闘いは突然に!開拓村の秘密2
お読みいただきありがとうございます。本日の2話目になります。
また明日も8時か9時に投稿します。
ノエルが騎士団長の執務室で計画を滔々と話している最中にノックと同時にドアが開き、不機嫌顔のシリウスが入ってきた。
「あ、シリウス。
今日は大事な会議じゃなかったの?」
「長引いたので中休みを挟んだんだ。
頭を冷やして冷静に資料を読み返す時間が必要だったのでね。
でもおかげで、余計に頭に血が昇る報告を受けてしまった。
妻が魔の森に行くとかいうとんでもない報告をね」
シリウスが何かを抑え込んでいるような口調でそう述べ、ノエルが座っているソファの隣にどかりと腰をおろした。
「とんでもない? ちょっと計画があって行くことにしただけよ。攻撃魔法の練習をするの」
ノエルはシリウスの様子に少々の違和感を感じたが、とりあえず簡単に説明をした。
「そんなことを私が許すとでも?」
「え? なんで?」
ノエルは素で驚いた。
「新婚の妻を危険な魔の森にやる夫がどこにいる!
私は少なくともそんな夫ではない!」
「そういう危険な森の近くにも村があったりするわ」
「そういう森の近くの村には開拓のために屈強な男たちがいるんだ。
うら若く美しい王妃じゃない!」
「若くて王妃だけどそんな美人でもないし、それに攻撃魔法を持ってるわ。
魔獣をばんばんやっつけて攻撃魔法の修行をして、炎爆付与の投げナイフを作りたいんだもの。
それからカマイタチ付与の弓矢も作るの。
いいアイデアでしょ?
魔法の修行したらすぐに作って、騎士団の弓が得意な騎士に渡すわ」
「そのために訓練場というものがあるんだ!」
「魔力が勿体無いじゃない? 的も。
あの立派な的を一つ壊すたびに、あぁ勿体無いって思うのに疲れたって言うか」
「うちはそこまで貧乏じゃない!」
「あのね、貧乏とかそういう話じゃなくてね」
「あー、シリウス陛下、ノエル王妃。
つまり、安全な感じで魔の森に王妃様が行ければいいんですよね?
私が直々にお守りしますので、どうか安心して王妃様を預からせてください。
王都にいるよりも安全なようにしますから」
「……ロマン騎士団長。
しかし……」
「王妃様のお気持ちがとても嬉しいのです。だから私が万全を期します。
それに新婚さんの陛下の気持ちもわかりますからね。
陛下も、頭ごなしに妃を抑えるのはなるべくしたくないでしょう?」
「……それはそうだが」
「ふたりして、何言ってるの?
私は攻撃魔法の練習がしたいんであって、がっちり守られてたら出来ないから騎士団長さんはそばにいなくていいわ」
「わかった。
ロマン団長、妻をよろしく頼みます」
「ご安心ください」
「聞いてる? シリウス。
私、本気なんだけど」
「聞いてるし、私も本気だからね、ノエル」
ノエルは、シリウスのかなりマジな顔に『仕方ない、これで手を打とう』とやむなく頷いた。
5日後。
騎士団長の都合を無理やりつけて、北の魔の森に向かうことが決まった。
騎馬で7日の距離だという。
ノエルはもっと近い森ではないことに驚いた。
理由を聞くと、近場の森はどこも領地の中にあり、地元の領軍との話し合いで騎士団が行く時期は決まっているという。今はどの領地の森も時期ではない。
それから、危険すぎて行けない森もある。例えば西にある魔の森は腐竜が出る。
腐竜が生態系の頂点で他の魔獣の狩をするのでバランスが取れている。魔獣が溢れることはない。ゆえに定期的に騎士団が見回りをするだけでいいという。
そういう森は幾つかあるらしい。
そんなわけで北の魔の森が選ばれた。
もうすでにすっかり段取りがされていて、今更取り消しも出来ない状態だった。
「手間をかけさせてしまったのね、ごめんなさい」
ノエルがしょんぼりとすると、ロマン団長はノエルを慰めるように首を振った。
「丁度、北の魔の森には小隊が視察に行くことになっていたんですよ。だからなんの問題もないです。
その日程に合わせて行きますからね。私にしてみれば執務よりも遠出と狩の方がずっと好み……」
とロマンが話し始めたところで、代わりに執務を押し付けられた副団長に睨まれ黙った。
