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オルタンシア島滞在記〜特異体質の治し方〜  作者: 風見アシラ
第一章 オルタンシアへようこそ
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5.初めてのおつかい①

 

 崇影(たかかげ)をドラセナショップへ運んでから10日ほどが経過した。

 光の実の影響なのか、崇影の傷は驚くべきスピードで回復し、少しづつ店に出て仕事を手伝えるようになっていた。

 致命傷を負って死にかけていたのが嘘のようだ。


「崇影、怪我の具合はどうなんだ?」


 俺が尋ねると、崇影は振り返り、静かに答えた。


「もう問題無い。ほとんど痛みも無くなっている」

「そっか、良かったな!」

「その姿にも、随分馴染んできたようだね。」


 店の奥から戻ってきた店長が、いつもの爽やかスマイルを浮かべながら、商品棚の整理をしていた俺達の方へやって来た。


「今日は2人におつかいをお願いしようかと思うのだが、構わないかな?」

「おつかい? 2人で、ですか?」

「あぁ」

「崇影はまだ完治してないし、俺1人で行ってきましょうか?」


 胸を張ってそう答えてみたが、店長はふふっと笑った。


「ありがとう七戸(ななと)くん。でも、今日は2人に協力して行ってきてもらいたいんだ。七戸くんは、まだ地図が無ければ目的地まで行けないだろう? 崇影くんは、姿が変わったとはいえこの島の地理は把握しているはずだからね。」


 確かに毎日少しづつ街の配置を覚えるよう努めてはいるが、俺はまだ地図を手放せない状態だ…返す言葉も無い。

 店長は崇影へ視線を移し、言葉を続けた。


「対して、崇影くんは愛想が絶望的だ。店の買い出しに行かせるには相手からの印象に不安が残る。」

「愛想…? 印象……?」


 崇影は少し眉を潜めている。

 無愛想だという自覚が無いんだろうか…?

 鷹だからなのか、元々のこいつの性格なのか、クールな割にどこかズレてるんだよな……


「よって、今日の君達の任務は2人で協力して買い出しを無事に済ませること。異論は無いね?」


 有無を言わせぬ圧で店長がそう告げる。


「承知した。」


 崇影が即座に返答する。

 俺も無論、口答えをするつもりは無い。


「分かりました!」


 勢いよく敬礼をした俺に、店長は頷いた。


「いい子達だ。それじゃあ、今日の行き先と買う物についての説明をするよ」


 『おつかい』という言葉から、簡単で分かりやすい物を買ってくるのだと勝手に思い込んでいたのだが…

 渡されたメモに書いてある物は、聞き馴染みの無い物ばかりだ。確かに俺1人では厳しいかもしれない。

 崇影は隣で涼しい顔をしているが…


「崇影、店の場所は全部分かるのか?」

「あぁ。問題無い」


 余裕そうだ。こいつがいて良かった…

 俺と崇影はやりかけの棚の整理だけ終わらせて、早速外出するための支度をした。

 念の為、地図も鞄に忍ばせておくか…


「じゃあ、行ってきます!」

「あぁ、慌てなくていいから、気を付けて行っておいで。」


 預かった経費も鞄にしまい、崇影と肩を並べて店を後にした。

 道の分かる崇影が半歩先を歩き、俺はそれに従って歩幅を合わせる。

 崇影の歩みには迷いがない。 


「崇影は、この島にずっと暮らしているのか?」


 気になってそう尋ねてみた。


「あぁ…島の中の配置ならだいたい覚えている。いつも空から見ていたからな」

「なるほど、飛べるってのは便利なんだな…」

「便利か…確かにそうだが……」


 そこで一度言葉を切ると、崇影は俺を見た。


「こうして、人の姿になり、会話をしながら歩けるというのも、良いものだと感じている。」

「そっか!」


 嬉しくなり笑顔を向けると、崇影も微かに微笑んだ。

 こいつは基本的に感情表現が希薄だ。

 でもそれは、もしかしたら単に今の姿に慣れていないからなのかもしれない。

 まぁ、店長の言う『愛想が絶望的』ってのは、現状その通りなんだけど……


 崇影の道案内は正確で、かつ効率的だった。

 複数の店を回る必要があるため、道の作りや人の流れも考慮に入れた上で、最も無駄のないルートを計算しているのだろう。

 店長の依頼通りに回った店は、生地の店、植物の店、食品の店、工具店、それから…


「次が最後だっけか?」

「あぁ、残り一軒のみだ」


 言いながら、崇影は人通りの無い細道へと入っていく。

 裏路地のような、少し薄暗い道だ。

 こんな場所に店があるのか? 立地悪くないか…?

