28.あるべき場所①
◇◇◇
「2人とも、今日もご苦労様。気を付けて行ってくるんだよ」
ドラセナショップの閉店作業を終えた俺と七戸は、店長に笑顔で見送られ、それぞれの修行場所へと向かうため外へ出る。
「承知した。」
俺は一言そう返すと、七戸と一瞬目を合わせてから体を変化させ、翼を広げて空へと飛び上がった。
「また後でな! 崇影!」
地上で大きく手を振る七戸の姿が視界に入る。
俺はその上空をぐるりと旋回することで応え、真っ直ぐに―…カルムの森へと向かった。
赤らみ始める空の中を飛行しつつ…俺は一ヶ月後に行われる最終試験について思いを巡らせた。
トーキスから聞いた条件はタッグ戦で、場所はカルムの森だ。それ以上はまだ聞かされていないため、具体的な試験内容や合格の条件は分からないが…
タッグ戦ということは、俺と七戸のチームワークが必要不可欠だろう。
ここのところ七戸は着実に力を付けて来ている。
朝の筋トレではペースも上がり、まだ目標に到達していないと言えど、時間内に四キロは何とかこなせるようになった。
縮んだ状態での筋トレも行っているが、こちらはやはり体力の上限が随分下がる…使い所が重要だな、と自分なりに分析と調整行っている様子が見られる。
柔軟性についても随分上がった。俺がサポートに入るとまだ痛がるが、自力で出来る柔軟のレベルは格段に上昇している。
驚くべき成長スピードと吸収力だ。
人間というのは、その気になれば短期間であれほどの伸びを見せる物なのだろうか……
そして今日から、七戸はネブラの洞窟へ行く。
俺としてはあまり賛成出来ない場所だが…七戸本人がそれを強く望んでいる以上、口を挟むのは野暮になる。
俺は……柄にもなく少し焦っていた。
日を追う毎に成長し、ステップアップする七戸に対して自分はさして成長出来ていないのではないか…
セイロンという師を得ながら、その教えを吸収し切れていない自分に些か腹も立っていた。
もっと強く、もっと早く…
俺を友だと笑ってくれる七戸を失わないために。
二度と後悔をしないために。
俺は強くならなければいけない。
カルムの森へ到着し、着陸の態勢を取ろうとして…ふと妙な感覚に襲われた。
何か良からぬ気配が漂っている―…
俺は変化を解くのを止め、そのまま木の上へと着陸し、様子を伺った。
俺の視線の先に現れたのは…人の姿をした獣だった。
見た目はほぼ人間。だが、様子がおかしい。
匂いも…人間のそれとは思えなかった。
だが、獣人族ではない。
耳も尾も持たず、ふらふらと森の中を漂うように歩いて行く……
やたら闘気だけが滾っているようにも見えた。
「…灰色種か…」
俺は小さく呟く。
つまり……俺と同種だ。
雰囲気から察するに、肉食獣のグリーズだろう。
「正解です、崇影さん。」
「!」
背後に響く声。
振り向くと目の前に師匠がいた。
俺の止まった木の枝に腰掛けて微笑んでいる。
「師匠…来ていたのか。」
この人は…毎度登場が心臓に悪い。
いや、気配を感じ取れない俺が未熟なだけなのかもしれないが…二ヶ月通い詰めて、未だ察知することが出来無い。
どこにいるか分からない分、森に入った時点で常に警戒するという癖は着いた。おかげで突然話し掛けられても然程動揺することは無いが……
「お待ちしてましたよ。それで、彼なんですが…」
言いながら師匠は先程のグリーズへ視線を向けた。
どうやら向こうから俺達の姿はまだ認識出来ていないようだ。
「最近この森を徘徊しているディンゴのグリーズです」
ディンゴか……
ディンゴというのは犬のような動物なのだが、野生での生活に適応した種であるため、賢くしたたかだ。
「排除はしないのか? 追い出そうと思えば追い出せるのだろう?」
俺の問い掛けに師匠は「えぇ」と微笑む。
「追い出さずとも今の所大きな被害はありませんから…」
そして言葉を切り「それに…」と続けた。
「森の外へ出した方が、被害が大きくなると思いませんか?」
言われて俺はそのグリーズの様子を確認する。
人の姿をしているというのに…本人はまるでそれが分かっていないかのように、四足歩行で徘徊している。
実際、分かっていないのかもしれない。
死を免れるために他の命を食らった。恐らくただそれだけのこと。それによる体質変化の影響など気付いていないのだろう。
このまま街へ出れば、人を襲い、家畜を襲う可能性が高い。
元々ディンゴは家畜を狙った狩りも得意で、街でも被害の声が聞かれるレベルだ。
それが人の姿をしているとなれば、被害が拡大することは間違い無い。
「……同感だ。」
「それで…相談です。崇影さん」
師匠の透き通った瞳が俺を見据える。
「彼はグリーズとして生き永らえましたが…残念なことに魂に体が適応し切れず自我を失っています。貴方の手で…あるべき場所へ還してあげていただけませんか?」
「あるべき場所へ……」
師匠の言わんとすることが一瞬理解出来ず言葉を反芻した。
純粋なディンゴであれば、あるべき場所は自然の中―…カルムの森で問題は無い筈だ。
それをわざわざ、還せと命じるということは、つまり…
一つの考えが脳裏に浮かんだ。
恐らく、そういうことなのだろう。
「……」
無言で師匠を見返す。師匠は穏やかに微笑んでいる。
「…承知した。」
「崇影さん」
「?」
すぐに飛び出そうとしたが、師匠に名を呼ばれたため振り向く。
師匠は何か言おうと開いた口を閉じ「いえ、気を付けて」とだけ紡いで微笑んだ。




