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オルタンシア島滞在記〜特異体質の治し方〜  作者: 風見アシラ
第一章 オルタンシアへようこそ
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4.半端者②

 金色の瞳が虚ろに天井を見つめ、辺りを見渡すように首が動いた。


「意識が戻ったんだな……!」


 思わずそう声を掛けると、男は驚いた様子で目を見開き、慌てて体を起こそうとした。


「無理に動かない方が良い。」


 店長が隣に立って男の背中を支えながら制止する。

 男は、上半身を何とか起こした状態でタウラス店長へ視線を向けた。


「お前は、俺の……敵ではないのか?」


 眉を潜め、訝しむような表情。

 無理も無い……雑木林で店長はこの鷹から光の実を奪ったのだから。

 それなのに、今はこうして体を支えている。


「そうだね、七戸くんがいなければ私は君の敵に違いなかっただろう。彼に感謝をするといい」


 口元に笑みを浮かべたまま淡々と話す店長。

 男が完全に上半身を起こした所で、店長は男の体から手を離し、少し離れた場所で壁に寄りかかり再び腕を組んだ。

 男は俺の方へ顔を向け、頭を下げた。


「ナナト、殿……感謝する。」


 静かに重々しく言われ……俺は焦る。


「い、いやいや! そういうのは別に!」


 ナナト『殿』ってなんだよ、そんな敬称今までつけられたことないし。

 ……てか……こいつ、見た感じ俺とそんなに歳変わらないんじゃないのか……?


「俺のことは、「七戸」って呼び捨てでいい。あんたの名前を教えてくれないか?」


 そう尋ねてから、ふと思った。

 元が鷹だし、そもそも名前を持ってない可能性もあるのか?

 しまった、失礼な質問だったか……


「タカカゲ」

「え?」


 思いがけず、すぐに返答が来た。


「俺の名は崇影(たかかげ)だ」


 良かった、名前持ってた!


「崇影! 良い名だな!」

「七戸。改めて、面倒をかけてすまなかった。……そこのエルフにも……」


 崇影が店長の方へ視線を向ける。

 店長は目を細め、


「私はタウラスだよ、崇影くん」


 と答えた。

 そして部屋のカーテンを開け、俺に笑顔を向けた。


「無事に意識が戻ったようだし、何か飲み物を持ってくるとしよう。七戸くん、少しの間彼を頼んだよ」

「はい、わかりました」


 店長が部屋を出ていくと、俺は改めて崇影に向き直った。


「全身すげぇ怪我だったけど……大丈夫なのか?」

「あぁ……痛みはあるが、耐えられないほどではない」

「そ、そっか……」


 致命傷を受けていた割に平然としていられるのは、光の実の効果なんだろうか?

 店長の魔法の効果は傷口を塞ぐだけと言っていたことを思うと、恐らくそういうことなのだろうと予測する。


「てか、何でそんな大怪我したんだ? 死ぬレベルだったんだろ?」


 軽く雑談のつもりで聞いてみたが、崇影はそこで動きを止めて口をつぐんだ。

 俺を真っ直ぐ捉えていた視線が反れ、少し俯いて……返答に困っているようにも見える。


「悪い! 初対面なのに不躾だったな。今の質問は無かったことにしてくれ!」


 慌てて早口にそうまくし立てた。

 先程の説明によると、光の実は自殺者の魂だったよな……

 そんな物を持っていたんだ、のっぴきならない事情があったのかもしれない。

 だとすれば、初対面で素性も知れない奴に話せるような内容でも無いだろう。

 同年代だと思い、少しぐいぐい行き過ぎてしまったか、と反省する。


「いや……上手く説明が出来ない。すまない」


 崇影は静かにそう答えた。……真面目な奴だな。

 見た目が金髪に釣り上がった金眼だったから、勝手にヤンキーっぽいとか思ったけど……

 話す雰囲気はどちらかというと古風で武士っぽい……とりあえず、悪い奴ではなさそうだ。


「俺、あの時……林の中でさ、崇影の声が聞こえたんだよ」


 俺の言葉に、崇影は顔を上げ、少し目を見開いた。


「声っていうより、テレパシーみたいな感じだったけど……それで、光の実を取り返そうとしてることに気付けた。あのテレパシーは……あんたの能力なのか?」

「いや……俺にそんな能力は無い」

「じゃあ、あの時声が聞こえたのは……」

「……波長」

「え?」

「波長が合えば、通ずることが出来る」

「そうなのか!?」


 て答えてみたけど、波長って何だ……?

 それって、人間同士でも出来るのか?

