第十九話 一対三
ユウナとリンドウのバトルが終わった折。
室内運動場に現れたのは、三人の若い男だった。
大柄な男。
中背の男。
背の低い男。
三者三様。
みなレキの方を見ているため、どうやらユウナやリンドウではなく、彼に用があるようだった。
「なにか?」
「なにか、だと!? とぼけるな!」
「……?」
とぼけるなとは一体何の話なのか。レキにはさっぱりわからない。人相も記憶にないため、いまここで初めて会う人間であるのに間違いはないはずだ。わかっていて当然だというような態度を取られても、彼としては困ると言うもの。
レキが怪訝そうに眉をひそめていると、大柄な男が前に出る。
「さっきは人の流派をとやかく言っていたな」
「人の流派……?」
「トレーニング機能を使ってベラベラ喋っていただろう!」
レキはその言葉で、やっと何を話しているのか思い至る。
「ああ、そうか、アンタらあの魔獣新流とかいうのの……」
「そうだ!」
おそらくユウナの配信を見ていたか、もしくは見ていた者から報せがあったのだろう。
「なるほどな。それで俺に文句言いに来たのか」
「そういうことだ。いまなら詫びて訂正するだけで許してやる」
「いや詫びて訂正って……俺はそこまで文句を言ったつもりはないけどな? それに、だいぶ言葉を選んでいたはずだぞ?」
「構えをどうこう言っていただろうが!」
「あれには実際改善点は沢山あるし、そもそも実用的じゃないものばかりだったじゃないか」
「うるさい! いいから頭を下げて詫びろ!」
大柄な男は、威圧的に命令してくる。
どうやら聞く耳を持っていないらしい。本来ならば言い返す論理を持ち合わせているはずだが、こうしてただただ威圧することしかできないということは、流派にきちんとした術理がない証拠だ。
「……俺は訂正するつもりはない。実際やって見せたときも、効果的じゃないことは明白だった。あれはそれをきちんと実践して説明したものだ。まあアンタらがあれで良いなら勝手にやってればいい。人の自由にそこまでとやかく言うつもりはない。だが俺の弟子になった以上は、やらせるわけにはいかないってだけだ」
「屁理屈を」
「屁理屈ってな……」
大柄の男はどうしてもこちらに謝罪させたいらしい。
そもそも批判ですらないのにもかかわらず、こうして噛み付いてくるはいかがなものか。
ならば、正直な意見をぶつけるべきか。
「……俺だってあまり他の流派にあーだーこーだ言いたくはないがね。さすがにあれで武術だって言い張るのはないだろ。まず同じ武術館でやってるまともな剣術に申し訳が立たないと思わないのかよ? 前に武術館を見に行ったとき、黒月流とか他の新興でも動きは真っ当だったぞ」
確かにレキも、他流派に対して文句を言うのは無粋だと思っている。
基本的に武術を謳っているものは、たいていきちんとした理があるのだ。
自流と他流に違いがあるのは、想定している場の状況が違ったり、相手も変化したりするからだ。仮想する敵や状況がまったく別の物であれば、当たり前だが対応の仕方も変わってくるというもの。それで差異が出てくるというだけで、批判するには値しない。
だが、それが武術にすらなっていないものなら話は別だ。
そのうえ高額の授業料をせしめているとなれば、詐欺まがい行為として批判されてしかるべきだろう。
……そう考えると先ほどのリンドウのレキに向けた発言は心情的には真っ当だったと言えるかもしれないが――いや、やはりよく見ず試しもせずに批判するのはよろしくない。
実際あの足運びでユウナに隙を突かれかけたのだ。
「はっきり言っておく。アンタらのやってる流派は武術でもなんでもないただの詐欺だ」
「っ、そこまで言うなら俺たちと勝負しろ! 二度とそんなことを言えなくしてやる!」
「だろうな。こうなるとは思ってたよ……」
さすがに億劫すぎて肩が凝る。
