闘いは突然に!開拓村の秘密4
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明日も8時か9時くらいに投稿いたします。
この魔の森は少々特殊なのだ、と団長はノエルに教えてくれた。
他の魔の森はどれもどこかの領地に属している。管理している領地には国から補助金も出る。
だがこの森は近隣の領地のちょうど領境にあった。その上面倒な森なので、双方の領地が管理を拒否した。
そういう事情で国から文官が派遣され村長として管理を任されていた。
今回、横領行為をしたのはこの村長だ。
騎士団とノエルと王妃付き護衛たちとで開拓村に入っていく。ノエルの護衛はシリウスが付けた裏任務の影たちだ。
ノエルが手伝うなど誰も認めたくはなかったが、王妃が言い張るのを押し留められる者がいなかった。
騎士団長は「私が一緒の方が連中を油断させられるでしょ」「シリウスには言わなければいいわ」というノエルの甘言につい従ってしまった。
一行が村の中ほどまで来ると村長がやってきた。
ずいぶん焦った様子だ。額に汗が光っている。
年寄りと言うほどではないが、年配の男だ。こんな開拓村を治めるわりに腕や肩は細身だ。
隊長たちの話によると、以前は王宮に勤めていたが不正がバレてこの村に飛ばされたと言う。
以来、もう何年も開拓村の村長をやっている。
前国王の頃に決まったことだ。他に村長のなり手がなかったにしても酷い話だ。
不正に対する罰金はここを治める報酬から支払われることになっていて、そろそろ払い終える頃だと言う。
――でもまた捕まりそうね。今度は鉱山行きかな。あ、違うわ。だって、開拓村の村長は……確か。
ノエルは思い出した。
魔の森の管理は国防に関わるのだ。
村長がノエルと騎士団長に近づいた。
「これはこれは、騎士団の皆様がどういう御用で?」
両手を擦り合わせて阿るように尋ねてきた。村長の目線はノエルと騎士団長とを行ったり来たりしている。
ノエルが王妃であることがわからないのかもしれないがかなり不躾だ。
ノエルは上品な乗馬服姿だった。
本当は女性騎士風の格好や狩人風が良かったが無かったので、なるべく質素な乗馬服を選んだ。
髪は今はゆるく一つに縛ってある。
どう見ても開拓村で浮いている。
騎士団最高幹部の騎士服姿である騎士団長もある意味浮いているが浮き方が違う。
「王妃様が魔の森で討伐を行われる。
王妃様は攻撃魔法の達人なのでな。
今夜はここに泊まる」
騎士団長の「王妃様」と言う言葉に村長の濁った目が思い切り見開かれた。
「さ、左様でございますか。こ、こんなむさ苦しいところへ」
「野営よりはマシだ」
「そ、そうかもしれませんが」
「王妃様はお疲れだ。休ませてもらおう。
おい、行くぞ」
騎士団長の掛け声に「おぉ」と皆が力強く答えて突き進む。
村長はあわあわと見ているしか出来ない。
ノエルと騎士団長と幾人かが村長の家に入っていく。
こんな僻地の開拓村のわりに「邸」と言っていいくらいの家だ。
石の土台に立派な巨木が柱に使われている。
開拓村の本来の仕事もしないでなんでこんな家に住んでいるのだ。
村長を放っておいて中に入ると若い女性がいた。美人だ。おまけに胸、胴、腰のメリハリが見事だ。
「あんたたち、なんなの?」
残念ながら顔だけ美人だった。仕草も話し方も蓮っ葉で品がない。
「騎士団だ」
騎士団の隊長が答えた。隊長はまだ若く男前だ。
美女の視線が隊長に移った途端、満面の笑顔になった。
「あら、そうなの? どうぞゆっくりしていってぇ、ねぇ」
と隊長にしだれかかってきた。ふっくらした胸は隊長の腕に押さえつけられている。
騎士たちの顔に『なんなんだこの女は……』と言う表情が浮かぶ。
――もうホント酷いわ、この開拓村……。
王都から離れて目が届かないとこんなになってしまうのか。
それからノエルたちは、女性には構わずに捜索をした。
外でも捕縛作業が始まったらしく喧騒が聞こえてくる。
ようやく女性や家の中にいた使用人や用心棒みたいな男たちもおかしいとわかったらしい。
抵抗を始めようとしたが、騎士団長のひと睨みで大人しくなった。
――団長さん物騒な長剣、持ってるし。そりゃ命惜しいって思うわよね。
ようやく捜査もおおよそ終わった。証拠がぼろぼろ出てきたのだ。村長は金貨を貯め込んでいたし、明らかに殺された人骨も多数出てきた。これらの人骨が斥候の言っていた「まともな狩人が居ない」その行方なら惨いことだ。
村長が人骨を魔の森に捨てなかった理由はノエルにもわかる。
人の遺体を食わせたりすれば魔獣は人の味を覚えてより凶暴化する。もしも村長がこれらの犠牲者を魔獣に始末させていたらこの開拓村を襲いに来ただろう。だから裏の倉庫に放置されていた。
これらとは別にすでに魔の森の有様も記録されている。
証拠としてはもう十分なくらいだが、あとは裏取引に応じていた商人を念入りに「尋問」すればもっと出てくるだろう。
騎士団長と隊長、それからノエルは家の外に出た。
捕縛は完了していた。
「ドーソン。貴様の裏庭から殺害された被害者の人骨が出てきたのはどう釈明する?
