番外編、祝賀パーティーの陰謀(5)
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今日の1話目です。また夜9時に2話目を投稿いたします。
子供たちが集められた広間には、絵本や玩具がたくさん置いてあった。
飲み物やお菓子もある。
どれも上等で、楽しそうで、美味しそうで、おまけに十分過ぎるほど用意されていた。
ルシアンは、もう少し物が少なければ走り回れるのになぁ、と残念に思いながら「秘密基地」にユーシスと潜り込んだ。
秘密基地は大きな木箱を連ねた形で、板を布で柔らかく覆った素材で作られていた。
そのうちにユーシスは、馬車の玩具を秘密基地に引き摺ってきた。
ルシアンも騎馬の人形を手に取り、ボールで馬車を攻撃する。綿で出来た柔らかいボールが馬車の御者に当たった。
「ルシアン、騎士は馬車を襲ったりしないよ、盗賊じゃないんだから」
ユーシスが文句を言う。
「敵兵だから」
「敵兵がまず戦うのは、国境警備隊だよ」
「そうか。じゃぁ、それ、辺境伯の馬車」
「違う!」
「喧嘩しないのよ、子供ね!」
オディーヌが人形の髪に小さな髪飾りをつけながら「馬鹿ね」とほくそ笑む。
「喧嘩はしてない! 同い年だろ!」
「精神年齢の話よ」
ルシアンは言い負かされて黙った。
ハイネは、ルシアンたち3人のすぐ側に控えながら、『どうも変ですね』と僅かに眉を顰めた。
まず、警備が手薄すぎる。
先ほどまで会場の責任者らしき男性と、侍従長と思われる男性が広間の確認をしていた。
その時に警備の者はテラス窓の外と、出入り口のすぐ前の廊下に出された。
広間には十数人の子供たちがいる。
ルシアンと王子たち3人以外に9人の子供たちだ。もう少し年齢が上の子たちは庭園の方にいる。
対して、侍女は3人。
子供たちが貴族と王族の子であることを考えると異常に少ない。
それにハイネが見たところ、侍女の人選がお粗末だ。見習いらしい若い侍女ばかりで、ベテラン侍女が一人も付いていない。
おかげで、広間が一部、無法地帯だ。
厚紙製の模造剣で3人の子息が遊んでいるが、乱暴ゆえにテーブルのカップを倒している。
それに対処する見るからに不慣れな侍女は、テーブルを片付けるだけで子息たちは放りっぱなしだ。
一方、3人のご令嬢は、ぬいぐるみで山のようになっている一角で楽しそうに遊んでいる。この場所だけは平和で良いが、もっと小さな子が入ろうとするのを押しのけて追い出してしまった。
これも、侍女が幼子を庇うなりすべきだっただろう。
残りのご令嬢やご令息は絵本を読み始めた。
侍女ふたりは隅でお喋りを始め、カップを片付けた侍女も加わった。お喋りに夢中な侍女3人は子供たちの方など見向きもしない。
ハイネが侍女長なら、3人は教育し直しだ。
――子供たちが危険な遊びでも始めたら、私が対処しないとならないようですね……。
それにしても、殿下たちのお側付きの侍女や従者はどこへ行ってしまったんでしょう。
つい先程まで彼らは居たのだ。一緒に案内されたのをハイネは知っている。
案内係は幾人もいて、子供たちを誘導していた。殿下の従者やオディーヌ姫の侍女にも案内係が声をかけていたのを覚えている。ここに来るはずだ、とハイネは思っていた。
ところが、部屋を見回しても彼らはいない。
――よほどの非常事態でもなければ離れないはずですのに。そもそも殿下から従者が離れたことが非常事態では?
ハイネは確かめに行きたいところだが、ルシアンたちから離れることはできない。身動きが取れない状態だった。
幸い、子供たちは楽しそうに遊んでいた。
ルシアンは、オディーヌが遊んでいる本物そっくりな人形のスカートをめくって、オディーヌにすごい勢いで怒られた。
「淑女になんてことするの! 変態!」
「変態ってなに? どうなってるのか人形のスカートめくっただけだよ? 本物はやらないし」
「当たり前でしょ!」
人形はよく出来たものだった。スカートの中も下着を穿いていた。
ルシアンは秘密基地に戻った。
秘密基地はルシアンが頭を少し屈めれば入れる大きさで、連なった箱は中で繋がっていてトンネルみたいだ。柔らかい布で覆われているので怪我する心配もない。
ルシアンとユーシスは中で追いかけっこをし、人形の着せ替えに飽きたらしいオディーヌも参戦した。
不意に、部屋の気温が下がったような気がした。
背筋が、ぶるりと震えたのだ。
――なんだろ?
