91.答え合わせ
俺は子供の姿となって蔦を駆けのぼった。
その前方に飛んできた、大型の鷹。
飛び上がってその両足を掴む。
「崇影、トーキスさんは?」
「倒せてはいないが、体と木に鎖を巻き付けて動きを封じた。多少の時間は稼げるはずだ」
俺たちは再び上空へと飛翔し、高度を上げて目的地を目指した。
大した足止めにはならないかもしれないが、一先ずの対策としては上出来だ。
目の前に目的地が迫る。
ラストスパートだ!!
俺が両手にぎゅっと力を入れると、それに答えるように崇影が速度を上げた。
森の入り口。そこを越えれば……!!
だが、目の前に巨大な風の渦が出現した。
先程までの風魔法の比じゃない……上位魔法だ。
「ぐっ……!!」
崇影の翼が風にあおられ、高度が下がる。
地上へ目を向けると、こちら目掛けて無数の蔦が伸びてくるのが確認できた。
ここまで来て捕まってたまるか──!!
「崇影、俺を投げてくれ!!」
「承知した……っ!!」
俺の叫びに、崇影は全力で俺を振り飛ばした。
森の外へと──
俺の視界の端で崇影が突風に撒かれて空へ舞い上がるのが見えた。
飛ばされた俺の体は森の外へとはじき出され、地面へと派手に撃ち付けられる……
はずだった。
「ギリギリだが、合格だ」
衝撃を覚悟した俺の耳に届いた、聞き慣れた声。
地面に投げ出されるはずだった俺の体は柔らかい風に受け止められ、そのまま地面に下ろされた。
た、助かった……?
え、合格……合格って言ったよな、今!?
俺は慌てて顔を上げ、トーキスさんを見る。
トーキスさんは口角を上げて真っ直ぐに俺を見ていた。
その後ろから、ボロボロになった崇影も姿を現す。
俺は慌てて崇影へと駆け寄った。
「七戸、間に合ったみたいだな……」
「崇影、お前のおかげだ。ありがとう!」
俺を蔦と突風から逃がしたことで、崇影はその双方の攻撃を一身に受けたのだろう。
体には切り傷やら打撲やらが確認できた。
「やられましたね……止められるかと思ったのですが」
静かにセイロンさんも姿を現した。
どこか晴れやかな表情をしている。
その時、ふわりと風が吹き、花の香りが鼻を掠めた。
「二人とも、お疲れ様!! クリアおめでとーっ!!」
現れたのはソラちゃん。満面の笑顔で俺の方へ飛んできたかと思うと、嬉しそうに俺達の周りを飛び回った。
「ありがとう、ソラちゃん」
その無邪気な笑顔に癒されて、ようやく肩の荷が下りた。
俺は改めてトーキスさんへ視線を向け、口を開く。
「やっぱり、この森を脱出すればクリアだったんですね。」
「あぁ。簡単に言やぁそういうこった」
良かった、俺の読みは間違っていなかった。
ホッと胸を撫で下ろす。
ルール説明の際に「森から出てはいけない」とは言われていない。
そしてセイロンさんは『森の中では最強』の存在。
『最強』なら無力化なんて無理だと思ったのだが、逆手に取れば森の中でなければ戦えない存在、とも解釈が出来る。
「僕の力は、森の中で使うことが大前提です。森の主である以上、森の外へ出ることは禁じられていますからね」
セイロンさんはそう言って微笑んだ。
『禁じられている』……それって──
俺はその先へ思考を巡らせようとして……止めた。
それは多分、今踏み込むべきことじゃない。
いつもと変わらない穏やかな表情のセイロンさんからは真意は読み取れない。
「ま、本来なら二人揃って森の外へ辿り着くべきだろうが……どうせタカ一人なら本気で飛びゃ余裕で逃げれんだろ。ついでに、さっきの状況じゃそれを待つ間に幸木が地面に落ちて潰れるとこだったからな。」
トーキスさんが小さくため息を吐きながらそう付け足した。
「た、確かに……」
しまった、ちょっと読みが甘かったか……
てっきりどちらか一人でも森を脱出出来れば合格だと思い込んでいたが、崇影が森の外へ出る前に俺が落下で死ねば本来ならゲームオーバー……