これも身から出た錆というものなのか……いや、前世であればいつものことだ。武術に身を置く以上、こうした他流派との意見の相違から生まれるいざこざは避けられない運命にある。ネットやSNSで他流派をこき下ろしただとかでネットバトルを繰り広げたり、同じ流派でも、宗家だ元祖だ源流だなんだということで泥沼の争いをしたりしたところもあるくらいだ。
やはりここは、正面から殴り合って証明するべきだろう。
レキはそう思いながら、正面に立った。
「まずは俺からだ」
大柄な男はそう言ってグリップデバイスに手をかける。
投影したのは、ユウナと似たタイプのロングソードを少し大きくしたようなものだ。
他の二人も、それぞれの体格に合わせた大きさのロングソードを投影する。
だが、
「別に俺は三人一緒で構わないけどな? むしろ三人いっぺんにしてくれ。その方が時間の節約になる。ユウナの稽古の時間を削りたくない」
「なんだと!?」
「お前っ……!」
「バカめ! 後悔するなよ!」
男たちが一斉に色めき立つ。
その手のセリフは、前世を含め何度聞いたか。
そんな中、ふとリンドウがこちらを向いた。
「三人を一度にとは、大層な自信だな」
「これでもそれなりに自信があるからな」
「あんなことを教えている身でよく――」
「おいおい、よくそんなこと言えるなあんた。さっきユウナにしてやられそうになったのはどこのどいつだよ。反応遅れたの丸わかりだったぜ。驚いてたとこきちんとスクショしてあるからあとで見るか?」
「……貴様」
リンドウに対して肩をすくめて答えると、鳶色の視覚センサで睨みつけられた。
そんな態度を取るということは、驚かされた自覚はあるということだろう。
ユウナが心配そうな表情で近づいてくる。
「先輩……」
「ん。問題ない。俺の動きをよく見ておけ」
「は、はい!」
やがて、男たちが前に出てくる。
レキの要望通り三対一にはなったが、やはり一人で倒そうと考えているのだろう。それぞれ距離が等間隔ではなく、開きがある。
他方、騒ぎを聞きつけたのか、それとも出遅れたリンドウ戦の視聴者なのか、室内運動場にはギャラリーが続々と集まって来ていた。
立ち合いを始めるため刀を抜くと、周囲にラインが投影されゲーム領域が設定される。
ALL OR NOTHING!
レキはバトルが開始された折、すぐに刀身を鞘に納めた。
「……なんのつもりだ?」
「さてね」
大柄な男が眉を捻じり上げる一方、レキは欧米人よろしく、大仰に肩をすくめてそれを適当にあしらう。
大柄な男はすぐに顔を真っ赤にした。
悪い気が溜まっている。これはよくない。冷静さを失えば、動きはさらに限定される。
別にレキは挑発すらした覚えはないのだが、相手はそれすらわからないド素人たちだ。
これがゲームである以上、それを心得ていない人間がいるのは当然だろう。
だが、流派を掲げる人間がそれで一体どうするというのか。
気が逸った大柄な男が、駆け出すように踏み込んでくる。
確か魔獣新流で言う悪鬼の構えと言ったか。要するにただの片手上段だ。
いや、剣を片手で持ち上げただけで、構えとすら言えないものだ。
腕の位置や握りにすら配慮しておらず、こん棒を持ってただ無造作に打ち掛かってくるかのようにも見える。
それに対してレキは、身体を小さくかがめるように構えながら、相手の剣の下、懐へと侵入。レキが上体を動かさなかったため、相手は動きの起こりが読めなかったのだろう。
大柄な男は反応が追いつかず、慌てて剣を振り下ろすが――レキはそれを待ち構えていた。
振り下ろされる『手』を受け止めて、すぐにグリップデバイスを掴む。
「なに――?」
相手が驚いている合間に掴んだグリップデバイスを左に倒すようにして素早く捻じり、同時に脇を締めて相手を引き寄せ、すぐに相手の身体を左横に引き付けるようにして投げた。
「ぐああっ!?」
大柄な男は大きく回転して転倒。パッドの安全モードが働いたのか、頭を打つことはなかったようだが、わずかにHPゲージが減少する。
その一方で、レキの手には大柄な男が持っていたグリップデバイスが握られていた。
レキは倒れた相手に対し、逆袈裟に斬り上げる。