ガゴンと、変な音がした。
音の方を見ると、観葉植物が置いてあったところだ。
ルシアンは植物は好きだが、その大きな植木鉢はあまり目を引かなかった。
作り物めいていて、生命力が感じられなかったからだ。
死んだ植物みたいだった。
切り花とも違う。枯れて、打ち捨てられたように死んだ植物だ。
それが動いている。
手を伸ばすように蔦を伸ばし、蠢いている。
真っ黒い筋を持った青緑色の葉にやたら太い茎。
先ほど見た時は綺麗な大輪の芙蓉のような花を咲かせていたが、今はその花は萎びて床に落ちている。
呆気に取られているうちに見上げるほど巨大な怪物となった。
背の高いジェスよりも頭ふたつ分くらいは大きい。
わさわさと揺れながらさらに大きくなろうとするように、枝の腕を広げている。
腕の他に触手もゆらゆらと揺れている。これも腕なのかもしれない。
胴体の茎がめきめきと太っていく。青緑色に黒と白の斑点が浮いた身体は寒気がするくらい奇怪だ。
顔らしきものもある。イノシシの顔に、狼の口をつけたような顔だ。こんな顔は先ほどまではなかった。花や葉の陰にでも隠れていたのか。
大きな目は青黒く濁っている。ギョロリと剥き出て白目はなく、どこを見ているのかわからない。
頭には枯れた雑草のような髪がぼさぼさと生えている。
これほど醜悪なものがこの世にいるだろうか。
広間は悲鳴に包まれた。
「なんだあれ」
「何あれ」
「助けて」
「お母様」
「化け物」
「悪魔だわ」
子供たちに付いていた侍女たちが慌ててドアを開けようとするが、開かない。
「開きません!」
侍女の叫びで、閉じ込められたことがわかった。
「こちらへ!」
ハイネがすぐに気づいて、ルシアンたち3人と子供たちを奥へ誘導する。
ルシアンは、ユーシスとオディーヌの手を引いていた。
窓辺にあったその奇怪な生き物は、みるみる体を巨大化させた――ように見えた。
だが、すぐに皆は気づいた。
「床に、穴、空いてる!」
すでに準備がしてあったのだ。
この広間は、子供らを襲うために用意された部屋だ。
――なんてことだ。
ハイネは子供たちを背に庇いながら、周りを見回す。
半狂乱の侍女が必死にドアを叩き、開けようとしてもドアはびくともしない。
テラス窓もだ。
テラス窓の方は怪物が近いので迂闊に行くのも危険だ。
「落ち着いてください。
さぁ、奥の方へ行って。
すぐに助けが来ますよ」
蔦のような手が伸びてくると、ハイネは浄化魔法を使った。
蔦の手は、ハイネの浄化魔法が触れるとすぐさま引っ込んだ。
こういう禍々しい物は、浄化魔法が苦手なのだ。致命傷は無理でも、触手を払うくらいの効果はある。
だが、ハイネは魔力量が乏しい。
すぐに先細りだろう。
ハイネはなるべく怪物から離れた場所に陣取り、倒したテーブルを盾になるように置いた。立派な椅子も幾つか配置する。
子供たちは、侍女たちより落ち着いていた。すぐに逃げ込むように移動してくれた。
その間にも、動きの鈍かった怪物は徐々に素早さを見せ始めた。
どうやら、眠らされていたために鈍っていたらしい、とハイネは推測した。
この部屋を用意した時に仕込まれたはずだ。それなのに気づかれなかったのは、怪物がその時は封印されていたからだろう。
今、まさに封印が解けたばかりなのだ。
動きが鈍いこの時なら斃せるかもしれないが、ここには女子供しかいない。
ハイネは怪物がまだ本格的に動かないうちにさらにテーブルを引き摺って運んだ。
――変ですね。なぜ助けが来ないのでしょう。
王子殿下もおられるというのに。
グググと怪物が穴から根のような足を引き摺り出し背を反らし、天井に向かって枝の腕を伸ばした。
怪物から禍々しい魔力が溢れる。
穢らわしい魔力は、黒い靄が見えそうにおぞましかった。
怪物が「ヒィヒヒヒィイ」と気味の悪い声をあげた。
子供たちと侍女たちはあまりの恐怖に悲鳴をあげ、すぐに静かになった。
ハイネが振り返ると、皆、気絶してしまっていた。
若い侍女たちが目を剥いてはしたなく倒れている様は、若干、見苦しいが、仕方ないだろう。
ハイネは、もう何年も前、シリウス陛下が留学して留守の頃、悲惨な光景はさんざん見ている。
王都の西にあるヴィオネ家にも魔獣が襲いに来たのだ。
可哀想な馬が犠牲になった姿も、牧場の牛が魔獣の小群れに襲われた様も見た。
これくらいで気絶などしない。
それに、幸い、ハイネは、ユーシスやルシアンたちのすぐ側にいた。
子供たちと侍女は怪物の瘴気や威圧にやられたようだが、王子たちの側は凶々しさが薄い気がする。
ルシアンとユーシスは敵を睨むように見詰め、毅然と立っている。オディーヌもハイネの背に隠れながらも凜としていることにハイネは『さすが姫君です』と感心した。




