ゼラフィの記録。ある罪びとの物語5
お読みいただき、ありがとうございます。
このあと次話がかなり未完のため日にちをあけまして投稿する予定です。
気長にお待ちいただければ幸いです。
あの事故の時。
ゼラフィは看守に崩落が起こりそうだ、と報せて看守はゼラフィの耳が良いことを知っていたので信じて動いた。
坑道にいた囚人たちを避難させた。
ゼラフィはさらに奥にいたみんなを呼んでくると走り出した。
止める間もなく坑道の奥に姿を消し、看守は避難を完了させてからゼラフィを追おうとしたら崩落事故が起きた。
その時には、ゼラフィは奥の仲間を避難のために設けられた横穴に誘導し、自分は落盤で亡くなった。
ゼラフィが死んだと知った時に、号泣した者がいたという。
ゼラフィの恋人という人物かもしれないが、皆、知らないと言うので特定はできなかった。
恋人は本当にいたのか、それともゼラフィの片思いとかではなかったか。誰も追求することはなかった。
◇◇◇
「虹鉱石?」
ノエルは砂色の小さな石を手に取り眺めた。
「ああ、そうなんだ。虹鉱石と言う。施設内では『虹石』とも呼ばれていた。
あの鉱山では『お守りになる石』と迷信があった」
「これが?」
ノエルは再度、砂色の石を見詰めた。
どこにでもありそうでなさそうな色の石だ。普通の石と違うところは、断面がテカっと光っているところか。
鋭く光ってはいるが、石そのものが鋭いわけではなく、丸っこい。
「これは、虹鉱石を磨かせたものだ」
シリウスは小さな球体を小袋から取り出して見せた。見本の石よりも二回りくらい大粒で綺麗に磨かれている。加工されると可愛らしい感じだ。磨かれることで、石が透明感のある微妙な色合いであることがわかる。ただの砂色ではない。
その丸い石を差し出しながらシリウスが「ゆっくりと魔力を流してごらん」と言うので、ノエルは言われたままに手に取りやってみた。
すると、小さな球体が美しい琥珀色に光った。シリウスの瞳の色だ。
魔力を流した途端、宝石のようになった。
「綺麗……不思議な石」
ノエルは思わず見惚れた。
「そうだな。ほんの少々魔石の性質を持っているらしい。
注ぐ魔力の質によって色が変わるんだ。宝石よりも硬度が低いので宝石扱いもできない。
だから、市場価格は低いな」
「これは、いったい、どういう?」
「ゼラフィのいた鉱山で採れるものなんだ。
採っても使い道がないので採らないけどね」
「そうなの? 綺麗なのに」
ノエルはシリウスの瞳によく似た石を見詰めたまま答えた。
「業者に言わせると、高く売れないし採算が取れないと言うことなんだろう。
これは、坑道の中ではなく、処理場の方の廃棄場で拾われているものだ。囚人たちがそのゴミ捨て場でよく拾っている。
ゴミなので、看守もうるさいことは言わない。小粒で硬いものでもないのでね。
囚人たちはお守りだと思っているわけだし。下手なことには使われないからな。
拾った虹鉱石は大事に取っておくんだ。出所したのちに加工して腕輪にするらしい」
「お守りの腕輪ね」
それはなかなか良さそうだ、とノエルは掌の玉を見ながら思う。
「流通しないものだからこそ、お守りと思われているんだろう。一つの腕輪に20粒使うという。見つけて拾うのもなかなか手間らしくてね。
それに……私の目から見ても『力』のある石と思える。
囚人たちがお守りと思うのもわかるような気がする。たとえ廃棄場で拾われるものだとしても。
それで、ゼラフィも拾っていた」
「姉がお守りなんて……」
「似合わない?」
「ええ……」
「確かに、自分のためのものではなかったようだ。彼女は自分が出られないことは知っていたしな」
シリウスはまた証言の資料をノエルに渡した。
『ゼラフィさん。お守りの虹石のことを知ると熱心に拾ってました。
ゼラフィさんでもお守りに興味があるんだな、って。まるでゼラフィさんが普通の人に見えました。
でも、やっぱ、普通じゃなかったですけど。
