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堕チタ勇者ハ甦ル  作者: あんぜ
四章 封印

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第51話 依代

「まずはエリン様、貴女様に謝罪を。オーゼ殿が生きていたこと、黙っていて申し訳ありませんでした。秘匿事項でした故、明かせませんでした。フクロウ(ソワル)を代表して謝罪させていただきます」


 領境まで見送りに来たアシスは砦を過ぎた後、フクロウ(ソワル)と連絡を取ると言ってしばらく魔術を使っていたが、幽霊馬(スティード)をルハカの後ろに乗る私へ寄せてきて急にそんなことを言い始めた。


「なんだアシス。今更、気にすることではない」

「ですがエリン様には余計な心配と負担をかけてしまいました」


「いいんだ、もう。オーゼが無事なことはわかったから。それに私のことは自業自得だ。オーゼを信じ切れなかった自分が元凶だ。――いずれにせよ、必要なことだったんだろ?」

「はい……」


「ならば良しとしよう。代わりに、帰ってウィカルデに怒られてこい」

「はい! 町でギードラ……いえ、一ツ目(ストアヌイ)と合流してください」


一ツ目(ストアヌイ)か。東に舞い戻っていたのか」

「ええ。――ではエリン様、皆さま方、ご健闘を祈ります。必ず帰ってきてくださいよ」


「ああ! 必ず!」


 私はまた、裏付けされた自信もないのにそう言ってしまった。オーゼなら怒るだろうか。思えば遠征中はオーゼには苦労を掛けてばかりだった。だけど今回ばかりは逃げるわけにはいかないんだ。許して欲しい……。



  ◇◇◇◇◇



 しばらくぶりの一ツ目(ストアヌイ)は完全武装で幽霊馬(スティード)の後ろに乗っていた。意外なことに彼女は面頬(ヴァイザー)を上げ、私に向かって頷いてきた。浅黒い肌の精悍な顔つきの女性だった。私も頷き返す。


「ギードラ!」


 単独で幽霊馬(スティード)に乗るルシアはそう声をかけると、一ツ目(ストアヌイ)幽霊馬(スティード)を寄せてお互いの手を叩き合い、笑うルシア。


「ルシアは平気なんでしょうか?」

「ルシアのことはルハカの方が詳しいでしょう?」


「うう……あんなルシアはしばらく振りでよくわかりません……」


 ルシアは少しおかしかった。ルハカのことも最初は覚えていなかったという。ロージフの落とされた左手を見て、悲しげにしてはいたがそれほど動揺しなかった。しかもルハカが言うには戦場であの千の剣の怪物(スコラハス)まで召喚して暴れさせた後だというのだ。そんなことがあれば彼女はきっと昔のように怯えていたはず……。



 町から出ると、魔術師たちは幽霊馬(スティード)を疾走させる。普通の馬ではこうはいかない。フクロウ(ソワル)が用意してくれた携帯食を頬張りながら東へ向かい、日暮れ近くに東の領境の町に入る。ずいぶんと日も短くなり日暮れが早い。



