29.再びネブラへ②
薄暗い洞窟内に目を凝らし、三口銃の風来石を押し込んだ。
ネグルスピンの子供は群れで現れるはずだ。
まずは初手でそいつらを一掃。その後現れる巨大ネグルスピンに備える―!
辺りは薄暗く視界が悪いが、トーキスさんが光量を絞った魔法で辺りを照らしてくれているため、暗さに目が慣れれば問題は無い。
カサカサと音が近付いてくる。
洞窟の奥に動く影。
『そこにいる』ことが分かれば十分だ。
俺は集中し、躊躇いなくトリガーを引いた。
ゴウッ!!
銃口から飛び出した無数のカマイタチが一瞬にして洞窟奥へと吸い込まれ…
ギャッ、ギャッという小さな悲鳴と、
ザシュッ、ザシュッ…というネグルスピン達の四肢がバラバラになる音が俺の耳に届いた。
全滅出来ただろうか?
もしまだ残っていたとしても、次は恐らく……
洞窟奥に赤い光が見えた。横並びに五つ…ゆっくりとこちらへ接近して来る。
「早速オマエの天敵のお出ましだ。」
トーキスさんがどこか楽しそうに言う。
俺の読み通り、ネグルスピンの親玉がその姿を現した。
ドクンドクンと鼓動が早まるのを感じる。
前回の惨状が脳裏に戻ってくる……
落ち着け、俺。大丈夫だ……今回は大丈夫。
右手の三口銃を握り締め、ハンマーを下ろす。
「アイツの弱点は?」
トーキスさんに問われ、俺の鼓動は少し落ち着きを取り戻した。
「背中です。背中の中心を撃ち抜けば消えます。」
「よく学習してんじゃねぇか。合格だ。んじゃ、背中を撃ち抜くためにどうする?」
そう、問題はそこだ。
前回は崇影が上に乗って真っ二つに切り裂いたため一瞬だったが、流石に俺には真似が出来ない。
前回のように目を潰して先に視界を奪うか?
いや……目は五つもある。俺の三口銃はフル装填でも連続で撃てるのは三発。
うち一発はさっき使用したため、現状二発まではすぐに使える。
なるべく少ない手数で仕留める方法を探すんだ。
俺は風来石を解除し、氷結石をセットした。
「あいつを凍らせて、ナイフで背中に登ります。至近距離から弱点を撃ち抜きます!」
俺の返答にトーキスさんは口の端を上げた。
「やってみな。」
「はい!!」
俺はゆっくり迫って来る巨大ネグルスピンに銃口を向けた。
大丈夫だ、この距離なら外しはしない。
キィィィン!!
俺の指の動きと同時に甲高い音が響き、氷をまとった銃弾は真っ直ぐにネグルスピンを捕らえた。
ネグルスピンは咄嗟に止めようとしたのか口から糸を吐き出すが、間に合う筈もない。
吐き出された糸はべチャリ、と地面に落ちて張り付き…ネグルスピンは口を大きく開けたまま凍りついた。
「幸木、ラッキーだな。あの姿勢なら、開いた口から上顎目掛けて発砲すりゃ背中まで貫通出来んぜ?」
「マジですか!?」
トーキスさんの助言が有り難い。
正直、凍った背中を登るのはリスクが高いため避けたかった。
このまま倒せるなら何も躊躇うことは無い。
俺は走ってネグルスピンの目の前まで接近し、大きく開かれた口の中へ銃口を向けた。
この光景…死を覚悟したあの時に見た景色と同じだ。
だけど今は……おまえには負けない!!
俺は強い決意を持って引き金を引いた。
パァン!!
銃声が洞窟内に響く。
俺の放った銃弾は見事にネグルスピンの背中へ貫通し、ネグルスピンは氷が溶けると同時に背中から赤黒い体液を撒き散らし、その場に突っ伏してピクリとも動かなくなった。
やがて少しづつその体が黒い霧に覆われ始める。
「倒した。……倒せた!」
前回あれだけ逃げ惑い、必死にもがいて殺されそうになっていたというのに、何と呆気ないことだろう。
「楽勝だろ?」
後ろから近付いてきたトーキスさんに言われ、俺は思わず満面の笑みを浮かべた。
「はい…はい!! ありがとうございます!!」
そんな俺に少し笑って一つ溜息を吐くと、トーキスさんは俺の頭を軽く叩いた。
「ネグルスピン程度で浮かれてんじゃねぇ。こんだけ鍛えてあの程度の奴にやられたんじゃ笑えねぇっつーの」
「す、すみません…」
トーキスさんの言葉に、俺は気を引き締め直す。
…けど、これは間違いなく前進だ。
前回歯が立たなかった相手をあっさり撃破。大きな一歩だと思えた。
「さて、こっからが本番だ。鍾乳石晶はこの辺りでも収穫出来っから採っとくとして、だ…」
「無光蝶ですか……」
俺の問い掛けにトーキスさんが「あぁ」と頷く。
無光蝶はネグルスピンのように頻出する種類ではない。しかも、その名の通り光の届かない場所…つまり洞窟の奥を住処としている蝶だ。
ここから先は俺にとって未開の地となる。
「ま、悩んだ所でどうにもならねぇからな。進むしかねぇか…はぐれねぇように着いてこいよ。」
「了解です!!」
奥へと向かう道中に、前回倒したギョロ目の蟹とも遭遇したが、手の内の知れた下級モンスター相手なら問題無く通常弾一発で仕留められる。
ちなみにあの蟹は『グラブス』と言い、洞窟内の水場にはだいたい出没するモンスターだ。
洞窟内には攻撃しない限りこちらへ危害を加えてこない生き物も存在している。
コウモリやネズミと言った俺でも馴染みのある動物もたまに見かけるが、こいつらは洞窟への侵入者に気づくとすぐに逃げていくため無害だ。
「……今日はダメかもな。無光蝶の匂いがしねぇ」
洞窟の闇が深くなってきた所でトーキスさんがそう言った。
「匂い、ですか?」
「あぁ。無光蝶が活発な時はやたら甘ぇ匂いがすんだよ。今日はからっきしだ。」
「そうですか……」
がっかりと肩を落とす俺だったが、トーキスさんは全く気に留めていない様子だ。
「ま、狩りなんつーのはそんなモンだ。どうせ明日からも毎日来んだから、今日のところは、雑魚モンスター蹴散らしてストレス発散して帰ろうぜ」
トーキスさんがニィッと笑う。楽しそうだ…
こういう時は大抵無茶振りが来るんだよな…物凄く嫌な予感がする。
「雑魚モンスター蹴散らすって…」
「いい場所があんだよ、案内してやる。」
「え、ちょ、俺はそこまでモンスター倒さなくても…」
「オマエ何のためにココに来てんだよ。鍛えんだろ? 日和ってんじゃねぇ!」
「えぇー……」
と、そんな感じで…俺はその日トーキスさんに強引に下級モンスター倒し放題ゾーンに導かれ、へとへとになるまでモンスターの相手をさせられたのだった……




