表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

54/82

ゼラフィの記録。ある罪びとの物語3

お読みいただき、ありがとうございます。

(作中の「陣取りゲーム」作者設定のものです。わかり難いなどあるかもしれません…。お気付きの点は宜しければ感想欄へ。)

明日も同時刻頃に投稿させていただきます。









 ゼラフィは、実は他の囚人たちに有難がられていた。

 ゼラフィの前の牢名主は乱暴で、暴行を受けた囚人はたくさんいた。

 食事を横取りされ、わずかな私物を壊されたり取られ、家族からきた手紙を残らず破かれた者もいた。乱暴な牢名主の手下も我が物顔でのさばり、おかげで囚人の死傷率が高かったとか。看守たちのストレスも酷かったらしい。悪名高い作業所だった。だからゼラフィが入れられた、と言うのもあった。

 そんな牢名主をやっつけてしまった。


『ゼラフィさんは傲慢な人でしたけど、酷いことはしなかったわ。好きに生きてる、って感じの人だけどね。

 ゼラフィさんが鉱山に来て3週間くらい経った頃かしら?

 前の牢名主に「跪いて挨拶しろ」と命じられて、「なんであんたみたいな腐って濁った目の根性悪そうなブ女に挨拶しなきゃならんのよ」って言い放って大喧嘩になって、ゼラフィさんが勝ったのよ。

 すごかったわ。あんな迫力ある大立ち回り、劇場でも見られないわよ。みんな、呆気にとられて見てたわ。

 それから、あの牢名主はすっかり大人しくなったの。何しろ、手下ともども大怪我したから。

 ゼラフィさんはほぼ無傷よ。

 それでゼラフィさんだけ懲罰房に入れられたんだけど。あそこは夏は灼熱地獄で、冬は極寒地獄よ。でもゼラフィさん、平気な顔で出てきたのよ。

 食べ物も飲み物もほとんどもらえなかったでしょうに。

 そうしたら、ゼラフィさん、「自分の髪の毛むしって食べたから大丈夫」って……。

 みんなが驚いて目を丸くしたら「冗談に決まってるじゃない。笑える。信じてやんの。私がそんなバカをやるわけないじゃない」って大笑いしてるの。

 ゼラフィさんだからやりそうだと思ってみんな目を丸くしたのに。

 あの牢名主を退治したのだって、

 「このあたしが、あんな女オークみたいな生き物の下僕になるなんてお断りに決まってんでしょ」だって。

 新しい牢名主も物騒だわ、と思ったんだけど普段は全然、乱暴じゃなかったわ。ちょっとたまに食事の肉を取られるくらいで。

 ゼラフィさんでよかったわ。

 けっこう、楽しかったし。ゼラフィさん、催し物は全力の人だったから。

 年に何回かあるのよ、催し物が。ボールの競技とか。仮装競争とか。

 前の牢名主はケンカは強いけど運動神経にぶい人だったから、そういうの邪魔するのよ。楽しめなかったわ。でも、ゼラフィさんは「トロい奴は死に物狂いで練習しなよっ! 足引っ張ったら肉は1ヶ月食えないと思いなっ!」って宣言して。仮装の早着替えとかみんな練習させられたわ。

 困った牢名主よね。でも面白かったわ。

 仮装競争の時、ゼラフィさんが王子様のモノマネしたのが傑作だったわ。

「ゼラフィ。土魔法の滋養は、ウン○を撒くのとは違うんだよ」

 ってセリフ、ウケたわ、大ウケ。

 ホント? あれ。笑えたんだけど。

 それに、横暴な看守を追い出してくれたし。

 嫌な看守がいたのよ。そいつに「あたしは王妃になるところだった女よ。あちこちにツテとコネがあるのよ。あんたなんか、社会的に抹殺してやるから」って顔を見るたびに毒を吐いて。

