番外編、祝賀パーティーの陰謀(1)
明けましておめでとうございます。
後日談の続き、『番外編、祝賀パーティーの陰謀(全8話)』を投稿いたします。
毎日2話ずつの予定で、今日2話目は夜9時になります。
読んでいただければ嬉しいです。
「ルシアン様。
またジートを逃しましたね?」
ハイネが困り顔でルシアンの前に立った。
ジートは、雄の鶏だ。
普段は鶏小屋で飼っている。
ハイネは、鶏を鶏肉にするときに情が移らないように名前をつけていなかったが、ルシアンが一羽残らず名前をつけてしまった。
でも、構わず鶏肉にしたりしているが。
あれから3年が過ぎ、ルシアンは7歳になった。
ルシアンがジートを逃すのは追いかけっこをするためだ。
ハイネは、ルシアンと追いかけっこをしてあげられないために強く言い難い。
だが、ジートは凶暴なところがあるので、やはり怒らないといけないだろう。
「ゴメンナサイ……」
この謝り方だとまたやりますね、とハイネは判断した。
「またジートに蹴られますよ、怪我します!
打ちどころが悪かったらどうするんですか」
「ジートはそんなひどくしない。
友達なんだから!」
ハイネはさらに困った。
もう、ジートを鶏肉にはできないだろう。
◇◇
その日。
ハイネはサリエルに相談をした。
「ルシアン様に、安全に追いかけっこが出来るようなご友人ができると良いのですが」
「それは私も思っていた。
近所に同い年くらいの子がいないのがよくないな」
「左様でございます。
マリエ夫人のところの坊やたちは、皆、青年くらいに大きくなってしまいましたしね」
ヴィオネ家は、王都の西にある。王都中心に行くには馬車で1時間かかる。
すぐ近所に大農家と牧場があるため人口密度が低い。
歩ける距離に町はあるし、町の方向にいけば民家も増える。だが、ハイネもサリエルも、ルシアンを一人で行かせる気はない。長らく不況だったアンゼルア王国は治安が良くない。
以前のヴィオネ家では、ノエルを町まで遣いに出していたが論外だ。
ハイネは、ノエルを心配して迎えに行ったり探しに行ったことがあるが、ノエルが身体強化の脚力で妙な男たちを撒いたのを見てから心配しなくなった。
ルシアンも、身体強化は上手い。
ただ、ハイネが案じるのは、ルシアンはノエルよりも人を信じやすそうな気がするのだ。
「友達についてはまだ考え中だが、剣術の師はなんとかなりそうだ。
ジェスの師匠が引退して後進の指導をするらしい。
たまに来てくれると請け負ってくれた。
ルシアンも、走り込みや素振りをするようになれば少しは大人しくなるだろう。
今度は、ジェスが剣術大会に出るので見に行こうと思う」
「それはようございます。
ルシアン様も喜ばれるでしょう」
「ルシアンの『あの能力』は、どうだい?」
サリエルに尋ねられ、ハイネは苦笑した。
「今日は、豆の蔓を好き勝手に伸ばしてまして……」
ルシアンの魔力は、植物との親和性が非常に高いことがわかってきた。植物に対する感受性も強い。
ルシアンは、
「花が水欲しいって言ってる」
と水を運んだりしている。
最近では、自分で水を生成してあげることもある。
ルシアンの水をあげた植物は異常に成長が早い。おまけに、魔力が高くなる。
ルシアンが注いだ魔力よりも高くなるのは、周りの魔素を吸収する力まで与えてしまうためらしい。
サリエルは、秘かに案じていた。
『これは、諸刃の剣になり得る』と。
植物型魔獣には、ルシアンは近づけてはならないだろう。
ハイネにはその不安は伝えていないが、聡明なハイネも気付いているはずだ。
サリエルが土魔法をかけていない花壇で試しても、やはり成長がとても早い。
サリエルの土魔法とルシアンの水と両方だともはや尋常でない。
魔力鑑定の結果、ルシアンは意外に「土」の魔法属性は弱かった。
そのため、今のルシアンでは発動ができない。
