番外編 新婚旅行
これがほんとの最終話です。
飛行機に乗ること約6時間。海外に行ったことのない僕にとって、それは人生で1番の長旅だった。
「すげー海だ海!美咲も見てみろよ!」
白い雲の世界から景色は一変。下は真っ青な海が広がっていた。
窓際に座っているのは美咲だったが、僕は彼女を通り越して外を眺めている。
「ちょっとは落ち着けよ。飛行機なんてそんな珍しいもんじゃないだろ」
小さい子供を相手にするように美咲は言い放つ。新婚旅行前に聞いた話だが、彼女は幼い頃からすでに海外を旅行しまくっているらしかった。そんな世界とは無縁だった僕にとってはまるで信じられなかった。
着陸後、海外慣れした彼女について行き、無事に荷物を持って空港を出た。自分1人だったら絶対に迷うところを美咲は看板を見ながら危なげなく進んでいく。ついでに言えば、どうやら英語を喋れるらしかった。
「別にそんなに話せるわけじゃないよ。こういう所で困らない程度にしか喋れない」
十分ではないだろうか?
美咲は空港から出た所で、誰かを待っているようだ。
「誰か待ってるの?」
試しに聞いてみると、美咲はこくんとうなずいた。
「徹のキョーダイ。忍だよ。新婚旅行で行くっつったら、運転手になるって言ってくれたんだ」
せっかくの新婚旅行なんだから2人きりで過ごしたかったが、旅行に関しては彼女に任せてしまったので文句を言うことができない。
しばらくして、黄色い車が僕たちの目の前で停まった。ドアが開いて、中から茶髪のショートカットに黄色いサングラスをかけて、男だか女だか見分けのつかない格好の人間が現れた。
「やぁ、美咲!久しぶり!」
サングラスをとったその顔は・・・男の僕から見ても実に中性的な顔だった。綺麗な顔立ちをした男とも女ともとれる。化粧をしている様子も全くない。しかし、男の直感でこの人は女性だと思った。
「忍!久しぶり。元気だったか?」
美咲が嬉しそうに駆け寄る。あろうことか2人はそのまま抱き合ってしまった。僕があっと固まっていると、忍さんがすぐに気づいて美咲とのハグをやめた。
「ごめんごめん。旦那さんがヤキモチやいちゃうね」
くすくすと笑いながら忍は僕に向き直る。このとき女の人だと直感した。
「はじめまして。美咲の同級生だった高見忍です。老けて見られるけど、21歳です。よろしくお願いします」
好意的な彼女の挨拶に僕は安心した。
「こちらこそはじめまして。葉山孝介っていいます。俺も21です」
僕はぺこっと頭を下げたが、もう忍は僕のほうなんて見ていなかった。美咲と楽しく会話をしている。
「まっさか美咲がこんなに早く結婚するとはなー・・・式に行けなくてごめんな。大学のテストがあったんだよ」
「いいよ。今日会えたし」
「・・・・・・・・なんか美咲、変わったね・・・・」
忍の言葉に美咲はきょとんとしたような表情に変わる。確かに、と僕は思った。出会った頃の美咲は人前で堂々とつまようじで歯の掃除をしていたくらいだ。最近はそれをしないので変わったと言えるかもしれない。
「そうかな?自分ではそんなに変わったと思わないけど」
「ははっ!でもちょっと丸くなったよ!もしかして毎日ラブラブな夜を過ごしてるの?」
「なわけないでしょ!!」
精一杯否定していたが、美咲の顔は真っ赤だった。まぁ、でも、毎日一緒に寝ていますが、忍さんの考えているようなことは一切やっていませんが。
「さーて、立ち話もなんだし、行こっか!バンコクの名所を案内するよ」
そして、僕たちは車に乗り込んでスタートした。
スタートしたはいいものの、僕はなんだか居場所がなかった。
まず、車に乗る位置からして失敗した。後部座席に乗ったのは僕1人で、美咲は助手席、忍さんは運転席に座ってしまったのだ。当然、会話から1人放り出される形になるし、話す内容が懐かしの思い出話でどのみち僕は入ることができない。
後部座席でおとなしく景色を眺めていると、美咲がねーと話しかけてきた。
「最初はワットプラケオでいいか?」
次に行く場所を話していたらしい。タイで有名な王宮だとわかった僕はいいよと笑ってうなずいておいた。
その後も、公園や水族館、タイの舞踊を見て、1日目は終了した。
日本とは違う文化に感動したが、なんだか物足りないような気もした。車の中で、帰ろうかという話になって、突然忍さんが大声をあげた。
「えぇぇっ!?てっきり家に泊まるんだと思ってたよ!ホテル代とかもったいなくない?」
「そうだけど、もう予約しちゃったし」
美咲が困ったように笑う。
「電話してキャンセルすればいいじゃん!私が代わりに電話したげるよ。2人とも家に泊まってきなよ。いいですよね!?葉山さん!」
突然話を振られて僕は驚く。立場的に強いことが言えなくて、僕は曖昧に笑っておく。肯定することも否定することもできなかった。
「忍、ありがとう。でも、そこまでお世話になれないよ。それにそこのホテルの料理がすごくおいしいって聞いたんだ。それも食べてみたいしさ」
「そっか。わかった。じゃぁ明日ホテルまで迎えに行くよ」
「なんかごめんな?」