 周りに人影は無い。

 けれど崇影は迷いなく奥へ奥へと進んでいく。


「なぁ、本当にこんな所に店があるのか?」

「あぁ。…到着だ。」

「これ…店?」


 薄暗い路地の奥、少し開けた場所に、ポツリと小屋が建っていた。

 周りには小屋を隠すように背の高い木が植えられており、まるでホビットの家のよう。

 とても店には見えない…むしろ、大きめの物置小屋って感じだ。


「どうした、七戸。行くぞ」

「あ、あぁ……」


 何となく入るのを躊躇ってしまう。

 すると…


「いらっしゃい! お客さまだね!」


 背後から突然声を掛けられた。


「!?」


 さっきまで周囲には誰もいなかったハズだ。

 あまりの不意打ちに、思いっきりビクッ!! と肩が上がってしまった。

 崇影が不思議そうに俺を見ている。

 お前も少しは驚けよ…


「あはは、驚かせちゃったみたいだね! ごめんなさい」


 場にそぐわない明るい女性の声。

 慌てて振り向くと、燃えるような赤い髪に、髪より少し淡い赤色の瞳を持つ女の子が立っていた。

 耳が長くて尖っている…この子もエルフなのか…

 大きく勝ち気な瞳。長い髪は左右で編み込んで2つに結っている。

 こちらへ向けられた人懐っこい笑顔には、何となく親近感が湧いた。

 見た目は俺達より少し歳下に見えるけど……エルフの年齢と見た目が一致するかは不明なため、実際の所は分からない。


「見ない顔だね? 新規のお客さん?」


 顔を覗き込まれ、上目遣いの視線に思わずドキッとした。

 エルフに美形が多いってのは本当の話なんだな…この娘も例に漏れず、整った顔立ちをしている。


「いえ、俺達は、ドラセナショップのアルバイトです。」


 ドキドキしながらそう答えると「そうなの!?」とそのエルフは目を見開いた。


「タウラスさんのとこのバイト!? タウラスさんがアルバイトを取ったって、ホントだったんだ!」


 そう言いながら、俺と崇影を無遠慮にじろじろと眺める。

 それから、嬉しそうにニコッと笑った。


「あたし、ハーフエルフのエレナ。この店の看板娘! よろしくね! えーと…」

「俺は、七戸。幸木七戸って言います。で、こっちが…」

「崇影だ。」

「七戸と崇影だね。改めていらっしゃいませ、石の店、ステルラへ。案内するから、着いてきて。」


 エレナと名乗ったそのハーフエルフは、小屋のような店の扉を開け、奥に向かって息を吸った。

 そして…


「おじいちゃ〜ん! お客さんだよ〜! タウラスさんのお店のバイトさんだって!!」


 と大きな声で叫んだ。よく通る声だ。

 この小さな店内で、そんなに声を張り上げる必要があるのか…?

 物凄く耳の遠いおじいちゃんなのだろうか…

 それからエレナちゃんはこちらを振り返り、「どうぞ、入って!」と手招きをする。

 俺と崇影は言われるままに、その小屋のような店『ステルラ』の店内へ足を踏み入れた。


「本当に…店、なのか?」


 店内は、ドラセナショップとは真逆で、ほとんど物が置いてなかった。

 窓際と壁際に武器の様な物が数点、棚の上に雑貨の様な物が数点見えるのみだ。

 そして入口の延長線上に長いカウンターがあり、カウンターの奥の棚には沢山の箱や瓶、樽や籠が所狭しと並んでいるが…どれも中身が見えないため、どんな物が商品として置いてあるのかは全く分からない。


「俺も、店内に入ったのは初めてだが…なるほど、こうなっていたのか」


 崇影は納得した様子で辺りを見渡している。


「…いらっしゃい」


 不意に奥から渋い男の声が響いた。

 俺は不覚にも再びビクッとしてしまった。

 店内も薄暗いため、人がいるのに気づけなかった。

 心臓に悪い店だな、ここ…

 隣へ視線を移すと、崇影はやはり怪訝な目で俺を見ている。

 くそ、鳥って暗い所苦手なんじゃなかったっけ?

 なんで驚かないんだよ、こいつ…


 姿を現したのは、初老のエルフだった。

 長い白髪を後ろで束ね、全身はポンチョのような布で隠れている。

 ただ、眼光はやたら鋭い。目が合えば目で殺されそうな……射抜かれるような瞳だ。


「タウラスさんの遣いか…」


 ゆったりとカウンターに立つ。

 エレナちゃんのおじいちゃん…なのか?

 人懐っこい彼女のイメージとは正反対な厳格そうなおじいちゃんだな…

 かなりしっかりしてそうだし、耳が遠いということは無さそうだ。

 そんなことを思って見ていると、その白髪のエルフがジロリと俺に視線を送った。



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