そう考えると悔しい。
「つっても、自力で明確な答えを導き出し、各々の特性を活かしてここまで辿り着いた。素人にしちゃ上等だ。度胸、戦略、連携、そのどれか一つでも欠けりゃここまで来れねぇからな」
トーキスさんの口調はごく冷静でいつも通りだが、どこか暖かい。
俺達を認めてくれているのだということが言葉の端々から感じられる。
「そもそも数カ月の特訓で越えられるほど俺らも弱くねぇんだよ。つまり、最初からこれは『勝てない戦闘』。気付くのが遅かったな、幸木」
笑ってトーキスさんが言う。
「マジで殺されるかと思いました……」
俺は思わず大きなため息を吐いた。
大袈裟じゃない。本気で何度も死を意識した。
けど……だからこそ導き出せた答えだ。
「無事クリア出来たのは凄いことだよ、七戸、崇影!! トーキスもセイロンも厳しいし……ソラ、心配してたんだから!!」
試験中にソラちゃんの姿を見ることは無かったが、どこかでずっと見守っていてくれたのだろう。
相変わらずソラちゃんは優しくて可愛い。
その明るい声に、ようやくじわじわとクリアの実感が湧いて来た。
ずっと緊張続きだったからな……ようやく息を付けた気分だ。
「勝てない時は逃げる。それも作戦ってことですか?」
俺の問い掛けに、トーキスさんは「あぁ?」と眉を顰め、口を開いた。
「作戦っつーか、基本だ、基本。負けが決まっているのに挑むような無謀な奴は間違いなく最初に殺されて終わる」
「自分を守れない者は、大切なものをも失います。よく覚えておいてくださいね」
セイロンさんもそう付け加えた。
二人の言葉が重く胸に響く。
この人達は……今までどれほどの戦闘を経験してきたのだろう。
エルフもアーキレイスも、人間では想像もできないほどの年月を生きる種族。
きっと……俺の一生分では足りないほどの痛みや苦しみを味わってきたのだろう。
「トーキスさん、セイロンさん、ありがとうございました……!」
俺は、尊敬の念を込めて深く二人に頭を下げた。
「俺からも、礼を言う……ありがとう、ございました」
俺の隣に立った崇影も俺に倣って頭を下げた。
「おい、そーいうのはヤメロ。望んでねぇよ」
そう言ってトーキスさんは俺から視線を逸らした。
「トーキス、照れてる!!」
すかさず突っ込みを入れるソラちゃん。
トーキスさんの眉が吊り上がった。
「違ぇ!! ソラ、オマエちょっと黙れ」
「素直じゃありませんね、トーキスは」
セイロンさんがソラちゃんに加勢する。
「少しはセイロンを見習った方がいいよ!」
「ざけんな、コイツの方が性根は捻くれてんだろうが!!」
「心外です……僕はいつでも正直ですよ?」
「どの口が!!」
「……ぷっ」
我慢が出来なくなり、俺は思わず吹き出した。
全員の視線が俺に集まる。
「あはははは!! すみません、緊張、解けたら……我慢できなくって」
「テメェ……いい度胸してんじゃねぇか」
トーキスさんにギロリと睨まれるが、俺の笑いの渦は止まらない。
「す、すみませ……ふふふっ!」
「あははっ! 七戸、楽しそうだね!!」
「ふふ、そうですね……僕もつられてしまいます。」
「はは……っ」
笑い転げる俺に巻き込まれるように、ソラちゃん、セイロンさんまで笑い出し、さらには崇影までもが声を上げて笑った。
「……マジかよ」
一人、トーキスさんだけが顔を引き攣らせてその様子を見ていた。完全にドン引きしている。
「ふふふ……さて、そろそろ治療しましょうか。こんな姿で帰しては、後でタウラスさんに叱られてしまいそうです。」
ひとしきり笑った後で、セイロンさんが仕切り直すようにそう言った。
俺と崇影は森の中でセイロンさんの手当てを受け、ソラちゃんから籠いっぱいの果実と木の実のお土産を受け取り、ドラセナショップへの帰路に着いた。
辺りは暗くなり始めている。店に着くのは真夜中になるかもしれない。