  ◇◇◇◇◇



「ずいぶんと人が多いな」


 町へ入ると通りが人で溢れかえっていた。祭りなどでは無い。そこかしこに座り込んで焚火を起こし、暖を取っている。広場まで進むとテントだらけだった。


「どうもロバルからアザールへ逃げてきた領民のようですね」


 馬を降りて様子を伺ってきた団員が報告した。


「――ロバルでは雪が降っているそうです。領境の町の北の森では火災も起きていると」

大蛇(ワーム)か?」


「はい、姿を見たという者も居て、町は混乱してるそうです」

「それでこの避難民か」


「雪は女神様の力が弱っているからでしょうか? 本来は東の果てと同じく、ここは雪に埋もれる土地だとか」


 ルハカが聞いてくる。


「おそらくそういうことだろう。急ぐ必要があるが、余力のある者は?」


 団員の顔と、そして途中から合流してきたフクロウ(ソワル)の20名ほどの顔を見やる。


「団長、我々はまだ何も手柄を立てていません」

「そうです、ただ移動しただけ。まだいけます」

フクロウ(ソワル)も全員問題ありません」


「あたしは連戦だけどまだ大丈夫」


 ルシアが自信ありそうにそう答える。

 ルシアの腰にはあの黒剣(スワルトル)がそのままあった。


「ルシアにはできるだけ安全な場所に居て欲しい。何かあったらオーゼに申し訳が立たない」

「あたしは姉さまと一緒に居ます!」


「ルハカ、ルシアを守ってやってくれ」

「は、はい」

「ルハカは副団長でしょ! 団長のあたしの方が偉いの!」


「わたくしも連戦なので……。ルシアも無茶しないでよ」

「ルハカも無理はするな。魔力に余裕が無いと思ったら下がれ。必ず生きてオーゼの所へ戻ってくれ」


 この二人だけは何があってもオーゼの元へ返さなくてはならない。



  ◇◇◇◇◇



 行軍用の重防寒具だけ掻き集めた後、峠を越える。その頃には既に日は落ちていた。

 砦を抜けて下りへ入る頃になると暗い空から白いものがちらほら舞い始めた。

 町が見えてくるが、先に北方の森で火の手が上がっていることに気が付く。ただ、町の方にはまだ被害が出ていない。その中でフクロウ(ソワル)の魔術師が幽霊馬(スティード)に乗ったまま連絡を取っていた。


「領都が襲われているようです。仲間が領民を避難させているようですが軍が持つか……」


 幽霊馬(スティード)をこちらに寄せてきた魔術師が言った。


「領都に到達しているなら直接追うよりも街道を回ろう。その方が速い。領都にガナトの手持ちの兵は居ないが、国軍が駐留していた。規模だけは大きいはずだ」


 遠征の際、国の最終防衛線を任されていたグレムデン将軍旗下の魔術戦闘団(ウォーマギ)であれば怪物の類も相手取ることができる。せめて領民の避難まで持ちこたえてくれればと祈った。


 暗い夜道を魔術師たちの鬼火(ダンシングライト)を頼りに進む。鬼火に照らされた雪だけが視界に入ってくる。それはまるで私たちの行く手を阻むかのように勢いを増していた。



  ◇◇◇◇◇



 ロバルの領都はハイセンと違って大きく、周囲を外壁で守られている。南門と東門が主要な出入り口であったが、我々の向かう南門には人気(ひとけ)は無かった。ただ、砦のある北側で火の手が上がっているのだけがわかる。


「姉さま、あちらです」


 ルシアが指さす方向は領都の西側の丘陵地。起伏が多く、外壁の際は大きく落ち込んで幅の広い水堀となっている。その丘の方にも連なるように焚火か何かの灯りが見える。


 ルシアは迷いなく丘へと向かう小径に入る。


「ルシア、待って。どうしてそっちへ?」

大蛇(ワーム)は尾根をひとつふたつ越えるくらい長いのです。あちらが明るいのは向こうにまだ胴体がある証拠です」


「わかった。だけどルシアは後ろをついてきてくれ、危険だ」

「はい、姉さま」


 ルハカに頼み、幽霊馬(スティード)を先に進ませる。

 闇に向かって登る斜面、鬼火(ダンシングライト)に白く照らしだされるいくつもの石灰岩の塊を避けながら丘の上へ出ると、確かに巨大な大蛇(ワーム)の胴が西から東、領都の外壁へと向かい、外壁を破壊して侵入していた。


