番外編、祝賀パーティーの陰謀(6)
本日の2話目になります。
明日も同じ時刻です。どうぞよろしくお願いします。
ハイネが、再度、這い寄ってくる触手に浄化魔法を浴びせていると、ユーシスが声をかけてきた。
「ハイネ。あいつは浄化魔法が苦手なの?」
「そうですね、禍々しいですから。浄化魔法とか、光魔法は苦手なはずです」
「わかった」
ユーシスは、ハイネの背後から前に出た。
「ゆ、ユーシス様!」
手をかざし、その小さな手に魔力を集める。
ハイネはすり寄ってくる触手に懸命に浄化魔法を当てる。
そろそろ、もう魔力が尽きてきた。
少しくらりとする。
その時、ユーシスの手の平で眩い光が炸裂した。
ハイネは息をのみ言葉を失った。
――これは……光魔法、ですね。
シリウス陛下の加護の光を思わせる。
ハイネは、王宮でシリウス陛下が挨拶をした時に遠くから見ていた。
王宮の周りは人で埋め尽くされていたので、遠くからだ。
それでも、眩い光がハイネの方からも見てとれた。
あの光景を思い起こさせた。
――王子殿下が光魔法を持っていることは秘密だったのでは……?
基本的に、アンゼルア王国では、王族の魔法属性は公表しなかった。特にまだ少年の王子の稀な魔法属性は公にするかはよく検討されてからになるはずだ。
だが、非常事態ゆえに、小さな王子は魔法を使うことを決めたのだろう。
華奢な体がゆらりと倒れそうになるのをハイネは抱き止めた。
「ハイネ、怪物は死んだ?」
ルシアンが横から顔をのぞかせ、オディーヌも恐る恐るバリケードから様子を見ている。
「いえ、それが……」
視線を向けるとそこにはまだ奇怪な光景があった。
「なに、あれ……」
オディーヌが泣きそうに表情を歪ませた。
「怪物が分裂している?」
ルシアンが呆然と呟く。
巨大な怪物が蠢いていた辺りに、紫色の太い蔦を束ねたような植物と、猪に似た生き物と、狼のような生き物、それに、青黒い丈高い蔓葡萄に似た草がある。
全部で四体。
どれも動物や植物に似てはいるが、ただ似ているだけで別物だ。
色も赤黒や青黒、紫とグロテスクで、形も歪んで手足も足りず、植物には顔に似た実が付いていて異様だ。
「どうやらあれは、無理矢理、合体させて作られた怪物だったようですね」
ハイネは、ルシアンたちを背に庇いながら答えた。
子供たちと侍女たちは気絶したままだが、こんなものを見ないで済んで幸いだ。
怪物たちは形を変えだいぶ大人しくなったが、まだ死んでいない。
「合体?」
「まったく、悪魔の所業です。
油断してはなりませんよ。近寄らないように、こちらに居てください」
ハイネは、ユーシスをそっと横たえ傍で休んでいただいた。奥の方が安全かもしれないが、自分たちから離すのも憚られた。
――それにしても、護衛が一人も来ないとは……。
今回の犯人は用意周到すぎる、とハイネは心中で愚痴をこぼす。
戸口のところに幾人かいた護衛は室内の異変に気づいただろうか。
本来なら、ユーシス殿下付きの護衛は、必ず目を離さずに付いているものだろう。
それに、気絶している役立たずの侍女たち。
――ベテランの侍女と護衛はわざと排除されましたね。
よほど内部に不審者が潜んでいなければ排除などできない。
行事のために護衛の配置が変えられたのだとしたら、そこで采配する者に賊の手が入っていたのだ。
だが、それだけでは足りない。
――よほど手荒で非合法な手を使ったはずです。
従者たちの身も気になるが、今は案じる余裕はない。
ハイネは、怪物たちが蠢いているのを注意深く見た。
ユーシス王子の光魔法で眩んで大人しくなっているだけなら、やがてまた活発に動き始めるかもしれない。
――早く、助けが来てくれないものか。
案の定、怪物たちは、見ている間にわさわさと動き出している。
ハイネは、急ぎ、少し遠くからもテーブルや椅子を運び、子供たちの前にさらに防御壁を築き始めた。