ルシアンの魔力量は「大」の下くらいだ。魔法を使うのが好きなので、思春期までにもっと伸びる可能性がある。
魔法属性は「水」「風」。
「土」は弱で、「火」はわずかにある。
魔法の訓練を続ければ、わずかな魔法属性でも使いこなせるようになるだろう。
まだ、少し先の話だ。
むしろ、それは幸いというべきか。
もしもルシアンが二つの力を揃って持っていたら、まだ人格の完成されていない我が子には強すぎる力だ。
これは「神の配慮か」とサリエルは背筋が寒くなる。
ヴィオネ家の秘密だ。まだ3人しか知らない。
ルシアンと遊んでくれるジェスはおそらく気づいて居るが、話せば王宮勤めのジェスには報告義務が生じる。
ゆえに、きちんとは説明していない。ジェスも知らないふりをしてくれている状況だ。
このことは、ルシアンの安全のために今の所隠しておきたい。それで迂闊な友人を作れないというのもあった。
ただ、そろそろルシアンは秘密を守れる年齢だ。
そう考えてはいるのだが、やはり機会を作れそうになかった。
◇◇◇
数日後。サリエルたちは、ルシアンの新しい服を作るために町に出た。
服をあつらえるのは初めてだ。
サリエルは、王宮を出るときに衣類を持ってきた。
我が子の着替えに使えるだろうと思い、幼い頃の服も運んだ。華美なものは寄付に出してしまったが、王子時代の上等なものを何着も持っていた。
それで不自由なく暮らしていたが、ルシアンの服を新しく作ろうと思ったのはやはり流行というものがあるだろうと考えたのだ。
機会があるかはわからないが、剣術大会会場で陛下たちにご挨拶出来るかもしれない。
いとこ達は年が近いので、お会いできたら親しくなれるかもしれない。
それなら、恥ずかしくない格好を我が子にさせておこうとサリエルは思い付き、ハイネも諸手をあげて賛成した。
町の評判が良いという仕立て屋に頼んだ。
まだどんどん成長する時期なので、とりあえず晴れ着一揃えと洒落たシャツを2枚にズボンにしておいた。
ハイネの執事服も新調した。
暮らしが楽になった時にも作り直したが、もっと良い執事服だ。
ハイネは恐縮したが、仕立て屋であまり遠慮するのもみっともないと考えたらしく大人しく採寸されていた。
帰りに町を散策した。
ルシアンが一軒の邸宅に目を止めた。
富裕な商人の邸だ。
悪徳商人ですよ、とハイネがこっそりとサリエルに教えた。
立派な家だが、塀の上部に鉄条網が絡まり物々しい。
「雰囲気が悪いのはあの鉄条網のせいだろうな」
よほど警戒しているのだろう。
ルシアンが「あのトゲトゲはなに?」と訊くので「防犯のためだよ」とサリエルは答えた。
「アンゼルア王国は治安がよろしくないのですよ。
大事なものが邸にあるのでしょう。
泥棒や危険な強盗避けですね」
ハイネが説明を付け足す。
「ふうん」
ルシアンはなにか考え込んでいた。
帰りがけに花屋にも寄った。
種や苗も売っている大きな店だ。
サリエルとハイネは、香草の種や野菜の苗を見た。
ルシアンは花の苗を見ている。
ルシアンが蔓薔薇の苗を欲しがったので購入した。
なかなか上等の苗だ。普段、何も欲しがらない息子なので、サリエルは珍しいなと思いながら喜ぶ我が子の姿に頬が緩む。
子が強請るものを買ってあげるのは楽しい。
仄かにクリーム色がかった桃色の花弁が美しく、ルシアンが育てればそれは見事な薔薇に育ちそうだった。
邸に帰ると、サリエルはルシアンに頼まれて、薔薇を植える花壇に土魔法を施した。
他の買った苗も畑に植えていく。
サリエルとハイネは畑の方に向かったために、ルシアンが蔓薔薇に言い聞かせていたのを聞き損ねた。
「ゴラツィ。お前は、蔓薔薇の騎士ゴラツィだよ。
大きく、強く、鋭く育って。
この邸を護るんだ。
でも、家族は傷つけたら駄目だからね」
ルシアンは、蔓薔薇の根元に、水魔法で生成した水をたっぷり注いだ。




