90.信じ合う翼
◇◇◇
──不覚だった。
今度こそ突破出来ると思ったのに、出来なかった。
「くそっ…!」
口から漏れた自分の声で意識が戻った。
もう何度目か分からない、治癒による復活。
そろそろ最後にしたい。
俺は自分の体の状態を確かめながら体を起こし、周囲の状況を確認した。
隣で治療を受けている崇影は鷹の姿のままだ。
そういう俺も、子供のままだけどな…
「そろそろ日が落ちてくる。明日に回すか…」
トーキスさんが空を見上げて呟くが、俺は「いえ!!」と遮った。
「このまま、続けてください」
「つっても、ここから七時間だと夜中だぜ?」
俺はじっとトーキスさんを見つめる。
「七時間もいりません。今日中にクリア出来ます」
「へぇ?」とトーキスさんは不敵な笑みを浮かべた。
しまった、ちょっと言い過ぎたか? と思ったがもう遅い。
無駄に挑発してしまったかもしれない…
「七戸……」
いつの間にか目を覚ましたらしい崇影がこちらを見ていた。
金の瞳に映る俺は、迷いのない顔をしている。
そうだ、強気で行け。ようやく掴みかけたんだ、この機を逃したくない。
「行けるよな、崇影?」
確かめるために尋ねた問いに、やはり崇影は即答で頷いた。
「無論だ」
その様子を見守っていたセイロンさんが小さく笑った。
「自信があるみたいですね? どうしますか、トーキス」
セイロンさんと俺に見つめられ、トーキスさんは溜息を吐いた。
「そこまで言うならやるしかねぇだろ。もう『答え』は出てんだな?」
「はい。多分ですが……突破口を見つけました」
「上等だ。けどな、『方法が分かった』だけでクリアできると思ってんなら後悔すんぞ」
念を押すように響く低い声。
その圧力に思わず怯みそうになる。
「……後悔の無いように全力を尽くします」
決意を固めて絞り出した俺の言葉に、トーキスさんは僅かに表情を和らげた。
「いいだろう。今日の最終戦だ。これでクリアできなきゃ明日に持ち越す」
「ありがとうございます!!」
───
試験開始と同時に、俺と崇影は同じ方角を目指して駆け出した。
やるべきことはハッキリしている。
「崇影……いきなりだけど、頼ってもいいか?」
俺の遠慮気味な申し出に、崇影はしっかり頷いた。
「無論だ」
俺は魔境で体を縮める。崇影も鷹へと姿を変えてゆっくり離陸した。
目的地までまだ距離がある。だからこそ鬼がまだ動かない十分間……その間に距離を稼ぐ。
先程の会話で、恐らく鬼の二人はこちらの作戦に気付いているだろう。
だとすれば、下手な小細工は不要だ。
後悔をしないために使える手札は全て用いた最善策で挑むしかない。
俺たちが目指す先は森の最南端。
あとどのくらいの距離だろうか。随分森の奥まで入り込んでしまっていたため、目的地が見えてこない。
「崇影、頼ってばかりでごめんな」
「? 頼っているのは俺の方だろう。七戸が道を示すなら、俺はお前の翼になる。行く先が分からなければ、俺は飛べない」
真っ直ぐな崇影の言葉に、俺は何も言えなくなる。
「何より……」
と崇影が続ける。
「七戸がその体質を受け入れ、こうして戦術に組み込んだからこそ使える手法だ。お前でなければ出来ない」
胸の奥がじんわりと温かくなった。
こんな妙な体質、さっさと治しておさらばしたいと思ってたのにな……
トーキスさんには「強み」だと言われ崇影にも「俺にしか出来ない」と言われた。
もしかしたら、今の俺も悪くないのかもしれない。
「最高の親友で最高の相棒だな、崇影」
俺の言葉に、崇影がふっと笑う気配がした。
妙な体質なのはお互い様。だからこそ、俺達は共に生きられるのかもしれない。
少しずつ、視界の端に森の最南端が見えてきた。
いいペースだ。
このまま突っ切ることが出来ればベストなんだけどな。
そうは行かないよな……
「崇影、高度を落としてくれ」
「承知した」
俺の言わんとすることを理解したのだろう。
崇影は高度と速度を落とし、木の間を複雑に縫って飛行する。
その木々が、一瞬風に逆らうように揺れた。
来る──!
無数の蔦がこちらへ接近してくるのが確認できた。
俺は思い切って両手を崇影の足から放した。と同時に、飛び込みざま三口銃を構える。
即座に両側の魔石を同時に押し込み、トリガーを引いた。
ギィィィン……!!
氷を纏ったカマイタチが前方に拡散する。
俺たちを狙っていた蔦が目の前で氷漬けになって停止した。
一か八かだったが、思ったより上手くいった!!
俺は凍り付いて動かなくなった蔦の上に降り立ち、そのまま蔦の上を駆けていく。
「考えましたね、七戸さん……」
感心した様子のセイロンさんの声。
だが俺を追うように後方から大きな風の音が響いた。
トーキスさんの風魔法だ! 避けられない……!
そう理解した瞬間、俺の足が風に救い上げられる。
体を包む竜巻の衝撃に備えようとした所で……俺の体はぐんっと空へ真っ直ぐ引き上げられ、竜巻から逃れた。
「崇影!!」
見上げれば、俺を咥えて飛ぶ崇影の姿。寸でのところで竜巻から俺を拾い上げてくれたらしい。
後ろからは追って来る無数の蔦。
俺は再び風氷弾を放った。
ギィィン!!
蔦が凍ったタイミングで、崇影が嘴を開き俺をその上に落とした。
ナイスだ!!
俺は両足で凍って動きを止めた蔦の上に降り立つが、重心がズレたせいで足が滑った。
「うわっ!!」
慌てて両足を開き、膝を落としてコケるのを阻止する。
いっそこのままスケートの要領で滑ってやろうじゃないか……!!
何とかバランスを保ち、俺は蔦に沿ってセイロンさんへと接近する。
その間に香辛料を取り出して体を元に戻し──銃ではなくサバイバルナイフを手にした。
セイロンさんはさらに蔦を生み出すが、この距離なら力押しでも行ける。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
俺は伸びてきた蔦を踏みつけて飛び上がり、向かってきた無数の蔦をナイフで思い切り引き裂いた。
そのまま落下する勢いを利用してセイロンさんへと刃を向ける。
「動きが随分早くなりましたね……」
セイロンさんは自らの両腕に蔦を絡めて防ぐが、その蔦の防具に俺のナイフはざっくりと食い込んでいた。
俺は続け様にセイロンさんの体を蹴り飛ばす。
ゴッ!!
当たった。
セイロンさんは即座に後方へ退いた。
大きなダメージでは無いかもしれないが、確実に入った。
チャンスだ。
俺は手に握っていたサバイバルナイフをセイロンさんに向けて投げつけた。
「はぁっ!!」
「!!」
セイロンさんの前に蔦が現れる。想定通りだ。
蔦の壁がセイロンさんの視界を奪っている、この隙に──
俺はまだ凍っている蔦へと再び飛び乗った。
氷が光を反射して、俺の姿を鏡のように映し出す。