「皆はじっとしているのですよ」
あらかた、運べるだけのテーブルと椅子で壁を作った。
玩具が入っていた小さな棚も引き摺る。
ルシアンが手伝おうとするのを、ハイネはにこりと止めた。
「ルシアン様は、ユーシス様とオディーヌ様をお守りしてくださいね」
これで少しはマシだろうと、ハイネが棚を運び終えたときだった。
ズズズ、と不気味な音が背後で聞こえた。
「ハイネっ!」
ルシアンの声に振り返ると、知らぬ間に蔓葡萄のような生き物が動きを早めていた。
慌てて避けようとしたが気付くのが遅かった。
鋭い鞭のような、あるいは、しなる槍のような植物の触手が、ヒュンっと風をきって伸びてきたかと思うと、ハイネの体の真ん中を貫いた。
血飛沫が飛ぶ。
ハイネはよろける体をなんとか堪え、築いたバリケードの中に倒れ込んだ。
「ハイネっ!」
ルシアンはハイネをバリケードの中にさらに避難させると、水の玉をハイネを襲った怪奇植物にぶつけた。
「許さない!」
他の三体の怪物も蠢き始めている。
ルシアンは、自分の魔力を吸った怪物に命じた。
「お前! あいつらを斃せ!」
怪奇植物は方向を変えて、他の怪物たちに触手の鞭をしならせた。
猪型の怪物の首元に触手が突き刺さる。
猪の化け物は、首筋から青い体液を迸らせて叫びもがいた。
触手を振りかざす怪物は、さらに狼型化け物にも触手を伸ばすが、狼型の怪物の方が速かった。
狼は触手を食いちぎると、蔓をばたつかせる怪物に躍りかかり、果実のような顔を牙で噛み裂いた。
植物型の化け物が「ギイェイイ」と、軋むような断末魔の叫びをあげる。
狼の怪物は、その勢いのままにルシアンの方へ一飛びで来た。
ルシアンは椅子を盾にしながら氷の礫を狼の化け物にぶつける。
醜悪な狼は、涎を垂らした口をあんぐりと開けた。顔に氷の礫を受けても怯まず飛びかかってくる。
ルシアンは力任せに椅子で狼を殴り、狼は椅子の足に齧り付いた。
気がつくと、オディーヌがすぐ傍にいた。
「オディーヌ! 出るな!」
ルシアンは狼の口中に椅子の足を思い切り押し込む。
オディーヌは叫んだ。
「伏せっ!」
すると、狼の化け物はもんどりうって転ぶように這いつくばった。
「え?」
そのまま、狼はごろごろと寝転がり、もがいている。
もがく狼に目をやっているうちに、残り一体の植物型化物が蠢き、蛇のようにうねりながら狼を押しのけて来た。
「きゃっ」
オディーヌが慌てて下がる。
ルシアンは水の玉を作り、蛇状の化け物にぶつけた。
グシャっと水がかかった途端、蛇の怪奇植物は動きを鈍らせた。
「お前! 狼を斃せ!」
ルシアンが命じると、怪奇植物は寝転がっていた狼の腹に巻きついた。
狼が「グオぉ」と呻き、蛇のような怪奇植物に喰らい付く。
青緑色の血しぶきが派手に飛んだ。
怪奇植物に締め上げられた狼は、目を剥きながら蛇の尾を噛み千切ろうとしている。
「気持ち悪いわ……」
オディーヌが口元を押さえながらルシアンの傍に座り込んだ。
「オディーヌ、もっと俺の後ろに来い!」
「え、偉そうに!」
そう言いながらもオディーヌは素直にルシアンの背の方に下がり、まだぼんやりと座っているユーシスとの間に入るように座った。
ルシアンは晴れ着の上着を脱いで、ハイネの血だらけの腹に巻く。
血を止めたかったが、どうすればいいかわからない。
先ほどから、ドアをすごい勢いで叩く音がする。
この部屋は結界が張ってあるようだった。
一際、大きな音がしたかと思うと、ようやく亀裂が入りドアが開いた。
「ユーシス!」
「オディーヌ!」
「ルシアン!」
雪崩れ込むように人が入ってきた。
シリウスたちは、奇怪な化け物たちと、白目を剥いて気絶したままの侍女や子供たち、それに急拵えのバリケードに血まみれの老執事と、執事を取り囲むように座り込むルシアンたちを見た。