地面に転がっていた相手は、切っ先で掬い上げられるように斬り付けられ、ゲージを大幅に削られた。
「うぐ……」
レキは呻く相手を尻目に、次の相手のいる方へと向かう。
大柄な男のHPゲージはまだ半分ほど残っているが、グリップデバイスはレキの手の中にあるため、捨て置いてもよかった。突っ込んで来たのなら斬ればいいだけなのだから。
仲間が一瞬で剣を奪われたため、残りの二人は驚きで動きが止まっている。
やがて、その金縛りのような硬直が解けたのか。
「俺がやるっ!!」
背の低い男が勇ましく吼えた。剣を構えながら突っ込んで来る。
だが、柄を両手で持って掲げているだけであるため、剣が身体の揺れに影響されて大きく左右に振られている。
これでは振り抜くときに狙いが定まらず、剣尖に力も入らない。
本来ならば鍔元を持つ側の腕と柄を一直線にして、しっかり保持するべきところなのだが、走るときの手の内すら知らないということだろう。
一撃目の袈裟斬りはかわすまでもなく空を斬り、続く二撃、三撃目もレキの身体を捉えることはできなかった。
レキはすぐさま間合いに入り込んで、身体を沈ませながら両手を広げて隙を晒す。
身体を低くすれば、真っ向や袈裟から頭に打ち掛かってくるのが常。
無防備に誘われてうまうまと打ちかかってきた剣を、レキが即座に左に払う。
それと同時にその力を利用しながら軸足のかかとの推進力を爆発させ、前に蹴り上がるように金的へ蹴りを放った。
「う、うわっ!?」
ハプティックパッドの安全機能で電磁反発が生まれ、蹴り足と股座の間に空間ができる。
そのため、レキが当たったような手ごたえを感じても、実際には当たっていない。そしてモード選択によってペインフィードバックの有無を切り替えられるため、相手には痛打されたような素振りもない。だが、強烈な蹴り足と相手の生体反射、ハプティックパッドの反発によって、相手の身体はふわりと浮き上がった。
一方でレキは片足で立ちながら、剣を払うために振った刀を戻す流れで、相手の胴を薙ぎ払う。
エフェクトが発生し、減ったゲージがさらに減り、ゼロへ。
どうやら金的ダメージが思いのほか大きかったらしい。
次いで胴を真っ二つにしたのもあって、通常四撃必要なところが二撃で済んだ。
……武術において金的対策は必須のものだ。どんな武術でもそれを警戒して、股を閉じたり半身になったりすることを教える。こうして受けてしまうと言うことは、彼らの流派ではそれを教えることすら怠っているということだ。
残り一人、結局一対一のような形になってしまった。
最後に残ったのは中背の男だが、なぜか領域の端でにやにやとした笑みを浮かべている。
ふと、中背の男に赤みがかったオレンジのエフェクトがまとわりついた。
どうやらアイテムを使ったらしい。パワーアシストを利用するための、アシストエナジーだろう。
「へ……油断したな」
「そういうことは倒してから言えよ。こういう奴はなんでいっつも、勝つ前にそういうこと言うのかね?」
「言ってろ!」
中背の男は叫び声を上げながら、その場でぴょんぴょんと飛び跳ねている。
(ほえ)
レキが中背の男が妙な挙動を取っていることを不思議に思い、口をぽかんと開けていた折、領域外からユウナの声が響いた。
「先輩! あれはプレイヤースキルの飛石渡りです!」
「ふむ?」
プレイヤースキルとは聞きなれない言葉だったが、すぐに先ほど言っていたパワーアシストを用いた技のことを言うのだろうと勘を働かせた。
中背の男はぴょんぴょん飛び跳ねながら、レキをかく乱させようと試みる。
確かにその様は、川に置かれた飛び石をジャンプしながら移動しているようにも見えた。
やがて、中背の男が飛び跳ねながら間合いを詰めてくる。
パワーアシストのおかげか、跳ねる高さや距離も大きく、それなりに速さもあった。
中背の男はそれを利用して、片手で持った剣をレキの足元に向かって振り下ろしてくる。
「うりゃ!」