「止まっているな」

「ですね。軍と交戦中でしょうか?」


 300尺ほど離れた場所から様子を伺う。胴の高さは人の背の高さほど。幅はもっとありそうに見える。暗色の刺々しい鱗に覆われ、周囲の草を燃やしている。


「魔法は効かないと言っていたな? ルシア」

「胴には効きませんでしたが頭には効きます。兄さまが調べた限りでは頭には眠り(スリープ)の魔法が効きました」


「ケエラ、私と代わってルハカの方に乗ってくれ。ルハカとルシアを頼む。――テーリカ、悪いが幽霊馬(スティード)の手綱を頼むぞ」

「光栄です団長! どこまでもお供しますよ!」


 危険を承知で金緑(オーシェ)の魔術師であるテーリカは快い返事をくれる。


「他の者は待機だ。頭がこちらに向かったら魔法の指揮はルシアに任せる。相手の力がわからないうちは無理に馬を降りず距離を保て」


 テーリカは幽霊馬(スティード)を進める。


「胴に寄せて並行に走らせろ。西から東へ」

「承知!」


 私はジルコワルから奪った黒剣(スワルトル)を抜いた。

 魔剣の類は何かしらリスクがあるかもしれないが、今はこれに望みを託す。


「行くぞ!」


 右手で握り(グリップ)の末端を、左手で刃根(リカッソ)を掴み、黒剣(スワルトル)の先端を大蛇(ワーム)の胴体へ押し当てた!


 果たして、黒剣(スワルトル)大蛇(ワーム)の腹を引き裂いた。聖剣(スコヴヌング)ほどでは無いが、斬りつけた部分は確実に上下に分かれていく。黒剣(スワルトル)を取られないようにと後席用の(あぶみ)を用意していたが杞憂なくらいすんなりと刃が通っていった。厚い竜の鱗を滑らかにひとすじ裂いていく。


「ここまでです!」


 テーリカが声を掛け、馬が右へ回る。小さな下りの崖が行く手を阻む。


「もう一度! 東から西へ!」


 テーリカが馬を回すと、黒剣(スワルトル)を逆に持ち替える。そして同じところをより深く斬り込んでいくと、ドッと腐臭のする体液が吹き出てきた。テーリカも優秀なことに安定してこの怪物の脇を掠めるように走らせてくれていた。往路と復路で斬りつけた腹はばっくりと割れていたが、大蛇(ワーム)は身震いさえしない。


「確かにルシアが言っていた通り、図体が大きいだけでどうにも手応えのない相手だ」

「腹の中に一発、カマしてみましょうか?」


「よし、頼む」

「承知」


 テーリカは裂かれた腹に幽霊馬(スティード)を寄せると、片手を裂けめに向け稲妻(ライトニングボルト)を放った。ドン!――という衝撃音と共に周囲を明るくした稲妻は、大蛇(ワーム)の腹の中を焼く。――が、ビクリともしない。


「これはまた厄介な相手だな。幅はあるが降りて両断してみるか?」


 そこに味方の一団から一騎、こちらに向かってきていた。


「団長! 街の方から首が引き返してきます!」

「さすがに気付いたか。独活(うど)の大木というわけでもなさそうだ」


 テーリカに支持を出し東の方まで戻ると、外壁の上を乗り越えるようにして竜の頭が鎌首をもたげ、こちらを見据えていた。竜の頭はゆっくりと口を開くとまるで人のように呟いた。


 ――祝福アレ――と。








 スワルトルとスコヴヌングの刃渡りは3尺ほどでかなり長めの長剣を意識しています。柄も長めなので片手半剣に近いかも。ジルコワルは両手持ち、エリンは片手持ちが多いです。どちらも実在の長剣の初期の幅広のものを意識しています。鋼の品質が劣るというよりは、古い形状を残しいている形です。他の兵士が使っている長剣は馬上戦闘が無いため2尺からが標準的で、幅も狭く、よくしなり、鎧の隙間を突くことにも向いています。


 処女作の『かみさまなんてことを』の頃からそうですが、狭い場所では長剣を先端と手元で二点保持して突いて使う描写が多いのは拙作の特徴かも。スワルトルもスコヴヌングも斬る意志さえなければ篭手を斬り裂くことは無いと思います。


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