。おかげで側近選びは遅くなった。
でも、父上が虐げられていた頃から変わらずに尽くしてくれた人たちがいて、取り立てることが出来たんだ。
とにかく、信頼関係を築くために、今のうちから側近を決めたらいいって言われた」
ユーシスは話しながら眉間に皺を寄せる。
「でも今の話だと、側近選びという点だけ考えると不遇な時代のあった陛下の方が、そんな時でもそばにいてくれた忠臣を選べたんだから良いような気がする」
ルシアンがそう言うと、ユーシスが顔を上げた。
「そうだろ? 私もそう思うよ。心底、信用できる」
「うん」
ルシアンはこくりと頷く。
「でも、実際には、僕には不遇の時代なんかありそうもないだろ」
ユーシスが肩をすくめる。
「……そりゃま、そうだね」
「だからこそ、早いうちから信頼を築けた人物を……ってなる、らしい」
話が振り出しに戻ってしまった。
ルシアンはなんとなく納得した。
「オディーヌの婚約者選びみたいに難しい?」
ルシアンが尋ねると、ユーシスは「そこまで差し迫ってはないけどね」と苦い顔をする。
「選びようがないって感じだよ。
彼らの資料を見たんだ、何度も。一通りのことは書いてあるけど、似たり寄ったりでね。実際に会っても『行儀が良い』と言う印象しか残らなかった。候補は今は5人なんだけどさ」
「少なくない?」
「色々あって、絞って5人。これで絶対に決定ってわけじゃない。
侍従の中から選ぶという手もあるけど、今は考えてない。
侍従は100人規模でいる。もちろん、そちらは王室管理室が選ぶ。
ごく身近に置く側近を選ぶんだよ。側近中の側近は少なくていいんだ」
「側近中の側近で、どんなことするの?」
「決まってないよ。そういうのは国によるし、時代にもよるし……。王によるって感じ。
単に秘書かもしれないし、相談役でもいいし。占術の得意な側近を選んだ王もいた。
あるいは、精神安定剤的な存在だった側近もいたとか。
要は身近に置いておきたいと思う優秀な人材を選ぶんだ」
「そんなに緩い感じなら、別に緊張しなくてもいいんじゃない?
とりあえず、大失敗じゃない程度に選んで、どんな側近か付き合い方とかは後で微調整ってことで」
「さすがに、そんないい加減じゃ駄目だよ」
ユーシスが眉間に皺を寄せて首を振る。
「相手は人間で魔導具とかじゃないんだし、キッパリと見極められる?
きっとユーシスの前では完璧ぶるだろうしさ。
能力や、胸の内を曝け出してるわけじゃないよね。
間違いなく選ぶなんて、無理じゃね?」
「そこを見極めるのが修行でもあるんだよ」
ユーシスが悟ったように言う。
「上手い選び方って、ないの?」
「……学友として付き合う中で絞り混んでいけばいいってさ」
「なんだ。じゃぁ、そうすればいいよ」
ルシアンが気の抜けた顔で微笑んだ。
「なんだ……じゃないよ。それが面倒なんだよ。
いちいち、見極めながら付き合うとか。お互いに緊張しっぱなしってことじゃないか」
ユーシスの眉間の皺が深まる。
「……なるほど?
じゃ、気楽な付き合いの中から選ぶのに作戦変更だね」
「気楽なんて、一番、難しいだろ」
ユーシスがはぁ、とため息をつく。
「……ユーシス。難しく考えすぎてない?
そんな背伸びしなくてもいい気がする」
「第一王子として、王太子となる器でありたいんだよ」
ホントに真面目だよな、とルシアンは思う。だから余計に大変なのだ。
「とにかく、緊張しなくても平気だよ。やれるだけやって、失敗したら助けてもらおう」
「失敗なんか、する気はないよ」
ユーシスは素っ気なく答えた。
「わかった、わかった。
じゃぁ、やれるだけやる工夫って言うか……、ユーシスはなにか作戦は考えた?」
「……作戦と言うか、授業で実技の様子とかはよく観察しておく予定。それから、周りの評判を探る。
オディーヌには手伝えって言ってある。女子に対する態度とかが知りたいから。
でも、オディーヌは人付き合いがすごく限られてるから難しいかもしれないんだ。
ルシアン。
植物からも情報集められる?」
ユーシスは期待のこもった目でルシアンを見た。
「集められるけど。それなら仕込みが要るよ。
そこらの草花たちからの情報は大して得られないから。魔草や樹木なら話しは聞けるんだけどな。
あるいは、僕の魔力を与えて育てた植物なら……。そうすると、父上に進化させた植物を外に出すのは許可してもらわないと」
「サリエル伯爵、許可してくれるの?」
「今までそんな許可をもらおうと思ったこともなかった」
ユーシスは考え込んだ。ルシアンの能力が極秘なのはよく心得ている。我が国の最大戦力になり得る力なのだ。迂闊に漏らせない。当然だった。
オディーヌがルシアンをやめた理由、ヒント「妹」(もうヒントどころじゃなかった)。
でも、まだみんな全然、子供の年齢なのでこれからですね。婚約も解消とかできますし。
お読みいただき、嬉しいです。ありがとうございました。
ストックの関係で3日くらいおきになりそうです。
m(_ _)m




