86.正面突破
崇影は、上手くトーキスさんを誘導したようだ。
先程、遠くで勢い良く飛び立つ大型の鷹の姿が確認出来た。
あいつ1人なら、全速力で飛べば相当速いはずだ。
あとはトーキスさんの精霊魔法を搔い潜り、逃げ切ることが出来れば…
条件的にはキツいが、アイツなら出来るはずだ。
俺は背後に川が流れている地形を利用して、自らの音と匂いを悟られぬよう低木の間に屈んでじっと機を伺っていた。
崇影の隠れている場所からは離れているが、あまり近づけば気配を消せない俺の方が先に見つかってしまうため、致し方ない。
体のサイズも予め縮めておいた。低い位置に隠れるなら身長は低い方が絶対的に有利だ。
崇影が俺の元へ戻って来るまでやられるわけにはいかない。
だから、少しでも長く身を潜めていたい、と思ってはいるんだけどな…
カサリ、カサリ……
葉を踏み歩く音が少しづつ近づいて来ている。
現実は甘くないよな、と諦めに似た感情が首をもたげる。
とはいえ、まだ見つかったという証拠も無い。
俺は息を殺し、身動ぎ一つしないまま体勢を低く保つ。こちらへ向かっているのはセイロンさんで間違いは無いだろう。
「七戸さん、鬼ごっこの時間ですよ」
セイロンさんの澄んだ声が辺りに広がった。
俺が近くにいることは既に悟られている。
けど、どこに隠れているのかまではバレていない可能性もある。
ここでおめおめと出て行ったら相手の思う壺だ。
俺はセイロンさんの呼び掛けには答えず、ひたすらじっとその場で耐える。
「…なるほど、挑発には乗らない。意外と賢いですね…」
ふふ、とセイロンが笑う気配がする。
意外と賢いって…もしかして、俺、ただのアホだと思われてるんだろうか…それはちょっとショックだ。
「それなら、仕方がありません。こちらもちゃんと探しますね。」
どこか楽しそうな口調で歌うように言い、セイロンさんは辺りを歩き回り始めた。
俺の居場所に気付いた上であえてそうしているのか、本当にまだ見つかっていないのか…セイロンさんの口調からはそれすら読み取れない。
けど…カサリカサリと徐々に追い詰めるように近づいてくる足音には違和感があった。
わざと音を立てて俺を追い詰めているのだろうか。
ドクドクと鼓動が早くなる。
重いプレッシャー。
今すぐこの場を離れたい…いっそ飛び出して攻撃を仕掛けた方が良いのではないかという考えが頭を過る。
…いや、だめだ。落ち着け、俺。
今俺がすべきことは時間を稼ぐこと。見つかるまでの時間は長ければ長いほど良い。
セイロンさんがわざと時間をかけて俺を追い詰めているのだとすれば、それはむしろ好都合だ。
俺が動くのは、完全に見つかった時。
それまで、攻撃は仕掛けない。
カサ、カサ…
足音は確実に近づいて来ている。
木々の揺れる音、微かに聞こえる衣服の擦れる音。
ザザァ─
風が吹き、周囲の木が大きく揺れる。
風音に紛れてセイロンさんの足音がふっと消えた。
次の瞬間。
「見ーつけた!」
頭上からセイロンさんの声。
咄嗟に見上げると、低木に隠れた俺を覗き込むエメラルドの瞳と視線がぶつかった。
マズイ!!
俺は慌てて身を縮めたまま前方に転がり出る。
転がった勢いで身を起こすと、俺が隠れていた低木が檻のように蔦に囲まれていた。
ゾゾッと悪寒が走る。
一歩反応が遅れていれば完全に捕らえられていた。
怯むな、止まるな…隙を見せれば蔦に拘束される。
俺は立ち上がると同時に地を蹴って駆け出す。セイロンさんの方へ─
出来れば体を元に戻しておきたいが、今はそれどころではない。
この体のまま逃げ、隙を見て元に戻すしかない。
走りながら銃を構えてトリガーを引く。
セイロンさん相手に使えるのは通常弾のみ。
パアンッ!!
狙い打った弾丸は、地面から生え出た蔦の塊を弾き飛ばす。
多分、遠距離からセイロンさんを狙っても蔦に阻まれて当たらない。
だからこそ…
俺はスピードを上げてセイロンさんへ接近する。
「正面から来ますか…」
セイロンさんは少し驚いた様子で目を見開き、右手を俺の方へ向けた。
セイロンさんの右手から蔦が生き物の様に生えだしてこちらへ向かってくる。
「捕まってたまるかぁっ!!」
パアンッ!
俺はセイロンさんへ向かって全速力で走りながら、向かってきた蔦を通常弾で破壊した。
だが蔦はすぐに修復し、捻れながら勢いを増して俺を捉えようと近づいてくる。
「くっそ!!」
俺は態勢を低くして蔦を避け、屈んだ勢いを利用して飛び上がった。
しゃがんだ俺に合わせて蔦の角度も下がる。
俺は思い切ってその蔦の上に飛び乗った。
トーキスさんの真似だ。俺はそのまま一か八かで蔦の上を走り、サバイバルナイフを手にセイロンさんに向かって飛び掛かる。
「うおぉぉぉぉ!!」
「いい動きです、七戸さん」
「!!」
バシィッ!!
横腹を、何か重いもので思い切り鞭打たれた。
十中八九、蔦の束だろう……
「…っっ!!」
声にならない声が口元から漏れる。
子供の姿の俺はいとも簡単にその衝撃に突き飛ばされ、宙を舞った。
─七戸!!
突如脳裏に響く声。
─崇影だ!
見慣れた茶色の翼が視界の端を過った。
と同時に、地面に投げ出されるはずだった俺の体は上空へと上昇する。
慌てて上を見上げると、大きく羽を広げた立派な鷹の姿。
─崇影が、俺の腕を掴んで飛んでいた。
子供の姿のままだったことが幸いした。




