番外編、祝賀パーティーの陰謀(2)
本日の2話目になります。
また明日、同じ時刻に投稿します。
ひと月後。
剣術大会当日。
王家から迎えが来た。
陛下たちはジェスから聞いて3人で行くことを知ったらしく、わざわざ迎えの馬車を寄越してくれた。
いとこの殿下たちと顔見知りになれたら嬉しいとは思っていたが、これは想像の範囲外だ。サリエルの想像では他の多くの貴族や貴族令息たちに紛れての話だった。
サリエルは『目立ちたくない』と思いながらも、断る度胸はなかった。本音では気遣いが嬉しいのだから、余計に断れない。
ゼラフィの事件の際、サリエルはシリウスに治癒をしてもらった。
あの時から兄たちと少し親しくなれた。
シリウスには、なぜか謝られた。
「辛さを分かっていなかった。すまない」と。
こちらが謝らなければならないだろう。
サリエルは、迷惑の塊のような王妃の息子だ。
サリエルにとって、第一王子と第二王子は「本物の王子」であり、遠く眩しい存在だった、羨ましいと思うことさえ出来ないほどに。
第三王子のロベールは、まだサリエルに近しいと思っていた。
それでも、自分とは圧倒的に立場の違う人だ。由緒正しい侯爵家の母と魔導の才能を持つロベールは、神出鬼没で近寄れないどころか滅多に姿を見ることもなかった。
そんな、煌びやかな兄たちと親しく言葉まで交わすことができた。
もう十分だ。
一生、あの時の思い出だけで、心の中のアルバムは輝いている。
……などと思っていたのだが、「当日は席を用意している。ルシアンと会えるのが楽しみだ」という親しげな手紙までもらってしまった。
◇◇◇◇◇(ノエル視点)
ノエルとシリウスは、サリエルたちに会えるのを楽しみにしていた。
ノエルはずっとサリエル王子に良い印象がなかった。『王妃に言いなりのゼラフィの婚約者』という情報しかなかったのだ。
あの事件の後、国王が王妃の味方をやめるまで、王妃に逆らうのは誰でも難しかっただろうとシリウスから聞いた。サリエルは虐待と思うほどに魔法の訓練をさせられていた、という側近の話も聞いた。
サリエルは、自分の身も厭わずに令嬢たちを守るような王子だったのに誰も知らなかったのだ。
ルシアンは、表向き、ヴィオネ家の遠縁の子をサリエルが引き取ったという話になっている。
ただそういう噂をやんわりと流しておいただけで、書類上の偽造などはしていない。
ゼラフィの事件の記憶が薄らぐころまで真相がわからなければいいだろう、と王宮内とサリエルの間で決められていた。
あの死傷事件だけではなく、ゼラフィは性格のせいで全方位的に恨みを買っていた。
そのためルシアンの安全面を考えての配慮だったが、ルシアンはサリエルに似ているのでいずれサリエルの実子であると知られていくかもしれない。
そう言った事情もあり、ノエルたちの方からヴィオネ家を訪れることは控え、サリエルの方からもルシアンを連れてくることはなかった。ゆえに時折様子を見に行く影たちの報告しか知らなかった。
サリエルは、近隣の農地に土魔法を施しに行く仕事をし、家族を養っているという。
ヴィオネ領の村に視察に行き、村の畑に土魔法を施し領民に感謝されているという話も聞いた。自分の領地だからと、当然、謝礼ももらっていない。
ヴィオネ領の村はあと3年間は税は免除だ。前ヴィオネ伯爵の賠償としてそう決まっていた。
その後は、サリエル伯爵に領地からの税収が入る。
そう大きい金額ではない。元々、貧しい村だ。
サリエルは「無くても私たちは暮らせるが、国の領地法で決まっているものは貰っておいて積立て、領地の災害などに備えるのは領主の役目だ」と国の官吏に話して居たという。
影たちに、魔導具でサリエルたちの姿を写した画像を見せて貰った。
3人で穏やかに畑にいるところだった。
執事のハイネは、母親や祖父のようにルシアンを育てていると報告にあった。
サリエルが仕事でいないときは遊び相手を務めていると言う。
ノエルは、ハイネの優しげな笑顔に思い出した。
――そう言えば、執事のハイネは唯一怖くなかったわ。
と。
あのヴィオネ家には辛い思い出ばかりだった。
ノエルは、ヴィオネ家の人間は信用していなかった。
両親と姉は、自分を害する敵だった。
両親たちの味方の使用人もそうだ。
見てみないフリの使用人たちも信用は出来ない。
上辺だけ優しい使用人も同じだ。
気の毒そうな目をして辛そうな使用人は、少しは安心できるけれどほんの僅かだ。
ノエルがハイネは怖くなかったのは理由があった。
そんなことは忘れていた。
ただ、ノエルは、町の図書館に行ったりするためサボりたい時、「ハイネに用事を頼まれた」とこれみよがしに他の使用人に聞こえるように言って出かけていた。
そうしておくと咎められない。
実際、咎められたことはない。
それは、ハイネは言いつけたりしなかった、と言うことだ。
ノエルは、6歳ころから芋運びの仕事をやらされていた。
薪小屋に下ろされた芋を食料庫と倉庫に運ぶのだが、ノエルが運び残した芋が明くる日にはだいぶ運ばれていたことがあった。
翌年から、裏庭が片付けられ、灌木が伐採され、領地からの馬車は倉庫まで乗り入れられるようになった。おかげでノエルは食料庫の分だけ運べばよくなりずいぶん助かった。
あれは、誰の指示だったのか。
下っ端の使用人ではないことは確かだ。
思い当たることは幾つもあるが、その「誰か」はいつの間にか助けてくれて、目に見えず、耳にも聞こえず、知らないままだった。
いつの間にか部屋に置かれていた火傷の薬はなんだったのだろう。
何度も疑問には思っても、あの頃ノエルはまだ子供でおまけに傷つき疲弊していた。
気まぐれな使用人が恵んでくれたのだろうと適当に解釈し、考えるのを放棄したとしても仕方が無かった。
――そういうのはね、もう少し「犯人」がわかるようにすべきじゃないかしら。
ノエルは今更ながら、そう思うのだ。