だって拾い方が、もう……。
自分の上着を脱いで、それに廃棄場のゴミをごっそり包んで入れてきて部屋で選分け作業を始めるから、看守に見つからないかって気が気じゃなくて。
よくも見つからずにあんなに……。部屋がまるで砂場でしたからね。
ゼラフィさんの魔眼? すごい目力で虹石がありそうな灰色の土塊を見つけて、硬い塊を魔獣並みの指力で崩して虹石を掘くり出してました。只者じゃないのは知ってたけど。ホント人外だったわ。
それで、選分けた後、また廃棄場に要らない分を持ってくんですけど。当然、手伝わされました、ええ、だって、手伝わないなら肉を20っ個くれよって言われたら、そりゃ手伝わないと。手伝ったら肉をくれるんじゃなくて、手伝わなかったら肉取られるんだから。
私の上着も土袋にされて、泣いたわ。どうやって運ぶのかと思ったら、ゼラフィさん、トイレの鉄格子くにゃって曲げて。ここ、こんなに柔い鉄格子だったっけ? って触ったら普通に鉄格子だったわ。それでゼラフィさん、目に見えないくらいの俊足で走って捨てに行ったの。「あんた、簡単に脱獄できたんじゃん」ってもう呆然よ。ゼラフィさんが行ってる間に私はまた上着に土砂包んでトイレまで運んで何往復もしたわ。で、土砂運び終えて、鉄格子ももとに戻してからザリザリの悲惨な上着をパタパタするんだけど。ゼラフィさん、神業的なパタパタで綺麗にしてたわ。私の上着もこの際だからやってもらったわ。裏返しにしながら念入りに。
他の人は部屋中が汚れたから掃除ですよ。私たちが戻ったら、有り難いことに同室の仲間たちがほとんどわからないくらい綺麗にしてくれてたの。病後みたいにやつれた顔でお帰りって言われたときは目が熱くなったわ。ゼラフィさん、「帰ったぜ」って。どこの旦那だよ。こんな旦那、面白いけど要らんわ。
でも、余った虹石、部屋のみんなに3粒ずつくれたの。「お駄賃」って。これは嬉しかったわ。だって最低3粒あればお守りの腕輪は作れるから。普通は1粒拾うのもあんまり大変だから諦めるんだもの。硬い土塊の中にある虹石の方が硬度低くて、手に入れるの難しくてね。
ゼラフィさんも、要るだけ集めたのよ。1回でゼラフィさんが欲しい分だけ採れて良かったわ。
5人の分、採れたって喜んでました。
ゼラフィさん、「シモーヌって奴と、あたしの赤ん坊と。このデカい粒は妹の。あと、ハイネって言うヨボヨボの執事にやろうかと思ってさ」とか言ってました。
なんか、変わった人選ですよね。
残りの1人分はゼラフィさん「予備っ!」って言ってましたけど。
でも、予備の割に大事そうにしてたわ』
ノエルはまた微妙に脱力した。
「妹って……」
「ノエルのことだな。さっき渡した虹鉱石だよ。
小粒のは皆、磨いてから繋げて腕輪に加工した。大粒は、滅多に採れない」
ノエルは思わず掌の琥珀のような石に視線を落とす。
「……シモーヌ嬢のご家族は、もらってくれるかしら」
つい独り言を呟いた。
「バセル家に、仕上がったのを運ばせた」
「もう、渡したんですか」
ノエルは思わずシリウスを見上げた。
「ああ。てっきり、門前払いかと思ったら受け取ったらしい。説明をした者が上手く話したのだろう。
夫人が魔力を流して赤い宝石のようになったと侯爵が言っていたそうだ」
「良かったわ……」
「ルシアンの分はサリエルに渡した。
ハイネの分は、ハイネが『私はヨボヨボでもないんですけど』と若干、不本意そうな顔をしていた」
「そうよね、ひどいわ。まだシャキシャキですよ」
ノエルはハイネが気の毒になった。
「サリエルは『どうせ顔だけ男ですから、遺品がないのはどうでも良いですけど。毛筋ほども好かれていないとはあんまりです』と心中を吐露していた。
サリエルは政略的な関係ではあったが彼らしく気遣いはしていたし、学友程度の信頼はあったと思っていたらしい」
シリウスは淡々とそう教えた。
「……報告書を見せたんですか」
「見せた」
「可哀想に……」
ノエルは居た堪れない心地になった。
