騎士と婚活とお節介な人々「退治したのは誰?」(4)
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今日の2話目になります。
税の相談などで領主や領主代理が王宮を訪れるのはよくある。
特に魔獣の多いような地域は騎士団や、或いは武器の補助の件で国防部に相談に来るのだ。
メルロー伯爵が来られるという情報を掴んだノエルたちは「ジェス殿の件で」と面会の約束を取り付けた。
忙しい伯爵に雑談は必要ないだろう。
元より、前置きなしに話をする予定だった。
ヴァレンテ・メルロー伯爵は美男だった。
ジェスを少し優しげに繊細にしたような感じだ。基本は兄弟なので似ているが、雰囲気が違う。背丈は弟のジェスの方が高いようだ。
ノエルたちが「ジェス殿の婚約者に、ファロル子爵家のお嬢様はいかがかしら?」とド直球で尋ねてみると、伯爵は目を見開いた。よほど意外な相手だったらしい。
「まさか、あの『ファロルの乳製品』のファロル子爵ですか?」
「ええ、そうです。
末のお嬢様が22歳でまだお相手がいませんの。
ヴィオネ家でジェスを見かけて『格好良い』と一目惚れされたとか」
「えぇっ、え? 本当ですか」
品よく知的な伯爵が思わず声を上げた。
――そこまで驚く?
その場にいた全員は思った。従者と侍女長たちもだ。
「それで、メルロー伯爵がよろしければ、お話を進めたらどうかと思うのですけれど……」
ノエルが言いかけると、
「ぜひっ!」
と伯爵が食い気味に答えた。
伯爵は「実はファロル家の燻製肉に興味がありまして。うちの領地で狩れる牛型の半魔獣の件で」といきなり商売の話になっている。
「そういうお話もぜひ進めてくださいな。先方にはお伝えしておきますから」
ノエルは熱心に答え、アマリエも同じくらい熱心に頷いた。
伯爵が賛成してくれるのなら、もう障害は一つもないような気さえした。
――いやまだ難関が残ってるけどね……。
とりあえず、「ファロル家の準備ができたら話を進めましょう」と伝えた。
何しろ、ララ嬢には若干の「問題」がありそうなのだ……ひどく奥手だという彼女の性格も含めて。
帰り際、メルロー伯爵はノエルたちに期待を込めた視線を向けた。
「ジェスのためにお気遣いただき心より感謝いたします。
私は、弟には、常に頭から離れないくらい恩を感じてるんです。
死んだ父には苦労させられましたから。
特に弟は何かと重荷を背負ってくれたんです。
兄として不甲斐ないばかりでした。
弟にはどうしても幸せになって欲しいと願っております」
「お任せください。吉報を待っていてくださいな」
ノエルとアマリエは受け合った。
メルロー伯爵は和やかに帰った。
その日。シリウスは同席した従者から3人の会話を詳しく聞いた。
魔獣の多い領地で尽力する伯爵のことを、シリウスは気にしていた。
報告を詳細に聞いて考え込んだ。
――伯爵はよほど苦労されたのだな。
結婚することが必ずしも幸せとは限らないのだがな。
シリウスはノエルと出会えて良かったが、誰もが結婚して幸せになるものでもない。
――愛妻家の伯爵にとっては、弟に良い伴侶を見つけることが償いのようなものだったのか……。
「どうしたの? シリウス」
ノエルは話がうまく進んでいるので機嫌が良かった。
シリウスはそれに水を差したくなかった。
「いや、別に関係のないことを考えていた。
ジェスの婚活がうまくいけばいいと思うよ」
「ええ、そうね」
シリウスが公務のことで考え込むのはよくあるのでノエルは気にしないことにした。
シリウスはそのまま物思いに沈んだ。
――メルロー伯爵は学生の頃は非常に優秀で有名だった。
伯爵の方が2学年ほど年上だったが、あまり人のことには注意を向けないシリウスの耳にも入った。
だが、卒業後、領地に戻ってからの評判は芳しくなかった。
そのことに違和感はあった。あれほど優秀な人物だったのに。
彼の父である先代伯爵は「愚物」と言われていた。特に騎士団からの評判が最悪だった。
魔獣の多い危険地帯となれば、国としても注意を向けざるを得ない領地だ。
そのメルロー家の当主が愚物では困る。
――もう亡くなった人ではあるがな。
ともあれ、切れ物の兄にそこまで「恩がある」と言われる弟か……。
兄弟の父親は、傍目から見る以上に酷かったのだろうな。
先代伯爵が亡くなったのはシリウスの立太子が決まる前だ。
前の王の時代が終わる頃。
シリウスは新聞報道でその記事を読んだ。ゴシップ誌の類にも記事は載っていた。どれも死んだ領主には辛辣なものばかりだった。
前の領主は「カード遊びが好きだった」と言う。要するに賭け事だ。
そのくせ、領地で必要な予算には難癖を付ける。
領主邸の外壁が魔獣に壊されたとき、長男のヴァレンテは領地の左官に割増料金を払って優先して修繕させた。
領主はそれが気に入らなかった。
『金を余分に払う必要などない!』と散々に文句を言い、外壁の進捗状況をいちいち見に行った。
領主が事故にあったとき、彼は少々酔っていたようだ。
自室のテラス窓から出てバルコニーから外壁の修繕の様子を見ていて、闇蝙蝠に喉を食いちぎられた。
悲惨な事故だ。
メルロー領では、蝙蝠よけの薬草は品薄状態だったと記事にある。
蝙蝠よけの貴重な薬草を栽培したり里山の整備をして増やそうと言う案もあったらしいが、「ただの草に金をかけるな」とその案を潰したのは死んだ領主本人だという。
たちの悪い嫌われ者の領主が死んだと言うこともあり捜査はされたが、領主邸の主だった者は疑いようのない状態だった。
長男夫妻は別邸の自分たちの部屋にいたことが確かめられているし、次男のジェスは王都にいた。
本邸の領主はひとりだった。領主夫人は何年も前に病死している。使用人たちもみな行動は確かめられたのだろう。そもそも領主の部屋には鍵がかかっていた。
世間は伯爵が死んだことなどすぐに忘れた。
惜しまれる人間ではなかったからだ。




