ある訪問者3
この物語の時期を記し忘れてました。す、すみません、今気付きました。
m(_ _)m
今更ですが、ルシアン、10歳の頃です。
「ある訪問者1」にも付け足しました。
それから、ぽつぽつと、セスとハイネは世間話をした。
セスが乗る予定の乗り合い馬車が来るまで、話す時間はあった。
セスから、
「王立学園から、教師にならないかと誘いがあったが断ろうと思ってます」
と、世間話の合間に聞いた。
「それは惜しいですね。お断りするのですか」
ハイネは残念そう言った。
「体調が思わしくないものですから」
セスは、惜しくもなさそうに首を振った。
ハイネはしばし、考え、
「ルシアン様も、あと2年ほどで王立学園の中等部に通われる予定なのですがね」
そう、なにげなく告げた。
「……こちらの……ご令息ですか。ヴィオネ家の」
心なしか、セスの声が掠れたような気がした。
「そうです。
10歳になられます。2年後の12歳の歳に中等部に入るのです」
「王立学園に?」
「まだ決まっておりません。ですが、私が予想しますに、まず王立学園に通う羽目になるでしょう」
ハイネは気難しい顔で答えた。
「通う羽目になる? ですか?」
セスは少々、興味を引かれた様子で尋ねた。
国でもっとも優れた学園に通えると言うのに、なぜ「通う羽目」なのだろうか。
「失礼いたしました。言葉の選択ミスですね、王立学園に通えるのは幸運なことです」
ハイネはしれっと言い直した。
セスは『本音が出ただけだろうな』と胸中で推測した。わかるような気がしたのだ。
ハイネも、セスはルシアンのことを知っているだろうと推測していた。あの鉱山で働いていたのならば世間が知らないことも知り得るのだ。それに 王立の研究所勤めなら、王宮内の情報はなにかと手に入る。聡明な彼なら、色々と情報以上のことを推し量れるはずだ。
「身体の具合が良ければ教師という職も良いのですがね」
セスは自然とそんな言葉を述べていた。
後進の指導に失敗したと思っていた。
それゆえに、教師などやる気はなかった。
だが、今はなぜか気が変わっていた。2年の月日が過ぎたからと言うのもあるだろう。知らぬ間に心の整理が付いていたのかもしれない。ハイネの言葉を素直に受け入れられていた。
体調さえ許せばやっても良いような気がしていた。だが、自分の身体はよく知っている。
自棄になって、「早死にしても構わない」などと思っていたツケが巡ってきたのだ。
「では、良い魔草茶をお譲りしましょう」
ハイネはにこやかにそう言った。
「ですが、私は……」
「魔草との相性は問題がないでしょう。万能ですから」
セスが断ろうとするのをハイネは被せるように止めた。
「万能?」
セスはそんな魔草茶は聞いたことがなかった。
「特別です。
ただ、ここで手に入れたことは秘密でお願いします。
こっそりと、レフニア様だけがお飲みになってください」
「それは、もちろん、お約束しますが。
なぜ、私に?」
セスは戸惑った。つい今し方出会ったばかりの相手に、そんな貴重な魔草茶を渡そうと言うのだから。
「さぁ、なぜでしょうね。
ところで、この腕輪は、おそろいですね」
ハイネは、自分の腕にある虹石のお守りを、そっと袖をめくって見せた。
「あ、それは……」
セスが目を見開く。
「奇遇ですねぇ。
レフニア様の大事なひとが喜ばれるでしょうから、とっておきの茶を差し上げます。
どうか役立ててください」
ハイネはそれから、もっとも効能がある薬草茶の中から、胸の患いに良い茶を選んだ。
セスには、何日かゆっくり療養が出来る環境で飲むようにと、よくよく注意を与えて渡した。
◇◇
半年後。
ハイネが香草を採取する傍らで、ルシアンは畑の手入れをしていた。
「蕩香の暗号は解けましたか」
ハイネは香草を摘み終わるとルシアンに尋ねた。
「ハイネ、蕩香は、暗号のつもりはないんだよ、真面目に話してるんだ」
ルシアンは真剣な顔で答えた。
「そうですか。真面目に話してるのに理解できないのは可哀想でした」
ハイネは蕩香を眺めながらそう言った。
「蕩香は気にしてないから平気。言いっぱなしで満足だから。
例えば、『今日は赤い』と言うのは、蕩香は、今日は暑いと言ってるつもりなんだ。
赤い、という言葉には、ほかほかしてるとか、暑いとか、気分が熱くなってるとか、熱心とか、そういう意味があるんだ。
蕩香は……と言うか、植物たちはみんなそうだけど、『言い方』がひとと違うから。