 少なくとも今は、こいつの心の声らしき物は全く聞こえないけど……何か条件が揃わないと出来ない物なのだろうか……


「……と、聞いたことがある」


 ポツリと崇影が付け足した。

 なんだ、崇影もよく分かってるわけじゃないのか……

 けど、その『波長が合った時に通じ合う』ってのが本当だとすれば、俺と、この崇影は波長の合う相性ってことなんだよな……


「なぁ、崇影。波長が合うのかどうかは分かんないけどさ、俺達、良い友達になれると思わないか?」

「友達……」


 俺の言葉に、崇影は固まる。

 変なことを言ったつもりは無いんだけど、また距離感間違えたか……? いや、ここは敢えてもう一押しだ。


「俺、まだこの島に来たばかりでさ、友達いないんだよ。だから……俺と友達になってくれないか?」


 そう言って、右手を差し出した。


「……」


 崇影は無言のまま俺の顔と差し出した右手をじっと見つめ……

 ふっと突然笑った。

 その笑顔の破壊力がえげつなかった。

 目覚めてから今まで、ほぼ無表情だったため、こいつが笑うなんてことは想像していなかった。

 ……こんな顔で笑うんだ、こいつ。てか笑えるんだ……

 失礼にもそんなことを思ってしまった。

 そのため、差し出した手を握られたことに一瞬気付けなかった。 

 崇影はしっかりと俺の手を握り返し、静かに口を開いた。


「人間の友人が出来るのは初めてだ。よろしく、七戸」

「あ、あぁ!よろしくな!!」


 動揺して発音がおかしかったかもしれない。

 そうか、崇影は元々鳥だもんな……人間に「友達になってくれ」なんて言われたら驚くのも無理ないか。

 先程崇影が固まった理由が分かって少し安堵する。


 ガチャリ。


 部屋のドアが開き、タウラス店長が顔を出した。


「店長!」

「お茶を持ってきたよ。私が席を外している間に随分仲良くなったようだね」


 嬉しそうに微笑みながら、店長は手にしていたお盆をベッド横のサイドテーブルに置いた。


「飲めるかい?」

「あぁ……有り難く頂戴する。」


 店長が手渡したグラスを受け取ると、崇影は律儀に頭を下げた。

 グラスの中の氷がカラン、と涼し気な音を立てる。

 俺も店長からグラスを受け取り、一口喉へ流し込んだ。

 ほんのりとレモンのような柑橘系の香りのする、爽やかな紅茶だ。


「さて……崇影くんに、今後のことについて提案がある」


 店長が俺の横に腰掛けてそう切り出した。

 崇影が顔を上げて店長をじっと見る。


「姿が変わった以上、今までと同じ暮らしは出来ないだろう? 君も私の店でアルバイトをしないか?」

「アルバイト……?」

「そう……せっかく七戸くんとも仲良くなったようだし、幸いまだ部屋に空きがある。店の手伝いをしてくれるのなら、衣食住は保証するよ」

「……」


 崇影の動きが止まる。

 どうやら、こいつは悩んだり迷った時に一時停止するらしい。


「一緒に働けるなら俺としては嬉しいよ、崇影! 店長の飯は上手いし、帰る場所無いなら一緒に働こうぜ!」


 ノリ良くそう誘ってみる。

 崇影は俺と店長を交互に見てから口を開いた。


「承知した。……世話になる。」


 ハッキリとした口調でそう告げると、少し頭を下げる。

 ……真面目というか堅いというか……やっぱり古風な奴だな。

 店長はニッコリと笑い、頷いた。


「よし、それじゃあ決まりだね。まずは安静にして治療に専念。動けるようになったら七戸くんについて仕事を覚えてもらうよ。七戸くん、先輩としてよろしく頼むね」

「はい! 任せてください!! 崇影、これから一緒に頑張ろうな!」

「あぁ」


 こうして、俺は晴れて友人兼同僚をゲットした。

慣れない島での暮らしで不安が大きかったが、店長に出会い、崇影に出会い、出だしとしてはかなり好調と言っていいだろう。

 この島の『普通』は俺の常識の範疇を越えまくっているため、なかなか慣れるのには時間がかかりそうだが、それでも色々なことが良い方向へ動いているような気がしてくる。

この調子なら、俺の体質についても意外とすんなりと解決するかもしれない。

 条件は全く違うだろうけど、この崇影も、言ってしまえば俺と同じ『特異体質』だ。

 ならば、俺の身に起きた変異についても、この島の常識からすれば、有り得ないことではないのかもしれない。

 少しづつ島のことを調べていけば、きっと俺の特異体質についても原因と解決法が見つかるかもしれない。


 ……なんて、この時の俺は状況をかなり楽観していたのだった。 

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― 新着の感想 ―
境遇が近そうなお友達GET! 一見ほのぼのしてますが何かまだあるんですね。 追伸: 男は静かにそう答えた。……真面目な奴だな。 ↑男は崇影の事で合ってますかね?
特異体質から始まるスローライフ、かと思いきや何やら不穏な雰囲気が……。面白くなってきそうです!
日常モノというか、スローライフものですかね。 ただ、一見平和な感じですが、裏ではえげつないことが起きてそうな雰囲気を感じました。
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