 その看守、辞めたのよ。なんか、頭にストレスで禿げができたって。

 なかなかやるでしょ、うちの牢名主。

 あのゼラフィさんが死んじゃったなんて。やっぱり寂しいわね』


 報告書を読んだノエルがまた項垂れた。

 もう何度、項垂れたかわからない。

「……王子様のモノマネって……不敬……」


 不敬罪ではないのか……と続けようとし、シリウスが苦笑して首を振るのを見て言葉に詰まった。

「この程度で不敬罪はないな。こんなことで騒げば余計に取り沙汰される。害がなければ放っておくのが一番だ」

「……でも、サリエル伯が気の毒……」

「サリエルも気にしないよ。それにゼラフィは王子の婚約者だったとはっきりは言ってなかったらしいんだ。

 『自分は王妃になるかもしれなかった女』とか啖呵を切っていたが、囚人仲間たちはあまり本気にしてなかったようでね。ゼラフィの婚約者が誰だとか、王子だとか、そういうのも有耶無耶だったんだ。だからどの王子のモノマネかとか、本当に王子のモノマネをしたのかなんて誰も気にしていない。

 看守たちは情報を持っていたが、囚人に言ったりはしないしね。

 ノエルも気にしなくていい」

「はぃ……」


 ノエルはそれから、ゼラフィと催し物についての資料を見て、また項垂れた。


◇◇


 ゼラフィがいたのはジャニヌと言う町の第6刑務所だ。


 第6刑務所は、男性の作業所のすぐ隣に女性の作業所があった。

 女性の作業所の方がずっと規模が小さい。だいたい人数比では8対1だ。囚人の人数自体、それくらいの割合で男性が多い。


 ともあれ、男性用の施設に女性用の小さい施設がくっついている形だ。高い塀に囲まれているので、普段はどちらも全く見えない。


 二つの作業所を隔てる塀の鉄扉が、年に一度だけ開かれることがあった。

 それが「男女対抗陣取りゲーム大会」の時だった。


◇◇


 男性用、女性用、どちらの作業所もガス抜きのために催事が行われていた。

 一つは仮装競争。

 出場者は仮装してリレーを行い、最後の走者が完走したのち一発芸をして終えるというもので非常に盛り上がる。

 これは年に一度、それぞれの作業所で行われ、男女対抗ではない。


 男女対抗で行われるのが「陣取りゲーム」だ。

 陣取りゲームはノエルも知っている。学園でやったことがある。

 簡単に言えば「ボール当て合戦」だ。

 陣地が決められていて、敵の「歩兵」を全滅させないと敵陣に踏み込めない、などのルールがある。

 それぞれの陣地内に「王のエリア」「幹部のエリア」「歩兵のエリア」があり、敵を倒しながら進む。


 細長い長方形のコートの真ん中に線が引かれ、片方が敵の陣地、もう片方が味方の陣地だ。

 その陣地の一番奥の片隅に2メートルほどの円が描かれ、ここが「王のエリア」だ。

 「王」は2人くらいの「側近」に守られ、王のエリアの周りは「幹部エリア」が囲っている。

 幹部エリアの外は「歩兵エリア」だ。


 プレーヤーは「王」「側近」「幹部」「歩兵」とがいる。

 「王」は『ある条件』を満たした時に「王のエリア」から動くことができる。

 「側近」は、常に王と一緒だ。基本、動けない。

 「幹部」と「歩兵」は、敵の歩兵を全滅させると、敵の陣地に進撃できる。


 敵側もまったく同じ作りだ。敵の王様の円は、対角線上の端にある。


 競技のスタートは、まずはクジなどでボールを先に持てる方を決める。

 陣取り用のボールは色々とある。

 学園では、スピードは出るが、怪我をしないように衝撃吸収機能のついたボールが使われていた。


 試合開始とともにボールを敵にぶつけて潰していく。

 歩兵がまずは戦う。

 ここまでは、それぞれ自分の陣地からのボールのぶつけ合いだ。

 ボールをぶつけられたらコートを出なければならない。

 敵のペナルティで復活することもあるが、基本、ぶつけられたらお仕舞いだ。

 ボールは長く持ってはいけないルールなので、ひたすら攻撃を仕掛ける。

 味方にパスできる回数も一回と決まっているので、エンドレスで攻撃をしていくことになる。

 ゆえに、なかなかスピード感がある。

 モタモタ出来ない。