言葉と印象の中間くらいの、ぼやけた『言い方』をするんだ。
だから、心を覗いて、正確に言おうとしてることを探るんだ」
「読心ですか……そもそも読心でしたね。
ちなみに、『あの種は黒緑だから食べると黄色になる』はどういう意味ですか」
「黒緑は、『未成熟な実によくある毒っぽい影がある』という意味らしい。黄色になる……は黄疸という病気を患う」
「そんな毒が我が家にあるのですか?」
ハイネは思わず庭を見回した。
「もう抜いたから大丈夫。
トゲのある種だから、鳥の羽毛にでもくっついて運ばれてきたらしい」
「蕩香はなかなか有能ですね」
「うん。
あのさ、ハイネ、この間、本を持ってきてくれたひとがいたよね? ハイネの友達の」
ルシアンは畑の手入れを一段落させて伸びをすると、ハイネに尋ねた。
「セスさんですね。
『魔方陣構造学入門』を持ってきてくださった」
「そう。あの本、ハイネも読みたいよね?」
「あの本は、セスさんが、ルシアン様にと持ってこられたのですよ。
ルシアン様が読み終わったら、もしかしたらお借りするかもしれませんが。
ゆっくりお読みになってください。私がお借りするときは、解説をお願いいたします」
「解説を出来るほど理解できるかな。
面白いけど。
魔方陣って、うまく出来た魔方陣ほど美しい、とか書いてあった。
まるで、雪の結晶のように美しいって」
「さすが天才は言うことが違います」
ハイネはいたく感心した。
「セスさん、父上のこと褒めてたみたいだけど。父上は天才じゃないって言われたんでしょ?」
ルシアンは、サリエルがどういう風に褒められたのか、今ひとつ理解できていなかった。
「『天才』だけが褒め言葉ではありませんからねぇ。
セスさんは、王立学園の生徒たちの成績は、よく知り得る職場にいたそうです。
優秀な生徒を勧誘するのに熱心な職場なので。
王立学園は、世界的にも特筆される天才が多く通っていたんです。
魔法の実技や、魔導理論や、数学や、そういった諸々の分野に、飛び抜けた学生がいるわけです。
そんな中で、サリエル様は、あらゆる分野で二位か三位の成績を収めていたので、よほど幅広い能力の持ち主か、とんでもなく努力のひとか、どちらだろうかと思っていたそうです。
それから、サリエル様は、幾度か実技の授業中に魔力切れを起こしていたらしいですね。
学園は、生徒の魔力量を隠すように授業は配慮していたんです。それなのに魔力切れを起こすのは、よほど無茶をしたからになります。
そのため、『サリエル殿下は国王になりたくないのだろうか』と思っていたとか。
なぜなら、国王の座につきたいひとなら、魔力が低いことを隠したかっただろうからと」
「……父上、国王になりたくなかった? でも、そもそも、父上は第四王子だよね?」
ルシアンは色々と疑問すぎて理解が追いつかなかった。
「可能性はあったそうですよ」
「ふぅん……。
セスさんは、王立学園の教師なんだよね。
僕が例えば、もしも魔導学園や国立学園に通うことになったら、セスさんの『魔方陣構造学』の授業は、学院にでも進学する頃にならないと受けられないね」
ルシアンは残念そうだった。
「そうなりますね。まぁ、セスさんが転職でもされれば受けられるかもしれませんが」
「それはそうだろうけど……。
父上は、どの学園が良いのかな」
「さぁ? どちらでしょうねぇ。
国立学園が少々、気に入っているようなことも仰ってましたが」
「父上、王立学園卒業なのに?」
「ご自分の体験よりも、評判とか、色々情報を集めておられますから」
「そっか……」
ハイネはルシアンが会話を止めてなにやら考え始めたようなので、ほっと息をついた。
セスのことはサリエルに報告をしておいた。
ハイネの推測までは伝えるのは止めて、事実だけを詳細に話した。
サリエルは、微妙な、複雑そうな表情を浮かべていた。
セスが王立学園の教師になる予定だとも伝えてある。
それから、気のせいか、ルシアンを王立学園に通わせるのを避けるような様子も見られた。
――私の気のせいかとも思えるくらい、僅かなものですが。
セスからは、ルシアンの学園が決まったら、早めに教えて欲しいと頼まれている。
――なんとも……。ルシアン様の父上がふたりに増えたような?
年寄りの考えすぎ、ですね。
ハイネは、それ以上は、無駄な憂いを巡らせるのはやめておいた。
「ある訪問者」は完結になります。ありがとうございました。