ノエルは今度は副団長にお礼をしておこうと思った。
――でも僻地にある魔の森に小隊が行くって、なんか不自然な気がするんだけど。ただの視察ならせいぜい分隊規模よね。やっぱり私のせいかしら。
ノエルはもしも自分のせいなら小隊にもお礼をしなければならないと思い、探ってみることにした。
◇◇
王妃が魔の森に向かう事情は騎士団の幹部に伝えられた。
ノエルの新作「カマイタチ付与の弓矢」と「炎爆付与の投げナイフ」が楽しみな彼らは沸いた。
王妃にどこよりも安全な状態で魔獣を攻撃してもらおう、と誰もが思っていた。
ノエルの方では「せっかく行くんだから、もう訓練とかじゃなくて頑張って狩をしよう」と闘志に燃えていた。
双方に若干の思惑の差はあったが、一行は準備を整え北へと出発する。
王宮は馬車を用意しようとしたが、ノエルは「騎馬の方が速いから騎馬で行くわ」とそれを却下。
騎士団長の愛馬に一緒に乗せてもらう。
出発の見送りに来たシリウスがなんとも言えない辛そうな顔をしていたが、ロマン団長は笑顔で「奥方を大船にお乗せしたと思って安心してお待ちください」と馬を走らせた。
ノエルも騎士団長の大熊のような筋肉に包まれて笑顔で夫に手を振った。
一行が出発したのち、シリウスはどんよりと突っ立っていた。
付いて行きたくても国王の立場では到底無理だ。無表情ながらも心痛なオーラが全身から溢れている。見物にきた宰相や側近や王弟たちは慰めの言葉もかけられなかった。
旅の途中、ノエルは自分が思いの外皆に知られているのを知った。
「陛下とのロマンス、新聞で読みました」
と泊めてもらった領主邸の奥方やご令嬢に言われたときは顔から火が出るかと思った。
――新聞社ー、何やってくれてんのよぉ。
なんとか笑顔でやり過ごし旅を続けた。
騎馬のおかげで早かった。7日後には魔の森に到着した。
ノエルは緊張と闘志で体を強張らせながら馬から降り立とうとして……騎士団長にヒョイと下ろしてもらった。
目の前には禍々しい魔の森が広がっていた。
騎士団の騎士たちの顔も険しい。
ノエルが付与魔導士であることを知らない団員らもいるが、彼らには魔力量大の王妃が攻撃魔法を連発して魔の森を開拓すると言ってある。いたく感心されている。
騎士団の隊長より上の騎士たちはノエルの正体も今回の目的も知っていた。皆、契約魔法で秘密を守ってくれていた。
ノエルはいそいそと荷物を取り出す。
後から物資を積んだ荷車も来るらしいが、すぐに必要な荷物は騎士が軍馬に積んで運んでいた。
その荷から長剣を取り出した。
ノエルが貯金から購入した長剣、かなり良いものだ。
これに、雷魔法を思い切り込めて作った。
ただの雷撃というより、もう雷嵐みたいなレベルの雷が込められている。
それに耐えられるだけの長剣を手に入れて作った逸品。
今回のノエルの我儘を聞いてくれたロマン騎士団長へのプレゼントだ。
他にも以前より高威力な炎撃付与の剣も何本か持ってきた。
準備の5日間の間に作ったものだ。
「騎士団長、これ使ってみてください。
付与の魔力が綺麗に纏ってあるのは確認済みです。セオ教授にもテストしてもらってあります」
「ほぅ、長剣ですか。有り難いですな」
ロマンが手に取る。とても良い品だ。それに手に取るだけで魔力がほのかに感じられるほどに付与が込められている。
「かなりの危険物です。
セオ教授に『そこらの訓練場ではロマンに使わせるな』ってしつこく言われたので、ちょっと気をつけてください」
ノエルの話を聞いていた幹部クラスの騎士たちは「ちょっとじゃなく十分に気を付けてくださいよ、団長」「振り回しちゃ駄目ですよ」と口々に言ってきた。
「やかましい、わかっておる」
ロマンはノエルには馬鹿甘だが、団員たちには厳しかった。
長剣を手にしたロマンはギラリと目を輝かせる。いつもノエルに見せる穏やかな顔とは違って、副団長が言っていた団長の二つ名「殺戮の鋼熊」を思わせる眼だった。
ノエルはそっと視線を逸らせた。
騎士団長がどうやら獰猛モードに入ってしまったようだが「私のせいじゃないわよね」と知らないフリをすることにした。