赤の他人ではない、血の繋がった姉のやったことなのだ。
「そうでもないと思う。まぁ、なんとも思わないわけじゃないだろうけど」
「ですよね」
「ゼラフィはシモーヌ嬢を殺めたが、職員や囚人たちを助け事故に遭った。
こういう場合、慣例では恩赦を与えるんだ。当然、よく調べて検討してからになるが。
本人が亡くなっていてもそれは同じだ。
ゼラフィにもそれを適用するか検討し、シモーヌ嬢の実家バセル家にも確認を入れた。
ご両親は『慣例ならそれでいいです。本人は亡くなってますし』と受け入れてくれたので、そのようになった。
あの時、重症だったサリエルとジェスも『かまいません』という返答だったのでね。王族を傷つけてはいるが、助けた囚人の数が多かったので王室管理室も反対はしなかった。私も署名した。
ゼラフィはそれで、囚人用の墓地ではなく、街の国教施設の墓地になった。
国教施設では、ゼラフィが多くの囚人を助けたから良い場所を選んでくれたようだ」
「それは……ありがたい、ですね」
「ノエルはそれで良かったか。ひどい目に遭ったが……」
シリウスがノエルを見詰めた。
ノエルへの暴行は裁判沙汰にはなっていない。ゆえに、ゼラフィの罪とは数えられていなかった。
ノエルにゼラフィの処遇を訊かなかったのは公平を期すためだろう。
ノエルもそうしてもらえて良かった。
「私は、自分がされただけですからいいです。我が子への暴行だったらまた違ったかもしれませんが……。
でも、私の両親も恩赦……を受けられるんでしょうか」
ノエルはそれなら嫌だな、と咄嗟に思った。
それが正直な気持ちだ。
ゼラフィが仲間を助けたのは、単に彼女の意思だ。親は関係ない。
ノエルは、ゼラフィはむしろ親の犠牲者だとさえ思っている。それなのに、ゼラフィの善行であの親たちが救われるのは納得できなかった。
シリウスはあっさりと首を振った。
「恩赦は刑事法上の効力……わかりやすく言うと禁固刑に対するものと思っていい。賠償金は別だ。
働いて返さなければならない。
彼らがまだ抱えている賠償金の額は生涯かかる」
それならいい。
そう思った。
償い続けて欲しい。姉をあのように育て上げてしまった分の罪も。
妹に特別な粒をあげたい、そう思ってもらえただけで許したくなるのだから、自分は本当に甘いと思う。
「私は、元よりほとんど忘れていましたし。
バセル家の方がどう思うかは不安ですが」
「墓地のことまでは報告はしなかった」
「その方がいいですね……」
ゼラフィの虹鉱石、残りの1人分の「予備」はゼラフィが亡くなった時にはすでに無かったと言う。
◇◇◇
シリウスは、一応サリエルに墓地の場所を知らせ、残務処理で王宮の者がジャニヌの鉱山に行く旨を伝えておいた。
サリエルからは「供えてほしい」と薔薇の花束が送られてきた。
仄かにクリーム色がかった桃色の薔薇だ。花の宝石のようだった。
添えられた手紙に「ルシアンが家族を守るために育てた薔薇」と記されていた。
棘が除かれてラッピングされ箱に詰められた薔薇の花束は切り口に湿った布が施され摘みたてだった。
シリウスは薔薇が萎れないうちにとゼラフィの埋葬された墓地に供えさせたが、その後いつまでも薔薇が美しいまま生き生きとしていると少々評判になり、いつの間にか消えていた。盗まれたようだと言われたが、ノエルはゼラフィが自分の元に持っていったのだと思うことにした。
シリウスは密かに「ゼラフィの恋人が邪魔だと思ったのかもな」という気もした。
ゼラフィの墓の場所が鉱山の街となったのは、恋人がいたゼラフィにはその方が良いだろうと、シリウスが考えたからだ。
ゼラフィの墓にはいつも花が供えられているという。
それは、つまり、ゼラフィの恋人が囚人ではなかったからかもしれない。
誰もが口をつぐんだその人物は、よほど皆に慕われていたのか、それとも怖れられていたのか。
シリウスは、どちらもゼラフィなら有り得るような気がした。