 敵の「歩兵」を全滅させてからがゲームの山場だ。

 味方の「幹部」も「幹部エリア」から出て動けるようになるので、一緒に敵の陣地になだれ込んでいく。

 敵の「幹部」や「側近」を潰し、最後に「王」を討ち取った方が勝ち。


 こんな攻撃的なゲームを男女対抗でやるなんて、いいの? とノエルは驚いた。

 ただ、敵への攻撃はボールを当てるのみだ。敵と味方は、陣地やエリアで分かれている。

 それぞれのエリアは、「歩兵」や「幹部」などの敵を全滅させないと入れない。ゆえに、直接ふれることはない。

 ルール違反をして触れたりするとペナルティが厳しいゲームだ。だから良いのかもしれない。

 ボールも学園と同じ「衝撃吸収型」だ。投げるスピードはそのままで衝撃だけ和らげたもの。


 数十年も前から行われているという。

 過去、数十年の間、男女対抗戦ではほぼ常に男性側が勝っていた。

 ハンデをつけているにも関わらず。


 男性側の優勝チームと女性側の優勝チームとが試合をするが、女性チームはハンデの分多い人数で挑む。

 それでも男性チームが勝つのだ。筋力の差は大きい。

 ところが、ゼラフィがチームの王様をやるようになり、女性チームが勝利を収めた。

 ノエルは、自分の姉のチームが勝ったというのに素直に喜んでいいのか迷った。


「……いいのかしら」

「もちろん、いいだろう。

 正々堂々と戦って勝ったんだ」


 ノエルはまた資料を手に取った。


『ゼラフィさんとの「男女対抗陣取りゲーム大会」、すごく楽しかったわ。

 モリモリに盛り上がったわ。

 あんな興奮したのは塀の外で暮らしてた頃にもなかったわ。

 ゼラフィさんが新しい牢名主になってから、ゼラフィさん、催し物のことを聞いたのね。幸か不幸か、ゼラフィさん、もうお産を終えてたのよ。

 私たち怒鳴られたの。

 「あんたら、何のんびりしてんのよっ! それとも優勝できる自信があんの? あるのね? そんで負けたら承知しないわよ! 来年勝つまで肉なしで暮らす覚悟あるんだろうねっ!」って。

 理不尽じゃない?

 それからはもう練習の日々よ、休み時間のたんびに。

 あり得ないわ、まぁ、でも、青春やってる気分にはなれたわ。

 それで、チームメンバーを決めるって段になって、ゼラフィさん、初めて人数でハンデがついてるって知って大笑いしたのよ。

「ハンデをつけてやろうなんて、生意気ねっ! 後悔させてやるわ」だって。

 それでも練習させられたわ。

 がんばって戦力あがると、ゼラフィさんが超ご機嫌で、疲れて動けないメンバーの分も刑務作業やってくれたっけ。だから看守もうるさいこと言わなかったのね。おかげで楽しくできたわ。

 で、試合の日になったのよ』





こぼれ話。


 男女対抗戦が行われる理由は、数十年前の所長が血の気の多い囚人対策で催事を企画するアンケートを取ったところ、男性側で『実現可能そう』で希望が多かったのが他の所との対抗戦だった。女性側は「美男の俳優の慰問」だった。それで一石二鳥な男女対抗戦をやってみたら好評だし問題なくできたので続いている。

 女性側のアンケート結果、ガン無視してない? とノエルは思ったが当時は男前の囚人もいたからじゃないかとシリウスが適当なことを言った。

 ノエルが思うに元から血の気の多い「男性」囚人をなんとかしたかったのであって、女性側に関してはどうでも良かったんじゃないか。単なる推測だが。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ゼラフィがメッチャクチャ生き生きしてて、彼女こういう生活が性に合ってたんだなぁ…と改めて思いました。 後悔も反省もしてなさそうだけど。 後悔や反省をすりゃいいってものでもないのですし、ひたす…
[一言] 陣取り面白そう!(笑) マジでゼラフィ牢屋ぐらしをエンジョイしてたんだなぁ…
[一言] これ聞くと、貴族家に生まれて有り余る力をそのままに溺愛されて、大きくなったらなったでお淑やかな枠に押し込められたのがよくなかったのかなぁ、ゼラフィ。相応の制限をつけつつ、勉強の必要もないお行…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