学校編「よく学び、よく鍛えよ」2
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半年後。
鳥の鳴き声が聞こえる。
ルシアンは重い瞼をようやく押し開けた。
――あ……寝てた……?
髪を撫でているのは、父上? 落ち葉? 風?
まだぼやけた視界の端に誰かが見える。
――ハイネ? 違う……ハイネは銀髪……。
瞬きをすると、その誰かが少しはっきり見えた。
――誰…?
淡い麦藁色の髪、緑色の瞳。
――妖精…?
『起きないの?』
そんな声が聞こえた、気がした。
がばりと上体を起こした。芝生で寝転んで時間を潰しているうちに寝ていたらしい。
「失敗した……何時だ?」
見回しても周囲には誰もいない。
新入生説明会までには時間があるはずだった……寝込むまでは。
慌てて立ち上がると講堂へ向かって走り出した。
12歳になったルシアンは、王立学園中等部魔導科に入学することになった。
ヴィオネ家ではその前にさんざん話し合った。
国立学園か、魔導学園か。あるいは別の研究所附属学園か。どの学園にしようか、と。
ユーシスには王立学園を強力に勧められていた。一緒に通おうと、しつこいくらいに。
いつの間にかユーシスは1年早く王立学園中等部に通うことが決まっていた。
1年くらいなら早くても入学試験を受けられるらしい。
なぜ1年早く? と尋ねると「ルシアンとオディーヌが通うのになんで僕だけ仲間外れなのさ」と睨まれた。
結局、ユーシスに「一緒に王立学園に行こうよ、王立学園は施設は最新式だよ、選択授業も豊富だし!」と会う度に誘われて、さらに国王陛下からも、
「稀な能力に対する配慮をするように指示してある。ユーシスと一緒に王立学園に入ってくれ」
と言われて決まった。
――ヴィオネ家で話し合ったのにすっかり無駄だった……。でも、ハイネは「そうなると思いましたよ」って諦め顔だったけど。父様は、若干、嫌そうだったような?
王立学園には良い思い出がないから、らしい。
父がちらりとそう言いかけたのをルシアンは聞いたのだ。だが、詳しく聞けたわけではない。
――父様、王立学園だったんだよな……。ノエル伯母上は、国立学園が楽しかったって言ってたから、そっちも良いかと思ったんだけど。まぁ、今更だな。
講堂に到着すると、入り口のところに青い宝石色の瞳の王子様がいた。
「ルシアン!」
いつも天使なユーシス王子が苛立っている。
「ごめん、遅くなったかも?」
「遅いよ!」
ユーシスを囲んでいたご令嬢たちが目を丸くしている。ユーシスが声を荒げる姿など見たことがないのだろう。
そのご令嬢たちの後ろから、黒髪の美少女が現れた。
「ルシアン。相変わらず落ち着きがないわね。初日から寝癖が跳ねてるわよ、髪まで落ち着きがないのね」
オディーヌが冷ややかな流し目で見ながら自分の後頭部を指し示す。
邸を出るときは寝癖などなかった。今日はハイネが整えてくれたのだから。芝生で寝ている間に髪が乱れたらしい。
「……オディーヌ、言い方、もうちょっとなんとかなんない?」
髪を手櫛で直しながらぶつぶつと言い返しているとユーシスがルシアンの腕を取って中に入るよう促し、3人は歩き始めた。
周りの取り巻きたちも後に続く。
『殿下たちと親しい彼、誰?』
『殿下に敬語なし?』
『いとこだって。ヴィオネ家の』
『伯爵子息よ』
『伯爵?』
『オディーヌ様を呼び捨て?』
ルシアンは耳が良いために聴きたくなくても周りの声が耳に入ってきた。
さざ波のように、「いとこだって」「いとこと言っても義理だ」「たかが伯爵家よ」「ヴィオネ家」「大した家じゃない」などと言う言葉が飛び交っていく。
わかっていたことだが、なかなか現実は容赦ない。
――父上とハイネが予想していた通りだ……。
特に初日はそうなるだろう、と言われていた。学園はもっと刺激的な体験がたくさんあるのだから、だんだん下火になるとも言われた。
ルシアンは思ったよりも平気だった。自分の人格や能力が言われたわけでもないので、どこか他人事に思えた。
そっと隣のユーシスとオディーヌを窺うが、気付いていないようだ。少し安堵する。
ふたりが気を使って様子がおかしくなったら居た堪れない。オディーヌはともかくとして、ユーシスは繊細なところがある。
――ふたりとも、風の魔法属性は弱かったよな。
何年も前にお互いに魔法属性を教えあったので知っている。
ユーシスの魔法属性で突出して高いのが「光」だ。滅多に現れない魔法属性が一番高いなんて特殊すぎる。
2番目は火で、僅差で水。風と土は弱く、まだ初級魔法くらいしか使えないと言う。ユーシスは入学試験の的当ては炎撃で的を燃やしていた。
オディーヌの一番は水だ。次いで火。風は3番目。土は僅かだと聞いた。
魔法を学び始めてからは、中庭を氷漬けにして侍女たちを驚かせていると言う。自分で凍らせた庭を熱して溶かすのも得意だとか。
オディーヌはアルレス帝国絡みのあの事件から攻撃魔法を熱心に学んでいたらしい。
ふたりとも風属性は弱いので風魔法で周囲の音を探るのは不得手だろう。
ルシアンは風の魔法属性は強い方だ。身体強化も得意で聴覚を強められる。常日頃、息を吐くようにそういう状態を維持できるために地獄耳が声を拾ってしまう。
やっぱ、国立学園にすれば面倒はなかった……と思いかけて首を振る。最後には自分で決めたことだし、たかがこれくらいで逃げるようじゃ、どこに行ったって同じだ。
王立学園は、様々な意味で特殊だ。「王立学園」という名の通り、教育熱心だった数百年前の国王が国家の予算ではなく私産を投じて創った。それ以来代々の王家が支えてきた。
今現在は国も補助金を出しているが、王家や高位貴族からの寄付も多額だ。
要するに、王家が口出しできる下地がある。
おかげで、かつて学園長が前の王妃の言いなりだったらしい。極端な悪しき例だ。当時の学園長はすでに辞めている。
そう言った過去はあるが、この学園はゴージャスだ。瀟洒な学舎。十分な警備体制、整った設備。優秀な教師陣、職員たち。さすが「王立学園」。王家の威信をかけて教育機関の最高峰を目指している。
――いつの間にか奨学金まで貰えるようになってたし。そこまで気遣ってもらったら、まぁいいかって思うよ。
ヴィオネ家は、今ではもう貧しくはない。サリエル伯爵の土魔法はすっかり有名になって引っ張りだこだし、ヴィオネ領の村はサリエルの土魔法で農地改革され収穫が増えた。おかげで、そこそこ裕福だ。
ゆえに、学費は払うと言ったのだが、「こちらの都合で王立学園にしたのだから気にするな」と押し切られたらしい。
サリエルとハイネは「逃げられないようにかもしれない」と若干、昏い顔をしていた。
奨学金をもらえるのは秘密だ。なぜなら、王立学園で奨学金が貰えるのは、よほどの天才か、稀な能力の持ち主かどちらかだ。学園側は、隠す必要のあるときは完全に隠蔽する。ルシアンは隠蔽されてる方だ。
――逃げられないようにって……。
もう、色々、諦めたし決めたからいいんだけどな。
ユーシスは親友でいとこで幼馴染だ。一緒に通うのは楽しみではあったのだ。
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