レキが足を引いて剣をかわすと、中背の男はすぐに距離を離して、再び足もとを狙って打ち掛かってきた。
剣士は足もと狙いの攻撃に弱いため、有用な手だと言えるだろう。
右半身になれば右足を狙い、左半身を取れば左足を窺っている。
だが、振り方がめちゃめちゃだ。刃筋も考慮されていない。
一番近くて、新聞紙を丸めてチャンバラをしているようなイメージだろう。
(つばくらめ、太刀を落とせど…………いや)
ふと、跳ね飛ぶ相手に対する武術歌を思い出すが、それが必要な相手ではないと改めて考え、意識の外に除外する。
相手は無造作に跳ねているだけだし、狙いは足元ばかりだ。
まず足元を切り裂いて、体勢を崩させようと言う魂胆なのだろう。
だがこれは止心だ。中背の男は足ばかり斬ろう斬ろうと思って心が固着している。上級者ならばそれを利用してうまく心理戦を仕掛けるものだが、そういったようにも見えない。おそらくはこの戦法でずっと勝ちを得てきたため、思考がこれだけに凝り固まっているのだろうと思われる。
何度か足元狙いの剣を適当に凌いだあと、相手の狙いを見つつ、即応する。
屈むように左足を前に出して、柄を顔の前に持ってきて剣を左に傾け、さらに切っ先が床に付くほどまで倒す。当然だが持ち手は捻じれるようになり、妙な体勢に見えるだろう。
相手が頭を狙いかかれば、この状態から太刀を右上へと切り上げて手を狙えばいい。
だが、中背の男はその誘いには乗らずに、前に出した左足を狙って打ち掛かってきた。
「もらいぃいい!!」
捻じった腕をもとに戻すようにして剣を上段へと振り上げ、出した左足を後ろに引いて跳ね上がるように起立する。レキが左足を下げて体勢を戻したため、相手剣ははズレて空を切り、次いで自身は前に飛び出て振り上げた剣を振り下ろした。
「ぐっ!」
斬り裂くと同時に、HPゲージが三分の二ほどまでに目減りする。
相手はペインフィードバックで多少の痛みを受けたのだろう。苦悶の声を上げた。
中背の男はすぐに飛び退いて離脱を試みるが、させるつもりはない。
レキは追撃のため、前にもう一歩踏み出して、振り下ろした剣を斬り上げる。
アシストのおかげかこれは身をよじってかわされるが、今度は相手の剣に狙いを付けて、相手の剣を袈裟掛けに叩き落す。
剣は左下方に打ち払われ、今度はそれを右斜め上方へ摺り上げるようにして再び打ち払った。
剣を持つ手を上下に激しく動かされたからか、相手は剣を保持していられず、グリップデバイスをぶっ飛ばされて無防備に。
そこへ、とどめの一撃を放った。
「はぁあああああああああああっっ!!」
レキは爆轟さながらの呼気を張り上げ、相手を上段から斬り下ろす。
斬撃の際に身体を開くことで、斬り下ろしの威力が増加。
投影された刀身が頭から股下まで斬り下げられた。
中背の男のHPゲージが減少し、一気にゼロへと持っていかれる。
これで二人目だ。
残りは最初に剣を奪った大柄な男のみ。
「刀を抜かせて欲しかったところだが、それも無理か」
レキはそう言いながら手に持った剣をくるくると回し、最初に倒した大柄な男に近づく。
そこに、グリップデバイスを飛ばすように投げつけた。
「ぐぅ!?」
投影された切っ先が大柄な男の腹部に突き刺さり、残ったHPゲージがゼロになる。
「……つまらん」
これで三人目。HMDにWINNERの文字が躍る。
決着だ。多分に予想されていたことだが、もう少し驚きが欲しかったというのが、レキの本音である。
バトルが終わり、展開されていた領域が消失する。
……直後、ギャラリーたちの驚きや歓声が聞こえてきた。
――見たかよ。一撃も受けなかったぞ
――すげえ。なんだあの動き? 全然動いてないのにかわしてやがる
――三体一なのに勝てるのかよ……
――いや、一人一人を早く終わらせたから実質三連戦みたいなもんだろ
――あんな技見たことないぞ。どこの流派だ?
――っていうか自分のグリップデバイス使わないで勝つってどういうことだよ
――手をぐりって、こう、動かして……どうやったんだあれ?
