第105話 魔王、獣人の幼子達を養うのじゃ
エプトム大司教を倒したわらわ達じゃったが、なんと保護したウィーキィドッグ達が獣人の子供になったのじゃ。
どうやらエプトム大司教が扱っていた呪いの実験台にされていたと見える。
酷い事をするものじゃのう。
「それにしても獣人の子供とはのう」
獣人はこの世界に生きる種族の一つじゃ。
獣人は獣の数だけ種族が分かれており、更に獣の要素が多く、二足歩行の獣型と人に獣の部位が付いた外見の二種類が存在する。
部族単位での諍いはあるが、獣型の獣人も部位型の獣人もお互いに獣人であると認識しておる。
問題は、獣人が今の世では魔族の一部と人族に思われている事じゃ。
「さて、こやつ等は獣人国から攫われたのか、それとも魔王国から攫われたのか……」
一部の人族の国からは魔族と勘違いされている獣人じゃが、他種族からはちゃんと別種の存在と認識されておる。
それゆえ獣人主体の国があるのじゃが、わらわ達の魔王国は様々な種族が集まった国である為、獣人も暮らして居る。
つまり、どっちの国に連れて行けば、こ奴らを家族の下に帰してやれるのか分からんのじゃよ。
「お主等、故郷は獣人の国か? それとも魔王国か?」
「っ」
わらわが尋ねると、子供達はガルにしがみつくように隠れる。
「……わからない」
そして一拍間をおいて、男子の方が答えた。
じゃよなぁ、子供にどこに住んでいるとか分からんよなぁ。
大きな町に住んでいれば、そこがどこそこの町だの国の名前を聞く機会もあるじゃろうが、地方の村の場合は自分達の住んでいる場所を村としか言わん。よその町や村に行く者はそうそうおらんし、村の中ならそれだけで通じるからの。
「ふーむ、困ったのう」
「貴方達、自分の名前は言えますか?」
わらわが悩んでいると、メイアが子供達に話しかける。
「……シュガー」
「ユウ……あ、その、えっと」
「シュガーにユウですか。良い名前ですね」
ユウと名乗った男子の方は何か言いたげであったが、諦めたのか口を噤んだ。
「貴方達の故郷は我が主が責任を持って探してくれますから安心しなさい」
「うむ、流石に攫われた子供を無責任に放置は出来んからの。任せるが良い」
「っ……」
子供達はまだわらわ達を警戒しておるのか、戸惑った様子を見せる。
「安心しろ。魔物の姿をしていたお前達を保護した者達だぞ。お前達が獣人だと分かった所で態度を変える様な事は無い」
ガルが二人を窘めると、子供達は不安そうに互いに顔を合わせたのちに、何かを決めたのか、わらわに視線を戻す。
「「ありがとう……ございます」」
「うむ」
「では貴方達に仕事を割り振ります」
「「え?」」
「む? 子供達を働かせるのか?」
メイアの発言に、わらわはそれはちと厳しくないかと諫める。
確かに幼くとも働く子供はおるが、この島ならそんな苦労をさせる必要もあるまいに。
「この島に住む者は皆何かしらの役割をもっております。であれば、短い間であってもこの島に住む以上衣食住、そして安全の対価を支払う必要があります」
ん、んんー? 毛玉スライムとか何か役割持っておったかのう?
「なにより、この場所の様な環境が、何の対価も無しで得られると考えるようになっては、この子達が親元に帰った後で困ることになりますから」
『この島はリンド様の魔力によって文字通り鉄壁の守りで守られております。護衛となる聖獣達が存在しており、美味なる食材に溢れ、気温も快適、更にはわたくし達メイド隊が万全の態勢で環境を整えております。そのような環境でお客様待遇を受けれる者など、王侯貴族でもそうはおりません』
と、通信魔法で補足説明までしてきおった。
しかし成る程、確かに貴族の子供でもないのに幼い頃に贅沢を味合せるのは危険か。
確かに道理は通っておる。
「わ、わかりました。働きます」
すると女子の方が自分の意志で働きたいと言ってきおった。
「お、俺も働きます」
それを追うように男児の方も働きたいと言い出す。
どうやら子供なりに空気を読んだようじゃの。
「では仕事を教えますので、付いて来なさい」
「「はい!」」
こうして、期間限定ながらもわらわの城に新たな使用人が生まれたのじゃった。
◆
「あの二人の故郷については、各国に潜ませた部下達に調査を命じました」
夕食を追え、食後の茶の用意をしながらメイアが報告をしてくる。
「うむ、よろしく頼むぞ」
「ただ、故郷の名も、ましてや両親の名も分からない以上、二人の名前と容姿だけでは調査に時間がかかるかと」
「それは仕方あるまい。気長にやるしかあるまいて」
最悪の場合、数年かかるかもしれんな。
「一番の懸念は、二人の故郷が残っているかどうかですね」
「ふむ、申してみよ」
何となく言いたい事は分かるがの。
「二人の故郷が、エプトム大司教の手の者によって襲われた可能性もあります。信者を洗脳して自爆させたり、子供を呪いの実験台にしたとなると、それらの技術を開発する為の実験台にされた者は少なくないでしょうから」
つまり、教会の教義で魔族と認定されている獣人の村を討伐名目で襲って生き残りを実験台にした可能性か。
その場合、あの二人の故郷は永遠に見つからぬじゃろうなぁ。
「その時は、保護したわらわ達が責任を持って育てるしかあるまいて」
拾った以上は最後まで面倒を見る。当然のことじゃ。
「この島に永住するもよし、成人して外に出るもよし。大人になるまでは保護してやればよい」
「はい、どちらを選んでも良いように、しっかりと育成致します」
……もしかして、そうなった場合を考えてあの二人を働かせることを提案してきたのか?
永住するなら使用人として働けるように、外に出るなら商会の手の者として利用できる様にと。
「……そうか」
なんとなく怖くなったので、詳しく聞くのは止めておいたわらわじゃった。
魔王も自分から見えている危険には近づかないのじゃよ。
◆
「ふっふっふっ」
「はっはっはっ」
翌朝、朝食を食べる為に食堂に向かっておると、小さな尻尾が床をウネウネと動き回っていた。
「二人共、床掃除は真っすぐ進みなさい」
「「はい!」」
どうやら床を雑巾がけしておるようじゃ。
二人のサイズに会った子供用メイド服が何とも愛らしいのう。
「順調にメイドとして教育されておるようじゃの」
懸命に働く二人の姿に満足したわらわは二人に背を向けて食堂にむかうのじゃった。
「……ん? いや待て、確か片方は男子でなかったか?」
今両方ともメイド服を着ておった気がしたんじゃが……うむ、考えるの止めよ。
人の趣味にも口出しせぬのが部下と上手くやっていく秘訣なんじゃよ。




