騎士と婚活とお節介な人々「退治したのは誰?」(3)
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今日も2話投稿いたします。こちらは1話目になります。
貴族の情報は、経歴くらいならすぐに手に入った。その程度なら秘密でもない。
ララ・ファロル嬢は中等部までは貴族令嬢の通う女学園に在籍していた。
高等部からは魔道学園に変更している。
どうやら女学園で虐めに遭ったらしい、との情報が入ってきた。
女学園では男爵家などの下位貴族の令嬢が虐められるのはよくあることだった。ララは実家が男爵から子爵に陞爵してさほど経っていなかったため虐めの対象となったようだ。
魔導学園の高等部では薬師科に所属し成績は良かったという。
卒業後は実家の仕事を手伝っている。
現在22歳。そろそろ行き遅れのお年頃だ。
ノエルとアマリエは護衛の影にララの様子と容姿を調べて来てもらった。
ルシアンからの情報も聞いている。
「ララの顔、よく見えないんだ。
いつもララの髪はボサボサで顔にかかってるし、猫背で俯いてるから。
ハイネはララは可愛いと言うけど。よくわからない。
父上が言ってたけど『ちゃんと髪を顔からどけて、俯けてる顔をあげてくれないと可愛いかどうかわからない』って」
「それからマリエ夫人はララはとても働き者だと言ってた」
とルシアンは話を続けた。
「だから女らしくしてないんだ。
マリエ夫人のところは大牧場ですんごく忙しいらしい。
人も何人も雇っているけど、家族みんなで働いていて。ララもいかにも働いているって感じだよ。
いつもはズボン履いてる。それで牧牛犬って言うの? マリエ夫人のとこは牛を飼ってるけど。牛を追う犬が働いていて。
そのデカい犬の面倒見てるし、敷き藁を替えたりとかなんか色々やってて髪にも藁がついてたり。ジートの方が綺麗にしてるくらい。
うちに卵と香草を買いに来るときはワンピース着て来るんだけど。藁のついた髪はそのまんまだし。
あと、ララはちょっと太めだと思う」
――……改善するとなったら時間が必要そうね。
ハイネが「可愛い」と言うのだから素材は良いのだろう。
ノエルとアマリエは覚悟を決めた
侍女や侍女長たちは「磨けば光るかもしれない」と見通しを立てた。
影たちの報告も悪くはなかった。ルシアンからの情報と変わりはない。働き者で、家族や他の使用人たちとも仲が良い。
ノエルとアマリエは、マリエ夫人が王都中央の店に視察に来るという日に約束を取り付けて会うことになった。
ノエルたちが連絡をつけると、ご主人の子爵も来るという。
ふたりは少々の緊張と期待で胸を膨らませながら約束の日を迎えた。
マリエ夫人は噂通りふくよかで感じの良い女性だった。
ファロル子爵は厳つい男性だった。長身で顔も強面だ。ジェスが可愛く見えそうなほどの強面度だ。
ノエルとアマリエは、
『このお父さんの顔に見慣れてたら、ジェスは大丈夫ね』
と納得した。
「ファロル家のお嬢様がうちの近衛を格好良いと褒めて下さったそうですけど、本当ですの?」
ノエルは、幾らかの雑談で場が和んで来た頃を見計らってそう尋ねた。
「まぁ……娘の片思いの騎士様をご存知なのですね」
マリエが目を見開いた。
「やっぱり、ララお嬢さんはジェスに片想いをされていますの?」
「それはもう……。無理に決まってますから、完璧な片想いですわ。
何年も前からですのよ。7年くらいも前から。
あの子が15の時からですもの。忘れもしませんわ。
『ヴィオネ家のお邸にとても素敵な騎士様がいらっしゃったの』と目を輝かせて……」
マリエはそっとため息をついた。
7年も前からとはずいぶん年季が入っている。ルシアンが赤ん坊の頃からではないか。
ノエルとアマリエは想像以上に重い片思いと知り、少々驚いた。
「そんなに最初から諦めてしまってますの?」
「ハイネ殿から聞いておりますから。ジェス様は近衛隊の騎士様ですよね? ご実家は由緒正しい伯爵家だとか。
我が家は決して悪い家とは思いませんけれど。流石に近衛の騎士様と娘とでは釣り合いを考えてしまいますわ。
もしも、娘と少しでも想い合うような機会でもあれば可能性もあるでしょうけど。
あの引っ込み思案で引きこもりで、奥手で社交性皆無な娘ではとてもじゃないですが無理でしょう」
マリエはいかにも絶望的と言いたげな苦悩の表情で首を振った。
マリエの言うことももっともだと、ノエルとアマリエは思う。
近衛の騎士になんら接点もない子爵家が婚約などを申し込むのは難しい。
しかも、ファロル家が子爵に陞爵したのはまだ新しい話だ。
「それなんですけどね。
もしも……、もしもですよ? 可能性があるのでしたら、ララ嬢は頑張ってくれるかしら?」
アマリエが身を乗り出した。
「可能性、あるんですか?」
マリエが尋ね返す。
「ええ、まぁ。それはこれから詰めていく予定ですわ」
「もしも可能なら、あの子は喜びますわ。
でも、実は、ララは女学園で悪質な虐めに遭いましてね。
ララが大人しくて何も言わないのをいいことに、延々と嫌味を言い続けたり罵倒したりと。
相手が高位貴族だと訴え難かったらしくて」
「陰険ね! 学園はそれで何もできなかったんですの?」
アマリエが怒りの声をあげる。ノエルも隣で頷いた。
「学園側も、下位貴族の令嬢が虐めに遭うという噂を払拭しようと躍起なんですけどねぇ。
ただ、ララを虐めた令嬢のグループは他にもやっていて……。『悪質な女たち』と有名になって良い縁談がどれも流れたらしいですわ。こちらとしては胸がスッとしましたけどね」
マリエが苦笑した。
「あら、その話は聞いたことがありますわ。性悪女たちがうっかり高官の令嬢を口汚く罵って性格がすこぶる悪いことが広まったとかいう……。おかげで20代を半ば近くなっても行き遅れてるんですって?」
噂に聡いアマリエが記憶を辿る。
「ええ、その方達ですわ」マリエが頷き「まぁでも、うちのララも行き遅れてますけど」とまた苦笑した。
「嫁がない理由が違いすぎますから、同じにしたらお嬢様が気の毒ですわ」
ノエルは慰めるように答えた。
「ありがとうございます。でも、うちのララはあの頃のことをまだ引きずってる気がしますわ。
元から大人しくて引っ込み思案だったのが悪化してしまって。
人が苦手なんです。家族とか幼い頃から知ってる使用人以外の人の前では俯いて顔をあげようともしないんですから。
もうこのまま我が家で暮らせばいいとも思ってるんです。無理に嫁がなくても娘一人くらい、養えますからね」
「まぁ、そう仰らないで。
しばらくお待ちくださいな」
ノエルとアマリエは子爵夫妻を宥めた。