――剣を上下に動かしてぶっ飛ばしたのすげえな
特に、最初に使った奪刀術や、最後の龍尾剣まがいの連続斬りが印象的だったのだろう。それらについての感想の声や会話が、そこかしこから聞こえてくる。
「で? なにか言うことはあるか?」
「くっ……」
これだけ鮮やかに倒されれば、さすがに言い返すことはできないか。三人は室内運動場の床に座り込みながらレキを睨みつけてくる。目から敵意は消えていないが、三人とも言葉に詰まった様子。
レキはそのまま、リンドウに話を振った。
「皇帝さん、あんたはその魔獣なんとかっていう流派について、どう思うよ?」
「……少なくとも、その流派で取り入れたいと思った部分は一つもない。そもそもその流派は首都総合武術でも詐欺流派と言われるものの筆頭だ。きちんと指導もしないくせに、高い月謝を払わせることで有名だろう」
やはり、どこでもそういう認識なのか。
「だそうだ。あんたらにとっちゃ、無名の俺なんかよりも皇帝さんに言われた方が説得力あるだろ?」
仕掛けてきた者たちは、歯ぎしりするばかりでなにも答えない。
背を向けると、声がかけられた。
「ま、待てっ!」
「待て? なんだ、まだやるのか? いいぜ? 俺はそっちにその気がなくなるまで斬るだけだ。それとも、気に食わなきゃ全員で闇討ちでもするか?」
「そんなことはっ……」
「俺は構わないぜ? 仮にも武術を語る身だから何があっても文句は言えん。ただ、やるんなら潰される覚悟をしてこい。当たり前だが武術家のならいだ。二度と剣を持てる状態では帰してやらんぞ」
レキが脅しというように三人を鋭く睨みつけ、威圧する。
すると、目に見えない圧力を受けた三人が震えるようにしゃくりあげた。
……こうしてやれば、大人しくなるだろう。
そんなことを考える中、AI知性体たちが驚いていることに気が付いた。
「な、なんだ?」
「ラジエータの排熱機能異常と潤滑油流量の向上……? これは……」
「なんで疑似自律神経系の制御に乱れが出るんだ? 有限オートマトンの状態が不安定に……どうなっている?」
「うげー、エモーショナルエンジンがぐるぐるしてるゥ……」
聞こえてくるのは、科学で説明できないこと現象に対する困惑だ。
みな、不可解な変調に対して目を回している。
AIは精神的な事柄に対する感度が低いはずだが、意外と影響があるらしい。
彼らは感情表現のために電子脳にエモーショナルエンジンを搭載している。
AI知性体は周囲の人間の様子や挙動をデータとして集めるため、ときにそれが影響して感情表現の強いAIは集団ヒステリーを起こしてしまうというが……この現象がそれなのだろうか。
ユウナも戸惑った様子だったが、すぐに戸惑うような状態から脱したようで。
「アシストエナジーを使った相手でも簡単に倒せてしまうんですね」
「ああいうのは力が強くなったり動きが速くなったりするだけだからな。技術が上がるわけじゃない」
「でも、一撃も浴びないなんてすごいです」
「俺の難易度じゃ一発でも貰ったら負けるから」
ユウナとそんな話をしていると、近くにいたリンドウが顎をしゃくるような挙動を見せる。
「TRULYモードか」
「ああ、これくらいにしないと物足りなくてね」
「ふん……」
リンドウは気に食わないというような視線を向けて、目蓋を閉じた。
「あと、そうだ。さっき言ってた健康科学とかそういった言葉は取り消して欲しいんだが?」
「それは実際に戦って確かめてからだ。抜け」
「……皇帝さんは意外と好戦的なんだな」
リンドウが腰に差したグリップデバイスに手を掛ける。
これからすぐにでも立ち合おうというのだろう。
先ほどレキも散々言われたため、ここで実力を示しておきたいところではあったが。
ふとそこで思い立って、ユウナとリンドウを交互に見た。
……ここで自分が彼女と戦って、果たしてそれでいいのか、と。
「いや、やっぱ遠慮しておく」
「なんだ。怖気づいたか?」
「皇帝さんの相手はユウナなんだろ? ここでユウナに剣を教えてる俺がしゃしゃっちゃあダメだろ」
「だが、こうして拒否した以上、臆病のそしりは免れんぞ」
「そうだな。どんな理由があろうと申し出を断ったんだ。何を言われても甘んじて受けるさ。ここが我慢のしどころだ」
「……ふん。気に食わんな」
「誰にも彼にも好かれるような生き方は難しい。草枕にもあるだろう? 智に働けば角が立つ、情に棹されば流される、意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい……ってな」
「聞いたことがない」
「え? あれぇ……?」
リンドウのにべもない返答に、レキは肩透かしを食らってしまう。
この時代は夏目漱石すら常識の範疇から消え去ったというのか。
文明の遷移というのは本当に恐るべき事柄だとつくづく実感する。
ともあれ、勝負を断ったためだろう。
リンドウはこちらに背を向けて歩き出す。
そんな彼女の背に、ユウナが追い縋るように声を掛けた。
「リンドウさん!」
「半月後、試合を設定する。そのときお前が力を示せなければ、もう競い合う必要はないだろう」
「――!?」
「わたしは上にそう報告するつもりだ」
リンドウはそう言い残すと、室内運動場から去って行った。
一方でユウナは、彼女の言葉にショックを受けたのか。気落ちしたように肩を落としていた。