それから、魔の森の管理は数年にわたって何もされていなかったな」
ドーソンとは村長の名だ。
「そ、そんなことは……」
「森は視察済みだ。貴様は終わりだ」
「く、くそっ!」
ドーソンの顔が歪む。
知っているのだろう。
この罪は単なる横領とは違う。魔の森の管理は国防なのだ。
責任者による故意の放置は国家反逆罪と決まっている。
つまり、極刑だ。
一緒に捕まった取り巻きたちの顔色も蒼白だ。
彼らに関しては極刑か否かはこれからの取り調べ次第だろう。
「さて、王都で取り調べを……」と騎士団長が罪人たちを護送する手筈に入ろうとしているとドーソンがもがき始めた。
「貴様、何をしている!」
「ローラ! あれをやれ!」
ドーソンが声を張り上げた。
いつの間にか出てきていたあの美女が何か怯えた顔で狼狽えている。
「何をしている! お前も同罪なんだぞっ! みんな道連れだっ!」
その声に応えるかのように女が動いた。
「おい! その女を捕らえろ!」
騎士団長の命令に部下たちが捕らえる前に女が何かを放った。
石のようなものだ。
鈍く青く光っている。
――魔導具?
それが地面に打ち付けられた瞬間、青みのある灰色の光が瞬いた。
「みなっ、避けろっ!」
「退けっ!」
騎士団長と隊長らが声をあげ、騎士たちが一斉に退いた。
騎士団は帝国製の魔導具の不良品でさんざんな目に遭っているせいで、魔導具の危険を知っている。
村長の魔導具はただ瞬いただけで何ら発動していないように見えた。
だが、魔導具というものはしばしば時間差で発動したりするのだ。
騎士団が魔導具から離れて固まっているうちに罪人どもは勝手に動き始めた。
捕縛した罪人は手を縛られているだけで歩ける。危険な魔導具の側に縛りあげたわけではない。そんな非人道的なことはしていない。
だが、魔導具の危険など一般人はよくわからないのか呆けたのちにそろそろと逃亡を図り始め、むしろ騎士たちから離れて魔導具の方へと歩み寄る。
騎士たちは魔導具の様子を見守ったまま動かない。
それが命の分かれ目だった。
「なんだ、あれは……」
あまりにも突然にやってきた。
危険は空からやってきた、地面に落ちた魔導具ではなく。
ゴゥっと、生臭い突風が吹いた。
次の瞬間、魔導具の近くにいた罪人たちが残らず消えた。
「蛇竜!」
斥候が叫ぶ。
「みな! 頭を下げろっ!」
「なんてこった!」
「竜を呼ぶ魔導具だったんだっ!」
騎士たちは魔導具から離れていたおかげで最初の一撃から免れた。
だが、これで終わりではない。
蛇竜は名の通り、蛇のような首と顔を持つ竜だ。
凄まじく速い。
狙われた獲物は自分がなぜ死んだかも気づかないうちに絶命しているほどに。
蛇竜は天空で方向変換をしたのち、今度は騎士団とノエルたちに狙いを定めた。
人間を前に喜んでいるのか、ギェェエェと不愉快で耳障りな声で叫ぶ。
竜が大口を開けると丸呑み前の蛇のようだ。
斧のような歯と死神の鎌のような歯と、二種類の歯が見える。どちらも見るからに鋭い。あれなら数十人の罪人を一度に屠れるだろう。おまけに彼らはほとんど一列状態で並んでいたのだ。
「結界を張るわっ! 来て!」
ノエルは堅固な結界を張り騎士たちと護衛を守ろうとする。
その前に騎士団長が立ちはだかった。
蛇竜が突風の速さで襲いかかる。
騎士団長が長剣を一閃。
雷が爆発する。
稲光が辺り一帯を照らす。
一瞬、まるで真昼のようだった。
ドゴンっと地響きを立てて竜の体が地面に打ち付けられた。一瞬遅れてダンっと蛇竜の首が落ちた。
その信じ難い光景に皆の目が見開かれた。
「竜の首が……」
「たった一太刀で……」
さらにもう一頭の竜が風のように舞い降りてくる。
団長は巨体を踊るように翻し、太刀を浴びせる。
雷が瞬く。稲光が全てを雷色に染める。
ズダンっと竜が地に落ちる。
蛇竜と騎士団長の攻防は、魔導具が効く範囲にいる竜が残らず呼び寄せられ、その全てが団長の長剣の餌食となるまで続いた。
日が落ち、辺りが静まり返る頃には村長家の前は竜の死骸に埋め尽くされていた。
「ねぇ、この竜、美味しいの?」
ノエルがこっそりと尋ねる。
「ばっちい罪人を食った竜も混じってますからね」
魔導士隊の隊長の声が、夜の帷の中で呑気に答えた。