いいっていいってというような会話を僕は黙って聞いていた。
4泊5日の新婚旅行がこんな感じに進んでいくのだろうかと思うと、僕はテンションが下がるのを感じた。美咲の友人がいろいろな観光名所を案内してくれるのは嬉しい。だけど、これじゃぁ新婚旅行のような気がしないのだ。
ホテルにチェックインし、先にお風呂に入った美咲はパジャマ姿で出てきた。僕はベッドに座っていて、これからのことを考えていたため気づかなかった。美咲が隣に座って初めて気がついたのだ。
「あ、もうお風呂出たんだ」
自分も風呂に行く準備をしようと立ち上がろうとしたとき、かなり強引に美咲に腕を引かれてベッドに押し戻された。
「今日楽しくなかった?」
そんな質問を真顔でされて、一瞬言葉に詰まった。だけど、僕はふるふると首を振った。
「楽しかったよ。海外なんて初めてだったし」
ウソではない。でも、すごくすごく楽しかったわけでもない。
「本当のこと言ってよ。孝介が楽しくないと、私まで楽しくなくなる。どうすれば楽しくなるんだよ・・・・・」
「・・・・・・・」
「孝介」
促されて、僕は心の奥で何かを決め込んだ。
「じゃぁ美咲といちゃいちゃしたい」
9割方冗談で言ったのだが、美咲が急にパジャマのボタンをはずしだしたことに驚いて、慌てて制する。
「冗談だって!いやいやされたって嬉しくないし、余計楽しくなくなるよ!」
「じゃぁどうすればいいんだよ!?」
「俺はもっと・・・もっと新婚旅行がしたかった・・・・・これじゃぁ3人で旅行じゃん」
駄々をこねる子供みたいだった。でも、言ってしまったものはしょうがない。しょうがないのだが、この後が続かなかった。僕は情けなくうなだれる。
「あー・・・忍は明日はもう一緒に行動しないよ。迎えには来てくれるけど・・・」
美咲が戸惑いながら話すのを聞いて、僕は後悔し始めていた。久しぶりに会った友人と喋っていたいのは当然だ。その友達を否定するようなことを言ってしまったのだ。自分はなんて最低な人間なんだろうか。
「ごめん・・・そんなつもりで言ったんじゃないんだ」
「わかってるよ。私が反対の立場だったらキレてるけど、なんで孝介は怒んないんだよ・・」
予想外の展開に僕は目をぱちくりとさせた。そして、何かに気づいた。
「そりゃぁ決まってんじゃん。俺は美咲が楽しくなくなると嫌なんだよ」
服も脱がずに浴槽のシャワーを流す。僕は音も立てずに風呂場を出た。
そして、ベッドの上でホテルの電話を使おうとしている美咲の腕をがしっと掴む。彼女は驚いた顔で僕を見た。美咲のウソには気づいていた。
「孝介!」
「・・・・・ほんとは新婚旅行の間ずっと忍さんに運転手頼んでたんだろ?俺があんなこと言ったから今それを断ろうとしたんだろ?だめだよ。俺は美咲が楽しくないのは嫌なんだよ。そんなことすんなよ・・・」
本心だった。僕はそんなことを望んでいたわけではない。それじゃぁ意味がないんだ。お互いに楽しみたいんだ。
美咲は受話器を置いた。それから、僕を見て申し訳なさそうにする。
「それに俺たちだけじゃタイで迷っちゃうからさ、案内役が必要だよ」
にっと笑って言うと、美咲は嬉しそうにうなずいてから、ありがとうとお礼を言った。
やっぱり美咲が嬉しそうにしているのが僕にとって1番楽しくなることのようだった。
しかし、翌朝、僕は豪快に起こされた。ちょうど服を何も着ていないときに布団を引っぺがされた。僕はわーとかきゃーとか意味不明な悲鳴をあげて小さくなってしまった。それも布団を取り上げたのは、美咲ではなく忍だったのだ。
「なっ何するんですか!」
「いつまで寝てんのさ!もう朝だよ!サワッディーカップ!・・・・・・はぁ、これを美咲に入れたのかー。痛そー・・・」
などとやめてほしいことを言われ、僕はすぐに服を着る。
「なるべく痛くしないようにはしています」
答えながら、どうやってここに入ったのか気になってしまった。それから、ふとあることに気づいた。サワッディーカップは男性が使う挨拶だ。女性の場合は、サワッディーカになるはずだ。
「忍さんって男なんですか?」
「そうだよ。言ってなかったっけ?」
けろりとして言う忍。なぜか騙されたような気分になった。
「でも、美咲は変わったねー・・・前はもっと警戒心の強い猫みたいな感じだったけど、今は女の人になってた。ただ、マジであんたのこと好きみたいだな」
忍が言い終えたとき、美咲が部屋に入ってきた。忍は嬉しそうに彼女を出迎える。
「よっしゃ!今日もじゃんじゃん回るぞ〜!!」
1人はりきっている忍。少し僕を気にしながらも嬉しそうにする美咲。僕は・・・楽しくて顔が笑っていた。
こんな新婚旅行も悪くないか・・・・・そんなふうに僕は思い始めていた。
これまで孝介と美咲を見守ってくださってありがとうございました。
新婚旅行編だけ番外編にしたのは、
たぶんあくまでこの話が結婚をゴールにするような
スタートにするようなで進んでいたからです(意味不明)
この話はもう終わりですが、また思い出したときにでも
目を通していただけるとすごく嬉しいです。
ありがとうございました
―廉―




